閑話 逆鱗
アマルはイリアナと二人の平穏な生活を満喫していた。
アマルが目を覚ますとイリアナがベットにいなかった。イリアナは外泊しても必ず朝には帰ってきていた。イリアナの騎士の制服も置いてあった。出勤時間になっても帰ってこないのでアマルは嫌な予感がしてセインを頼ることにした。
先触れもなく訪問したアマルは執事長は暖かく迎え入れた。セインにアマルの事は丁重に扱うように命じられていたため無礼を咎めることはしなかった。セインの邸ではジオラルドよりもアマルのほうが丁重に扱う相手だった。執事長はセインがアマルを気に入っているのを知っていたので尚更である。
セインはすでに仕事に向かっていたので、イリアナの不在を手紙に書き使いを出した。アマルはどうするか聞かれたので家に帰ることにした。アマルはイリアナが不在で困った時はセインを頼るように教えられていた。
「セイン兄様に任せればどんなことも解決よ」と笑うイリアナを信じて待つことにした。
その頃、第一騎士団長室にリックとイワンが飛び込んでいた。
第一騎士団長は入室許可もなく入る二人のことを後でイリアナに話すことにした。三人の愉快な反応が見れるだろうと思いながら。リックとイワンは騎士として優秀である。ただイリアナ以外の言葉をきかないという欠点があった。イリアナがしっかり手綱を握っているので好きにさせていた。
「隊長、イリア様はどちらにいますか?」
「小隊長室にいないのか?呼び出しを受けた報告はないが」
イリアナはレオナルドに呼ばれることがあるので、普段は内勤ばかりである。イリアナが補佐官として、騎士の指導を担当している事情もあるが。第一騎士団長は王都外の任務をイリアナに任せることはほとんどなかった。
リックとイワンはお互いの顔を見て頷いた。
「隊長すみません。腹が痛いので早退します」
「俺は頭が痛いので今日はこれで」
「待ちなさい」
リックとイワンは第一騎士団長の言葉を聞かずに飛び出して行った。
第一騎士団で小隊の指揮を任せられるのはジオラルドとイリアナとリックとイワンの4名だった。リックは討伐任務の指揮を任されていた。二人の様子でイリアナも休みと知った第一騎士団長には残された選択肢は一つしかなかった。ジオラルドはイリアナを追いかけていかないことはわかっていた。小隊長の立場で仕事を放り出せばイリアナの逆鱗にふれることをジオラルドがわかっていると違う意味で信頼していた。
イリアナを引き抜いたおかげで第一騎士団長の執務は楽になった。時々イリアナが事件に遭遇し報告してくるが、些細な問題だった。
イリアナが無断欠勤するなら、また厄介事に巻き込まれたのだろうと思いながら第一騎士団長は外を駆けているリック達を眺めていた。3人に任せれば厄介事も解決して戻ってくることを予想して報告を待つことにしてジオラルドを呼び出すように命じた。
ジオラルドは休養日だったが、第一騎士団長の命令で出勤した。隊の雰囲気に緊張感がなかったので、呼び出された理由がわからなかった。
第一騎士団長がジオラルドを愉快な顔をして迎えいれた。ジオラルドは上司が愉快な顔をする時は要注意だとイリアナに教えられてたので、一瞬眉をしかめ平静な顔を装った。
「休みにすまないな」
「構いません。何かありましたか?」
「ラーナとリックとイワンが不在で手が足りない。任せられるか」
ジオラルドは戸惑った。三人とも今日は出勤してるはずだった。自分を含めた4人のうち、誰かは必ず出勤するように勤務を調整していた。
「構いませんが、三人はどうしたんですか?」
「ラーナが行方不明と聞いて、リックとイワンが飛び出して行った。リックに指揮を任せていた案件を頼む」
第一騎士団長はジオラルドの反応を見るために、休みではなく行方不明という言葉を選んだ。期待を裏切ることなく心配そうな顔をする素直な部下を見ていた。
「行方不明ってどういうことですか?」
「調査中だ」
「この件を片付ければ俺は直帰してもいいですか?」
「休みだからな。報告は後日でいい。しくじるなよ」
「かしこまりました」
ジオラルドはリックの任されていた盗賊の討伐を引き継いだ。イリアナを探しに行きたくても、追ってきたら本人に失望された目で見られることを知っていたので、急いで片付けて探しに行くことにした。最近のイリアナは上司として相応しくない態度を取ると容赦なかった。
セインは執事長からイリアナが行方不明と手紙を読んで苦笑した。業務を早めに片付けて念の為午後から探しに行くことにした。イリアナは強いので心配してなかったがアマルが心配しているので動くことにした。セインはアマルに感謝していた。アマルのおかげで、イリアナが生活できていると思っていた。一人にしたら湯あみと睡眠だけの生活を送る従妹の不摂生ぶりが容易に想像できたからである。
セインは仕事を片付けて第二王子のもとに向かった。イリアナが姿を消すのはアマルか第二王子関係だった。
血痕を見つけて、第二王子の封印を解こうとした者がいると判断した。
リアは首謀者を追いかけたよな。
半日いないとなると手こずってるのか・・。
セインはレオナルドにイリアナの場所を聞くことにした。情報を集めるよりもレオナルドの転移魔法で追ったほうが早かった。セインとイリアナはレオナルドに転移陣を持たされていた。
レオナルドはセインの話を聞くと快く了承した。
イリアナはレオナルドのお気に入りだった。
「きっと私が迎えに行ったら驚くだろう」
「迂闊なことをしたので反省してもらいましょう」
「私の転移魔法をあてにするのはセインだけだよ。他の臣下は止めるのに」
「護衛さえつけていただけば構いません。殿下の御身は必ず守るので危険はありません」
レオナルドはセインのことも気に入っていた。迅速、的確、柔軟な判断力に自分相手に物怖じしない。側近の中でもセインの優秀さは飛び抜けていた。セインのおかげでレオナルドの執務は楽になっていた。いずれは爵位を授けて宰相にしてもいいと話すと、セインな辞退した。それでも気に入っていることに変わりはなかった。
レオナルドとセインがイリアナのもとに転移するとイリアナは小屋の隅で座り込んでいた。
周りには血まみれの人間が転がっていた。
イリアナは突然現れたセインとレオナルドを見てまずいことになったと茫然として慌てて、立ち上がり礼をした。
「イリアナ、元気そうだね。礼はいらないよ」
イリアナは機嫌の良さそうなレオナルドに警戒しながらも頭を下げることにした。
「レオ様、無断欠勤をしてしまい申しわけありませんでした」
「リア、状況は?」
イリアナは後で第一騎士団長に謝罪して始末書を書けばいいかと楽観していた。静かに見つめるセインに観念して説明することにした。
「セイン兄様もすみません。入口も窓も魔力があると開かないんです。ただこの小屋は頑丈で壊して出るのは困難なので、魔力がなくなるの待ってたんです。小屋から出て魔石を吸収させればすぐに魔力は戻りますので」
イリアナはポケットの中から魔石を出して見せた。ちゃんと安全に配慮していることを伝えないとセインの説教がはじまることを警戒していた。イリアナはセインの説教が苦手だった。
「リア、報告は最初からするものだ。今の状況だけじゃなくて」
「確実に私情ですよ。くだらなすぎてレオ様にお聞かせできるお話しではありません」
「せっかくここまで来たから聞かせてよ」
レオナルドとセインの目を見てイリアナは説明することにした。
イリアナは左腕がない侍女を指さした。
「彼女はマナ侯爵家の侍女です。私とジオラルド様との婚約と私の態度が許せないそうです。私はジオラルド様が望むなら第二夫人でも妾でもどうぞって話したんですが受け入れてもらえませんでした。彼女の要求は私がジオラルド様を一番に優先して生きること。無理なのでお断りしました。彼女は私が命よりも大事な者に手を出しました」
イリアナは第二王子のもとに行くと封印に綻びを感じた。封印を重ねがけした後に辺りを調べると血痕があった。イリアナはランに血痕の主を調べてもらい追いかけ小屋に辿り着いた。
そこではアマルの暗殺依頼と宝の話がされていた。封印されし宝とは第二王子のことだった。宝を手に入れ魔導士に売ることとアマルを奴隷にして売り飛ばすという言葉を聞いてイリアナは斬ることを決めた。
イリアナは正面から小屋に入って暗殺者を斬った。侍女はイリアナが現れたことに驚いていた。イリアナは第二王子に手を出そうとして片腕を切り落とされた侍女を治療する気はなかった。全員を簡単に死なせるのも嫌だったので重傷を与えて放置することにした。暗殺者なら殺される覚悟のもとに動いているし、生かす理由もなかった。お金のために人の命を奪おうとする者に慈悲など与える気はなかった。
「私は暗殺者達を片付けたんですが扉が開かなかったんです。話を聞いたらこの部屋は捕まえた魔力持ちの子供が逃げないようにするための役割もあったそうです。あとで報告書を提出しますが、生かした方がいい方はいらっしゃいますか?」
イリアナの問いにレオナルドは穏やかな笑みをみせた。
「不要だ。暗殺者など国の害にしかならないからね。まさかイリアナがこんな決断できるとは思わなかったよ」
イリアナは勝気な笑顔を浮かべた。
「害があるなら斬ります」
「助けてください」
イリアナは侍女に目を向けた。助けるつもりはなかった。レオナルドは助けを求める侍女の言葉を聞かなかったことにした。貴族に逆らうのは重罪だ。ましてや使用人の立場で脅しなど言語道断である。暗殺依頼だけでも極刑にできた。
「イリアナ様」
扉が開いた。アドニスとイワンとリックが駆け込んできた。
「出かけるなら連絡をください」
「ごめん。きっとアドなら気付くかなって。気づかなくてもなんとかしたわ。3人共仕事は?」
「体調不良で早退しました」
イリアナは3人の言葉に苦言を言うべきか迷った。イリアナも無断欠勤だったので人を叱れる立場ではなかった。
イリアナは自分達が抜けたため休みなのに仕事に呼び出されただろうジオラルドに心の中で謝罪した。
「帰ったら怒られるしかないね。レオ様、申し訳ありませんでした。後日、この部屋の解体方法を魔導士を派遣して調べていただいてもいいですか?」
「イリアナは見つけるのが上手いね。セイン」
レオナルドの申し出にセインが頷いた。魔力持ちを捕えるための部屋ということは人身売買が関わっている可能性がある。この案件はセインが引き継げということだった。魔導士の関与もあるなら適任だった。
「イリアナ、尋問するから死なせない程度に生かしておいて。第一騎士団派遣するからここで待機。」
「かしこまりました」
セインとレオナルドは転移魔法で去っていった。
しばらくするとジオラルドが隊員を率いて現れた。ジオラルドは討伐から戻ると、また第一騎士団長から呼び出しを受け隊を率いて小屋に向かった。
「マナ小隊長、無断欠勤申しわけありませんでした。」
ジオラルドは血まみれの小屋の中でいつもとかわらないイリアナに力が抜けそうだった。自分の顔を見て情けない顔をしたジオラルドに心配かけたことに気付いてイリアナは苦笑した。今回はジオラルドを叱れる立場ではなかった。
「マナ小隊長お疲れ様でした。ここからは私達が引き受けます。お休みいただいて構いません」
「負傷者はいないんだよな?」
遠回しに怪我をしてないか確認するジオラルドにイリアナは口角をあげた。最近は少しずつ小隊長らしくなってきたと失礼なことを思っていた。
「はい。負傷兵もいません。アド、リック、イワン、捕縛を手伝いなさい。尋問は帰ってする」
「ラーナ、指揮は俺がとるよ。今日は休んでいい」
ジオラルドの申し出にイリアナは首を横に振った。この中で一番休みが必要なのはジオラルドである。ただジオラルドが言い出したら聞かないことも知っていた。
「マナ小隊長、では早く仕事を終わらせて休みましょうか」
にっこり笑ったイリアナの頭を軽く叩いて、ジオラルドは騎士達に指示を出した。
イリアナはレオナルドに命じられた通り、死なない程度に治癒魔法をかけていた。
騎士達は小屋の中の血の海に唖然としていたがジオラルドの命で捕縛に動き出した。
ジオラルドは血の海の中に見慣れた顔を見つけた。
「ジオ、助けたほうがいいですか?」
イリアナらしくない質問だった。ジオラルドはイリアナが治癒魔法を使う場面を何度か目にした。中途半端に治すことなどなかった。
ジオラルドは周りを見渡し捕縛される暗殺者や片腕のない侍女の様子を見て、イリアナが全員を死んでもいいと思っていることを理解した。どんな事情があっても自分よりも甘いイリアナが切り捨てた命を自分が救いあげる気はなかった。
「いらない。罪人を助ける理由はない」
侍女はジオラルドの言葉に絶望した。ジオラルドのために動いたから助けてもらえると思っていた。
ジオラルドは詳しい事情は聞かされていなかった。ただイリアナが無慈悲な決断をする原因は一つしか思いつかなかった。イリアナは第二王子とアマルに手を出した人間は許さない。ジオラルドは罪人を許す気もないし、イリアナ達に手を出すなら自分も同じ決断をするつもりだった。
ジオラルドはイリアナに捕縛をやめさせ、報告書を書かせることにした。
騎士団に戻れば、報告書を仕上げてから帰るだろうことがわかっていた。
イリアナの報告書を書くペンの動きが止まっていた。イリアナの様子に気付いたアドニスの言葉に頷いて再びペンが動きはじめた。
捕縛が終わったので引き上げることにした。尋問は別の班の仕事である。
第一騎士団長は出された報告書の違和感に気付いた。
イリアナは第一騎士団長を見て、嘘がばれてることに気付いた。偶然暗殺集団の基地を見つけて討伐したと記載していた。私利私欲に駆られて追いかけたことは隠していた。無理を承知でごまかすことにした。
「隊長、無断欠勤をして申し訳ありませんでした。報告が遅くなったことも謝罪致します」
「ラーナ、気付いてるんだろう?」
「降格処分も覚悟しております。」
「左遷しようか?」
イリアナは第一騎士団長の言葉に頭をあげた。左遷は僻地に飛ばされるということだ。イリアナには喜ばしい配属先だった。
「そんなに嬉しそうな顔をされたら罰にはならないか。冗談だよ。次からは報告してから動きなさい。騎士が殿下を振り回すなどあってはならない」
「申し訳ありませんでした。」
「2週間トイレ掃除。この期間は訓練指揮は外れてジオラルドにつきなさい」
「え?」
「騎士の基本業務を学び直しなさい」
「マナ小隊長についてですか?」
イリアナは最近騎士達から生温かい視線を受けていた。特にジオラルドと一緒にいる時に。イリアナはジオラルドと小隊長室以外はあえて関わらないようにしていた。イリアナのジオラルドへの態度に気付いていた第一騎士団長はイリアナが嫌がる罰を与えることにした。降格も減俸もイリアナには効果はなかった。イリアナは崩れ落ちそうになるのを我慢した。意図はわからなくても自分にとって苦行であることは確かだった。無断欠勤するときは無断にならないように手を回すことを心に決めた。
「話しは以上だ」
「はい。申し訳ありませんでした。」
イリアナは礼をして帰路に着き第二王子の下に行くとセインがいた。
「リア、先にアマルに顔を見せろ。心配してる」
「アマルが?」
「ああ。」
アマルには申しわけないとわかってもイリアナには優先すべきことがあった。
「でも、」
「封印は俺も重ね掛けしたし、人避けの魔法陣も埋め込んだ。」
「あとはどうすればいいかな」
「今、できる最善はここまでだろう?封印が解ければ俺が気付くし、追跡の魔法も仕込んである。最悪、荒らされても取り戻せる。封印を解こうとしたら命の保障はないけどな」
「いつの間に・・。ありがとうございます。今回は申し訳ありませんでした。」
「次からは気をつけろよ。帰るか。殿下、俺達はこれで。リア、帰るぞ。ゆっくり話すのは後日だ」
名残惜しそうに第二王子を見るイリアナをセインは引きづって帰った。
家に帰ったイリアナはアマルが自分の想像以上に心配していたことを知り困惑した。アマルに怒られて、落ち込むイリアナをセインは見守っていた。セインは自分よりもアマルの説教の方が効果があることを知っていた。イリアナは困惑しながらも罪悪感にかられて反省することにした。それでもイリアナの中で些細なことが周りとはズレていることに気付いてなかった。
翌朝からイリアナの罰のトイレ掃除がはじまった。掃除をおえるとジオラルドの手伝いだった。周りの自分達を見つめる視線がイリアナは辛かった。小隊長から離れない小隊長補佐の様子に周りはニヤニヤする者や心無い言葉を浴びせる者など様々だった。イリアナへの無礼を陰で対処していたリックとイワンは2週間遠征が命じられた。ジオラルドは上司に手出しするなと言われていた。仕事が終わると放心状態になる恋人を抱き上げて、髪をすきながら現実に戻って来るまで待つくらいしかできなかった。
ジオラルドはイリアナの指導に悩んでいた。どうすれば集団行動や報告をしてから動くようになるのかを。非常時になると一人で動く癖が直る気がしなかった。セインはアドニスを隣に配置するしか方法はないと断言していた。ジオラルドが優秀なのに騎士団一の問題児である補佐官の指導に困ってる様子を上司達は楽しそうに眺めていた。




