第1話後編 癇癪
イリアナはアマルとの生活を満喫していた。
仕事が終わり、ジオラルドはリックに任せて家に帰ろうとするイリアナはカレンに捕まった。
カレンがすがるような顔でイリアナを見た。
「イリアナ、ジオラルド様なんとかしてよ」
「カレン?」
「機嫌悪くて、」
「仕事に支障ある?」
「やりにくい。」
イリアナはジオラルドを避けていたので様子は知らなかった。不機嫌だろうとどうでもよかった。
イリアナはにっこり笑った。
「時には必要だよね。ピリピリした空気も」
カレンはイリアナの様子に戸惑った。イリアナがジオラルドを徹底的に避けてることは第一騎士団員は知っていた。イリアナに心酔している騎士見習いは率先してイリアナとジオラルドの間に入っていた。イリアナとジオラルドのやり取りは書面ですませていた。
第一騎士団長は二人の様子が愉快なので様子を見守っていた。仕事に支障がないなら好きにさせるのが第一騎士団長だった。小隊長補佐官が小隊長と会話をせずに仕事を進める手腕に感心していた。残念ながら二人を止めてくれそうな人間はいなかった。
「イリアナは寂しくないの?」
「全く。帰ってきた平穏な生活を謳歌してる。アマルと二人で人の目を気にせず生きれるってすばらしい!!」
イリアナに避けられて落ちこみ、第二騎士団とイリアナの様子に妬いて不機嫌になっている情緒不安定なジオラルドを知ってるカレンは同情した。
カレンはここまで満面の笑みを浮かべたイリアナははじめてだった。
「ジオラルド様が可哀相」
先ほどから自分を責めるカレンに大事なことを伝えることにした。
イリアナの中で被害者は自分である。
「可哀相なの私だから。突然侯爵家に荷物を移され、住むことをよぎなくされて。婚約してないのに若奥様とよばれ、勝手に結婚話が進んでいく」
遠い目をしたイリアナにカレンは苦笑した。ジオラルドと結ばれてからイリアナが遠くを見つめている姿にはカレンも気づいていた。日に日にイリアナの瞳が光を失っていたので詳しい事情は聞けなかった。
「不服なことだらけだったのね」
「私の常識が通じないから。そんなことより、私のことを嫌っていた騎士の一人がおかしいんだけど知ってる?顔を見て逃げ出されるのはちょっと。」
今のイリアナにはジオラルドのことはどうでもよかった。
イリアナはカレンが情報に精通しているので聞くことにした。
以前催眠術をかけた兵士の様子がおかしかった。
イリアナの顔をみると、逃げていく。静かでいいけど、さすがに明らかに視線を合わせないのは今後の業務に支障がでるかもしれないと心配していた。
カレンはイリアナの様子に何を言っても無駄だと諦めることにした。
「そんなこと・・。あの騎士イリアナに惚れてたじゃない?」
「まさか。ありえない」
「全然気づかないのね。イリアナが夢に出てくるくらいだから重症よね。」
笑うカレンとは反対にイリアナは茫然とした。
催眠術解けてるよね?時間と共に術は薄れるものである。あの騎士が魔法への感受性が高すぎたと思うことにした。気にしても仕方がないので放っておくことにした。
「私は伯爵家以上じゃないと駄目だからなぁ。仕事に支障がないなら放っておけばいいか」
相変わらずあっさりしているイリアナにカレンは最後に一言だけお願いすることにした。
「貴方はジオラルド様をなんとかしてよ」
「今が幸せなんだもん。可愛いアマルと二人だけ。アマルとマナ小隊長の喧嘩がないってありがたい。」
その日もアマルとゆっくろ過ごしてイリアナは幸せを噛みしめて眠りについた。
翌日の休養日はアマルと一緒に買い物に行った。買い物から帰ると家の前でジオラルドが待っていた。
「リア」
話しの内容をアマルに聞かせたくないイリアナは荷物を置いて、アマルに家の中で待ってるように伝えた。
情けない顔をしているジオラルドと向き合うことにした。
「なに?」
「ごめん。勝手に色々すすめて。結婚は成人まで待つ。あと結婚するまでは、うちに住まなくていいよ」
予想外の申し出にイリアナは驚いた。
「ジオ?」
「リア、マナ侯爵家の仕事してたんだろ?」
確かにイリアナは仕事を回されていた。侯爵家の仕事などどこも変わらなかった。それにジオラルドが書類仕事は苦手なので引き受けることに文句はなかった。家臣達がイリアナが仕事をしていることをジオラルドに隠したいことも気づいていたので黙っていた。
無理矢理とはいえ衣食住の世話になっているので、宿代として働けばいいとも思っていた。
「俺達が結婚準備で滞った仕事してたこと」
結婚準備の所為ではないと思うが余計なことは言わないことにした。家のことには他人が口を出すべきではない。
「それは、別にいい」
「アマルと過ごすこと控えろって言われたのも」
家臣達はジオラルドの前ではアマルにもイリアナにも無礼な態度はとらなかった。鈍いジオラルドが気づいたことが意外だった。イリアナは不快だったけど聞き流していた。平民のイリアナには家臣の無礼を咎める資格はなかった。
「なんで」
「リアの顔が全然幸せそうじゃないって言われて気づいた。アドニスにも、自分の家くらい掌握しろって言われた。」
自分の腹心の言葉に笑ってしまった。
アドはなんでもお見通し。
アド、でも言葉遣いは気をつけないと。一応ジオは上司で貴族よ。
ジオラルドが気付いているならイリアナは隠すのはやめて正直に話すことにした。
「アマルがひとり立ちするまでは別に住みたい。申し訳ないけど、あそこはあの子にとって、いい環境だとは思わない」
「好きな家を買ってやるから、俺と3人で暮らそう」
「非常識よ。結婚したらよ」
「うちの国ではよくあるよ。結婚しても別邸か離れで暮らそう。時々本邸に顔を出せばいい。使用人が欲しいなら好きな奴を連れていけばいい。」
ジオラルドの言葉は信用できなかった。
「ジオ、一緒に暮らすのは結婚してからで」
「俺がリアと一緒にいたい。」
イリアナはジオラルドの懇願に悩んだ。ジオラルドはアマルに意地悪はしない。仲はよくないけど。ただジオラルドは両親やマナ家門に溺愛されている。
ジオラルドの願いを聞けば絶対に面倒なことが起こるとイリアナは思った。
「マナ侯爵夫妻が悲しむから駄目。定例通りでいい。結婚したら一緒に住むからそれまでは自由にさせて。」
不満そうに自分を見るジオラルドの願いを聞く気はなかった。
場合によってはアマルはこのまま家に住んでもらって定期的に通おうかな。アドなら協力してくれるだろうし。
イリアナはマナ侯爵邸に住んでもアマルまで巻き込む必要はない。被害者は自分だけでいい。
「リア」
「仕事でほぼ毎日一緒にいるんだからいいじゃない」
「足りない。」
「たまにご飯を食べにくれば?」
ジオラルドの不満な顔が変わらないためイリアナは悩んだ。でもマナ侯爵邸に戻るのも、3人で暮らすのも避けたかった。
「時々なら作ってあげる」
イリアナが料理をするのは珍しい。ジオラルドの瞳が揺れた。イリアナはもう一息と口角をあげた。
「休養日はジオを優先にする。」
「ちゃんと俺と結婚してくれる?アマルと結婚するとか言わない?」
自分に詰め寄るジオラルドの様子に言葉を失った。
なんでアマルと結婚?私がアマルを手を出したら犯罪よ!!
でもこの頼りなくて手のかかる人と一緒に生きるとは決めたから、婚姻は了承することにした。
「ありえない。ジオがマナ侯爵嫡男としてふさわしくなったらね。」
「俺と婚約してくれる?手続きしていい?」
「手続き…。」
手続きされたら逃げられない・・。
イリアナはマナ侯爵家の仕事に婚約関係の書類もあったがあえて、見ないふりをして処理しなかった。
ジオラルドは明らかに不安な顔をしているイリアナの頬に手を添えた。
「ちゃんと貴族としての務めも社交も覚える。セインに頼みにいく」
今更と思ったけど、やる気があるなら頑張ってもらうことにした。イリアナは貴族の常識のある人間と婚姻したい。
「セイン兄様と小隊長に認められれば、婚約する。」
「分かった。第二騎士団に行かない?」
小隊長から聞いたのかな。配属かえてほしいって騒いでたの・・。
「任命権は私にないわ。もし、行きたいっていえば所属かえてくれる?」
「嫌。それに俺に権限はない」
聞く意味ないじゃない。イリアナは頼りのないジオラルドに大事なことを忠告することにした。
「公私混同は気をつけてね。あと、私、貴方とアマルならアマルを選ぶ。」
「悪かった。ちゃんと躾ける」
「本気?」
「リアの大切な者を大事にできない奴はいらない。」
「ジオにしてはあっさり見捨てるのね」
戸惑った顔を見せるイリアナにジオラルドは笑った。
ジオラルドは家臣の所為でイリアナに捨てられるのは嫌だった。それなら家を捨てたかった。
自分の家臣がイリアナを怒らせて、ジオラルドは避けられていた。まずイリアナへの無礼に許せなかったから、次はないと警告していた。
イリアナが望むなら全員クビにしてもいいと思っていた。家臣は大事にしていても、イリアナと比べたらどちらを選ぶかは迷う余地はなかった。
「今回は俺にも思うところがあるから。婚活再開したりしないよな?」
「私の休養日は貴方のものになったから難しい。また邪魔するんでしょ?」
「敵わないな。」
自分の行動が読まれていることにジオラルドは苦笑した。自分を見て笑っているイリアナを見て怒りがおさまったことに安堵していた。
抱き寄せるとジオラルドの腕におさまるイリアナに笑いかけた。
イリアナは自分に笑みを浮かべる恋人をじっと見あげた。
普段は簡単なのに、時々おかしくなるから不思議よね。
セイン兄様に任せれば大丈夫かな。
とりあえず結婚するまでは平穏な生活が守られることにイリアナは安堵した。
せっかくジオラルドがいるならアマルの体術を見てもらうことにした。
ジオラルドの機嫌取りに今日は自分で食事を作ろうと決めたイリアナだった。




