第1話前編 癇癪
イリアナはジオラルドとの結婚を了承してから後悔がやまなかった。
早まった。あれ、戦場での勢いだ。マナ侯爵家怖い。
イリアナは最近の日課は第二騎士団小隊長室でのお悩み相談だった。
「小隊長、やっぱり第二騎士団に戻りたいです」
「ラーナ、断ったんだろ?」
「後悔してます。最近、騎士の視線が生ぬるくて気持ち悪いんです。敵意を向けられてたほうが良かった」
第一騎士団員達はジオラルドの浮かれ具合に生ぬるい視線を送っていた。イリアナは視線が気持ち悪くいたためれないため、できる限りジオラルドとは別行動をしていた。イリアナが我慢の限界を迎えていないのはリック達がイリアナに無礼を働く騎士達を片付けているからである。イリアナはリック達のことは気付いていなかった。
第二騎士団長小隊長は元自分の部下の肩をポンと叩いた。
「お疲れ様」
イリアナは頼りになって優しい元上司をじっと見つめた。第二騎士団小隊長はイリアナの好みだった。
私の殿下の次に素敵かもしれない。
「小隊長、私と結婚しません?」
「ラーナはマナの婚約者だろ?」
イリアナとジオラルドは正式な婚約の儀式を行っていなかった。口約束程度である。二人の婚約は関係者しか知らない。残念ながら騎士団にはマナ侯爵の所為で広がっていた。浮かれた息子の様子を聞かれたマナ侯爵がイリアナが息子の申し出を受けたことを話してしまった。
貴族たちの間にも噂では広まっているが、正式なお披露目はしていなかった。
「まだ婚約式してません。マナ侯爵家の方々は私には手におえません」
「自由な人達だからね」
「小隊長、形だけでいいからだめですか?私、ちゃんと社交もしますし、お役に立ちます。第二夫人も妾も受け入れます。」
必死に頼む可愛い後輩の頼みを聞きたかったが、無理なことは無理だった。
「助けてやりたいけど、難しいよ。あの家は決めたら絶対にゆるがないから」
「私の言葉、全然聞いてもらえない。」
「ずっとラーナを迎える気でいたから諦めなよ。」
友人であるジオラルドがイリアナに惚れこんでいるのは知っていた。ジオラルドよりは社交をこなしていたためイリアナに婚約者がいることは知っていたがマナ侯爵に箝口令を敷かれていた。レオナルドもあえて教えなかった。
「不思議なんですけど、この国にも私はよく訪問していたのに、マナ侯爵夫人は私に婚約者がいたことを知らないんです。」
「第二騎士団長が二人に隠していたから。あの人はジオに甘いから。ジオの初恋相手に婚約者がいることを隠していたんだよ」
イリアナは遠くを見つめて呟いた。
「そこで、教えてくれたら私の人生変わったかな…。」
「そしたら誰も選ばなかったよ。ジオも決めたら揺るがないから。」
侯爵家の嫡男としてありえない行動だった。イリアナにとってジオラルドは訳のわからない存在だった。
「あの人、おかしいです。」
「おかしい?」
「基本抜けてるのに、時々物凄く怖いんです。もう国に帰りたい。」
「諦めなよ」
「家も職場も一緒なんて、息が詰まって…。逃げてもマナ家門が追ってくるし。アマルと2人の暮らしに帰りたい。」
「すでに逃げたんだ。」
「もう疲れました。アルに会いたい。お母様…」
イリアナの心は限界に近かった。涙がポロポロと流れはじめた。
第二騎士団小隊長は困った顔をした。
「ラーナ、泣かないで。こんなとこ見られたらまずいんだけど」
「小隊長…」
「どうするかな。ラーナ、マナ侯爵家で泣いてみなよ。」
「泣く?」
「ラーナが泣いたら話を聞いてくれると思うよ」
「あの人たちが?」
「そう。あの人達には駆け引きじゃなくて、情に訴えるほうがいい。貴族の常識通じないから」
貴族の常識通じないって…。
イリアナはマナ侯爵家がおかしいと思っているのが自分だけでないことに安心した。貴族の常識が通じないマナ侯爵家に時々、自分がおかしいのかもしれないと困惑する時があった。
「嘘泣きばれませんか?」
「うーん。たぶん大丈夫じゃないかな。帰らなくていいの?」
「帰りたくないからここに来たんです。小隊長はもう帰りますか?」
ノックの音がしたので、イリアナは涙を拭いた。
第二騎士団小隊長の入室許可で入ってきた人物に固まった。
今日、休養日だよね。
アルに会いたい。頼りになる弟だったらどうするんだろう。
イリアナは平静を装った。
「マナ小隊長、どうされました?」
「迎えに来ただけ。部屋にいないからここかと」
イリアナは最近第二騎士団小隊長室に入り浸っている。
時間ができればここにいた。まさか迎えがくるとは思わなかった。
「帰れるか?」
イリアナは探るようにジオラルドを見た。
「どちらとしてですか?」
ジオラルドはイリアナの反応の意図が掴めなかったが正直に答えた。
「ジオラルド」
「帰りたくない。」
即答して顔を背けたイリアナの様子に戸惑った。ジオラルドがイリアナを見ると目が腫れていた。
「なんで、目どうした?」
「小隊長…。」
察しの悪いジオラルドにイリアナは頼りなる元上司に助けを求めた。イリアナは疲れ果てていた。
弱っているイリアナを見て、困惑しているジオラルドに第二騎士団小隊長は飽きれた。
初恋が叶ったのに、全然心を掴めてないよな・・。このイリアナを傍に置いて浮かれている友人は大丈夫なのだろうか・・。
「ラーナ…。マナ、お前ら少しは遠慮しろよ。強引すぎるマナ侯爵家にドン引きしてるよ」
「強引?」
「自覚ないのか。」
訳のわからないという顔をするジオラルドにイリアナの中で何かが切れた。
イリアナはバンと机を叩いて勢いよく立ち上がった。
「もう嫌。やっぱり結婚しない。マナ侯爵家に入るなんて耐えられない」
「リア!?」
「荷物は好きにして。アマルだけ返してくれればいい」
「なんで、」
困惑するジオラルドの顔を見れば見るほどイリアナの怒りは膨れ上がった。
「無理。嫌。気の迷いだった。子供の戯言だと思って頷いたことはなかったことにして。」
「リア、帰ってゆっくり話そう」
「嫌。うやむやにして強引にすすめるもの。」
「なんで、そんなに怒ってんの?」
「そーゆーところが嫌なの」
「謝るから、考えなおしてよ」
「理由もわからず謝るところも嫌。もうジオもマナ侯爵家も嫌い。小隊長ごめんなさい。お邪魔しました。」
イリアナは第二騎士団小隊長に礼をして帰り支度をして退室した。
「ラーナも切れるのか、追わなくていいのか?」
いきなりのイリアナの強い拒絶に呆然としていたジオラルドは友人の声で我に返ってイリアナを追いかけた。
イリアナは荷物を持って足早に進んでいた。
今日は家に帰る。絶対にマナ侯爵家には帰らない。
きっと私が帰らなければ、アマルは私の家に帰ってくる。
「リア待って、一緒に帰ろう。みんな待ってる」
「帰る理由がない。」
「俺と一緒にいたいって」
「デメリットの多さに心が砕けたわ」
ジオラルドの相手をするのさえ面倒だった。情けない顔を見ても心が揺れないくらい自分が怒っていることに気付いた、イリアナはザビ王国に来てからここまで心に嵐が吹き荒れたのは初めてだった。
イリアナは馴染みの気配に気づいた。丁度いいところに頼もしい人物を見つけて微笑んだ。さすがは私のアド。
「アド、これの相手して。怪我はさせずにマナ侯爵家に送り返して」
「お任せを。」
アドニスはイリアナの様子に了承の返事を返した。こうなったイリアナは放っておくことがいいことを知っていた。そしていずれイリアナがこうなることも予想していた。
アドニスはジオラルドを蹴とばすことにした。
アドニスのおかげでジオラルドが追ってこないことに安堵してイリアナは帰路についた。
久々の家に帰って窓を開けて換気をし、ベッドに倒れこんだ。
落ち着く。若奥様と呼ばれるのも疲れる。
あの家にいると、ジオに押し倒されるし、マナ侯爵夫人は話を聞いてくれない。
マナ侯爵はあまり帰ってこない。それに・・。
考え出したら嫌なことばかり。忘れよう・
イリアナは気分を切り替えて食事を作ることにした。食材は帰りに揃えてきた。
「イリア!!」
アマルの声にイリアナは笑った。この子にもいつも苦労をかけるな・・。
「アマル、ごめんね。食事はこれから?」
「俺が作るよ」
「作ったから食べよう。あっちの豪華な食事と比べないでね」
「俺はイリアと二人が一番。」
嬉しそうなアマルの頭をイリアナは撫でた。
「ありがとう。」
「朝は俺が起こすし、食事も作るから任せて」
「頼りにしてる。」
イリアナはアマルと二人っきりで過ごすだけでこんなに穏やかな気持ちになるとは知らなかった。
マナ侯爵家での日々はイリアナにとっては緊張感と脱力の連続だった。
またマナ侯爵家で連日される結婚式の話も大きなストレスだった。
翌日イリアナは久しぶりにアマルのお弁当を持って出勤した。
マナ侯爵邸ではイリアナやアマルは厨房に近づけてもらえなかった。
アマルのご飯は優しい味がする。
うちのアマルを侮辱したマナ侯爵家の使用人は許せない。
笑顔で受け流したけど。
うちのアマルのどこが小賢しい子供よ。アマルはジオよりよっぽど優秀よ。
イリアナはマナ侯爵家の使用人がアマルをいじめるのに怒っていたけど、アマルが止めるので我慢していた。アマルが許してくれるなら斬ってしまいたかった。
今日のイリアナの予定は訓練の監督だった。
言いたいことのありそうなジオラルドの視線をイリアナは無視した。必要以上に関わらなかった。
昼は声をかけられる前に第二騎士団に向かった。第一騎士団と第二騎士団は仲が悪いので、ジオラルドが隊服のまま追ってくることはないとイリアナは思っていた。
影でリック達がジオラルドの足止めをしているなどイリアナは気付いていなかった。
イリアナはいつも暖かく受け入れてくれる第二騎士団に救われていた。
第二騎士団の騎士達はアドニスに言い聞かされていたのでイリアナに事情を聞いたりしなかった。
ただ世間話でイリアナを笑わせるだけだった。
その日の帰りもイワンにジオラルドを任せてイリアナは家に帰った。
家に帰るとアマルが食事を作って待っててくれる。
穏やかな日常がありがたい。夜には殿下のもとに行こう。
最近、行けなかったから。やること多すぎて抜け出す暇もなかった。
イリアナは久々の自由で平凡な毎日を満喫していた。
アマルと第二王子がいればイリアナの生活は幸せだった。




