第57話 選択
イリアナにとって地獄のトイレ掃除期間が終わった。
ジオラルドは手伝ってくれると言ったがイリアナが断った。
小隊長がトイレ掃除なんてありえない。イリアナの罰だから一人で頑張らないといけなかった。
イリアナのトイレ掃除はアドニス達が見守っていたので、イリアナの邪魔をする人間はいなかった。
アマルがいつもより早く起こしてくれたおかげで、イリアナは無事に罰則を果たせたと思っている。
小隊長室に行くとジオラルドが左腕を真剣に見つめていた。
イリアナはジオラルドの様子を気配を消してこっそり見つめた。
イリアナは最近のジオラルドの戦い方に違和感があった。
ジオラルドの動きが鈍かった。そしてそれは本人も気づいてることを。
仕事が終わったイリアナはジオラルドに声をかけた。
「ジオ、明日の休養日に予定ある?」
「いやとくに」
「どこか連れてって」
「3人で出かけるか」
ジオラルドは出かけるときは必ずアマルも誘うことにしていた。
「2人っきりになりたい。だめ?」
自分を見つめて首をかしげるイリアナに見惚れていた。
「珍しいな。嬉しいよ。家まで迎えに行く」
翌日、イリアナはワンピースとショールを羽織った。
ジオラルドが馬で迎えにきたのは予想外だった。
「着替えてくる」
「いい。そのままで」
家に帰ろうとするイリアナをジオラルド抱き上げ自分の前に乗せた。イリアナは大人しく相乗りすることにした。
馬が止まった場所は屋敷だった。
「うちの別邸」
イリアナはジオラルドの言葉に焦った。貴族の家を訪問する服装ではなかった。
「この格好で、私をつれてはまずいのでは」
「平気。」
身分の低いイリアナがマナ侯爵別邸に行くのはおかしい。別邸を使える立場ではない。
戸惑うイリアナの手を強引にジオラルドが取って中に入った。
イリアナは諦めて案内された部屋でお茶を飲んでいた。
強引なジオラルドには敵わないことを学んだイリアナだった。
お茶がおいしい。さすが侯爵家は良い茶葉。
人払いされているので二人っきりだった。
イリアナはいい機会だと思った。
隣に座ってるジオラルドはイリアナを見つめていた。
イリアナはジオラルドの左手に手を重ねた。
「ジオ、左手どうしたの?」
「リア?」
「最近、よく見てたから」
ジオラルドはイリアナの様子に誤魔化すことをやめた。
「気付いてたか。意識すれば剣を握れる。ただ意識をこめないと動かないんだ」
イリアナはジオラルドの袖をめくって左腕を見た。
傷はない。治癒魔法をかけても魔法を弾かれた。
「ジオ、ごめん」
イリアナはジオラルドの右手の指を噛み切り血が出たので治癒魔法をかける。
ききにくいけど集中して魔法を紡ぐ。指の傷は治った。魔法は弾かれない。
イリアナはジオラルドに抱きついた。
体力回復の魔法をかけた。イリアナは集中して、なんとか魔法を紡ぐもやっぱり左腕だけは魔法が反応しなかった。
自分の指を口に含もうとするとイリアナは赤面したジオラルドに手を取られた。
「なに?」
「リア、それはやめて。禁呪は使わないってセインと約束してるよな」
イリアナはセインとの約束をなぜジオラルドが知ってるか不思議だった。でもそんなことより大切なことがあった。
「忠誠よりも譲れないものが」
イリアナの言葉をジオラルドは遮った。
「俺はリアの寿命をこれ以上縮めてほしくないからやめて」
悲痛な顔で懇願すらジオラルドにイリアナは今回はひき下がることにした。
「わかった。セイン兄様に相談する。左腕だけ全く魔法が反応しないの、まさか」
禁呪の代償は術者じゃなかった?。
あの時禁呪を使った。最初は効いてなかった。
もしかして代償が足りなかった?私の生命力じゃなくてジオが支払った・・。
あの傷が塞がったからやっぱり魔法は成功してる。
でも術者以外から無理やり奪うなんて聞いたことがない。
もしかしたらこのまま動かなくなるかもしれない。
騎士として左腕が動かないなんて致命的。
私のせいだ。私が足りなかったから。
自分の左腕を見て顔を真っ青にしたイリアナがジオラルドは心配だった。
「リア?」
「ごめんなさい。私のせいであなたの騎士生命を奪った」
「リア、ちゃんと説明して」
ジオラルドは真っ青な顔で事情を話すイリアナの話に笑ってしまった。
イリアナはジオラルド絶望すると思っていたので突然笑い出したジオラルドに茫然とした。
「利き腕じゃないから大丈夫。左腕が動かなくても問題ない。むしろ安心した。リアの命を代償にして生きる意味はない。俺はリアが死んだらあとをおうよ」
「なにを言って」
「約束どおり俺が死ぬ時にリアを殺すよ。ならお前に俺を止める権利はない」
「でも」
「俺に生きて欲しかったらリアが生きて」
「私はジオよりも確実に先に死ぬのに」
「それはリアが選んだ道だから。俺の腕の事は気にしないで」
「武門の嫡男なのに」
イリアナはジオラルドの言葉にどうしていいかわからなかった。
イリアナは片腕が使えなくなったら絶望する自信がある。武門の侯爵は強さを示さなければならない時もある。
「そんなに責任を感じるならリアが産んでよ。俺の次の跡取り」
「ジオ?」
「最低二人は欲しいな。一人はマナ侯爵家にもう一人はラーナ侯爵家に」
「なにを言ってるの」
「俺が出世して報酬に爵位を願うよ。ラーナ侯爵家を復興させよう」
「そんな簡単なことじゃないわ」
「リアが力をかしてよ。社交得意なんだろ?」
「その腕で出世なんて」
「俺はリアのためならなんでもできるよ」
「嘘つき」
「リアが結婚してくれれば俺にできないことなんてない。俺を支えて。俺はリアなしだと小隊長も務まらないんだ。俺が出世する方法を一緒に考えてよ」
「戦場だと格好いいのに、普段はなんで駄目なのかな。こんなプロポーズに頷いたら将来娘が産まれたら話せない」
「イリアナ、結婚しよう」
「あんなにジオと結婚しないって言ってたのに」
「俺がいかにリアを愛してるか語るから大丈夫」
「それ全然大丈夫じゃないからやめて。マナ家門が納得しないわ」
「もう説得してある。イリアナ・ラーナ以外を選ばないって。他の令嬢と結婚させるなら廃嫡でいいって」
マナ侯爵家の子供はジオラルド一人だけである。堂々と言うジオラルドをイリアナは恐る恐る見上げた。
「それ、脅し」
怯えるイリアナにジオラルドは優しく微笑んだ。
「あいつら俺のリア好きを知ってるから早く落としてこいって。リアの婚活邪魔してたのあいつらだし。うちの未来の嫁に手を出すなって」
「嘘・・・・。」
「リアの婚活情報も頼んでないのに報告してくるし。俺がしっかりしてない分周りが優秀なんだよ。うちのことは心配しないで安心して嫁いできて」
「あんなに頑張ったのに。」
イリアナは悲しみにくれて震えていた。ジオラルドだけでなく家の力で妨害されているとは思わなかった。
「リア、俺が好きなんだろ?父上も母上も賛成。貴族令嬢も俺の応援してくれてるし、あと何が不満なの?」
カレンの話は本当だった。
令嬢達がジオ側についたってこの顔にやられたのかな…。イリアナはジオラルドが話術で説得できるとは思えなかった。
「私は殿下を忘れられない。あなたの家門が納得しない。夫人が他の男をおもっているなんて」
「お前の殿下の墓はうちの敷地にうつしてもいい。みんな手を合わせてくれるよ。」
「なんで?」
「お前が殿下を思って泣いてるの見て一緒に涙してたから。王子殿下と俺なら王子殿下を選ぶのは当然だって。お前と殿下が一緒にいるのを見た事あるやつもいるし。あいつら俺の応援しながら二番目に満足できないなら諦めろって面白がって」
「ジオ?」
「悪い。気にするな。だから殿下を想ってようとうちの連中は気にしない」
「アマルとジオは仲が悪い」
「アマルが来るなら受け入れるよ。爵位はあげられないけど弟として扱うよ。一緒に寝るのは許さないけど。あとは?」
「持参金がない」
「いらない。リアをもらうから、むしろ払うよ。」
「後ろ盾もない」
「王太子殿下とセインという恐ろしい後ろ盾があれば十分だ」
「時々こっそりシュナイダー王国に帰りたい」
「一緒にいくよ」
「本当に傍にいてくれる?」
「約束する。だから結婚して」
もう逃げ道がない。
まさかジオラルドに負けるとは思わなかった。イリアナは諦めて頷いた。
ジオラルドに抱きしめられて素直に負けを認めることにした。
ジオラルドの近づいてくる顔に目を閉じて口づけを受け入れた。段々深くなっていく口づけにイリアナは押し倒されていることに気付いた。
「待って、なにするの」
「だめ?」
「な!?ここどこだと・・」
「うち」
「使用人にジオを手籠めにしたと思われ」
「黙って」
ジオラルドの口づけの雨がふってきた。
首、くすぐったい。
だめだ。このジオは止まらない。
「せめてベッド。ソファは嫌」
ベッドに抱きかかえられて、イリアナはジオラルドに大人しく身を任せた。
この人、本当に人の話をきかない。
前回はほとんど意識がなかったから今は恥ずかしくてたまらない。
赤面する私に満足そうに笑みを浮かべる男を見て怒りを覚えながらも幸せを感じる私も狂っている。
婚約を了承してからこの人が予想以上に面倒な人だったと知った。
翌日出勤したらカレンに捕まり訓練場に向かうと祝賀会が準備されていた。
恥ずかしくてたまらない私と嬉しそうなジオ。
しかも私の敬愛する小隊長はジオの従兄だった。侯爵家の次男だって。ひどい。教えて欲しかった。
衝撃的すぎてうっかり小隊長にプロポーズしたら振られるし、ジオは怒るし災難だった。
怒ったジオは恐ろしかった。あの人は私の手におえない。
噂の広まり方がおかしい。レオ様にも貴族令嬢にも祝福されるし、一晩でどうしてこんなに広まったのよ!!。
イリアナは心の中で悲鳴をあげていた。
イリアナは仕事の時間か終わったので、帰ろうすると第二騎士団長のマナ侯爵にマナ侯爵家に招かれた。平民のイリアナには断れなかった。
屋敷にはイリアナの部屋も服も用意され、家臣に若奥様と呼ばれる状況に戸惑っていた。
晩餐が終わったのに帰れる雰囲気ではなかった。
昨日婚約の了承をしたのにどうして婚姻の日取りの相談をされてるの!?。
私、成人しないと結婚できないのにどんどん結婚準備が進んでいく。
なんでドレスの相談をジオとマナ侯爵夫妻で盛り上がってるんだろう。
イリアナには社交用の微笑みを浮かべるしかできなかった。
ジオは成人したらもう一度シュナイダー王国の教会で式をあげればいいって言うけど意味が違います。
殿下、助けてください。私、心がくじけそう。ここの家の人、誰も私の話を聞いてくれない。
これからマナ侯爵家の暴走に翻弄されてる未来が見える。この人たち何事も物理で解決しようとする・・。
やっぱり小隊長と結婚したかった。ごめんなさい。ジオ、嘘だから。心の中を読まないで。その目で見ないで。
ギリギリまではマナ侯爵家に引っ越さないことをイリアナは決意した。住んでもいいのよというマナ侯爵夫人の言葉も期待するジオラルドの顔も気づかないふりをして笑顔で断った。この人たちはきちんと言わないと伝わらない。
残念ながらイリアナの話は聞いてもらえず気づいたら家に押しかけられ荷物が移動されていた。
イリアナはこの先の未来に不安を覚えずにはいられなかった。
イリアナにできることは第二王子の墓の封印を手厚くすることだった。
第二王子殿下までマナ侯爵家に好きにさせるなんて耐えられなかった。




