第50話 開戦3
「おいで、いらっしゃい、」呼ばれた気がしてイリアナは目をあけた。
ランの声ではない。辺りを見回しても人の気配はなかった。
暖かいと思ったらジオラルドに抱きついて寝ていた自分に気付いた。
アマルと間違えたみたい。
声が聞こえるけど、勝手な行動するなって言われてる。
ジオラルドはよく寝ていた。イリアナはたぶん勝手に動いたらいけないことは理解していた。
よく眠るジオラルドを見てイリアナは悩んだ。
いいや、明日聞こう。明日も聞こえるなら相談しよう。
イリアナは暖かさにうとうとして再び目を閉じた。
翌日はイリアナは医療テントに預けられ仕事をしていた。
ジオラルドに治癒魔法は禁止されたので、手当てだけをした。
医療用テントを見渡すと重傷者はいなかった。
突然の大声に視線を向けると傷ついた兵士が突然暴れていた。
大声をだして頭を抱えて暴れていた。
イリアナは魔力を探ると兵士の周りがキラキラ光っている。
イリアナは迷った。
兵の傷は騒ぐほどの重傷ではない。でも叫ばれるとうるさくて他の者が休めない。
イリアナは桶に水を汲み、転んだフリをして頭から兵士に水をかけた。
まわりが静まりかえった。
暴れた兵士は固まった。
イリアナはタオルを持って兵に駆け寄った。
「ごめんなさい。」
慌てた振りをしてタオルで兵の体を拭きはじめた。
「ごめんなさい。包帯かえますね。」
「嬢ちゃん、大丈夫だから。服、自分で着替えるから」
「申し訳ありません」
「戦場だからな、慌てても仕方ない。小さいからな」
イリアナが兵の服を脱がせているとカレンに腕を止められ兵から離された。
「イリアナ止まって」
「カレン?」
「ジオラルド様が怒るからその辺にしなさい。」
「水をかけたから?」
イリアナは自分が兵を押し倒していたことに気付いてなかった。傍からみれば襲っているように見える光景である。男だらけの場所で可憐な少女が濡れた男の服を脱がせている光景に周りの兵は頬をそめていた。一人だけ理由のわからないイリアナの様子にカレンは苦笑した。
「わからないならいいや。いつかジオラルド様に襲われないように気をつけてね、待って、貴方どこで寝てるの?」
「マナ小隊長のところ」
「え?」
「隊長の命で。」
カレンは意味がわからなかった。
「ラーナ」
イリアナはここ数日で聞き慣れた声に頭をさげた。
「ごめんなさい」
「何した?」
砦の兵はジオラルドがイリアナに御執心とは知らなかった。カレンは友人としてイリアナが襲われないように庇うことにした。
「ジオラルド様、イリアナが転んで兵士に水をかけただけです。兵も怒ってないから、許してあげてください」
ジオラルドの言いたいことのありそうな目ににっこり笑ってみた。
全く通用しなかった。
駄目だ。アウトだ。お家に帰りたい。
戦争時の対応なんてわからない。天国のお父様、イリアナはどうすればいいんですか。
「ラーナ?」
イリアナは正直に告白することにした。
「兵が暴れだしたら見えたんです。魔法は駄目でも水をかけるくらいなら許されるかなって…」
「ラーナ、今は光ってる?」
「どこも光ってません。床にもこのタオルにも」
「分かった。誰もいない時なら声をかけていいから、俺の後で静かにしてて。絶対に余計なことを話すなよ」
イリアナは自分の問題児扱いに悲しくなった。
ニヤニヤ見ている周りの目がつらかった。イリアナは出来の悪い子を見つめる視線などほとんど向けられたことがなかった。
セイン兄様、助けてください。
ジオラルドが赤面してイリアナを見ている兵達に嫌な予感がして連れ出したとは思っていなかった。
イリアナ達は第一騎士団長の天幕に入った。
今は第一騎士団長とジオラルドとイリアナのの3人だけだった。
ジオラルドを呼んだのにイリアナが一緒の理由を悟った第一騎士団長は曖昧な笑みを浮かべた。自分の想像以上にイリアナが駄目なのかジオラルドが過保護すぎるのか判断しかねていた。
「ラーナはやっぱりだめか。いいよ。今は私だけだから好きに話して」
「申し訳ありませんでした」
心底反省した顔でイリアナは頭をさげた。久しぶりに本気で反省して謝罪していた。
「いや、想定してたから。あの場では私にも立場があるから」
上司の言葉にイリアナはさらに落ち込んだ。
「隊長」
イリアナのここまで落ち込む姿は初めてだった。
「そこまで落ち込むとは、ジオに怒られたか。ラーナ、今はいつも通りでいい。反省するなら後にしなさい。風で吹き飛ばす以外に魔法にかからない方法はある?」
イリアナは平静を装って顔を上げた。
「水で洗い流しても効果的なようです。ただラーナは、やはり様子がおかしくなった時には光が見えるそうです。」
「帰ってきたら、着替えと水浴びを徹底させるか。それで、様子を見よう。戦闘中はローブを上から着せてみるか。発狂して戦況が悪くなるなら離れた所に待機させた第二部隊を動かす。ラーナは何もしなくていいから、最初から魔力を集中させて見ててほしい。いつから光るか、いつ粉がかけられたか。」
何もしなくていいという言葉がイリアナの心に突き刺さったが、耐えた。イリアナは汚名返上するために頑張らなければいけないと気合を入れた。
「わかりました。隊長、気になることがあるので敵兵を何人か捕虜として捕えてもらえませんか?」
「理由は?」
「あの黒い魔石について調べたいんです。もし許されるなら捕らえた兵を使って情報を探ります。できれば強そうな人がいいです。」
「ラーナ、お前の催眠ってどの程度?」
イリアナはここで催眠をかけることを聞かれるとは思わなかった。
「相手が油断しないとかけられませんが洗脳して敵兵を味方にするくらい簡単です。ただ魔法が効かないマナ小隊長には通じるか」
イリアナは自分がいかに恐ろしいことを言ってるか気付いていなかった。
本当にできるなら、使える策が増える。第一騎士団長は駄目元で命じてみた。
「試してくれる?お前を嫌ってる騎士を呼ぶからお前に忠誠を誓わせてみて。その忠誠はなかったことにするから」
イリアナは催眠をかけることに一つだけ気がかりがあった。
「構いませんが、催眠をかけてる所を見られたくないです。」
「私が見たらまずい?」
第一騎士団長は催眠術に興味があった。イリアナが気まずそうにジオラルドを見た。
「隊長は楽しまれると思いますが、真面目なマナ小隊長には厳しいと。」
「セインは?」
「最初は驚いてましたが、ノリノリで楽しんでました。絶対に怒らない、口出さない、ここだけの話で終わりにすると、約束してもらえるなら見学してください。真剣な顔で合わせてくださいね。笑ったり声をあげたりすると失敗しますので」
「ジオ、どうする?」
「見学します。」
「誰か部下に命じて、マナ小隊長の名前でここに呼び出してください。マナ小隊長は騎士より先に必ず戻ってきてください」
ジオラルドが騎士を呼びに出て行った。
「隊長、マナ小隊長を止めてくださいね」
「興味本位なんだけど、なんでジオに見られたくないの?」
「お説教されるのも不機嫌になるのも迷惑です。」
第一騎士団長はジオラルドの初恋が全く報われていないがイリアナはジオラルドに好かれていることは気付いたのでジオラルドの初恋はようやく一歩前進かと愉快に笑っていた。もう一波乱あるかなとイリアナが気付いたら悲鳴をあげそうなことを考えていた。
「予想通りならジオには、酷だよね。」
「男を油断させるには、女を使うのが一番ですから」
「セインの時は?」
シュナイダー王国戦では第一騎士団長は間者を送ろうにも本陣が全く見つからなかったので送り込みようがなかった。
イリアナは自分がアルとして動いていたことに気付かれていると思った。今さら隠す必要はないので素直に説明することにした。
「男装してたんで、セイン兄様とイチャイチャしてると、皆さん驚いてくれたんです。間者を招きいれたテントで膝の上で見つめあってれば、ねえ?」
「初心な人間が多かったんだな」
「助かりました。」
ジオラルドが戻ってきた。
「ありがとうございます。マナ小隊長この位置で、真剣な顔でお願いします。話さなくていいですから、お願いしますね」
ノックの音がする。小声でささやく。
「ラン、お願いね」
人の入ってくる気配にイリアナはジオラルドの手を取った。
「ジオラルド様、私、お慕いしている方がいるんです。ごめんなさい」
「え?」
イリアナは入室して固まっている騎士の元にかけていき手を握り瞳を潤ませて見つめる。
「嫌われてるのはわかってたんです。でもあきらめられなくて」
「え?」
「ずっと、お慕いしていました。でも私」
「ラーナ?」
「イリアナです、」
イリアナは切なく見つめると騎士が赤面して、ボンヤリしてきた。
自分の上司が目の前で振られて、振った女が自分を好いている縋ってくれば動揺する。しかも上司の目の前で。
イリアナは騎士の反応に微笑みを浮べた。
「貴方の忠誠は?」
「俺は、」
「たとえ貴方が弱くても情けなくても構いません。私は絶対に見捨てません。側にいてください。貴方の忠誠は」
「俺の忠誠はイリアナ・ラーナ様に捧げます。」
イリアナが思ったよりも簡単に催眠にかかったので、後ろを振り向いた。
「隊長、もういいですか?」
「ああ。」
「ランお願い。」
イリアナは手をパンと叩いた。ボンヤリした騎士が、跪いている。
視線を合わせて声をかけた。
「どうされました?」
「いや、俺は、」
騎士が慌てて部屋を出て行った。
騎士の顔が赤かったので、まだ催眠が抜けきってないかと思ったが、時間と共に解けるので気にしないことにした。
イリアナは第一騎士団長に向き直った。
「3日位なら効きます。重ねかけすればそれ以上も。ご満足いだけましたか?」
「ああ。わかった。捕虜を何人か捕えてやろう。たいしたもんだな。さすが殿下のお気に入り。頼むよ。」
第一騎士団長は催眠術の腕が本物だと知り口角をあげた。この術を使えば間者を送り放題である。上司の顔を見てイリアナは催眠のことを教えたことを後悔した。
厄介な人に知られたかもしれない。まぁ、いいや。
「私、退室してもいいんでしょうか?」
「俺も行く。失礼します」
ジオラルドについて砦の見周りに同行した。
士気は悪くなかった。
食事を貰ってテントでジオラルドと一緒に食べるが、いつも話しかけてくるジオラルドは無言だった。
食べきれない分はどうしよう。
リックが近くにいたから、頼もうかな。
イリアナが立ち上がるとジオラルドは無言で食器を受け取り食べはじめた。
「ありがとうございます」
約束したから見学を許したのに。公私混同しないでほしい。
イリアナは機嫌の悪いジオラルドに戸惑っていた。
「怒ってるんですか?」
「面白くないだけ」
「私は見ないことをすすめました」
「中々割り切れないこともあるんだよ」
イリアナは食器を片付けてテントに戻り仮眠を取った。
不機嫌なジオラルドは気にしないことにした。
イリアナは寒さに目を開けると隣には誰もいなかった。
ベッドが冷たいのでジオラルドが仮眠をとっていないことにため息をついた。
イリアナはここに来てからジオラルドに迷惑をかけている自覚はあった。
明かりがついていた。
イリアナはベッドから降りて立ち上がった。
椅子に座っているジオラルドに近づいた。仕事をしている様子はなかった。
「寝ないんですか?」
「寝付けなくて」
バカな人。
休息は一番大事って自分で言ったのに。
「寒いんです。一緒に寝てください」
「俺の毛布掛けていいよ」
イリアナは自分の方を見ないジオラルドの腕を引いてじっと見つめた。
「だめですか?」
「仕方ないな」
「がんばって起きるから安心して寝て下さい」
「自分で起きれるから。」
ジオラルドの腕をひいて、ベッドに入った。
イリアナはアマルにするようにジオラルドを抱きしめた。
くっつくと暖かいんです。
ほら、ベッドに入って、くっついてポカポカすれば眠くなるんですよ。
しばらくすると、寝息が聞こえた。
手のかかる人。眠れないなら言えばいいのに。
ぐっすりと眠るジオラルドの寝顔を見てイリアナは再び目を閉じた。
イリアナが眠りしばらくするとジオラルドは目をあけた。
俺はリアに嫌われてるんだか好かれてるんだか・・・。
無防備に眠るイリアナを見てジオラルドは心配だった。
前も第二騎士団のテントでこんなに無防備に寝ていたんだろうか・・。
さすがに一緒に寝てはないよな・・・。
セインと寝てたんだよな・・。
まだ俺に、イリアナを独占する権利はない。
イリアナの髪に軽く口づけを落としてジオラルドは眠りについた。
ジオラルドがイリアナを起こすと気まずい顔で見上げられていた。
イリアナは結局ジオラルドに起こしてもらったので偉そうなことは言えなかった。
ジオラルドはイリアナの様子に笑っていた。
そんなジオラルドにイリアナは自分が微笑んだことに気付かなかった。
先に支度を整えているジオラルドを見ながら、起きたらジオラルドの機嫌がなおっていることになぜか安心したイリアナが首をかしげていた。




