第48話 開戦1
昨晩ザビ王国の国境が攻められた。
宣戦布告はなかった。
戦争するなら大義名分の申し立てと開戦宣言がある。
シュナイダー王国の時もなかった。
ただシュナイダー王国は代替わりしたばかりで色々問題があったから、仕方ない。
ただ今回攻めてきた国王は保守派で有名だった。
レオナルドが不信に思いセインに隣国の内情調査を命じた。
ジオラルドは国境に向かう馬に揺られながらセインの言葉が頭をよぎっていた。
「ジオ、リアを頼む」
ジオラルドはセインの深刻な顔を初めて見た。
前回の戦場でもそんな顔は見た事なかった。いつも余裕のある顔を浮かべていた。
「今回俺は一緒にいけない。リアは今まで人を1度しか殺めたことがない」
ジオラルドはセインの言葉は意外だった。
「ラーナ侯爵令嬢、第二王子殿下の婚約者。騎士として育てられたけどいつも護衛騎士に囲まれて過ごしていた。俺と出た戦争が初めてだ。あの時は時間稼ぎの茶番をしてただけ。あの戦争は誰も死なないように手を回していた。リアは必要だったら、ためらわずに殺す。剣が体に染みついてるから。でも正気に戻ったらどうなるかわからない。初めて殺した時も平然としてた。でも第二王子殿下が気付いて連れ出して宥められた。殺したことに後悔はないけど、相手の家族を思って泣いたらしいよ。リアはすぐに隠すから。必要なら簡単に命も捨てるだろう。」
セインの言う通りイリアナは人を殺さなければいけない立場ではなかった。
「気を付けるけど、俺はラーナに何をしてやれるかわからない」
「傍にいてくれ。連れて帰ってきてくれればいい。あとずっと俺と単独行動してたから…。勝手に出歩くかも。強いからなんとでもなると思ってる。アドニスがいればせめて安心できたんだけど。」
アドニスは別の任務を命じられていた。騎士団では単独行動は禁止されている。ジオラルドは苦笑した。
「とんだ問題児だな」
「まだ子供たから仕方ない」
「セインもラーナには甘いな」
「妹分だからな。二人でちゃんと戻ってこい。」
「セインも気をつけて」
「誰に言ってる」
自信満々に笑ったセインが去っていった。
ジオラルドは先鋒を命じられたイリアナを不安に思っていた。
ジオラルドの不安は的中した。
砦に近付くとイリアナが男を背負っていた。
潰れそうなイリアナは第一騎士団長を見つけて笑った。
第一騎士団長は飽きれていた。単独行動は厳禁である。
イリアナが捕まえた捕虜は騎士が引き取った。
ジオラルドはイリアナを見張りたかったけど追いかける立場ではなかった。
ジオラルドの声など聞かずにイリアナはまた一人で進んで行った。
ラーナ、馬で動け。リックとイワンを離すなよ。
ジオラルドは迷いなく進んで行くイリアナの背中に言いたいことはたくさんあった。
軍議が始まる直前にイリアナは帰ってきた。
軍議がはじまった。
参加するのは砦の隊長と小隊長と補佐官、第一騎士団長とジオラルドとイリアナだった。
現状はレオナルドから聞いた内容と同じだった。
「ラーナ、収穫はあった?」
「見回った場所には魔法の気配も陣もありません。戦うならあの辺りが安心だと思います。近くに魔導士もいませんでした」
夜になると狂った兵士たちが攻めて来る。
捕虜が目覚めたけど、何も話さないと報告を聞いたイリアナが手を上げた。
「隊長、私が話を聞いてもいいですか?」
「いいよ。ジオお前もいけ」
ジオラルドはイリアナのお目付け役としてつけられた自覚があった。
イリアナとジオラルドは捕虜のところに向かった。
捕虜は遠くを見つめてぼんやりと座っていた。
緊張感のない捕虜の様子をジオラルドが見ているとイリアナが捕虜の前に座り込んで笑顔で話しかけた。
「こんにちは。」
捕虜は頬を染めてイリアナを見た。
ジオラルドはイリアナの様子に目を見張った。見惚れる気持ちはよくわかる。
ただこの状況で見惚れる余裕がある捕虜は大物かもしれないと警戒した。そして親し気に話すイリアナの様子に尋問できるのか不安を感じはじめた。
「君は」
「素直に話してくれませんか?」
「俺は、なんで」
「貴方、兵士でしょ?」
「違う。兵士じゃない、俺、なんで、村は!?村に盗賊が襲って助けをもとめに行ってそこから」
男は混乱していた。
イリアナは精神異常回復の治癒魔法をかけたが様子が変わらない相手にきょとんとした。
ジオラルドは無邪気に話しかけるイリアナの様子に迷っていた。
「もう少し、落ち着いて教えてください」
「助けないと、助け、急がないと」
言葉が届いていない男を眺めているとイリアナが男の首から不穏な気配を感じた。首元のネックレスをつかんだ。ネックレスについている黒い石を取り出すと捕虜の男の様子が豹変した。
イリアナは慌てて男から離れた。
「かえして、それは、俺の、許さない、返せ」
叫んで暴れる捕虜を眺めていたイリアナがそっと近づき短剣で紐を斬って石を捕虜から取り上げた。男は茫然として、しばらくすると意識を失ったのでイリアナは手を差し出してそっと寝かした。
捕虜が眠ったのを確認するとイリアナは取り上げた真っ黒な石に目を奪われた。イリアナは石から目が離せなかった。イリアナは自制して目を離そうにも体が言うことをきかなかった。イリアナは何も考えられなくなった。
石を眺めるイリアナの様子を見ていたジオラルドはイリアナが震えだしたので顔を覗き込むと焦点が合っていなかった。
「許さない。絶対に、」
「ラーナ、大丈夫?」
「許さない」
ジオラルドの声はイリアナに聞こえていなかった。
ジオラルドがイリアナから石を取り上げるとイリアナは固まった。
イリアナの顔をのぞきこみ再び呼びかけた。
「ラーナ、ラーナ、リア!!」
「ジオ?」
「大丈夫か?」
イリアナは何度か瞬きをして、きょとんとして首を傾げた。
こんな場合じゃないけど可愛い。
ジオラルドは気が抜けそうになるのをこらえた。イリアナが目を大きく見開いた。
「すみません。それ捨ててください!!。危ないです。頭がぼんやりして思考が奪われます。ぽいしてください」
慌てて石を取り上げようとするイリアナの腕をジオラルドは掴んだ。危険なものをイリアナに持たせる気はなかった。
「駄目です。危ないです」
イリアナはジオラルドの体質を知らなかった。
「大丈夫だから落ち着け。俺は魔法があんまり効かない」
「は?」
イリアナは意味のわからない言葉を聞いた。ジオラルドの顔に嘘はなかった。
「術や魔法の効きが悪いんだ。だから殿下と一緒に転移もできない」
イリアナは理解できなかった。
治癒魔法が効きにくい人間を知らなかった。
訝しげにジオラルドを見つめた。
「人間?」
「俺からすれば魔法が使えるラーナの方が不思議だよ」
ジオラルドは無防備な顔で自分を不思議そうに見つめるイリアナの頭を撫でた。
ラーナにも全く理解できないことがあるんだ。和んでる場合じゃないか…。
しばらくするとイリアナは自分の世界から帰ってきた。
「仕事中です」
イリアナはジオラルドの手を振り払った。
いつもの調子が戻ったイリアナにジオラルドは苦笑した。
イリアナが取り出した魔法封じの袋に石をいれて第一騎士団長のもとに戻った。
ジオラルドは危険な石を素手で再度掴もうとしたことを叱ろうか迷った。
「戻ったか」
「隊長、彼は兵士ではありません。この魔石に操られていました。この石、持つと思考が奪われてぼんやりします。体の制御がきかなくなります。」
「捕虜が嘘をついていることは?」
「ありえません。私、催眠術の心得があるので、嘘は見抜けます。あの人は村が盗賊に襲われて、助けを呼びに出かけた後から記憶がないそうです。魔石で人が操れると聞きますが、どこまで影響がでるかわからないので、監視をつけたほうがいいと思います。」
自信満々に話すイリアナの言葉は第一騎士団長には受け入れにくかった。正気を疑うような内容だった。
「魔石で人が操れるのか?」
「見たことはありませんが、文献には記されていました。術者の意のままにあやつる魔石の存在を。ただ高度な魔法で禁忌とされています」
イリアナはアベルトのために魔法を必死で調べていた時期があった。そのためある程度の知識は持っていた。
第一騎士団長はイリアナが魔導士として博識なことに感心していた。術が使えることと知識があることは別だった。
「ラーナ、嘘が見抜けるのか?」
「集中すればです。普段は疲れるので使いません。」
第一騎士団長の探るような視線に気づかず、イリアナは躊躇いもなく答えた。自分がとんでもないことを言っている自覚は全くなかった。
「催眠術とは?」
「元侯爵令嬢の嗜みです」
第一騎士団長はイリアナの言葉を信じがたかった。令嬢の教養に催眠術があるとは聞いたことがなかった。
ただイリアナの能力は評価していたので、嘘をついているようにも気が狂っているようにも見えなかった。他の騎士なら休養を命じるほどの内容だった。
「ジオ、本当か?」
「ラーナのことはわかりませんが、捕虜が嘘をついている感じはありません。ただ石を取り上げようとすると豹変しました。石を持ったラーナも様子がおかしくなったので石は警戒したほうがいいと思います。」
魔導士としての博識さを披露したのに、石に触れる危険な行動をしたイリアナに第一騎士団長の評価は下がった。監視役が必要だと判断した。
「魔石か。ラーナ、ここではジオの側を離れるな。単独行動は禁止だ。ジオ、言い聞かせておきなさい」
「はい」
第一騎士団長は隊をいくつかにわけて、夜の出撃に揃えた。
必要時に迎撃命令も出ていた。
ジオラルドは迎撃隊の近くでイリアナと一緒に様子見を命じられた。
ジオラルドの役目はイリアナのお守りである。
第一騎士団長はイリアナの魔導士としての目をあてにしていた。
今夜は情報収集優先だった。ザビ王国は魔道士が少ない。
ここにいる魔道士はイリアナだけだった。
「マナ小隊長、隊長の言葉の意味がわかりません」
「今日の俺達の仕事は情報収集。戦闘には参加しなくていいから何が起こっているか探る。ラーナの魔導士としての視点で分析してほしい。」
「わかりました」
「あと、単独行動は厳禁。必ず複数で動く。基本は3人。さっきのラーナの行動は罰則ものだ。初犯だから見逃すけど。俺の側で指示に従って」
「わかりました。魔法はいつ使いますか?」
「魔法?」
「広範囲で1日4回なら体力と精神力回復の治癒魔法が使えます」
「どうしても必要なときは頼むから、まだ使わなくていい。おい、まさか」
ジオラルドの視線にイリアナは頷いた。むしろ気づいてないことに意外だった。
イリアナは魔法をかけおわり、水浴びしていたところをジオラルドに見つかっていた。
「はい。前回は両陣営に治癒魔法をかけてました。」
「前回とは状況が違う。殺し合いだ。些細なことでも話して。無理はするなよ」
「わかりました。」
待機時間のため、ジオラルドは自分用のテントに戻った。
もし砦が襲われれば、伝令がくることになっていた。
「荷物だけ取りに離れてもいいですか?」
「ああ。」
ジオラルドは、離れていったイリアナを見送りながら考え込んだ。
ラーナ、テントの中まで一緒にいなくてもいいんだけど、いいか。心配だし。
荷物って、あいつ、俺のテントで寝るのか?
あいつわかってるの?
荷物を持ったイリアナが戻ってきた。
「食事を貰ってきます」
「ラーナ、二人分な」
「わかりました」
イリアナが食事を二人分持って戻ってきた。
イリアナはジオラルドの前に食事を置いて、荷物整理をはじめた。
「それはあとにして食事にしよう」
イリアナは不思議そうにジオラルドを見た。
ジオラルドはセインにイリアナが食事を抜く癖があると聞いていた。
「ラーナ、食べれる時に食べる。食事と睡眠が優先だ。座って」
ジオラルドの向かいに座ったイリアナは食事を見つめて動かなかった。
イリアナはお腹がすいてなかったし、食べきれない量に悩んでいた。
「食べれない分は俺がもらうから」
「罰則が」
「与えないから。ここにいる間は残りは俺が食べるから」
「ありがとうございます」
イリアナの心底ホッとしてる顔を見て、どこに安心要素があったのかジオラルドにはわからなかった。
イリアナはジオラルドの器に、食事を移して食べ始めた。
食べ終わった食器をイリアナが片付けて帰ってきた。
「ラーナ、仮眠をとれ。ベッド使っていいから」
「マナ小隊長は?」
「俺はいい。起こすから」
「上司が休まないのに休めません」
「俺と同じベッドで寝れんの?」
「マナ小隊長、寝相悪いんですか?それなら私は床でも構いません」
「本気?」
「私、寝相良いので。」
ジオラルドはイリアナの様子に悩んだ。
そういえば、前回の戦場でアベルトとセインは深い仲って言われてたけど。
でも、リア、初めてだったよな。うん。気にしないならいい。役得。
「わかった。仮眠をとるよ」
ベッドに横になるとイリアナが横に転がった。
イリアナは一瞬で眠りについた。
ジオラルドは複雑だった。
意識されてないことに嘆けばいいのか、安心していることに、安堵すればいいのか。さすがに手を出さないように自制をして眠りについた。
ジオラルドは目を醒ました。
隣でぐっすり眠っているイリアナに声をかけた。
「ラーナ、起きて、ラーナ」
「アマル、もう少し、おいで」
ぼんやりしたイリアナが腕を伸ばすのに戸惑った。
まさかアマルと一緒に寝てるわけじゃないよな。
ジオラルドは寝ぼけているイリアナを抱き締めたい衝動をぐっと我慢した。
「ラーナ、仕事だ。起きて」
イリアナは目をあけて、声の主の顔をじっと見た。
「じお?夢?」
「夢じゃない。起きて、仕事に行く」
パチパチと瞬きをしたイリアナがゆっくりと起き上がった。
イリアナは子供の頃も寝起きが悪かった。昔とかわらないぼんやりとしているイリアナの乱れた髪をジオラルドが直し終わるころにようやく覚醒したイリアナが頭をさげた。
「ごめんなさい。」
「まだ間に合うから大丈夫だ。戦闘の支度して」
イリアナは慌てて支度を整えはじめた。
イリアナがジオラルドの予想以上に問題児ということをジオラルドは気づいていなかった。




