第43話 第一騎士団小隊長補佐官
イリアナが第一騎士団長を見ると機嫌がよさそうに笑っていた。
ただ油断してはいけない気がしていた。
私、第二騎士団長のような寡黙で大人の貫禄がある隊長が好みなんだけどな・・。
第二騎士団長は忠儀や筋に弱いからわかりやすかった。
第一騎士団長はなにを考えているかわからなかった。
軍師としての能力が優秀と聞くから絶対に油断してはいけない。
イリアナは第一騎士団長を信用しないことにした。
イリアナは第一騎士団小隊長室に案内された。
自由に使っていいとジオラルドの隣の机を示された。嫌だと思っても、口には出せないのでお礼を言うことにした。
ジオラルドから鍵と第一騎士団の制服を受け取った。制服には補佐官の証もつけられていた。
すでに全部決まっていたことだった。イリアナが何を言ってもこの移動は変わらなかった。
イリアナは着替えながら、移動への不満や不安を飲み込み、意識を切り替えた。
イリアナは書類仕事をしているジオラルドをそっと見た。
ジオラルドの机の上の書類の山を見て眉をしかめた。第二騎士団小隊長はこんなに大量の書類の塊を抱えていることはなかった。
この人は自分の仲間を裁いた。不正を見抜けなかった自分も裁けと言った。
潔く自分に厳しい騎士は嫌いじゃなかった。
イリアナはジオラルドを手伝うことにした。犯罪者と既成事実を作らせようとした負い目もあった。
イリアナは自分で処理できそうな書類を分別していると驚いた。
「マナ小隊長、この書類は全部小隊長の割り当てですか?」
「そうだけど」
小隊長は騎士の仕上げた書類を確認するのが主な仕事である。
机の上には処理していない書類がほとんどだった。
「イリア様!!」
「姫様」
ノックもせずに入ってきリックとイワンをイリアナは睨みつけた。
「入室許可は出してない。」
二人はイリアナの前に跪いた。
「「すみません」」
「次からは気を付けて」
「「はい」」
「あと跪くのやめて。なに?」
二人は立ち上がりやる気に満ちた顔でイリアナを見た。
「手伝えることありますか?僕、手が空いてるんです」
「手伝います」
イリアナは言いたいことがたくさんあるが優先すべきは書類の処理である。
書類の束を一束づづ二人に渡した。
「これお願いできる?」
「「はい」」
嬉しそうに二人は頷いて、片付けるために退室して行った。
イリアナは時間がかかりそうな仕事を二人に任せた。
あの二人が優秀なことをイリアナはよく知っていた。
ジオラルドは3人の様子を呆気にとられていた。イリアナはジオラルドに謝罪した。転属したばかりでも第一騎士団小隊長補佐官である。
「申しわけありません。小隊長の書類に騎士がやるべき書類が混ざってました。急いで仕上げますので、時間をください。マナ小隊長は自分の業務にお戻りください」
イリアナは書類の山を自分の机に移した。
「ラーナ、それ俺の仕事」
イリアナの行動に戸惑っているジオラルドを静かに見つめた。イリアナは第二騎士団で小隊長補佐官をしていたので、小隊長の仕事は大体知っていた。知らなかったとしてもジオラルドの言うことがおかしいことはわかった。
「違います。小隊長は仕上がった書類を確認して、印を押して隊長に提出するんです。これは私達の仕事です」
「嘘だろ?」
驚愕しているジオラルドにイリアナは我慢できなかった。イリアナは疲労の所為で冷静な判断ができなくなっている自覚はなかった。
「むしろこれを一人でやろうとしてたことに驚いてます。なんで騎士の仕事を貴方がとってやってるのよ!?」
「回ってくるから」
「騎士に返してください。私だったらこんな書類回すんじゃないって怒るわよ。貴方の補佐官になったからには仕事はきちんとします。どうにも譲れない時は遠慮せずに言葉にしてください」
「小隊長が部下に頼りきったらしめしがつかないだろ」
イリアナは失笑した。あまりの出来の悪さに表情を取り繕うこともできなかった。
「そんなちんけなプライドは捨ててください。うちの小隊長は正直な方ですが部下に慕われてます」
「随分、気に入っているんだな」
「尊敬してます。」
「俺も頑張らないとか」
「はい。頑張ってください。貴方の評価、ものすごく低いんで安心してください」
「元気そうでよかったよ。体も大丈夫そうで安心した」
「執務中に私的な話はやめてください。」
嬉しそうに笑うジオラルドを無視して書類仕事に取り掛かった。
イリアナは量が多いので1日かかることを覚悟していた。
「ラーナ、ラーナ」
ジオラルドの声に顔をあげた。
「なんですか?」
「昼休憩」
もうそんな時間か・・。でもお腹すいてないしもう少しやりたい。
「もう少し仕上げたいのでお先にどうぞ」
「命令。食事に行こう」
「はい」
上官の命令は絶対である。
不満に思いながらもイリアナは了承して、第二騎士団に荷物を取りに向かった。騎士仲間に誘われたのでそのまま食事をとった。
移動を寂しがり心配してくれる仲間に胸が熱くなる気がした。
アマルのお弁当を食べながら物思いにふけっていた。ここに来るまでにすれ違った第一騎士団の騎士達の様子にため息をついた。イリアナは何も投げつけてこないことに安心した。今までは他隊なので片付けなくてもよかった。ただ今回からは自分も片付けなければいけない立場になってしまった。職場の綺麗な環境を保つのは大事な仕事である。今度からは避けないで受け止めることにしようと検討違いなことを思っていた。
イワンとリックがいることを感謝することにした。第一騎士団は第二騎士団より騎士の質が悪かった。
信頼できる人が近くにいるってありがたい。
嫌っている第一騎士団所属になった自分にまた来いよっと言葉をかけてくれる優しい騎士達に手を振りイリアナは第一騎士団に戻って行った。
午後からも書類に取り掛かった。イリアナの訓練指導は明日からだった。第一騎士団長に今日はジオラルドに仕事を教われといわれていたが、概要を聞くだけなのですぐに終わった。
戻って来たリック達にまたいくつか仕事を任せた。
終わった書類をジオラルドの机にのせていく。
期限が近いものは仕上げ終えたので一息ついているとドアが開いた。
「ラーナ!!今日から一緒の隊ね。嬉しいわ」
イリアナに絡んでくる女性騎士が笑顔で入室してきた。イリアナは頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。なにか手伝おうか?」
イリアナは騎士達の手が空いてることが不思議だった。第二騎士団には休憩以外で手の空いてる騎士はいなかった。手が欲しいのは確かなので甘えることにした。
そして第一騎士団で自分に悪意を持っていない貴重な相手に気になっていることを聞くことにした。
「ありがとうございます。これを頼んでもいいですか?あと教えてほしいんですけど」
「なに?」
「なんで騎士のやるべき書類仕事をマナ小隊長がやってるんですか?」
女性騎士が苦笑した。
「ジオラルド様って罷免された小隊長の後輩なの。あの人にやれって言われたことを全部こなしてたの。前の小隊長は贔屓がすごくて、お気に入りの騎士が間に合わないって言えばその仕事は全部ジオラルド様に押し付けてた。上司の命令は絶対。だからジオラルド様の仕事量が凄かったの。でもジオラルド様は真面目でしょ?やり遂げるのよね。ラーナには悪いけど前小隊長を追い出してくれて良かったわ。今でも前小隊長の傘下の騎士達は、やりたくない仕事はジオラルド様にまわすのよ。」
イリアナは飽きれた。どこから突っ込んでいいかわからなかった。
「いいように使われてるんですね」
「そんなところね。ラーナが来てくれて嬉しい。いい加減、カレンって呼んでくれない?」
「私と親しいと思われれば目をつけられますよ」
「私がラーナ贔屓って有名よ」
「お友達はどうしたんですか?」
「あの二人は一人は見習いに降格、もう一人は罷免。先輩だからって命令してたのにいい気味だわ。私が友情を感じる騎士はラーナだけよ。あとイワンとリックも。だから敬語やめて。貴方のやりたいことも協力するわ。味方が必要でしょ?」
イワンとリックとも仲が良いの?イリアナは確かに人手を必要としていた。
カレンを見ると嘘をついている感じはない。随分前から悪意がないことは気付いていた。
「地獄をみることになりますよ」
「その時はラーナも一緒に落ちてね」
あまりの出会った頃との違いにイリアナは笑ってしまった。まさかそんな言葉が返されるとは思わなかった。愉快に笑うのは久しぶりだった。
「カレン、出会った頃と性格が違いすぎる。」
「ちゃんと笑ってるのはじめて見た。ラーナ、イリアナって呼んでもいい?」
突然笑い出したイリアナにカレンは手を差し出した。イリアナは差し出された手を握った。
友人になってという誘いを受けることにした。
「うん。様はやめてね。あと小隊長室に入るときはノックして入室許可を取ってから。」
「気を付ける。またね」
「うん。お願い」
カレンは書類仕事が早かった。
カレンとリックやイワンのおかげでどんどん書類は片付いていった。
いつの間に帰ってきて隣で仕事をしているジオラルドの手が止まっていたのでイリアナは声をかけた。
「マナ小隊長、これからは書類仕事は私に提出するように命じてください」
「ラーナ?」
「今回だけは許します。ただ次回からはきっちり躾けます。騎士の仕事を小隊長にやらせるなんて許せません」
「また睨まれるよ」
心配そうな顔で見つめるジオラルドに勝気な笑みを作って向き合った。
イリアナは騎士団に馴染む気はなかった。もともと嫌われていることは知っていた。誰に嫌われても自分の役割を果たせるなら構わなかった。
「構いません。私は私の仕事をします。」
「敵わないな。明日の朝に紹介する。隊長にはラーナに訓練を任せろって言われてるんだけど」
「わかりました。お任せください」
「大丈夫か?」
「ええ。しっかり鍛えます。もともと嫌われてるのでなにも問題ありません。仕事が終わったので失礼します」
「ラーナ、食事にいかないか?」
「それは命令ですか?」
「もう仕事の時間は終わりだ。ジオラルドとしての誘い」
「お断りします。では、失礼します」
カレンの誘いも断り、イリアナは急いで家に帰った。
今日は早いんだねと嬉しそうに迎えてくれるアマルの笑顔に癒されていた。
第一騎士団の非常識にため息が我慢できなくなる日々が待っているとは思わなかった。イリアナは久しぶりに自分のベッドでゆっくり眠った。




