第42話 移動
イリアナはバカにしていた幼馴染のジオラルド・マナが油断してはいけない人物だと知ったので関わらないことを決めた。危険な人物には近づかないことが一番である。
ジオラルドの婚約者探しも中止して婚活を再開することにした。
努力の甲斐あり令嬢達はイリアナがジオラルドに全くその気がないことを信じていた。
ジオラルドを相手にするよりも、自分の相手を必死に探した方が勝機がある気がした。イリアナとジオラルドのことを知らない家を探せばいい。婚約さえしてしまえば、マナ侯爵家から圧力をかけられても、謀で戦おうと決めた。イリアナはジオラルドが怖くてもラーナ侯爵令嬢として社交や謀で負ける気はなかった。
ここまで長かったけど十分な成果は得られた。
令嬢達がマナ様と会えるようにだけ影で手を回そう。
2日も外泊したので今日こそは定時で帰ろう。
遠征でイリアナがいないことにアマルは慣れていても子供だもの・・。
イリアナは朝から第二騎士団長室に呼ばれていた。
入室すると中には両騎士団長と両小隊長が待っていた。ただ第一騎士団小隊長が一人足りなかった。
イリアナは避けたかったジオラルドに朝から会うとは思わなかった。自分の運のなさを嘆きたかった。ジオラルドには視線を向けずに仕事中なのでイリアナは気を引き締めた。
ジオラルドから向けられる視線に答える義理はイリアナにはなかった。
第二騎士団長がイリアナを見て、誇らしげに笑った。
「ラーナ、お手柄だったな」
第二騎士団長に労われる理由がわからなかった。
困ったイリアナは第二騎士団小隊長を見るとイリアナの視線を受けてを説明をはじめた。
「ラーナ、伯爵家を調べてただろ?お前の調べた伯爵家は薬物を使って不正な取引をしていた。よく気付いたな。」
意味がわからなかった。イリアナは婚活のために調べている伯爵家はたくさんあった。ただそんな情報は持ってなかった。
「小隊長、それは・・」
イリアナの戸惑う視線を受けて第二騎士団小隊長は小さく笑った。
「ごめん。勝手に読んだ。お前、会合の日を調べて机に置いてあっただろ。現場を押さえてから報告にあげようとしてたみたいだけど、昨日騎士を派遣して現場をおさえた。さすがに一人で動くのは感心しない」
イリアナは見せられた自分のメモと伯爵家の名前を聞いて息を飲んだ。ジオラルドと既成事実を作らせようと思って調べた家だった。
メモに書いてあるのは伯爵家の名前と会合の日と別邸の場所だけだった。イリアナは敬愛する小隊長の優秀さに言葉が出なかった。事実は絶対に言えないため話を合わせることにした。
イリアナは真面目な顔を作り謝罪した。
「報告が送れて申しわけありません。確証がなかったので。手柄は小隊長に。」
「これはラーナの手柄だよ。よく気付いた」
「令嬢達の話を聞いて、気になりまして。ただ手詰まりでしたので、隊長、この件は小隊長の手柄でお願いします。」
「お前は言い出したら聞かないからな。もう一つあるからな」
「もう一つ?」
イリアナは全く身に覚えがなかった。
言葉を引き継いだのは第一騎士団長だった。
「ラーナが見つけた第一騎士団の収支報告書で不正がみつかった。うちの小隊長が関与していた。彼と関与した騎士達は騎士位の剥奪。ジオラルドにも降格を申し出られたけど、それは断った。二人も小隊長がいなくなるのは隊として回らなくなる。」
イリアナはすっかり忘れていた件だった。でも自分の手柄にする気はなかった。
「第一騎士団長、私は偶然間違って届られた書類をお渡ししただけです。この件はマナ小隊長の手柄です。私では処理できませんでした。」
「ラーナならそう言うと思っていたよ。小隊長や騎士が抜けた穴は大きくて、隊を編成し直そうかと考えてるんだ」
イリアナは手柄を拒否することがわかって呼ばれたことや第一騎士団長やジオラルドがいることにまた嫌な予感がしていた。手柄の話なら二人が立ち合う必要はない。
悲しいことにイリアナの嫌な予感は当たっていた。
「申しわけありません。私が呼ばれた理由がわかりません」
「ラーナとアドニスを入れ替えたいんだ」
イリアナにとって恐ろしい言葉が聞こえた。
「お言葉ですが、騎士の執務能力は私よりアドニスの方が上です」
「アドニスは能力は高いんだろうが、最低限しかやらないよ。見習いの指導はつけてるけど。それはラーナが願ったからだろ?第二騎士団と第一騎士団との戦力の差も問題視している。」
隊員の編成に口を出してはいけないことはわかっていた。ただ転属は避けたいイリアナは必至で言い訳をした。聞き分けの悪いイリアナに両騎士団長が飽きれたとしても構わなかった。
「私がアドニスに頼みます。わざわざ私とアドニスを交換して隊の雰囲気を壊すのもおかしいかと。」
「隊長、すみません。俺から一言。ラーナ、俺にはアドニス達の手綱は握れない。だからお前に第一騎士団に移ってほしい。イワンやリックも第二騎士団に移動させれば明らかに戦力さが出る。ラーナとアドニスを交換するのが一番なんだよ」
手綱・・?
イリアナは恐る恐るジオラルドに視線を向けて聞くことにした。
「あの三人は何をしたんですか?」
「ラーナを悪く言う人物に規定違反にならないように嫌がらせをしている」
イリアナは第一騎士団長の愉快な顔とジオラルドの困り果てた顔を見て絶句した。
あの3バカ。なにしてるのよ。イリアナは即座に頭を下げた。
「うちのバカがすみません。好きなように処分してください」
「規則違反じゃないから、処罰できない」
イリアナは崩れ落ちたくなった。まさかアドニス達が問題を起こしているとは思わなかった。イリアナの元護衛騎士は優秀で問題をおこすことなど一度もなかった。視線で察して動いてくれる優秀な手足だった。イリアナの意図に反することもすることはなかった。
イリアナが3人の行動の責任を捕る必要がないことに本人は気付いていなかった。部下の失態は主の責任である。あの3人の行動の責任はイリアナにあるので、罰としてこの処置を受け入れるしかないことを理解はした。理解はしても言わずに終われなかった。いつものイリアナならば決して言わなかった。イリアナは連日の疲れの所為で未だに自分がおかしい状態であることに気付いてなかった。
「せっかく第二騎士団に馴染んだのにひどいです。これ相談ではなく決定なんですよね・・。私はあの3人の手綱を握るために呼ばれたんですね」
虚ろな視線のイリアナの肩を第二騎士団小隊長が軽く叩いた。
「いや、お前の手柄を褒めようとしたけど、放棄しただろ?」
「放棄をやめます。褒章として1か月の休みを希望します」
「ラーナ」
「小隊長、ごめんなさい。嘘です。放棄で構いません。命令に従います」
「第一騎士団は歓迎するよ。小隊長補佐官の地位はそのまま。第二騎士団でこなしたようにしてくれればいい」
イリアナは恐ろしい言葉に、命令違反とわかっていても反論した。
「恐れながら移動した人間が突然小隊長補佐官は無理があります」
「ジオ。お前フォローできるだろ?」
「はい。お任せください」
イリアナは全然安心できなかった。ジオラルドのことが怖かった。また上司としての評価はマイナスだった。
イリアナが第二騎士団小隊長の腕を掴んだ。
「小隊長、助けてください!!」
様子のおかしいイリアナに第二騎士団小隊長は頭を撫でて、視線を合わせて子供の言い聞かせるように言った。
「第一騎士団がうちより強くなれば、また戦力差が生まれる。そしたら呼び戻すように手を回してあげるからそれまで頑張っておいで」
「私、小隊長の隣で仕事がしたいです。」
「いつでも遊びにきてもいいし、相談にものるから。俺の優秀な補佐官はどこに行っても問題ないよ」
「私、第二騎士団の小隊長補佐だから受けたのに」
第二騎士団小隊長に縋り付くイリアナを第二騎士団長が静かな視線を向けて口を開いた。
「ラーナ、できるか?」
騎士として試されてることに気付いたイリアナは縋りついていた手を離した。深呼吸してイリアナは意識を切り替え第二騎士団長に向き直った。
「はい。精一杯務めましょう。ただ向上心がない騎士は挫けると思います。私に騎士の指導をお任せいただけるなら、ご満足いただけるように励みます。ですが見込みがない者は見捨てることをお許しください。騎士数がさらに減ることになることも覚悟していただけますか」
イリアナの態度の切り替えに両騎士団長は内心驚いていた。転属へのイリアナの動揺した態度も予想外だが、なによりも一瞬でまとう空気と姿勢をかえた。同一人物には思えないほどの豹変である。即座に意識の切り替えを行うことは高度なことだった。イリアナの言葉に第一騎士団長が頷いた。
「挫ける者は仕方ない」
「では精一杯務めます。第二騎士団長、小隊長お世話になりました。第一騎士団長、マナ小隊長これからよろしくご指導お願い致します」
「期待している」
「ラーナ頑張っておいで」
「はい。小隊長と隊長の期待に答えます。アドニスにいいきかせます?」
「いらないよ。うちは心配しないでラーナは自分のことだけ心配しな。いつでもおいで」
「はい。ありがとうございます。」
本当に小隊長は優しい。第二騎士団も根は良い人ばっかりだった。
目先真っ暗だった。
第二騎士団長達はイリアナならどこでもうまくやるだろうと自信を持って送り出したことなどイリアナは知らなかった。
礼をしてイリアナは第一騎士団長とジオラルドと共に移動した。
翌日、イリアナがアドニスに無言で斬りかかったことは謝る気はなかった。
イリアナはアドニス達に与える罰が思いつかなかった。
アマル、ごめん。今日も定時で帰れないかもしれない。
イリアナは自分の弟分を思い出し逃避することにした。




