第41話 企み
イリアナは仮眠から目覚めると支度をはじめた。
今日が例の伯爵令嬢が別邸に行く日であることも調べていた。イリアナとジオラルドも休養日だったので運がよいと思っていた。
自分の水筒とは別に媚薬成分入りの薬草茶にお湯を注いで水筒に用意した。念のため、少し濃めに作った。耐性があっても効果がでるように抜かりはなかった。
心配そうなアマルの頭を撫でて気合いを入れて出かけた。今日の計画のために連日帰りが遅くなっていた。
アマル、今日までだから安心してね。
マナ様の邪魔さえなければ、私の婚活はなんとかなるはずだから。
馬で待ち合わせ場所に行くとジオラルドが待っていた。
ジオラルドはイリアナの周りを見渡した。イリアナも疑われて当然と思っていた。
イリアナも同じ立場なら警戒す。まず2回も引っかからない自信はあった。
「今日は本当に一人なんだな」
「ご不満ですか?」
「まさか。安心した」
嬉しそうに笑うジオラルドにイリアナの良心が痛む気がした。
気のせいね。うん。将来的に旦那さん想いの美人な奥様を迎える手伝いをするんだもの。人助けよ。
二人は荷物を置いて、鹿狩りをした。
鹿は足が早く矢があたりにくい。
木々の少ない場所までイリアナがおびき出しジオラルドが弓で射る役回りだった。
イリアナが鹿を見つけたので、誘導を始めた。
イリアナの予定よりも時間がかかったいた。息の合わない二人なので仕方がないと思うことにした。
鹿をさばいて、生で少し食べるもイリアナは味がわからなかった。
残りの肉は火で焼き、ジオラルドの話に適当に相づちをうちながら焼き上がるのを座って待っていた。
ぼんやりと火を見ているイリアナにジオラルドは声をかけた。
「ラーナ」
「なんですか?」
「焼けたら起こすから、寝ていいよ」
「大丈夫です。」
「いいから、帰りもあるんだから。何かあれば起こすよ」
「すみません。少しだけ」
イリアナは眠くてたまらなかった。普段のイリアナなら絶対に了承しなかった。
最近忙しかったし、今日もあんまり寝てないから少しならいいかな。
なんでわざわざテントを立てるかわからなかったけど、心配されたのかもしれない。
イリアナはジオラルドの言葉に甘えてテントに入り意識を手放した。
殿下の夢を見た。殿下の腕で眠る幸せな夢。
幸せに浸ろうかもう一度眠ろうか、どうしようかな。
夢を忘れないように起きよう。また同じ夢を見られるかわからないもの。
今まで殿下は一度もでてきてくれなかった。
夢でもいい。あの人に会えるなら夢でも幻でも構わない。
目を開けると見慣れない天井にイリアナは困惑した。
イリアナは服を着ていなかった。
聴こえる寝息に恐る恐る隣を見ると、幼馴染が寝ている。
ジオラルドの腕に抱かれている自分の状況がわからなかった。
「リア」
呼ばれる声にイリアナは息をのみ、見上げるとジオラルドの瞳が閉じていることに心底安心した。
これは・・、うん。現実逃避してる場合じゃない。
このまま逃げて令嬢を連れて来る?不自然すぎる。
さすがにこの状況はまずい。
決めた。逃げよう。隣に私がいなけば、まだごまかせる。
腰に回った手をそっとどかしてジオラルドの腕から抜け出し、気配を消して慌てて服に手を伸ばした。
「リア」
呼ばれる声は寝言だろうと目を向けずに慌てて服を着ていた。
起き上がる気配にイリアナは逃亡に失敗したことに気付いた。服なんて着ている場合じゃなかったと後悔しながら、着替えを終え、恐る恐る後ろを振り向いた。
「すみません。寝すぎてしまいました」
「ごめん。俺」
イリアナなジオラルドの罪悪感に襲われたような表情を見て自分の恐れていたことが起こったことを確信した。ジオラルドに服を押し付けた。
「服を着てください」
「悪い」
イリアナはジオラルドが着替えている間にこっそり逃げようとしたが止められてしまった。この状況で伯爵令嬢の所に迷い込めないだろうかと現実逃避していた。
服を着て表情が抜け落ちているイリアナを見てジオラルドは土下座をした。
「ごめん。責任とるから」
イリアナは相手が自分以外なら大歓迎な展開だった。
現実は甘くなかった。
「こちらこそすみません。忘れましょう。戦場ではよくあることです」
「でも、俺は自分の欲望に負けてお前に手を出した。リアが違う相手の名前を呼んでるのに」
薬草茶を飲んだイリアナは幻覚を見ていた。ジオラルドを第二王子と間違えて甘える様子にジオラルドの自制心が負けた。瞳を潤ませて第二王子と間違えて、ジオラルドの拒絶に悲しそうな顔をするイリアナを拒めなかった。
ジオラルドは罪悪感に襲われていた。
イリアナが仕込んだことだった。計画は失敗した。でも最悪な事態の中で出会った思わぬ幸運にイリアナの顔は穏やかだった。イリアナはジオラルドの肩に手をあててそっと起こした。
「頭をあげて。謝らないで。私、久しぶりに幸せな夢を見れた。まさか夢でも会えるなんて思えなかった」
イリアナが第二王子を思い出してうっとり笑っていた。ジオラルドはイリアナの手を握った。
「結婚しよう」
「うちの国も神も処女性は重要視されてない。文化の違いよ。未婚の男女が戦場で体を重ねたからといって、結婚することはない。お互い忘れよう。それに私には良いことがあった。なかったことにしましょう。悪い女に騙されたとでも思って」
薬草茶の作用で幻覚でも殿下に会える。本物じゃなくても、あの人の陰に会えるなんて嬉しい。
久しぶりに良い意味で感情が揺れ動いた。最愛の人に会えてイリアナは機嫌が良かった。計画の失敗が頭から抜け落ちどうでもいいほどだった。
「リア、まさか」
うっとり笑っているイリアナを見てジオラルドは嫌な予感がした。
イリアナはジオラルドが冷めた瞳で探りを入れて来たので、心配いらないという意味をこめて言った。
「ちゃんと選ぶから大丈夫。仕事仲間に手を出したりしないから仕事に支障はない。うん。嬉しい収穫」
男なんで場所を選べばいくらでも買えることを知っていた。イリアナは正常な判断ができなくなっていた。
ジオラルドの嫌な予感があたっていた。
「俺が思っていることをしようとするなら、強引に婚約する」
「え?」
冷静な瞳にじっと見られて零したジオラルドの言葉にイリアナはパチパチと数回瞬きをした。
「うちの国は身持ちが固い。だからこの事実を伝えれば、殿下からも侯爵家からも許可が出る。」
イリアナは自分に向けられる冷たい空気に頭が冷えた。幸せな気分が一気に吹き飛び現実に戻された。目を閉じてジオラルドの言葉の意図を頭の中で理解すると、ゆっくりと目を開けれ冷静な目でジオラルドを見つめ返した。
「脅すんですか?」
「さあな。」
口角をあげて、貴族らしい笑みを浮かべたジオラルドにイリアナは思わず言葉を零した。
「そうゆう駆け引きはできないと思ってました」
「侯爵嫡男として足りない部分があるのは事実だからセインに頼んだ。」
「セイン兄様は貴方側なんですね」
「セインにはリアと結婚したいなら本人の同意をとれって言われている」
「私は頷いてません。なら、」
「でもセインにも責任をとるって話したら許してもらえると思うけど」
イリアナは絶句した。
セインならイリアナの失態に責任とれと言うのが安易に想像がついた。。
マナ侯爵家が本気になればイリアナに拒否できない。またレオナルドやセインがジオラルドの味方につけば絶望的である。
貴族相手に、爵位のない平民だあるイリアナの思いなんてねじ伏せられるだけである。
ジオラルドが本気でことを進めれば平民のイリアナには婚姻するしか道は残されていない。
国外逃亡しても連れ戻されるのは目に見えている。
いつもと感じの違う貴族らしいジオラルドにイリアナは身構えた。
深呼吸して、ジオラルドを静かに見つめた。
「条件はなんですか?今まで強引に縁談を進めなかった貴方が無理やり婚約させようとするとは思えません。」
「他の男と婚前に体を重ねるのはやめて。抱いてほしいなら俺が抱く。体を重ねたからといって強引に縁談を進めたりはしない。」
「わかりました。約束します。」
「あと俺、薬や薬草には詳しいんだ」
「まさか・・・」
「リアの誘いは嬉しかったよ。気づいたのはリアに薬草茶を間違えて飲ませてからだけど。」
イリアナはジオラルドの静かな笑顔にゾクっと一瞬体が震えた。
どうして目の前の男の笑顔に寒気がするんだろう。
薬草茶のせいでも、こんな男と殿下を間違えたなんて・・・。
殿下に会いたくて薬草茶を飲もうと思ったけどやめる。
殿下、ごめんなさい。やっぱり偽物は嫌。リアは本物じゃないと駄目。
イリアナは社交用の笑みを浮かべ頭を下げた。
「摘む薬草を間違えたみたいです。マナ様ご忠告ありがとうございます。」
「リア、俺、口に含んだら、毒や薬の成分は大体わかるんだよ。毒も耐性あるし、薬も効きづらい」
イリアナから表情が抜け落ちた。衝撃の言葉に表情を取り繕うことはできなかった。イリアナは混乱していた。
バカにしてたけど、やっぱりマナ侯爵家嫡男だった。武門貴族や騎士ましては嫡男なら毒や薬の知識は叩き込まれる。
口に含んで成分かわかるって何者?そんなの私はできないし聞いたことがない。
イリアナの頭にはセインの言葉が流れてきた。
もしかしてセイン兄様が毒や薬を使うなって言ったのって、効かないから?
あれ、私のための忠告だったの!?
セイン兄様忠告はわかりやすく教えてよ。全然伝わらないよ。
お前、聞かなかったろ?俺は忠告したよなんて言わないで。。
セイン兄様、疑ってすみませんでした。貴方は中立なんですね。
セインのことを思い出し、落ち着きを取り戻し、下を向いていたイリアナは平静を必死に装ってジオラルドに声をかけた。
「それはすごい能力ですね。そろそろ帰りましょう。」
「そうだな。体は平気?」
「大丈夫です。」
イリアナはジオラルドの目を見ることができなかった。
体は重たかったが、これ以上ここにいたくなかったのでテントを畳みはじめた。
「これ、アマルと食べて」
昨日の焼いた肉を渡された。ジオラルドには必要ないものなのでイリアナは受け取ることにした。
「ありがとうございます」
アマルに渡せば料理に使ってくれるだろう。イリアナが寝ている間にほとんどジオラルドが片付けていたのですぐに帰路につけた。
「マナ様、お世話になりました」
「楽しかったよ。また誘って」
「失礼します」
礼をして家に帰ったイリアナは湯あみと食事をすませて第二王子の元に向かった。
アマルには申しわけなくても寝るまで待つ心の余裕がなかった。
イリアナは自分の中で一番安心できる場所に行きたかった。
イリアナは油断してジオラルドのことを見余ったことを後悔した。
イリアナの婚活期限まであと半年しかないのに全然うまくいかなかった。
柔らかな夜風が優しく髪を撫でる第二王子と重なりイリアナはそのまま目を閉じて眠りについた。
朝の光で目を醒ましたイリアナは慌てて支度をして仕事に向かった。




