第40話 下準備
イリアナは訓練の指揮にあたっていた。
ただ目の前の光景を気にせず訓練をはじめることはできなかった。今の状況に納得がいかなかった。
第一騎士団小隊長ジオラルド・マナが第二騎士団の訓練に参加していた。
「マナ様、第一騎士団の方がここで訓練する道理がありません」
「俺、休養日だから。父上から許可はもらってる」
堂々と話すジオラルドにも父親にあたるマナ侯爵の公私混同にも呆れた。
「休養日は休むべき日です」
「ラーナが俺と過ごしてくれるなら休んでもいいけど。」
イリアナの視線がさらに冷たくなった。第二騎士団員達はイリアナは機嫌が悪いと訓練を厳しくすることを知っていた。イリアナの機嫌が悪くなるのは第一騎士団関係だということも。
騎士達が視線で送り合いどうするか相談していた。
「ありえません。」
「なら、好きにしていいだろ?休みの使い方は自由だ。お前に勝つにはこの訓練に混ざるのが一番だ。まさか、負けるとは思わなかった」
イリアナはこんなことになるとは予想をしていなかった。
好きな女に瞬殺されるなんて屈辱的なはずである。送り込んだ令嬢達のお見舞いが失敗したことを悟った。
また強くなるために手段を選べないのは騎士としてよくわかる。
わかっていても理解したくないことはあった。
イリアナは堂々と話すジオラルドに頭を抱えたくなった。
ジオラルドは小隊長である。騎士団内で三指に入る権力者で指揮官である。
訓練の相談でも、見学でもなく参加?小隊長自ら?
頼りになるうちの小隊長が休みの日にあえて来てるわけではないよね?
イリアナは訓練内容に興味があるなら第二騎士団長に命なら報告書を提出した。
アドニス、助けて!!これ回収して。
やっぱり私のアドには願いは届かなかった。
うん。わかってた。アドは休養日じゃないからここには来れないよね。
もういい。気にしない。見えない。いつもより訓練が厳しくなったのは仕方ない。
残念ながらアドニスは街の詰め所番だった。
これ以上イリアナが荒れるのを避けたかった騎士達はなだめようか迷っているとイリアナはジオラルドを無視して訓練開始の指示を出した。
騎士達の予想通り訓練はいつもより厳しかった。ただイリアナの過酷な訓練に慣れた騎士達は見違えるほど逞しくなっていた。
訓練がきつくても、必死で取り組んでいた。
騎士として入隊したばかりの見習いに負けるわけにはいかなかった。
イリアナによって、やる気がある騎士は治癒魔法を使ってギリギリまで鍛え上げられていた。
イリアナはやる気のある騎士には好意的だった。イリアナの満足した評価を受けた時だけ、綺麗な笑みが見られた。イリアナは無意識に飴を与えて隊員たちのモチベーションを高めていたことには気づいていなかった。
手合わせの時間はイリアナは騎士見習いに、ジオラルドに手合わせしてもらうようにと伝えた。
誘われたジオラルドは喜々として手合わせしていた。
イリアナはジオラルド達の手合わせの様子を観察していた。
この人、戦闘好きなのかな・・。
休養日も休まずに強くなろうとする姿は、嫌いじゃない。
自己管理さえできれば。
やっぱりまだ見習い達は敵わないか。経験の違いか。
手合わせの終わった見習い達に声を掛けて指導をはじめた。
イリアナの助言を聞いて、改善しようとするところは好ましい。
時々、私の顔を凝視して固まるのはどうかと思うけど。
イリアナは時々自分が笑っていることに気付いていなかった。
イリアナは令嬢達に姿を見られたのでアルとして動けなくなった。
イリアナとジオラルドの噂がある限り動けなかった。
伯爵家が侯爵嫡男のお気に入りを妻にすることはない。
爵位の高い者には絶対服従である。
ジオラルドがイリアナを諦めない限りイリアナはマナ侯爵家以上の家格をを選ばないといけない。
ジオラルドの縁談を早急にまとめないとイリアナは婚活を再開できなかった。
イリアナはジオラルドに既成事実を作ってもらうことにした。
色んな殿方と体の関係を持つ伯爵令嬢を見つけた。
初めてじゃなければ、いいのよ。
性格に難はあるけど、社交も人心掌握もうまい。
しかも、定期的に別邸で最小限のお伴と一緒に過ごしているみたい。
別邸は森の奥にある。狩りをして迷い込むには丁度いい。
昼間に狩りをして、ランの霧で彷徨って一晩の宿を借りる。
そこで薬草茶を飲んでもらって、令嬢と2人っきりにすればいい。
この伯爵令嬢は面食いなので、マナ様の顔なら大丈夫だよね。
イリアナはいつの間にか隣に座っているジオラルドに声をかけた。
あれだけ動いて息を乱してないことに感心した。
「うちの見習い達をありがとうございました」
「構わない。今年の見習いは筋がいい。俺もうかうかしてらんないな」
ジオラルドはイリアナが騎士見習いをジオラルド程度には育てるとレオナルドに伝えたことを知らなかった。
「第二騎士団の騎士は逞しく、すごいな。」
ジオラルドは訓練に参加して内容の違いに驚いていた。第一騎士団が勝ち星をあげられない理由は鍛錬の差だった。第二騎士団員に感心していた。
「ご謙遜を。まだまだです。」
「厳しいな」
まだまだイリアナの求める最低限の力量まではほど遠かった。イリアナは周りに人がいないことに気付いた。休憩中に話しかけてくる騎士見習い達も傍にいなかった。
「マナ様、今度狩りに行きませんか?」
「ラーナと2人で?」
「はい。」
「ラーナの代わりに他の令嬢が来たり、他家の催しだったりしないか?」
何度か仕掛けたので警戒されているのがわかってにっこり笑った。
邪気のないにっこりした笑顔は警戒心を解かせるのに効果があることを知っていた。
「しませんよ。鹿狩りをしたくて。駄目ですか?」
「いや、喜んで付き合わせてもらうよ。準備は俺がするよ」
「ありがとうございます。楽しみです」
イリアナの作った笑顔をにつられて、ジオラルドはこぼれるような笑顔をみせた。
イリアナはジオラルドの様子を冷静に見ていた。
時間があれば令嬢達に落とされると思うけど、今回は仕方ない。悠長にマナ様の心代わりを待っていたら私のタイムリミットがきてしまう。できればレオ様の選んだ相手との縁談は避けたい。レオ様はおもしろがって時々突拍子のないことをされるから。
イリアナには地位ある貴族に嫁がせて、平民出身の自分が社交でイジメられるのをレオナルドが楽しげに見てる様子が脳裏に浮かんでいた。
イリアナは仕事帰りに媚薬成分入りの薬草を探しに行った。
薬草は希少な物なので必要量を手に入れるのに時間がかかり家に帰るとアマルは寝ていた。
イリアナは薬草茶にするための作業を始めた。
すべて終わる頃には辺りが明るくなっていた。
アマルが間違えて手を出さないようにしっかり片付け茶葉を水筒に入れ、お湯を注ぐだけの状態にして仮眠をとった。
イリアナはきっちり睡眠を取らなかったことを後悔することになる。
自身の体力を過信しない。亡き父の言葉を忘れたイリアナが後悔におそわれるのは翌日の話だった。




