第39話 婚約者探し3
イリアナは朝から第二騎士団長室のマナ侯爵を訪ねていた。
「隊長!!助けてください」
第二騎士団長は朝からイリアナが飛び込んでくるときは息子関連だと察していた。
「念のため理由を」
「失礼ながら、貴方の息子が世迷い言を令嬢に伝えました。」
ジオラルドがイリアナを選んだという噂が回っていた。家臣から話を聞いた時にマナ侯爵は妻のように微笑ましく見れなかった。マナ侯爵だけはイリアナがジオラルドを避けていることに気付いていた。息子の告白を迷惑そうに話す様子に眉をしかめてしまった。息子の前途多難な恋はマナ侯爵家の中で気付いているのはマナ侯爵だけだった。
「世迷い言か…。」
「ジオラルド様は令嬢達に人気があります。もう隊長が相応しい令嬢を選んだほうが争いがおこらないと思います」
他家のことに口を出しすべきでないことをイリアナが知らないはずはなかった。マナ侯爵の知る第二王子の婚約者のラーナ侯爵令嬢は才女と言われていた。イリアナの息子への視線が和らぐことを期待して話に付き合うことにした。
「侯爵家を継ぐ息子には妻は自分で選ばせてやろうと」
「それで、とんでもない令嬢連れてきたらどうするんです?平民なんて、許されませんよ」
「ラーナは平民では」
「私は平民です。隊長は婚約はご子息の考えに従うんですね。わかりました。私も覚悟を決めました」
イリアナが覚悟を決めた瞳でマナ侯爵を見つめた。
「息子も喜ぶだろう。ラーナ、とうとう」
「手段を選びません。もう既成事実でもなんでも作らせます。朝から失礼しました」
「ラーナ!?」
マナ侯爵はイリアナの言葉に思考を止めた。イリアナを止めようと我に返った時には目の前にいなかった。
イリアナは退室をして頼りにならないマナ侯爵に途方にくれたくなった。駄目元でも予想以上に駄目だった。マナ侯爵がジオラルドの婚約者を選べば簡単な話だった。
これから私を襲う厄介ごとよりも愛息子のほうが優先よね。マナ侯爵は私がどれだけ面倒なことに巻き込まれたか気付いていないかもしれない。
マナ様には私以外の方を選ばせる。
私の婚活は一旦中断。亡くした婚約者を想っていることを全面的に出す。弱みに見えるかもしれないけど仕方ない。
イリアナは久しぶりにラーナ侯爵令嬢として謀をすることにした。
第二騎士団小隊長室に向かっていると、セインが扉の前で待っていた。
セインが一人で騎士団にくることはほとんどない。
セインはイリアナを見極めるように静かに見つめた。
「リア、お前」
イリアナはセインが自分を心配して会いに来たのかと、ほっとした顔をつくった。
「兄様…。」
「催眠術は使うなよ。」
「え?」
「ジオラルドに催眠術使うな。命令だ。」
真顔で言われた言葉にイリアナは素で驚いた。ジオラルドに催眠をかけて既成事実を作らせる気だった。イリアナは戸惑った顔をセインに向けた。ここで余計なことを言えばお説教がはじまるのは身を持って知っていた。セインの珍しい優しさだと勘違いした自分に悲しくなった。
「セイン兄様?」
「ジオラルドがイリアナ・ラーナを選んだと噂になってる。お前、この噂を消すために、ジオに催眠かけて令嬢と婚姻させるつもりだろ」
イリアナはごまかすことを諦めた。
「セイン兄様はあっち側なの?」
「中立。あんまりひどいなら止めるけど。令嬢達くらいリアならなんとかできるだろ?」
「わかりました。催眠術はやめます」
「薬も盛るなよ」
「疑い深いですね。薬も催眠術も使わないのでご安心ください」
イリアナは忠誠を誓った主の命は逆らえない。
セイン兄様に止められるとは思わなかった。
薬じゃなくて、薬草ならいいかな。
イリアナにはどこまで噂が大きくなっているかわからなかった。
イリアナは騎士団でも噂が広まっていたら面倒だと思っていたが騎士達の様子はいつもと変わらなかった。
騎士団にとってイリアナがジオラルドに惚れられているのは周知の事実だった。
イリアナは仕事に支障がないことに安心していた。いたたまれない視線を向けた、相手を叩きのめしてしまう気がしていた。イリアナの訓練がいつもより力が入ったのは仕方がない。
何度スケジュールを見直しても長期遠征の予定はなかった。
イリアナはいつもよりもしつこく声をかけてくるジオラルドが煩わしく、アドニスにジオラルドを近づけるなと命じていた。
セインに会ってから三日間はなにも変わらなかった。
午後の訓練に行くと訓練場に令嬢達の姿が見えた。
騎士の士気をあげるためかな?
見学かな?
目があった途端に寄ってくるのを見かけると、やっぱり私に用があるのかな。
イリアナは礼をとって道を開けた。
このまま通り過ぎてくれることを祈ったが無駄だった。
目の前に立ち止まる令嬢にイリアナはため息を我慢して社交用の顔を作った。
「頭を上げなさい。貴方がイリアナ・ラーナ?」
「はい。第二騎士団所属のイリアナ・ラーナと申します。」
「平民風情が侯爵家の夫人なんておこがましいわ」
「はい。私よりも美しく教養深い名家のご令嬢がふさわしいと存じます」
「あら?地位に目が眩んでジオラルド様を誑かしたんじゃなくて?」
「マナ小隊長は自分より腕のたつ女騎士を珍しいだけだと思います。いずれ自分の間違いに気付くでしょう」
イリアナの言葉に一人の令嬢が驚いて声をあげた。イリアナは令嬢らしくない行動に引いたけど顔に出すのは我慢した。
「貴方はジオラルド様より強いの!?」
「剣なら負けません。」
「さすが王太子殿下のお気に入りですわね」
蔑んだ瞳を向けられてもイリアナは気にしなかった。シュナイダー王国の貴族よりもよく言えば表情豊か、悪く言えば子供のような令嬢達に呆れていた。この国の貴族をまとめるのは大変だろうと自分がザビ王国に産まれなかった幸運に感謝した。
「黙ってないでなんとか言いなさい」
ぼんやりしていたイリアナはレオナルドをたぶらかしたという意味の言葉への返答を口にした。イリアナは自分のことをある程度は調べてあるなら場合によっては利用することにした。
「王太子殿下の期待に添えるように精一杯務めます。そろそろ仕事に戻ってもいいでしょうか?」
「貴方はジオラルド様を慕っていないの?」
探るように見られる令嬢の視線に痛ましく悲しい表情をつくった。
表情筋を自在に操れなければ王家の妃候補はつとまらない。
イリアナは鏡の前で必死に練習したので、今は簡単にどんな表情も自由自在である。嘘泣きだって簡単だった。
「私が想うのは亡き婚約者だけです。これからもあの方以外を愛するなんてできません」
「貴方…。」
突然雰囲気が変わり、痛ましい表情を浮かべたイリアナに令嬢が痛ましい表情をむけた。
イリアナは戸惑うような笑みを浮かべた。
「王太子殿下の命令であればどんなことも従います。ただ心だけは亡き婚約者以外に捧げられないのです。高貴な産まれの皆様にこんな情けない所をお見せて申し訳ありません。」
「こちらこそ、不躾だったわ。失礼するわ」
イリアナの様子に令嬢たちが帰っていった。令嬢達は最愛の婚約者を失った痛ましい少女を責めたてることはできなかった。イリアナは令嬢達が見えなくなったのを確認して、思ったより簡単だったと安堵の表情を浮かべた。いつものイリアナの表情を浮かべて訓練に混ざった。
イリアナは訓練の時間に遅れても、貴族の呼び出しだったので咎められなかった。
ただ一部の騎士達がイリアナ達のやりとりを複雑そうな顔をして見ていたことを知らなかった。
翌週はイリアナは伯爵家のお茶会に招待された。
イリアナは行きたくなくても拒否できる立場ではなかった。
イリアナはジオラルドやレオナルドとのことで嫌味を言われたが華麗にかわした。そして伯爵夫人に引かれるほど亡き婚約者を想う少女を演じた。同情して泣き出すご令嬢もいた。イリアナは集まった令嬢や夫人の単純さに言葉を失った。背に腹はかえられないので単純な貴族を利用することにした。
イリアナには手段を選んでいる時間は残されていなかった。
イリアナは小隊長室で考え込んでいた。
イリアナの婚活のためにはジオラルドを先に片付けなければいけなかった。
「やっぱり一服持って既成事実かな?
体を重ねたら、マナ様なら責任とるって言うよね。真面目で頑固で責任感は強いはず。
ただ問題は、令嬢の方。ジオラルド・マナ様のファンは多い。社交に出なくても、騎士として護衛や式典に参加しているから顔は広い。
マナ様本人は知らなくてもマナ様を知っている令嬢は多い。
能力があって、既成事実を作っても気にしないご令嬢がいればいいんだけど。惚れ込んでれば何をしても許される?」
「許されないと思うよ。」
「許されないか・・。事後の様子だけ作れば・・。それなら体を重ねるのは結婚初夜だから問題ないかな。」
「責任とって結婚したのに、騙されたとわかれば信頼できないな」
「お人好しだし甘いし、結婚さえすれば無体なことはしないはず。精一杯謝れば許してくれるかな」
「ラーナがその、立場ならどう思う?」
「私は責任とっての結婚なんて頷かない。」
イリアナは誰かと会話していることに気付いた。
横を見てイリアナは一瞬思考を止めた。
隣に座っている第二騎士団小隊長に、何もなかったように、にっこり笑いかけた。
「おかえりなさい、小隊長」
「ただいま。俺は心なんて読めないからな」
意味深な第二騎士団小隊長の顔にイリアナはごまかすことを諦めた。
「どのあたりから?」
「一服もって既成事実のあたりかな」
ほとんど全部聞かれていたことにイリアナは動揺を隠せなかった。
笑ってごまかすしか思いつかなかった。
「冗談です。気にしないでください。」
「さすがに部下が犯罪に手を染めるのは見逃せない。いつも困ったら相談しろって言ってるだろ?」
イリアナは事情を伝えることにした。セインに伝わったらお説教が待っているので勘弁してほしかった。
「このままいけば、マナ様ファンの貴族令嬢に不敬罪で首をはねられます」
「うちの国は不敬罪くらいじゃ首をはねないよ」
「あの人、なぜか私と結婚したいって言うんです。断ってるのに。私の婚活の邪魔まで」
「ラーナはマナが嫌なの?」
「私は伯爵家に嫁ぐって決めてます。後妻でも構いません。」
「侯爵夫人なんて憧れだろ?」
「全く憧れません。縁談の自由があるなら平民に嫁ぎます。なんで私なんかがいいのかな。振り回した記憶しかないのに。」
「離れないでって泣いてるラーナを見て絶対に迎えにいくって決めたって」
「女の涙に弱いんですか。私、他国の貴族の前で淑女が大泣きなんてありえませんってお母様達に怒られた記憶しかないんですが…。迎えに来られても困りました。」
男の決意を迷惑と即答するイリアナを見て同じ男としてジオラルドに同情していた。
第二騎士団小隊長がイリアナを複雑な目で見ていたけどイリアナは気にしなかった。
女の涙に弱いのね。機会さえあれば百戦錬磨の令嬢に軍配があがるかな?。嘘泣きなんてお手の物よね。確か男は女の応援にも弱いはず。
数日後、共同訓練でイリアナはジオラルドを指名して叩きのめしたして令嬢達を医務室にお見舞いに行かせた。ジオラルドに気を使うのはやめて、瞬殺した。騎士として心身共に砕いたつもりだったので令嬢達に心配されて、くらっとすることを祈った。
私が動けない程度に倒すから誰か無理矢理、既成事実でも作ってくれないかな。
イリアナは社交は得意だけど、ラーナ家の人間なので物理で解決することを好んでいた。




