第33話 お祭り
もうすぐレオナルドの生誕祭だった。
この国の生誕祭は大きなお祭りである。ザビ王国では皇太子の生誕祭は国王陛下の生誕祭の次に盛大な行事である。生誕祭が近づくにつれ民たちは活気づき、町全体が明るい雰囲気に包まれていた。
レオナルドは生誕祭ではパレードをして広場で民に挨拶する。民が王族に謁見できる貴重な機会である。
イリアナはにぎわう街を見回りしながら、物思いにふけっていた。
町がにぎわい、空気にのまれて羽目を外す民も増えるため騎士達は慌ただしい時期だった。この時期は詰め所番の人数も多めに割り当てられていた。
イリアナは酔っぱらいの喧嘩をおさめて詰め所に戻る途中だった。
レオ様は容姿端麗だからきっと若い女性が特に騒ぐんだろうな。
私の殿下のほうが素敵だけど。
夜のパーティには何度か殿下と一緒にお祝いに来た。
今年は警護に駆り出されるよね。レオ様が気をきかせて私に休みをくれるとは思えないもの。他国の顔見知りに合うのが気まずいから、外の警備だといいな。
諸外国の王族や貴族達とのやりとりはイリアナにとって面倒だった。貴族ではないなら貴族には関わりたくなかった。それにいつも隣にいた第二王子がいないことを改めて認識させられるのは嫌だった。
翌日イリアナはレオナルドに呼ばれた。
「ラーナ、私の生誕祭で舞ってほしい」
「舞ですか?」
「シュナイダー王国でよく舞っていただろう」
武門の令嬢は舞を覚えさせられる。
戦地にいく騎士たちへの栄光と無事を祈って神に捧げる舞を。
出陣前の宴で舞うのが定例である。
ラーナ侯爵令嬢のイリアナは他にも様々な舞を仕込まれていた。領地を活気づけるために領主一族が舞うのがラーナ領の伝統でもあった。
ただイリアナはレオナルドの前で踊った記憶はなかった。
国王陛下のお祝いのときに踊る恒例の剣舞のことだろうかと見当違いなことを思っていた。
ただその剣舞はイリアナではなく亡き父親が披露していた。
「レオ様、どれをさしているのかわかりません」
「イリアナ、王太子殿下がご覧になったのは第二王子殿下の婚約式に舞ったものだよ」
セインもラーナ家の舞が種類豊富であることを知っていた。
舞を身に付けると、楽しそうに披露する従妹を第二王子やアベルトと一緒に見ていたから。
ただイリアナが諸外国の貴族の前で舞った舞は一つだけだった。
そしてその舞をセインはもう二度と見ることはないと思っていた。ただレオナルドの申し出は断れる立場ではなかった。
イリアナはセインの言葉に懐かしい日を思い出した。
ラーナ家の伝統舞の一つだった。
婚約式と結婚式に踊る誠心誠意お仕えするという決意の舞だった。
何があっても心だけは一緒という願いと決意をこめて。
武門の妻は夫が先に逝っても決して離婚はしない。
亡き夫を想って家を支え続ける。
それが美徳とされている。
だから男はなにがなんでも帰ってくるように強くなろうとする。
イリアナはあの舞はもう一生舞うつもりはなかった。あの舞は最愛の第二王子殿下のためのものだった。
ただレオナルドの言葉を断れないこともわかっていた。それなので、提案することにした。
「レオ様、舞には意味があります。レオ様の栄光を祈って栄光の舞を舞わせてください。」
「そんなものがあるのか。見ごたえある?」
レオナルドの試される視線に頷いた。
「はい。レオ様がご覧になったものより大衆受けすると思います」
レオナルドが見た舞のように心を込めて舞うことはできない。
イリアナにとって第二王子のために舞ったものより、想いを乗せて舞えるものは生涯もうないと思っていた。
ラーナの舞は大きく二つに分かれていた。動きの激しい動の舞と緩やかな動きの静の舞である。レオナルドが見たのは静の舞である。
静の舞は想いの深さがにじみ出てしまう。想いもなく舞えば空っぽな惨めな舞になる。
イリアナは動きの激しい動の舞を提案した。激しい動きはそれだけで目を引く。観衆を盛り上げるという役割には十分である。
レオナルドは一瞬物思いにふけったイリアナの様子に気付いていた。
だがイリアナが自分の考えに反することはしないと信頼していたので了承することにした。
「わかった。衣装はこちらで手配する」
「ありがとうございます」
イリアナはレオナルドが自分に求める役割をわかっていた。
生誕祭はシュナイダー王国や諸外国からも観光客が訪問する。
シュナイダー王国とザビ王国の親交を見せつけるのが目的だった。
イリアナの顔を覚えている人間もいるため、亡き王家の婚約者でラーナ家の直系の人間がレオナルドに仕えていればいつでもシュナイダー王国から増援を求められると勘違いする民も多い。
ラーナ家門は諸外国で武術の名門として有名だった。わざわざ外国から剣術を習得するために訪ねる者もいるくらいだ。ラーナ侯爵は諸外国の将軍達とも親交が深かった。
ラーナ家の力は強大である。ザビ王国にラーナ家門が傘下に入ったと勘違いすれば、諸外国への牽制にもなる。
抜け目のないレオナルドにイリアナはやっぱり怖い人だと再認識した。
イリアナは短髪だったので、カツラを被って舞の練習を第二王子のもとで夜な夜なすることにした。想いのない舞でも第二王子なら穏やかに見守ってくれると信じていたから。
生誕祭の当日、イリアナは自分の予定表を見て固まった。
イリアナは段取りはレオナルドに任せていた。まさかレオナルドの挨拶の前に踊るとは思っていなかった。挨拶が終わった後に見世物として踊るつもりだった。
イリアナはこっそりため息をついた。
決まっているものはどうにもならないので、諦めた。イリアナ・ラーナは舞うのも視線を集めることも慣れていた。
レオナルドがパレードが終えて広場に到着した。白装束を身に纏ったイリアナはレオナルドの前に跪いた。
「頭を上げよ」
「レオナルド・ザビ王太子殿下このたびはおめでとうございます。偉大なる王太子殿下とザビ王国の栄光を願い舞わせていただきたく存じます」
「許そう」
イリアナは親愛なるはつけなかった。あえて自分の名前も言わない。命じられてないから。
舞うだけで最低限の役割は果たせると知っていた。
セインの笛に合わせて舞った。本当は音楽などいらなかった。ただレオナルドはこのパフォーマンスにセインも噛ませたかった。イリアナはセインなら勝手に合わせてくれると知っていたので任せることにした。
祈りは捧げないけど優雅にみえるように形だめの舞をパフォーマンスのためだけに。亡き父が見れば嫌そうな顔をするとわかっていたが気にしなかった。
見目麗しいイリアナとセインのパフォーマンスに民衆たちは盛り上がった。
イリアナは空っぽの舞でも満足する民衆たちに柔らかな微笑みを浮かべて一礼した。
最後にレオナルドに礼をしてイリアナは下がった。空っぽな舞をおえて立ち去る従妹にセインは失ったものの大きさを改めて痛感した。
セインがイリアナの活気に満ちた人を奮い立たせた舞がこんなに寂しい舞になるとは思っていなかった。自分の元婚約者が見なかったことに感謝することにした。こんな舞を舞わせたのが知れたらエレインが荒れることはわかっていた。
舞を終えたイリアナは着替えをすませて、護衛に戻るために移動していた。
レオナルドの演説が終わったので民衆も動き出していた。
「ラーナ様!!」
呼ばれた声に足を止めて視線を向けると、シュナイダー王国民の男がいた。
「どうされました?」
「逃げてください」
「え?」
「俺達のためにラーナ様やシカク様が犠牲になるなんておかしい。」
男の真剣な目を見てイリアナは気付いた。
男はイリアナとセインがザビ王国に売られたと思っていることを。
事実でも肯定できる立場ではなかった。男に心配や不安を与えないようにイリアナは柔らかい笑みを作った。
「心配してくれてありがとう。でもシュナイダー王国最後の貴族として受けた恩は返さないといけないません。私やセイン様を思うなら幸せになってください。亡き王家の皆様も貴方たちの幸せを願っているはずです。私達が恩を返します。だから恩義は気にせず良い国を作ってください。間違っても、この国に刃を向けてはいけません。」
「ラーナ様、あなたは」
イリアナの言葉に悲痛な顔をした男の言葉を遮った。
「私のことを思うなら気にしないでください。もし貴方たちがこの国に刃を向けるなら私とセイン様が止めなくてはいけなくなります。私達に大事な国民を殺させないで。」
「俺はラーナ様達の国を夢見てました」
「期待を裏切ってごめんなさい。よい国は貴方たちで作り上げて。」
「はい。ラーナ様これを」
イリアナは男から懐かしいシュナイダー王国産の果物を渡された。
「お好きだったでしょ?」
「ありがとう。どうか幸せになってください」
お代は拒否されたので果物を受け取りそのまま男を見送った。
渡された果物は第二王子と一緒にお忍びをしてよく食べていた果物だった。
イリアナはあとで第二王子のもとに持って行くことにした。
お願いだから余計なことはしないでとイリアナは男の背中に願った。
イリアナは第二王子の大事にしていたシュナイダー王国民は斬りたくなかった。
イリアナが懐かしく果物を見た様子に男が決意したことに気付かなかった。
数年後、男はシュナイダー王国を掌握した。
影でザビ王国に操られていたシュナイダー王国を解放した。レオナルドの部下が男にやりこめられて、レオナルドの笑顔が曇る日がくることはセインでさえも予想していなかった。
「ラーナ、お疲れ様」
ジオラルドの声にイリアナは慌てて振り向いた。
男との会話を聞かれていたらまずかった。レオナルドに報告が行けば、碌なことにならないと思っていた。イリアナは平静を装いジオラルドを観察した。
「マナ様、どうされました?」
「休憩中。これ」
ジオラルドから飲みものを渡され断るのは不自然なのでイリアナは受け取った。
「ありがとうございます」
ジオラルドは拒否されなかったことに気を良くして笑った。イリアナはジオラルドの様子に男との会話を聞かれてないことに安心した。
「今度さ、お詫びに食事にいかないか」
「お詫びの意味がわかりませんので、お気遣い不要です」
「違う。お詫びじゃなくて、うちに来ないか?」
「は?」
イリアナの社交の仮面が外れ慌ててかぶり直した。
「母上がラーナに会いたいって」
イリアナに許された言葉は一つしかなかった。
「畏まりました。お伺いさせていただきます。」
「いいのか!?」
イリアナには侯爵夫人の誘いは断われなかった。
嬉しそうにしているジオラルドに斬りかかりたくなる衝動は抑えて社交の笑顔をつくった。
「日付が決まりましたら、教えてください。私はここで失礼させていただきます。」
ジオラルドの返答を聞かずに立ち去った。これ以上関わりたくなかった。
イリアナはイライラして、偶然見つけたアドニスに斬りかかったことは後悔してない。
アドニスは察したのか付き合ってくれた。
殺気を出して斬り合うイリアナ達に周りの騎士が引いていたのは見なかったことにした。
おまけ
騎士見習い視点
歩いていると殺気の気配がする。
剣の重なりあう音に目をむけると、ラーナ様がアドニス様に殺気を出して斬りかかっている。
アドニス様は剣を受け止めて余裕の表情だった。ラーナ様の殺気に寒気がした。
「イリアナ様?」
「付き合って!!」
ぶつかり合う殺気が痛い。
二人は楽しそうな雰囲気なのに斬り合っている。
訓練より怖い。早くて目でおえない。
気づくと殺気は止んで二人は無傷で立っていた。
「久しぶりですね」
「こみ上げる衝動が抑えきれなかった。ありがとう。ガス抜きできた」
「俺がいてありがたいでしょ」
「そうね。これで死人を出さずにすみそう」
この二人の会話はなんだろう。
笑顔なのに全然笑えない。
やっぱりラーナ様達は凄い。
たとえ上司の命令に逆らうことになっても絶対に逆らうのはやめようと思う。ラーナ様は上司の命令は絶対と言うけど、生き抜くためには手段を選んではいけないという教えを優先することにした。
ラーナ様に嫌がらせを命じた騎士の先輩たちの事はアドニス様に伝えよう。
俺は入隊してすぐにラーナ様の教えに背くけど、ラーナ様の制裁なら甘んじて受けようと思う。どうせ治癒魔法ですぐに治してくれるから。




