第31話 補佐官任命
三ヶ月の新人教育期間がもうすぐおわりをむかえる頃、イリアナは両隊長に呼ばれていた。
「ラーナ、どうだ?」
「一対一だとマナ様に勝てるか怪しいです。ただチーム戦なら勝利できます。もう少し時間が欲しいですが、放っておいてもいずれは勝てるようになりましょう。」
「ご苦労だった。一応所属の希望をとったんだけど・・・・」
第一騎士団長が言いにくそうにイリアナをみた。
イリアナは戸惑った。
白紙で提出とか?
上司の命令は絶対って教えているから、提出してないなんてことはありえないはず。
「全員、第二騎士団希望。」
イリアナは曖昧な微笑みを浮かべた。
騎士見習いの気持ちはイリアナには痛いほどよくわかった。
「うちの小隊長の人徳です。希望ですし隊長達の好きにされればよろしいかと」
「人徳?」
「小隊長はよく差し入れをくださったので。餌付けされたんだと思います。」
「餌付けって・・」
「私達は鬼教官だから仕方ありません。」
イリアナは両隊長からの痛い視線を感じていた。
この国の訓練は生ぬるいんだもの。
仕方ないわ。短時間で強くなるには、過剰な訓練が必要だったもの。
両騎士団長は騎士見習いの希望の理由がイリアナだと思っていた。自分が慕われていることに気づかないイリアナの鈍さに呆れられたことにイリアナが気づくことはなかった。イリアナはラーナ家で過剰に慕われていたので、感覚が鈍ってることを知ってる者はこの場には誰もいなかった。
気を取り直した第二騎士団長が声をかけた。
「ラーナは側で育てたい者はいるか?」
「特には。ただレオ様の命を果たせてないので、所属が決まってもやる気があるなら面倒みます。第一騎士団にはアドニス達がいるので、どちらに編成されても問題ありません。どんな編成でも見習い達から苦情が出ることはありませんのでご安心下さい」
「分かった。仕事に戻りなさい」
「失礼します。」
イリアナ達は騎士道精神に反する者は徹底的に体に仕込んだ。
騎士見習いは小隊長クラスには敵わないけど他の騎士たちには遅れをとらない。
戦い方が正道じゃないと非難されるかもしれないけど、それで折れるならそこまでとイリアナは思ってる。
訓練期間中に挫けなかったことは評価してるから、やる気があるなら指導するくらいの情は持っていた。
アドニス達にも命じてあった。
騎士見習いより弱い騎士たちはどうするかな。
騎士見習いは1年間騎士団で業務をこなせば、騎士昇格試験を受けられる。
最低限の実力がないものは騎士に昇格できない。
育てた見習い達はこのままなら間違いなく合格する。
しっかり訓練を続けていればだけど。鍛錬をしなければ簡単に落ちていく。弱い騎士達を見て奢って満足するならそこまでだ。
イリアナの予想通り騎士見習いが各騎士団に配属されてからお互いに驚愕の悲鳴をあげていた。
「ラーナ様」
イリアナは呼ばれた声に振り向いた。配属されたばかりで戸惑う騎士見習いの言いたいことはわかったので視線で先を促した。
「俺達は気をつかわれているんでしょうか?」
「どうして?」
「皆、見習いに気をつかって手を抜いてくれてるんでしょうか?それに訓練も準備運動にもなりません」
不思議そうな顔をしている騎士見習いを見てイリアナは迷った。
イリアナはここの騎士が弱いと思っていた。ただここで言うのもはばかわれた。一応、騎士達はイリアナの先輩にあたる。弱いだけで良い人もいる。イリアナはごまかすことにした。
騎士見習いを静かに見つめた。
「考えはそれぞれです。ただそれ関係ありますか?」
「ありません。でもこのままだと俺は強くなれない。だから、また指導してもらえませんか」
「地獄の訓練を?」
「はい。」
「物好きね。嫌いじゃないわ。休憩時間でもいいかしら?」
イリアナは笑ったことに、気づいてなかった。
騎士見習いが自分に見惚れていることは気づかずに、ぼんやり見られてるけど、休憩時間は嫌ってことかしらっと検討違いなことを考えていた。
見つめ合う二人の間にもう一人騎士見習いが飛び込んできた。
「ずるい。抜けがけ。ラーナ様俺も。せめてアドニス様に勝てるようになりたい」
イリアナは驚いた。アドニスに憧れる騎士を見たことはなかった。
「アドニスに憧れるなんて物好きね。アドは性格悪いわよ。でも実力は十分。アドニスに憧れるなら頼んであげようか?」
「いえ、ラーナ様がいいです。お願いします」
「わかったわ。休憩時間にいらっしゃい。ただし食事はしっかりとってね。」
「「わかりました」」
イリアナは休憩時間に騎士見習いの訓練に付き合っていたらなぜかどんどん人数が増えていった。
二人から五人に、気づいたら時間が合う第二騎士団の騎士見習いは全員集まっていた。
やっぱりアドニスがほしいと訓練を見ながらイリアナは思っていた。
イリアナは近づいてきた第二騎士団小隊長に頭を下げた。
「精が出るね。集めなくていいから」
小隊長の言葉にイリアナは騎士見習いに集合しなくていいと目配せした。
騎士見習いはイリアナの視線を察して訓練を再開した。
イリアナは上司が来たら集合することを教えていた。
「小隊長、はい。頑張ってますね」
「手伝おうか?」
第一騎士団には小隊長は二人いるのに対し第二騎士団は一人だけだった。イリアナは忙しい上司を頼る気はなかった。それにイリアナだけのほうが自由にやりやすかった。
「小隊長の手をわずらわせるほどではありません」
「ラーナ、俺の補佐官やらないか?」
イリアナは素で驚いた。
「私を第一騎士団に売り飛ばすつもりですか!?」
「違うよ。お前は第二騎士団だよ。第一騎士団嫌ってるよな。なんで驚いた顔してるの?」
「申しわけありません。私情を押さえきれなかったみたいで」
驚いた顔をしたイリアナの頭を小隊長は撫でた。
小隊長って騎士なのに綺麗な手をしている。
嫌ってない。バカばっかりと思ってるけど。イリアナは慌てて平静な顔を装った。
「やらない?」
「小隊長に補佐官が必要とは思えません」
「今、休憩中に騎士見習いを見てるだろ?それならラーナが訓練時間に指導をすればいい」
「見習いの?」
「第二騎士団の」
「未成年で新人の私が?」
「だから補佐官。見習いに負けた騎士達から希望が出てる。休憩中のラーナ達の訓練には混ざりにくいって」
騎士達はイリアナが見習いだけで手一杯なのを知っていた。
強くなりたくても、イリアナに無理をさせるのは嫌だったので小隊長に相談していた。
騎士達にとってイリアナは強くて優秀だけど、危なっかしい後輩だった。
「私、手を抜くことはできませんよ。脱落者でても知りませんよ。」
「大丈夫だよ。お前が無理して魔法を使い過ぎなければいい。」
イリアナはいつもお世話になっている小隊長のためなら頑張ろうと思った。強くなりたい騎士がいるなら容赦なく鍛えるだけである。
「小隊長は優しいですね。わかりました。小隊長の命なら受けましょう。小隊長の補佐官だから引き受けます。第一騎士団の補佐官にしたりしませんよね?」
「第一騎士団長はラーナを欲しがってるからね。うちにもお前が必要だから安心して。はい」
渡された紙と証を見てイリアナは固まった。任命状にはすでに第二騎士団長と小隊長のサインがしてある。
小隊長補佐の任命は団長に権限がある。
イリアナは手際のいい小隊長の評価がまたあがった。
その日から第二騎士団の地獄の訓練がはじまった。
レオナルドに騎士の質の向上の命は受けているからイリアナには丁度よかった。
時々ラーナ家の血が騒いでしまった。
さすがにイリアナが訓練を担当するようになってから騎士見習い達は休憩中に訓練をする余裕がなくなった。
イリアナは強くなりたいという先輩騎士の希望のために書類仕事は引き受けようと決めた。
イリアナの訓練に騎士達が悲鳴をあげながらも慣れていった。しっかり訓練している騎士達を見て、基礎訓練のときはイリアナは書類仕事をすることにした。
基礎訓練は騎士見習い達に教え込んであるので、おかしいなら騎士見習いが助言する。
もしわからなければ小隊長室にいるので、いつでも呼び出してほしいと伝えてあったがイリアナが呼ばれることは一度もなかった。
第二騎士団小隊長室の小隊長の隣の机で書類仕事を始めた。書類は騎士見習い達が運ぶのを手伝ってくれた。
手が欲しいと思う時に傍にいることにイリアナは感心していた。
ペンを走らせていたイリアナの手が止まった。
第一騎士団の書類が混ざっていた。
イリアナは書類を読んで驚いた。
月に一度提出する収支報告書だった。
見間違いかと思い一度目を瞑って深呼吸して、再び目を開けても
目の前の書類に変化はなかった。
うちの団のと全然額が違う・・。
遠征費にこんなにかからないし、全体的に金額が高い。これ見直さないと破たんする。
これおかしいよね。小隊長に相談案件で別にしよう。
イリアナは小隊長の机に収支報告書を置いて、他の仕事に手を伸ばした。
一段落してイリアナが顔をあげるとジオラルドがいた。
集中していたイリアナはジオラルドに気づいていなかった。
ジオラルドはすごい速度でペンを進めるイリアナに声をかけられず見守っていた。
今のジオラルドはイリアナとどう関わればいいか悩んでいたから余計に声をかけられなかった。
イリアナは自分が集中していて気づかなかったことに頭をさげた。
「マナ様、気付かずに申しわけありません。小隊長にご用でしょうか?」
「いや、うちに混ざっていた書類を持ってきただけだから」
「それは、お手数をかけました。ありがとうございます」
イリアナは書類を受け取ってから気付いた。
目の前にいるのは第一騎士団小隊長。
適任者がいるなら、任せればいい。うちの小隊長の手を煩わせるほどじゃない。
「マナ様、今ってお時間ありますか?」
ジオラルドはイリアナが怒っていないことに安心して笑った。
ジオラルドはイリアナのためなら無理矢理でも時間を作ることをイリアナは知らなかった。
「手は空いているけど」
イリアナはジオラルドの嬉しそうな顔が不思議だったけど気にしないことにした。
「収支報告の管理はマナ様ですか?」
「今年は俺の担当じゃないけど、去年は、やっていたからわかるよ。リアは何が知りたいの?」
イリアナはじっと見つめた。
リアって呼ぶなって言ったよね。
「ごめん。ラーナ」
イリアナは気まずそうな顔をしたジオラルドを無視して書類を出した。
「これうちに混ざってたんですけど、おかしくありませんか?」
第一騎士団の収支報告書を渡すとジオラルドは読みはじめた。
収支報告書は小隊長権限で経理にまわる。隊長の確認はいらない。
この報告書には小隊長印が押されている。もう提出するだけの段階だった。
ジオラルドは、眉間に皺を寄せていた。
「これ、額が。まさか、いや」
イリアナはジオラルドの様子を静かに見ていた。
額に違和感を覚えるのは同じようだった。
その様子は仲間を疑うなんて嫌なのかな。
他隊の私よりも自隊の仲間を信じたい気持ちはわかる。
でも証拠があるのに動かないのは愚かなこと。
第一騎士団が使いすぎて、うちの予算が減らされても困る。
ただでさえギリギリなのに。
この人は今まで不正に出会ったことはないのかな。仲間を処罰するのに心を痛めるタイプ?
それは自分の指導不足を悔いる場面よ。
イリアナは放っておいて共犯と思われたらたまらないので一言伝えることにした。
「なにを信じるかはそれぞれです。お困りならアドニスを頼ることをお勧めします。」
イリアナは今月は様子を見ることにした。来月になってもジオラルドが動かないならうちの隊長に報告する。
来月になったらアドニスに調べてもらうことを決めた。
仲間を大事にして不正を見逃すなら小隊長として致命的である。
第二騎士団小隊長補佐を引き受けたからには役目は真っ当する。
あきらかにふさわしくない人間を役職につけるのはたくさんの兵の命が失われることになるから。
兵を無駄死にさせるなんてラーナ家の人間として恥だから。
国の行く末にも、生きることにも興味はなくてもイリアナはラーナ家の誇りは捨てていなかった。
イリアナは立ったまま悩んでいるジオラルドは放っておいて訓練に向かうことにした。
そろそろ基礎訓練が終わる時間だった。




