第30話 新人教育
イリアナはアドニスとリックとイワンと4人で新人教育を担当することになった。
第一騎士団から3人も人手を回してもらえるとは思わなかったイリアナは念の為確認した。
「許可は取ってあるのよね?」
「「はい」」
即答したリックとイワンの横でアドニスがイリアナに嗜めるような顔を向けた。
「イリアナ様が悪い。どっちか一人なんて言うから、二人の本気の殺し合いを見た隊長が許可をくれたよ」
「リック、イワン」
「「譲れません」」
イリアナの咎める視線も気にせず強く見つめ返すリックとイワンを見てイリアナは諦めた。
どんな理由でも人手が多く、イリアナの力になろうと意気込んでもらえるのはありがたいことである。
イリアナは勝ち気な笑顔を作った。
「許可があるならいいわ。頼りにしてるからよろしく。これ以上バカが増えたら困るから心身共に徹底的に鍛え上げるわ」
イリアナ達は両騎士団から離れた第四訓練場を借りている。
イリアナ達が現れても騒いでいる騎士見習いにアドニス達が殺気をとばすと静まりかえった。騎士見習いが殺気を理解できたことにイリアナは安心した。
静まりかえった騎士見習い達にイリアナがゆっくりと口を開いた。
「見習いといえ、この制服を着た時点で国を背負っています。騎士として恥じない行動をしなければなりません」
イリアナがアドニス達に視線を送ると殺気がおさまった。
「その話は後にします。入団試験合格おめでとうございます。新人教育を任されている第二騎士団所属イリアナ・ラーナと申します。騎士の世界は上司の命令は絶対です。年齢や性別、地位も関係ないのでよく覚えておいてください。これから制服に恥じない最低限の指導をします。決して楽な道ではありませんので覚悟のない方は早々に退団していただいても構いません。質問がある方はいますか?」
一人の男が手を上げた。
「どうぞ」
「騎士が騎士見習いより身分が低いのはわかります。でも自分より弱い人間に従いたくありません」
イリアナは見た目だけで判断するのは愚かな騎士見習いの言葉に呆れた。騎士の価値を強さだけと認識していることにも。
想像以上に手のかかる仕事になりそうだと気合を入れたイリアナは騎士見習いを静かに見つめた。
「例え劣っていても上司の命令は絶対です。ですが、貴方の気持ちもわかります。手合わせしましょう。皆様でかかってきてください。お相手します」
イリアナな訓練場の中心に移動した。
「1対20?」
「それは」
戸惑う騎士見習い達にイリアナは挑戦的な笑みを浮かべた。
「1対1が望ましいです。卑怯と思う気持ちは覚えておいてください。ただ戦場では公平性などいりません。勝てばいいんです。私、騎士見習いごときに負けない自信があるのでどうぞ」
イリアナの笑みに侮辱され怒った見習い達がかかってきた。
イリアナは手合わせしながら、想像以上の弱さにため息をつきたくなった。
「これでよく試験受かりましたね」
全員倒れたので、イリアナは礼をした。
「これが戦場なら死んでますよ。もっと強くなってもらわないと困ります。いつでもお相手しますので、かかってきてください」
「イリア様に挑戦するなら僕を倒してからにしてください」
「リック、まぁいいわ。アド、改善点を指導してあげて」
「予想以上に弱いな。いつまで休んでるんだ。休憩じゃないから立て」
アドニスの声で見習い達が立ち上がった。
立ち上げらない騎士見習いはアドニスに殺気を浴びせられたので、立ち上がるしかなかった。
アドニスの様子を見ながらイリアナは気づいてしまった。
「今更だけど、新人教育はアドに任せれば私、いらないんじゃ…………」
イリアナよりもアドニスのほうが指導経験豊富だった。
レオナルドの命令なので、気にせず従うことを決めたイリアナは隣にいるリックとイワンに話しかけた。
「この絶望的な弱さをどうすればいいのかな。私、ジオラルド様程度に育てるっていったのよね」
「イリア様が望むならお任せください。僕もいってきますね」
不安そうなイリアナの顔を見てリックとイワンが騎士見習い達に加わっていく。主の憂いを払うのは護衛騎士として大事な役割だった。
イリアナは頼もしい3人に任せて見守ることにした。
今回は女性騎士見習いも採用されていたが、イリアナには特別目にかける理由もないので、気にしないことにした。
イリアナ達は騎士道精神に反する見習いは徹底的に教育指導した。
一月もすれば、愚かなことをする騎士見習いはいなくなった。
時間がないので、体力の限界まで訓練して、治癒魔法で回復してまた訓練を繰り返していた。
この光景を見たジオラルドは固まって、言いたいことがありそうにイリアナ達を見ていたけど誰も気にしなかった。
イリアナの敬愛する第二騎士団小隊長は微笑ましく見守っていた。
うちの小隊長は時々差し入れを持ってきてくれるから見習い達に慕われている。
私達は鬼教官ってひどいよね。貴重な魔力を使って治癒魔法をかけてあげるのに。
第二騎士団小隊長からの差し入れを食べているので休憩中だった。
「ラーナ様」
イリアナは女性騎士見習いに声をかけられた。
「なんですか?」
「剣を見てもらえませんか?」
「休憩しなくていいんですか?」
「私、弱いんで休憩している余裕はありません」
「いいわ。やろう」
イリアナは女性騎士見習いと手合わせをした。
うーん。剣の腕より体を鍛えたほうがいいかな。男性より力が劣るなら速さと技で戦うしかないから。
「まずは体力と筋力をあげないとね。もっと早く動けるようにならないと」
「わかりました」
「頑張ってね。水分だけはしっかりとってね」
女性騎士見習いはイリアナに礼をして水分をとるために離れていった。
ジオラルドの視線にイリアナはため息をついた。
視線で訴えるのやめてほしい。それも十分邪魔なんだけど。
侯爵子息に言えないけど…。
仕方がないので話を聞くことにした。
「なんですか」
「いいのか。」
「じっと見られるのも気になりますので」
「悪い。つい。励ましてやらないのか」
「は?」
「女性騎士が男に敵わないのは仕方ないだろ」
イリアナはジオラルドの言葉に言葉を失った。
最低。これが小隊長なんて世も末。
これだと下がバカなのも仕方ないかな。
私より、弱い人間に言われたくない。
「それ侮辱です。騎士になった時点で男も女も関係ありません。女だから男より弱いと認める人間は騎士を目指す資格はありません。強くなることを諦めた時点で騎士はやめるべきです」
「なんで騎士になったの?」
「大事な者を守るためです」
イリアナにはラーナ侯爵家に産まれた時点で騎士になる道しかなかった。体の弱い弟は仕方がない。ただラーナ家に生まれた者が戦えないなんて許されない。言わないけど。
守りたいものと守らないといけないものがあったから。
もうほとんど亡くなったし一番大事なものは守れなかったけど。
剣を静かに見つめるイリアナにジオラルドが声をかけた。
「リアの大事なものごと俺が守るよ」
ジオラルドの言葉にイリアナは顔をあげて、まっすぐ自分を見つめる瞳を見つめた。
ジオラルドの瞳に嘘も迷いも見つからなかった。
バカにしないでほしい。自分の役目も果たせてないのに。ただ騎士道精神を守っていきることが一番だと思っている。
昔の私はジオのことを好きだった。頼りにならないけど好ましい友人だった。
出会ったころと変わらずに真っすぐ育ったジオ。
純粋と真っすぐさは美点でも欠点でもある。
純粋に見つめられる瞳に怒りがこみあげてくる。
いい加減に出会った頃と違うことをわかってほしい。
「リア、だから俺と」
イリアナの纏う空気が揺れたことにアドニスは気づいて赤面しているジオラルドに剣を向けた。
「これ以上の侮辱は許さない。イリアナ様に貴方は必要ない。貴方に守られるほど彼女は弱くない」
「アドニス、剣をおろせ」
真顔で剣を突きつけているアドニスに第二騎士団小隊長は命じた。アドニスは剣を降ろさずジオラルドを睨んでいた。
イリアナは思考にとらわれていたが第二騎士団小隊長の声に我に返った。アドニスがジオラルドに剣を向けていることに驚いて命じた。
「アド、剣をひきなさい。」
「申しわけありませんでした」
アドニスは形だけの謝罪をした。
イリアナはアドニスの行動は自分の動揺のせいだと気づいていた。
イリアナはジオラルドを見つめた。
幼馴染だから揺さぶられるのかもしれない。なら捨てればいい。
イリアナにとってジオラルドとの思い出など、必要なものではなかった。
「ジオ、もうあの頃には戻れない。ジオとリアは終わり。子供の時間は終わった。さよならジオ。これからはラーナとお呼びください。ジオラルド・マナ侯爵子息様」
「リア・・。」
イリアナからの拒絶に戸惑うジオラルドにもう一度だけ忠告した。
「リアはもういません。マナ様、訓練に戻りますので失礼します。アド、行くわよ」
ジオラルドに困惑した顔で見られても、イリアナは見ないことにした。
イリアナはジオラルドのことは忘れてアドニスにへの小隊長に逆らった罰則を悩んでいた。罰則が思いつかないため仲の悪い二人に任せることにした。イリアナはアドニスに、罰則を与えたことなど一度もなかった。
「アドニス、小隊長に逆らった罰をうけなさい。イワン、リック、頼んでもいい?」
「「お任せを」」
イワンとリックがアドニスに斬りかかったので、せっかくだから見習い達を集めて見学させた。
アドを大衆の前でボロボロにするのが罰なのかな?
見習い達は目を輝かせたり顔を青くさせたり様々である。でも誰も目をそらす様子はなかった。
殺気に慣れるのは大事なこと。弱いけど、心根は悪くない。ここまで脱落者がいないからやる気はある。
必要なのは腕だけか。
想像よりも期待が持てそうな騎士見習い達にイリアナは微笑んだ。
「ラーナ様、適わない相手にはどうすればいいんですか?」
「状況によります。私は護衛対象を連れて逃げます。相打ちは最終手段。一人倒しても追手はくるから。名誉も騎士道も捨てて、主を守るためなら手段は選びません」
騎士見習いはイリアナを不思議そうに見つめた。
「ラーナ様でも敵わない?」
イリアナは苦笑した。
「悔しいですが私より強い方はたくさんいます。いつかは負かしたいと思ってますけど。」
「失礼なことを言ってすみませんでした」
「女で子供の私を甘くみるのは当然よ。見た目や性別で油断するなんてバカのすることよ。これから気をつけなさい。」
初日に手をあげた見習いだった。
誰にでも間違えがある。間違いを認めて謝罪できるなら期待はもてる。ここには、そんな当然のことをできない人間が多いから。
見習いを育てまともな騎士が増えればイリアナの心労は減るだろうか。
レオ様の手駒となって生きることはイリアナの予想以上に過酷なことだった。
イリアナは第二王子に早く迎えに来てほしいと、切に願っていた。
とりあえず、きちんと謝罪した騎士見習いに柔らかい笑みを作って気にしてないけど上司には絶対に逆らわないことだけ再度伝えることにした。




