第28話 お礼
イリアナはやっと休養日を迎えた。
上質なブラウスとズボンを履いて、貴族の屋敷にも行ける服を身にまとった。
令嬢仕様の訪問着もあるけど選ばなかった。
私用でイリアナ・ラーナ侯爵令嬢の姿をする時は私の殿下のところに行くときだけって決めているから。
アマルに留守番を任せて、第二騎士団小隊長に教えてもらった店でたくさん入った菓子折りを3つ買った。
お代を渡すと小さい菓子の詰め合わせを渡される。
「よく働く部下へのご褒美と承っております。」
「お代は?」
「もういただいております。受け取っていただかないと私どもが困ってしまいますので」
イリアナはこの店を教えてくれた人を思い浮かべた。
あの人はすごすぎる。ハイスペックすぎる。平民なのに。差別はいけない。
でも十分な教育も受けられない環境で、ここまで気遣えるってすごい。才能かな。貴族として生まれたらセイン兄様みたいになったんだろな。
イリアナの第二騎士団小隊長への評価がまた上がった。
「ありがとうございます」
「お返しもいらないそうですよ」
「あの方は…。わかりました。有り難く頂戴しますとお礼だけお伝えくださいますか?」
「承りました」
店を後にして、ベッドを借りた家を目指した。
家をノックするとベッドを貸してくれた夫人が現れた。
「あんたは!?」
「ご挨拶が遅れて申しわけありません」
「中にどうぞ」
「いえ、お礼に伺っただけなので」
「休憩に付き合ってよ」
誘いを断るのも失礼と思い夫人の言葉にうなずき、案内されたダイニングの椅子に座った。
しばらくすると夫人がお茶を入れて戻ってきた。
「こないだはありがとうございました。これお礼です」
イリアナが菓子折りを渡すと、夫人が目を丸くした。
「まさか騎士様にお礼をされる日がくるなんて」
「本当に感謝しているんです。誰も動かない中、貴方が名乗り上げてくださって。あの状態では詰め所まで移動するのも、危なかったので」
「騎士様は命令するのに、お願いされたから驚いたわ。」
イリアナは緊急時の命令権があったことを忘れていた。
でもあの状況は命令するほどの非常事態ではないからいいか…。
命令されるのは、いいものではないから。
「長時間ベッドを借りてすみませんでした」
「いいのよ。それに頭を下げるのは貴方の役目じゃない。体はもう大丈夫?」
「はい。お恥ずかしいところをお見せして申しわけありません」
「まさか、親子が元気になったと思ったら貴方が倒れるんだもの。子供なんだから無理しちゃいけないわ。この後、他の人の所にもお礼にいくの?」
「はい。」
「案内するよ。」
「そんな」
「子供は大人に甘えなさい」
「ありがとうございます」
夫人に連れられて、女性を運んでくれた店主の食堂に向かった。
「お忙しい時間にすみません。お伺いするのが遅れて申しわけありません。以前助けていただいたお礼に伺いました」
「嬢ちゃんか・・」
イリアナは店主に探られるように見られていた。
「やっぱり嘘だよな。わざわざ言うのに」
「これ、お礼です。」
案内してくれた夫人と店主が見つめ合っている。
しばらくすると店主は菓子折りを受け取った。
「騎士様が礼をするとはな。嬢ちゃんの好意はありがたくいただくよ」
「もし、お願いできればなんですが」
また探るような目で見られたイリアナは不思議で仕方なかった。
私、なんで、こんなに警戒されてるんだろう…。
「あの時、もう一人の騎士を誘導してくれた方がこちらを訪ねた時に、これを渡していただけますか?」
店主の目が見開いた。
「ごめんなさい。図々しいですよね。やっぱりちゃんと聞きこみをして探します」
「いや、構わないよ。あいつもうちの常連だ。嬢ちゃんは子供を浚うのか?」
「ありがとうございます。それは迷子の保護のことですか?」
「この子はしないよ。」
「だよな」
「こないだ茶髪で紫の目をした騎士は子供を攫うと騒いでいた男がいたんだ。酔っぱらいの戯言だよな。変な事を聞いて悪かった」
イリアナは警戒される理由がわかった。
きっとあの人だろうな。確かに間違ってはいないけど、肯定はできない。騎士が人さらいのイメージを持たれるのは許されない。
主人の話は聞かなかったことにした。
「いえ。もし困りましたら詰め所までおこしください。失礼しますね」
イリアナは二人にお礼を言って店をあとにして第二王子の所に向かった。
もらったお菓子を一つは殿下に、もう一つは殿下の隣に座って口に入れた。やっぱり味がわからなかった。
「殿下、私、はじめて憎悪を向けられたの。でも他に方法はなかった。殿下ならどうしました?」
吹き抜ける風を感じて、イリアナは殿下が仕方がないなって笑って、僕に任せてっと言っている気がした。
「世界は優しくないね。大事なものは簡単に奪われる。ただ一緒にいたいだけなのに、そんな願いも叶えてくれない。」
「優しくないけど、非情でもないか。私は殿下に出会えたから。ちゃんと幸せだった時間もあるから。」
アベルトの部屋で殿下とセイン兄様と四人でいた頃が一番幸せだった。
難しい勉強も殿下がいつも教えてくれた。悩んでるといつも現れて教えてくれたな。
セイン兄様にはよくバカにされたけど、殿下は優しく教えてくれた。
殿下のそばは陽だまりみたいで気持ちがよかった。近くにいられない時間は手紙を送った。
殿下が送った手紙を箱にいれて大事に保管してくれるのを知った時は嬉しくてたまらなかった。
私ばっかりじゃなくて殿下も寂しいって思ってくれてるのが堪らなかった。
殿下は優しい言葉をたくさんくれるけど、乙女心には鈍い人だったから。
でも満足だった。一緒にいればどんな不安も解けていった。
ぼんやりしていたら辺りは暗くなっていた。
「殿下、また来るね」
イリアナは急いで家に帰るとお菓子をアマルにあげた。
一人で買い物をしてきたイリアナに不満そうなアマルの様子には、気づかない振りをした。




