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傷心令嬢の鬼ごっこ  作者: 夕鈴
第一章

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第27話おまけ 

ヒューゴは背中に産婆を背負い走りながら考えた。

普段なら民を保護して、医者に預けて、家族に連絡をつければこの一件は終わりである。ただイリアナは治癒魔導士。そして自分の背負う産婆は人使いが荒い。歩くのが億劫というだけでヒューゴに背負わせて運ばせるくらいだ。確実に手伝わされる気がした。


ヒューゴは現場に戻るとイリアナ達はいなかった。


「騎士、嬢ちゃんに案内頼まれてんだ。来い」


ヒューゴは案内してくれる男に緑のカードを渡した。民たちはカードを渡されたら詰め所に持って行くことを義務づけられていた。ヒューゴは誰でもいいから詰め所に場所を伝えにいってほしいと頼んで家の中に入っていった。


街の見回りの騎士はカードを持ち歩く。色に応じて意味が変わる。事件に遭遇すれば詰め所に伝令を走らせる決まりがあった。

黒は国レベルの非常事態、指揮官への救援要請

赤は非常事態、救援要請、生死に関与

黄は救援要請

緑は救援不要


事件ではないがヒューゴ達が長時間戻らなければ問題になるので念のため伝令を走らせることにした。残念ながらヒューゴの感は当たった。

イリアナとヒューゴは産婆の仕事を手伝わされていた。


無事に赤子が生まれ安堵した顔をしていたイリアナが慌ててヒューゴに赤子を渡した。ヒューゴが赤子を受け取りイリアナの顔を見ると、顔が真っ青になっていた。

産婆はイリアナの様子に底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


イリアナは赤子から離れて母親の様子を静かに見ていた。

一人で頷いたイリアナはヒューゴを決意のこめた目で見た。真っ青なのに後輩がなぜか圧を感じてヒューゴは気後れした。


「ヒューゴ、私、この後しばらく倒れます。眠れば治りますので、夫人に頼んで一晩寝かせてください」

「ラーナ?」

「急ぎの事情説明が欲しければ、レオ様の側近のセイン・シカク様に聞いてください。寝てれば治るので、心配しないでください」


イリアナは母親の手を取りしばらくすると、母親が目覚めた。

イリアナはふらふらと部屋の隅に移動し座り込んだ。


「ラーナ、おい、ラーナ」


イリアナは目を閉じ、呼びかけには答えなかった。ヒューゴは真っ青で体の冷たいイリアナを見て血の気が引いた。産婆を探すが、すでにいなかった。イリアナは眠れば治ると言っていたが信じられなかった。ヒューゴは医務官にイリアナを見せたかったが、すぐに飛び出すわけにはいかなかった。まだ家族への連絡が終わっていなかった。


「ヒューゴ、イリアナ!?」


聞きなれた声に顔をあげると同じ詰め所番だった同僚がいた。


「勤務時間が終わっても戻ってこないから、寄ったんだけど」

「ラーナは倒れるけど一晩眠れば治るって言ってたんだけど」


騎士はあたりを見回して、頷いた。

「イリアナの大丈夫って信用できないよな。あとは家族に連絡と報告?」

「ああ」

「俺が家族に連絡は引き受けてやるよ。ラーナ連れて帰って報告書書けよ」


ヒューゴは同僚の申し出に甘えることにした。

ヒューゴはイリアナを抱き上げて救護室を目指した。


救護室で医務官はイリアナに何もできなかった。

浅い呼吸で真っ青な顔をして眠っていた。弱っていることはわかっても、治療はわからなかった。騎士団所属の医務官に魔力切れの人間をみた経験はなかった。

ヒューゴはイリアナのセインを頼れという言葉を思い出しても、平民で騎士に過ぎない自分がレオナルドの側近を呼びにいけないことはわかっていた。

ヒューゴは上司に相談に行くことにした。

イリアナの様子を見た第二騎士団長はセインを直々に呼びに行った。

第二騎士団長から見てもイリアナは死にそうだった。


ヒューゴが救護室でイリアナの手を握っていた。報告書を書くにも、イリアナの話を聞かないと書けなかった。ヒューゴはイリアナが倒れた理由がわからなかった。


セインはレオナルドの執務室で仕事をしていると第二騎士団長が入室を求めてきた。先触れのないことを咎めず、レオナルドは快く迎え入れた。


「殿下、申しわけありません」

「急ぎだろう。気にしなくていい。どうした?」

「セイン・シカクの力を貸していただきたい」


レオナルドは礼儀を重んじる第二騎士団長が手続きをせずセインの力を借りたいと言う件は一つしか思いつかなかった。


「イリアナになにかあった?」

「ラーナが倒れました。事情を知りたければセイン・シカクにと」


レオナルドは笑った。愉快なことが起こる気がした。


「セイン、行こうか」

「殿下?」

「私も心配だからね」


レオナルドはセインをつれて救護室に行った。セインは嫌な予感がした。

救護室は突然現れたレオナルドに混乱が起こっていた。レオナルドが「気にするな、いつもどおりでいい」と命じても、緊張感に包まれていた。

レオナルドの言葉に礼をしていたヒューゴ達は平静を装うふりをした。イリアナの様子を見に来たと気づいた医務官は顔が真っ青になっていた。


レオナルドはじっとイリアナを見た。魔力切れを起こした人間を目にするのはレオナルドも初めてだった。魔力切れで死んだ報告は受けても生命維持活動を最小限にして眠る案件は初めてだった。自分のお抱え魔導士の優秀さに口角をあげた。


「ジオが見たら倒れそうだね。セイン」


セインは頷いて、イリアナの手を握り魔力を送った。魔力切れを起こしたバカな従妹に呆れながらもこの状況で顔に出すわけにはいかなかった。徐々にイリアナの体が暖かくなり、生気を取り戻してきたのでセインは魔力を送ることをやめた。


「魔力切れか。楽しいことになりそうだね。イリアナが魔力切れを起こすほどのことか」

「殿下、お手を煩わせて申し訳ありません」

「イリアナは明日は休ませようか。思わぬ収穫があるかもしれない。明後日、出勤したら話を聞くよ。念のため箝口令をしこうかな。イリアナと一緒だったのは、彼か。セイン、任せていい?私は事実が知りたい」


セインはレオナルドの言いたいことがわかった。イリアナが報告書に大事なことをあえて伏せて提出する可能性を。


「小隊長クラスまでなら話してもいい。場合によっては力を借りるかもしれない。セイン、今日は退庁していい。報告は明日楽しみにしてるから」

「かしこまりました」


レオナルドが去っていったので、第二騎士団長が指示を出した。ここで見たことは他言無用と。

第二騎士団長はセインとヒューゴをつれて第二騎士団長室に向かった。

セインは礼をした。


「ご挨拶が遅れて申しわけありません。セイン・シカクです。」

「セイン、楽にしろ。息子が世話になっている。彼はヒューゴ。イリアナの指導係だ」


第二騎士団長はジオラルドがセインを頻繁に訪ねていることを知っていた。セインは恐縮しているヒューゴに向き直った。


「爵位はないので、礼儀は気にしないでください。従妹が迷惑をかけてすまない。」

「従兄妹?」


唖然と自分を見つめているヒューゴにセインは笑った。セインとイリアナは似ていない。


「ああ。保護者だ。イリアナのことでなにかあれば声をかけてくれ。あれが迷惑をかけてすまない。事情を聞かせてほしい。」


ヒューゴの話を聞いてセインはイリアナが魔力持ちの親子を助けて魔力切れで倒れたことを理解した。赤子を抱いてイリアナの顔色が悪くなった話で、赤子が強大な魔力をもっている可能性も。これはイリアナが伏せて報告することも。セインは罪人を庇うつもりはないので、ありのままに報告する。その事実をイリアナに話す予定はなかった。重要な情報が抜け落ちた報告書を見て責められるならイリアナの自業自得である。


「報告書はイリアナに後日書かせるよ。遅くまですまない」

「いえ、本当にラーナは目覚めるんですか・?」

「疲れて寝ているだけだ。体に支障はない。同じことがあれば遠慮なく呼んでくれ。」

「ヒューゴ、今日はもういい。御苦労だったな」

「イリアナは俺が連れて帰るから。世話になった」


ヒューゴは二人に礼をして帰路についた。レオナルドから緘口令が出てるのでイリアナに事情を聞くことはできない。ヒューゴはこの話をどうごまかすか考えないといけなかった。

イリアナが倒れたことは噂になっていた。事情を聞かれたヒューゴは疲れて倒れたと話すと仲間達は信じて笑っていた。第二騎士団ではイリアナは危なっかしい子供騎士の立ち位置は変わらなかった。



第二騎士団長はセインに尋ねた。全く平静な様子を崩さないセインの様子に感心していた。自分の息子は取り乱すのを容易に想像がついていた。


「セイン、本当にラーナは平気なのか?」

「ご心配いりません。そのうち目覚めるでしょう。では私はこれで失礼させていただきます」


セインが礼をして退室しイリアナを迎えに行くと、救護室にはアドニス達がいた。

三人はセインに気付いて礼をした。


「爵位はないから礼はいらない」

「イリアナ様の敬愛するセイン様へ礼を欠かすわけにはいきません」

「頭をあげろ。相変わらずだな。やっぱり追ってきたんだな。連れて帰るよ」

「家まで送ります」

「必要ない。じゃあな」


アドニス達はセインの言葉に礼をして見送った。

セインがアドニス達の誘いを断ったのは、誰がイリアナを運ぶか争うことが目に見えていたからだ。あの三人が仲が悪いことはセインも知っていた。


セインが抱き上げたイリアナを連れて帰ると、アマルが悲鳴をあげた。

イリアナをベッドに寝かせて、寝てるだけだと説明すると、アマルは食事の用意をはじめた。


アマルはよく働く。うちの執事長が気に入るだろうなと、動きだしたアマルを眺めていた。手のかからないアマルと違い、どうしようもなく手のかかる従妹の頬をつねっても起きなかった。

起きたら説教することを決めて、明後日は騒がしくなりそうだと物思いにふけるセインだった。


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