第24話前編 野外訓練
イリアナは第二騎士団の遠征での野営訓練に何度か参加したため、流れは理解していた。
初めての両騎士団合同の野営訓練のため、留守にする間はセインにアマルのことを頼んだ。
セインは快く受け入れた。
「アマルはセイン兄様にはよく懐いているのよねぇ。お父さんに憧れる年頃かしらね」
「イリア?」
「なんでもないわ。行ってくるね」
家を出たイリアナは気が重く、2泊3日の両騎士団合同訓練に向かうために足を進めた。
嫌な予感は当たり、共同訓練のためイリアナのテントは第一騎士団の女性騎士3人と同じだった。
野営地につき、座って休憩を始めた女性騎士の危機感と志の低さになぜ女性騎士を目指しているのか不思議に思ったが、聞くことに興味はなかったので、話しかけなかった。
簡易テントを立てる場所を確認し、黙々とテントを建て始めた。
イリアナに一人の女性騎士が近付き、作業に加わった。
作業に加わった女性騎士は、イリアナに話しかけたことのない騎士だった。
テントを建てるのも訓練の一環なので、イリアナは驚きながら話しかけずに作業を進めた。
参加せず、テントを張れずに困るのは自分達なので、イリアナはわざわざ教えてあげるほど親切でもなく、二人の女性騎士が困ってもどうでもよかった。
テントを張り終えて、道具を片付けていると休憩をしていた女性騎士の二人が中に入った。
片づけを終えたイリアナが中に入ると、二人の女性騎士が嫌そうな顔で睨む。
「あら、新人は外でいいんじゃない?」
「わかりました。失礼しました」
イリアナの反応に驚いた顔をした二人と物言いたげな一人の様子を気にせず、テントを出ていく。
穏便に同じテントで過ごすためには、頭を下げて説得すれば簡単だったが、心が壊れても、矜持はあるイリアナは頭を下げるなんて、演技でも嫌だった。
イリアナは荷物の置き場にちょうどよさげな木を探してるとヒューゴに肩を叩かれた。
「ラーナ、何してんの?」
「荷物置き場を探しに」
「は?」
「あのテントに荷物を置いたら捨てられるのが目に見えてるから」
「なんで第二騎士団のお前が第一騎士団のテントに振り分けられたんだろうな」
「子供でも女だからでしょ?戦場に出たら性別なんて関係ないのに、まぁどうでもいいか」
「荷物貸せよ。うちのテントで預かるよ」
「罰則」
「そんな罰則ないから。あと2回でペナルティだもんな」
「出勤前にトイレ掃除なんて絶対に嫌」
3回遅刻すると早朝の2週間トイレ掃除当番の罰則が設けられていた。
イリアナは早起きが苦手なのでトイレ掃除するなら一秒でも多く、ベッドで寝ていたい人間である。
一度、ジオラルドの所為で遅刻をしているのであと2回でアウトだった。
イリアナは嫌そうな顔に笑うヒューゴの荷物に伸びた手を拒まず、受け入れた。
「荷物か。場所はあるから気にしなくていいよ」
「気にせず、いつでもおいで」
ヒューゴのテントに連れていかれたイリアナは笑顔で了承する騎士達にお礼を言うと頭をポンと叩かれた。
一日目は特に問題もなく終わり、イリアナは夜は木の上に登り、眠った。
眩しい朝日が起こしてくれるため、イリアナにとって木の上は丁度いい場所だった。
二日目の訓練は、食事を狩りをして手に入れる自給自足の訓練だった。
同じテントの仲間と隊を組み、協力して取り組むべきだが、山も森もイリアナにとっては危険な場所ではないので、
動く様子のない女性騎士達に声を掛けることはしなかった。
「関わるの面倒だし、役に立たないからいいや。食事はいらないけど、訓練だから、狩りはしないとなぁ。昼間の狩りが訓練って、どうでもいいや」
遠征先は昼間は肉食獣が眠っているので、安全な場所だった。
夜の森は危険が増すが、獣避けのテントを使っているので、イリアナにとっては安全な野営地だった。
イリアナは鳥を短剣を投げて、仕留め、テキパキと捌いた。
火を起こし、串刺しにした鶏肉を焼く。
鳥を焼く香ばしい匂いに女性騎士達が近づいてきた。
「私達の分は?」
「自給自足ですからご自分で」
「新人のくせに生意気ね」
「苦情は隊長に」
「もういいわ。せっかく話しかけてあげたのに」
相手にするのも面倒なイリアナは「話しかけてほしいと思ってません」とは言わず、無言で焼けた鶏肉を頬張った。
「やっぱり余るよね。処理するか」
串刺しにした肉を食べ終わったイリアナは残りの肉を見て、調理を再開した。
「殺菌作用のある薬草が生えているから、これで包んで蒸し焼きにすれば日持ちするか。遠征中に食べきれなかったら、持って帰ればいいか」
イリアナは残りの肉を全て、薬草と香草と共に葉で巻いて焼いた。
調理を終えた肉をヒューゴ達のテントに荷物と共に置いたイリアナは女性騎士の一人がいないことに気付く。
夜の森の危険を知っているイリアナは念のため、女性騎士に声を掛けた。
「もう一人はどうしたんですか?」
「あの子は狩りにいったわよ」
「一人で行かせたんですか?」
「貴方だって一人で行くじゃない」
イリアナの目の前にいる女性騎士は女性としては大柄だが、筋肉が少なく、強そうには見えなかった。
一緒にテントを建てていた女性騎士はさらに華奢で細く、テントを建てる手際も悪く野営に慣れているように見えなかった。
「森や山に不慣れな者が単独行動する危険も知らないんですね…。弱いならせめて、群れるくらいしないと死ぬってわからないのか」
集団行動を放棄しているイリアナは言えた義理ではないが、隊で動かなければならない理由がわかっていない女性騎士達に心底呆れた。
女性騎士達は上官以外の前で動くことはなく、だらだら過ごしていたのをイリアナは知っていたので、バカにした顔を隠すのをやめた。
イリアナのバカにした視線に女性騎士達の眉が釣り上がった。
「騎士向いてないですよ。さっさと結婚して引退したほうがいいんじゃないですか?」
「あんたね」
「忠告してあげる優しさに感謝とか迷惑なんで、しなくていいですよ」
イリアナは文句を言っている女性騎士達を残し、周囲を見渡した。
空には綺麗な夕焼けが広がっていた。
「夜になる前に見つけないと危ない。ラン、探してくれる?」
イリアナの言葉にランが飛んでいく。
「誰かに声をかけたほうが、うん。やめよう。絶対に面倒、そういえば」
どちらの騎士団に報告しても、厄介なことが起こると結論を出したイリアナは荷物を確認した。
「さっさと見つけて、戻ってくればいいものね」
イリアナはポケットの中身を確認し、一人で行くことに決めた。
ランが戻って来た。
「いたけど、近くに獣がいるわよ」
「ありがとう。案内して」
ランに続いてイリアナは走る。
すでに獣が動き出しているため、急がないとまずい状況だった。
イリアナはうずくまり、足を抱えている女性騎士を見つけた。
「足を見せてください」
女性騎士が動かないのでイリアナは無理やり足を伸ばして傷を見た。
水筒の水で傷口を洗い、鋭い爪で裂かれた傷跡を見てイリアナは嫌な予感に襲われた。
「オオカミに襲われました?」
さらに顔が青くなり震える女性騎士を見てイリアナは確信した。
「簡単に殺せるのに、見逃したってことは、囮にして人間をおびき出すつもりか。
オオカミは群れで狩りをするから、血の匂いで追ってくるか…隠れてもすぐに見つかるから無駄、それなら」
イリアナが一人なら群れのオオカミが相手でも問題なかったが、負傷者を守りながらだと荷が重かった。
イリアナは空に向かってポケットに入れてあった光の閃光球を投げた。
あたり一面が眩しくなり、落ちてきて光を失った球を拾ってポケットにいれた。
「ラーナ家門の救援信号を見るのは久しぶりだなぁ。ラン、薄い霧を」
イリアナはランに頼んで、視界が悪くなるように周りを薄い霧で覆う。
嗅覚が優れたオオカミには気休めにしかならないけれど、備えは多い方が安全とイリアナはできることを思案する。
女性騎士の前に座り、傷の手当てを再開し、包帯を巻く。
魔法に集中しているときに襲われたら終わりのため、治癒魔法は使わず手当てを終えたイリアナは荷物から非常食を出し、女性騎士に渡す。
「吐いてもいいから、食べてください。体力と気力をしっかり持ってください」
イリアナの拒否を許さないという強い態度に負けた女性騎士は食べはじめた。
「どうして」
「見捨てるのは騎士道精神に反します」
「私、貴方に」
「興味ないので謝罪はいりません。木には登れますか?」
「え?」
申し訳ない顔をする女性騎士の言葉をイリアナは遮った。
木の上の避難が一番安全だったが、足を怪我した女性騎士には無理と気づいたイリアナは木の陰に連れていき座らせた。
「ここを絶対に動かないでください。戦わなくていいので、静かにここから動かないでください。動き回られたら迷惑です。できますか?」
イリアナは無理なら気絶させようと思っていた。
頷く女性騎士を背に庇い、武器を手に持ったイリアナは周囲を見渡した。
「そろそろ狩りの時間のはじまり」
イリアナの呟きは風の音共に消え、誰にも拾われることはなかった。




