第20話 動揺
イリアナはアマルに起こしてもらい出勤した。 騎士団での日々はイリアナにとって億劫なことが多いが、今日はさらに億劫な第一騎士団とのつまらない共同訓練の日は億劫だった。
イリアナが共同訓練場に着くと、女性騎士が睨む。
「貴方、第二騎士団だけじゃ足りずにジオラルドまでたぶらかしたの!?」
「おはようございます。身に覚えがありません」
男性をたぶらかしていると騒ぐ女性騎士を見て、婚約者探しに苦労しているイリアナは失笑を我慢できなかったが、そのまま挨拶をした。
「第二騎士団でちやほやされるだけで、飽き足らず」
最年少だから世話をやかれると思い込んでいるイリアナにとって、現状で望んだことは何一つなかった。
放置してもらえるほうがありがたいイリアナは、不満なら第二騎士団に移動願いを出せばいいと思ってたが言葉にはしない。
イリアナは顔を上げると第一騎士団の騎士達に囲まれていた。
「あなた、恥ずかしくないの?」
「私は恥ずべきことなどしてません」
「ジオラルドが素敵なのはわかるわよ。でもあなた婚約者に顔向けできる?もう婚約者の顔など忘れた?あなた騎士の家の出なのに婚約者も守れなかったね。大事じゃなかったからわざと?」
イリアナの心に初めて女性騎士の言葉が響いた。
「貴方に理解していただきたいなんて思いません」
「認めるのね。さえない婚約者と別れられてよかったわね。騎士のくせに。婚約者を見殺しにした騎士。近衛騎士団の家系の恥ね。あなたと婚約しなければもっと長生きできたかもしれないわね」
第二王子の死に対して、初めて人から非難されたイリアナの手が震えた。
止まらない第二王子への後悔の海にイリアナは沈み込む。
『殿下…守れなかった。誰よりも守りたかった。
生きててほしかった。殿下のためなら命なんていらなかった』
「あなたの婚約者も報われないわ。でも幸せかしら。こんな女と過ごすよりも」
『殿下がいれば何もいらなかったのに』
下を向いたイリアナの目にズボンのザビ王国の紋章が映った。
思い入れも、大事なものも何一つない地に立っていることを認識し、現実に戻ったイリアナは顔を上げて、嫌味な笑みを浮かべる女性騎士を睨んだ。
「貴方が何を知っているんですか」
「ず、ずるいわよ。泣いても騙されないわよ」
イリアナは女性騎士の言葉に、顔に手をあてると濡れていた。
涙が流れていたことに気付いていなかったイリアナは慌てて服で涙を拭う。
「そうやって皆を騙してるんでしょ。婚約者のことなんて、もう忘れてるのに同情してほしいだけでしょ」
「いい加減にしろ。お前さ何を知ってんの?泣き崩れてたリアを見たの」
突然、イリアナを背に庇ったジオラルドの腕をイリアナは掴んだ。
「やめて。話さないで」
「リア?」
ジオラルドに余計なことを話されたくないイリアナは動揺した心を抑えるために深く息を吸った。
背筋を伸ばして、ゆっくり息を吐いた。
イリアナは服の上から首から下げている少量の第二王子の遺髪と遺灰を入れたお守り袋に触れた。
残りの遺灰と遺髪は厳重に封印して家に保管した。
第二王子と一緒にいたいが、安らかに眠ってほしい気持ちもあったので、遺髪と少量の遺灰のみお守り袋に入れて、常に身に付けていた。
『殿下はここにいる。一緒にいる。大丈夫。私は殿下の婚約者。こんな所で取り乱さない』
イリアナは笑顔を作って心配そうな顔のジオラルドに微笑みかけた。
「ジオラルド様、お恥ずかしいところを見せて申しわけありませんでした」
「大丈夫?」
「はい。お気遣いいただきありがとうございます。失礼します」
礼をして、第二騎士団の騎士を見つけたので彼らのもとに歩いていこうとするイリアナの腕はジオラルドに掴まれた。
「ジオラルド様?」
「隊長には俺が話をつけるから」
「放してください。どこに行くんですか」
イリアナはジオラルドに腕を掴まれ、連行された。
イリアナの叫びは夢中で歩くジオラルドには届いていなかった。
イリアナは無理やり第一騎士団の小隊長室の中に連れて行かれた。
「ここなら誰も来ない」
「余計にまずいです。立場を」
「リア、泣いてるの気付いてる?やっぱりだめ。わからない。適任者連れてくるから待ってて。鍵かけてくから、ここにいて」
「待ってください」
イリアナの言葉を聞かずにジオラルドは鍵をかけて飛び出していく。
「適任者!?こんなところに残されても…」
イリアナは人の気配に危機感を覚え、隠れようか迷っている間に鍵の開く音がした。
警戒しながら視線を向けると扉から入ってきたのは、イリアナにとって絶対にここにいるはずのない人物だった。
動揺で、無意識に流れていたイリアナの涙は止まった。
「ジオ、この国にはセイン兄様にそっくりな方がいるの?」
「急に引っ張られてきてみれば何?」
王宮でレオナルドの下に向かっていたセインは強引に腕を引っ張り連行してきたジオラルドを不満そうに見た。
「リアが泣いていて、どうすればいいかわからなくて、セインを呼ぶしか俺には思いつかなかった」
セインは困惑しているイリアナと混乱しているジオラルドに大きくため息をついた。
「ジオラルド、後で王太子殿下に俺の代わりに謝罪しろよ。目立ちたくないのに。ジオ、そこにいろよ。俺達がここに二人でいる状況はまずい状況だから。わかったな?」
「ああ」
「リア、どうした?」
二人のやり取りに目の前にいるのはセインだとイリアナは確信した。
セインは充血した瞳のイリアナの顔を見て、不機嫌な顔をやめた。
「なんでいますの?」
「王太子殿下との約束。口出し無用だ。何があった?」
不満でいっぱいのイリアナの態度にセインは笑う。
騎士は忠誠を誓った主に逆らうことは許されない。
どんな時も忠誠を捧げて、従うのがイリアナの騎士道である。
イリアナは忠誠を誓った主に逆らえない現状に、一時の感情でセインに忠誠を誓ったことを後悔した。
「古傷をえぐられ、感情のコントロールができませんでした。申し訳ありません」
「仕事帰りに行くよ。地図教えて。ちゃんと誰にも見つからずに行く」
「わかりました」
「リア、これ使って」
ジオラルドからペンと紙を受け取り、イリアナが書いた地図を見たセインがため息をついた。
「ジオ、地図書き直せ。これだと無理。地図は読めるのに絵は壊滅的だよな」
イリアナが書いたぐちゃぐちゃの図形だらけの地図は場所を知るジオラルドにも解読できなかった。
イリアナは二人を睨んだ。
「地図を書く教養なんて受けてません」
「リア、それ以前の問題じゃ」
「うるさいです。この状況をどう説明しますの?ジオの所為で遅刻ですよ。しかも連行されるのを何人にも見られ、どう説明すればいいのよ!?」
イリアナは厄介事しか生まない現状を作ったジオラルドを睨んだ。
「セイン」
ずっと困った顔をしているジオラルドが助けを求めたのはセイン。
セインはイリアナの顔を見て、爽やかに笑った。
セインの笑みにジオラルドは安堵したが、イリアナは嫌な予感に襲われた。
「そのまま言えば?ジオの部下の無礼にリアが動揺し、上司のジオが部下の無礼への謝罪の意味を込めて宥めようと場所を移したけどリアの動揺がおさまらず保護者の俺を召還。リアは未成年だし、最愛の婚約者の話をされて動揺するのは当然だろ?」
イリアナの立場は同情を引く境遇である。
利用しろと言うセインにイリアナは訴える。
「セイン兄様、感情をコントロールできなかったのは騎士として失格です」
「なら罰則を受けるのは仕方ない。自業自得だ。じゃあ、俺、仕事があるからまたな」
イリアナは手を振り、颯爽と去るセインの背中を恨めしそうに睨んだ。
「リア、ごめん」
イリアナは本気で謝る幼馴染に毒気を抜かれた。
セインの正論通りで、感情のコントロールができなかったイリアナが悪いため、泣いている人を放っておけない性格のジオラルドを責めるのはお門違いだと思い直したイリアナは笑顔を作った。
「いえ、こちらこそ巻き込んでしまいすいません。訓練場まで案内してくれますか?」
「もちろん」
これから怒られるのに嬉しそうなジオラルドにイリアナは心の中で呆れながら、足を進めた。
二人が訓練場に戻ると団員は集まり整列していた。
第二騎士団長が息子のジオラルドに厳しい視線を向けた。
「ジオラルド、説明してくれるか?」
「隊長、私が未熟な故です。ジオラルド様は関係ありません。申しわけありません」
第二騎士団長の前に行き、跪いて謝るイリアナ。
「ラーナ、私は第一騎士団小隊長のジオラルド・マナに聞いているんだ」
「申しわけありませんでした」
ジオラルドはセインの言う通りに説明をしたため、イリアナに痛々しい視線が集まった。
『感情をコントロールできなかったのはまずいけど、公開処刑を受けるなんて恥ずかしすぎる。
穴に埋もれたい』
羞恥に震えそうなイリアナに、第二騎士団長の視線がジオラルドから移った。
「規定通り、所属の上官の指示に従いなさい。ラーナは一緒に来なさい」
ジオラルドは第一騎士団長の下に行き、イリアナは立ち上がり、第二騎士団長に連れられて第二騎士団長室に移動した。
「ラーナ、座りなさい」
イリアナは促されて、下座のソファに座った。
第二騎士団長が部屋を出て行き、しばらくするとコップを持って帰ってきた。
イリアナは差し出されたコップを受け取った。
「飲みなさい」
コップの中身はホットミルクだった。
イリアナが口をつけると甘みが広がった。
子供の頃のジオラルドの好物の蜂蜜ミルクを振舞われたことにイリアナは気付かない。
「事情は知ってるよ。お前がここに来た理由も。本意じゃないことも」
厳しく指導するはずの第二騎士団長から慈愛の籠った顔で見つめられたイリアナは戸惑う。
「隊長?」
「今の私は単なるおじさんだよ。子供は泣きわめいて感情をはきだせばいい」
「昔のことです」
「私はお前がジオと離れたくなくて、大泣きしたのを見ているから驚かないよ。もちろんジオにも話さない、私の胸にとどめよう」
第二騎士団長に慈愛の籠った表情を向けられたままのイリアナは放っておいてほしいという本音が言えるほど無知ではなかった。
第二騎士団長の満足するイリアナ像を模索し、侯爵令嬢モードのセイン仕様でいく事を決めて、弱々しい笑顔を作った。
「許されるなら、私は殿下の死を悼んでずっと修道院で祈りをささげて過ごしたかったんです。でも、それが許される立場ではありません。第二王子殿下の婚約者として務めを果たさなければなりません。ですが、殿下のことだけはうまく感情がコントロールできません。お父様のこともラーナ侯爵家のことも、耐えられるのに。殿下のことだけは…。いけませんね。私はこの国でお役に立たなくてはいけませんのに」
「当然だよ。愛する者を失って平然とできるものなどいない。王太子殿下も酷なことをする」
「自国のためなら仕方ありません。王族も貴族も、利のためなら手段を選びません」
「イリアナ、大丈夫か?」
「大丈夫にするしかありません。王太子殿下へのご恩はシュナイダー王国民の代わりに返さないといけませんので」
イリアナはコップに残っていたミルクを飲み干した。
冷静に思考でき、演技もでき、落ち着きを完全に取り戻したことに安堵した。
華奢な背中に背負わされた重圧に押しつぶされずに、切なげに微笑むイリアナを第二騎士団長は痛ましげに見る。
「ご馳走様でした。ありがとうございます。もう大丈夫です」
コップを置いたイリアナは立ち上り、騎士仕様の真面目な顔を作った。
「隊長、私は未熟故感情のコントロールができません。騎士見習いへの降格も覚悟しております」
切なさの欠片もない、騎士らしい立ち振る舞いを瞬時にしたイリアナに第二騎士団長は感心を抱かざるを得なかった。
「ラーナを騎士見習いにすることはない。誰にも譲れないものはある。あの場で手を出さなかったお前の自制心を誇れ。お前よりうちの息子と第一騎士団の愚か者達を見習いにしたほうがいいだろう。同じ騎士として嘆かわしい」
第二騎士団長の最後の呟きを聞き取れなかったイリアナは戸惑いを隠して真面目な顔を貫く。
「隊長?私の罰則はどうすればいいでしょうか」
「遅刻の罰則は3回でペナルティだから今回は1カウントだな。仕事に戻りなさい」
「はい。失礼しました」
騎士としての失態を犯したイリアナへの軽い罰への戸惑いを隠して礼をして部屋を出る。
これからの惨事に重たい足を進めながら戻った先で、やはりイリアナには痛々しい目で見られた。
無言で労うように肩を叩く第二騎士団の騎士達に気付かないフリをして、真っすぐで一生懸命なイリアナを演じることにした。
『まだ、深く聞かれないのがありがたいってことにしよう。今日は書類を片付ける日でよかったかも。書類に集中していれば周りの視線は気にならない』
イリアナはさらに視線を集めていることに気付いていなかった。
今までイリアナは周囲に合わせて書類を処理していた。
集中しているイリアナの処理速度に周りが凝視していた。
しばらくして書類から顔を上げたイリアナは物言いたげな顔をしたヒューゴと目が合った。
仕事前とは違う種類の視線が周囲から向けられたイリアナは処理を終えた書類の山を見て、ペース配分を間違えたことに気付いた。
『3日で終わらせるものだったはず…。うん。謝らなくていいよね?書類仕事が終われば、訓練の時間が増えるもの。そうそう。感謝してもらってもいいくらいの成果じゃない?』
心の中で言い訳をしているイリアナは、先ほどから変わらないヒューゴの視線に負けて頭を下げた。
「ごめんなさい」
「誰も責めてない。無理しなくていいから」
「え?」
「そうだよ。先輩に頼ればいい。俺達はお前の味方だ」
ヒューゴ達は、先程まで泣いていたイリアナが戻ってきた途端に無言で一心不乱に仕事をする姿に思うところがあった。早退しても責められない状況で、平静を装い頑張っている華奢な少女への庇護欲が刺激された。
イリアナが無理をしていると勘違いしている第二騎士団員達が第一騎士団に近づけないようにしようと心に決めていた。
「勤務時間も終わったし、一杯行くか」
「イリアナもどうだ?」
「帰ります」
「食材買ってやるから、行ってもいいか」
「今日は用があるので、また。では」
イリアナは騎士達に礼をして急いで帰路についた。
セインの分の食事をアマルに用意してもらい、3人で食事をした。
「リアの保護者のセイン・シカク。リアが世話になっているようだな。リアは食事が終わったらゆっくり話そうか。もてなしはいらないから、アマルは先に休んで」
セインの言葉に頷くアマルを見ながら、イリアナは嫌な予感に襲われていた。
「身元と年齢はしっかり確認しろって教わったよな?」
「2歳なら誤差じゃない?大事なのは成人しているかどうかでは」
「6歳と8歳なら教育方針も変わるだろう?人を拾うなら…」
アマルの年を勘違いしていたイリアナは、本人の事情を何も確認していないことをセインから怒られた。
セインの質問に答えるたびにヒートアップしていくお説教の終わりが見えなかった。
お説教が終わったころには寝る時間を過ぎていた。
「起きてたの?もう遅いから明日はゆっくり寝てて」
「俺よりもイリアが心配」
「大丈夫よ。おやすみ」
アマルの心配どおり、翌朝もイリアナは一人で起きられなかった。
起こしてもらったおかげで遅刻しないで出勤できたイリアナは、アマルに頭が上がらなかった。




