第19話 セイン旅立ち
反乱により王家が滅び、指示系統が崩壊したシュナイダー王国は荒れた。
「裁判で処刑された貴族は少ない。俺も生きてるし、まぁ、絡んでいるのは殿下だよな」
反乱後ザビ王国の王太子殿下は頻繁に訪れ、シュナイダー王国の支援をしていた。
全てレオナルドの思惑通りになっていると気づいているのは極一部だけだったが声を上げることはなかった。
王家が滅んで4カ月。
国は徐々に落ち着きを取り戻し、セインではないとできないことは終わった。
「アルと違ってリアはうまくやれてないよな…。まだ15歳だから手が掛かるのは当然か。アベルトがいれば、違うんだけど、」
ラーナ領主に選定されたアベルトはうまくやっていたが、この前に会ったイリアナを見て、心配しかなかった。
「エレイン様がお見えです」
「通していい」
旅立つ準備を進めていると、セインのもとに元婚約者のエレインが訪ねてきた。
エレインは挨拶もなく、セインの頬を叩いた。
「どうしてイリアの魔法を使わせたの」
情報収集がセインより得意なエレインはイリアナが魔法を使えることを知っていた。
「治癒魔法なんてなんて不幸な力をイリアに。神は残酷よ」とエレインはイリアナを心配していたが態度に出すことはなかった。
「必要だったから」
「貴方ならいくらでも他の策を練れたでしょ。ごめんなさい。八つ当たりね」
魔法を使うことを提案したのはイリアナだが、イリアナの力を使わずに、両陣営に誰も死なせない戦争なんてできなかった。
エレインもイリアナが望んで魔法を使っていたことはわかっていた。
「悪い」
「私、イリアのもとに行くわ」
「エレイン、リアは俺が見るから頼まれてほしい」
「私はイリアが一番大事よ」
エレインはイリアナが好きだった。
謀が得意な自分の能力を純粋に褒めて教えてほしいと頼んでくる妹分。
かつてエレインの能力の高さに周りは引いていた。
まだ幼く世渡りも下手だったエレインを尊敬の目で見たのはイリアナだけだった。
イリアナはセインを見慣れていたせいか、周りがエレインを恐れる理由がわからなかった。
大人を言い負かすエレインに純粋な拍手を送るのはイリアナくらいだった。
エレインにとってイリアナはヒーローでもある。
エレインの能力を恐れ、エレインを襲った弟を躊躇いもなく斬ったのはイリアナだった。
身分の高いものには絶対服従が文化の社交界で侯爵家が公爵家に逆らうなんて危険な行為はありえなかった。
イリアナは「私の殿下の作る国に愚かな貴族はいりません。処罰したいならどうぞ。エレイン様を狙うなら何度でも相手になります」と笑った。イリアナに斬られた弟は2か月で回復したが、この件は公爵家の恥なので公にされることはなかった。
この時にエレインはイリアナの格好良さに心酔し、セインに婚約しろと脅しに行った。
セインはエレインがイリアナを一番大事にしていることを知っていた。
「だからお前にラーナ家を託したい。アベルトは体が弱い。俺は国が完全に落ち着くまでここにはいられない。アベルトと婚姻すればイリアナと姉妹だ」
「イリアには貴方と幸せになってって言われたわ」
「俺とお前が?」
「ありえないわよね。イリアは可愛いわ。婚約者だからって愛があるとは限らないのに。あの子が一人でやっていけてるか心配よ」
「だから俺が行く。うちの領地はもう落ち着いた」
エレインはイリアナの傍にいたかったけど、セインの方が向いてることに気付いていた。
騎士としてのイリアナが必要とするのが自分ではないことを。
最後に会った時、心が壊れそうなイリアナがこれ以上痛まないように自分の役回りを果たそうと思った。
イリアナはアベルトとセインに何かあれば、壊れてしまう気がしていた。
「さすが宰相一族。そうね。引き受けるわ。優しいイリアはラーナ家になにかあれば悲しむから。これ以上あの子が大事なものをなくさないように。手回しよろしくね」
「ああ。あんまりアベルトを困らせるなよ」
「人聞きが悪い。セイン、イリアを守らなかったら許さない。私が息の根とめるから覚えておいて」
「相変わらず物騒だな」
セインは頼もしい相棒に笑った。
エレインは男に生まれれば優秀な当主になっただろう。謀は得意だ。
将来、王妃となったイリアナもエレインが傍にいれば安心だと思っていた頃が懐かしい。
アベルトとエレインの婚姻を見届けてセインは何人かの家臣をつれて旅立った。
まさか2年後アベルトとエレインが追いかけてくるとはセインも思っていなかった。
セインは国境で呼び止められ、突然現れたレオナルドに内心驚いた。
転移魔法を使いやりたい放題の相手に仕えることへ不安が心を占めた。
セインは馬車から降りて礼をとった。
「セイン、待っていたよ。同乗しても」
「どうぞ」
レオナルドとセインはこれからの話をする。
セインはレオナルドの補佐官に任命された。
他国の俺を周りが受け入れるとも思わないけど、手元に置く方が監視しやすいか。
レオナルドが愉快に笑い出した。
「君が来たら変わるかな。おもしろいことになってるから」
レオナルドの様子にセインは嫌な予感しかしなかった。
レオナルドが人の不幸を喜ぶことをセインは知っていた。
リアがやらかしてないといいんだけど。
レオナルドとの話も終わり、国王陛下夫妻への挨拶も済ませたので、用意してもらった屋敷の場所と鍵を受け取り王宮を去ろうとすると、予想外の人物にセインは捕まった。
「セイン」
ジオラルドに縋りつくような目で見られて、セインは嫌な予感がした。
「お久しぶりです。ジオラルド様」
「お前まで」
「場所を考えてください」
もう爵位のないセインは王宮で侯爵家のジオラルドへの無礼は許されない。
「片付いてませんので、ろくなおもてなしもできませんが、良ければ屋敷におこしください」
哀愁漂っていたジオラルドの様子が変わった。
『これは今日の夜あたり来るかな。
ジオも昔から手がかかるよな。いつも年下のリアの後をついて行ってたよな』
わかりやすいジオラルドを残し、セインは屋敷に向かった。
レオナルドから与えられた屋敷はセインの想像より立派で、伯爵邸なみの大きさだった。
「俺の個人資産は持ってきてるけど、補佐官の給金ってどれくらいなんだろう。維持できないなら売るか。屋敷は下賜されたかた、好きにしていいよな。整えるの任せていいか」
「お任せくださいませ」
セインは専属の家臣をシュナイダー王国に置いていこうとしたが、家臣達の意思が固かった。
「お兄様への未練たらたらで仕えられるなんて迷惑よ。責任とって連れていって」
セインは無事に帰ってきたが口が悪くなった妹に専属の家臣と個人資産を渡され追い出された。
屋敷のことはセインの好みを熟知する家臣に任せ、セインはすべきことを始めた。
思ったのに、ついてくると聞かなかった。
夜になるとセインのもとに暗い顔をしたジオラルドが訪問した。
「セイン」
「ジオ、久しぶりだな」
「俺は駄目かもしれない」
「食事のつもりだったが、酒のほうがいいか。どうせ、リア絡みだろう」
優秀な執事長はすぐに酒宴の準備を整えた。
セインはジオラルドに椅子に座らせ、妹に持たされたワインを二人のグラスに注いだ。
「俺、リアに嫌われて。リア、俺のことジオラルド様って…」
「俺達は爵位がなくなったから当然だ。公に今まで通り接したら不敬罪で首が飛ぶ。」
「リアの家に尋ねたら、門前払いされるし、なぜか俺より親しそうな男と一緒に住んでる」
「6歳の孤児を男に数えるなよ。女性の家に先触れもなく訪ねるな。家に入れて貰えないのは当然だ。あれでもイリアナは年頃なんだよ。最低限の節度を持ってやれよ。出会った頃とは立場も歳も違うんだよ」
「リアはいつの間にか第二騎士団に打ち解けてるし、俺には挨拶しかしてくれないのに」
子供の頃のようにイリアナに接しただろうジオラルドの様子がセインには想像できた。
『ジオは子供の頃のような無邪気なリアの態度が返ってくると思ったんだろうか。
リアとすれば侯爵家のジオと関わって、令嬢達のやっかみを受けるのを避けたいんだろうな。
イリアナ・ラーナはジオラルドと関わることが、どれだけ厄介なことか分かってるだろうし。
イリアナと親しくなりたいジオラルドと避けたいイリアナなら荒れるよな。これは悪趣味な王太子殿下が楽しむだろうな…』
「ジオはイリアナのこと好きなの?」
「それは…」
成人した大柄なジオラルドが顔を赤らめ、照れる姿に可愛げの欠片もなかった。
セインは小柄で大人に成長中のラーナの双子達なら、微笑ましかったかもと現実逃避した。
グラスに注がれたワインを一気の飲み干したセインはジオラルドの抜けている行動にどこから指摘しようか悩んだ。
「ジオ、イリアナの立場を考えて動いてるか?お前が軽率に動くことで王太子殿下しか後ろ盾のないイリアナの立場を危うくすることの自覚はあるか?俺もリアもずっと薄汚い貴族社会で生きてきた。だから貴族の恐ろしさをわかってる。悪いけど、俺は今のお前にイリアナを任せたいとは欠片も思わない」
「セイン?」
「友人としては相談にのってもいいけど、それ以上を求めるなら他をあたれ」
「俺はどうすれば」
「リアはもう子供じゃない。もっと今のイリアナのことを見てみろよ。ちゃんとお互いの立場を考慮して関わるなら礼儀に厳しいリアは、お前を無下にはしないよ。イリアナの立場なら、侯爵家のお前を無視できない」
「俺は…」
「対等でいるなんて無理だよ。家名を背負って生きてきた俺達にはジオの背中に侯爵家が見える。今まで多くの貴族に頭を下げられて、生きてきた俺達は立場なんて関係ないなんて言葉は受け入れられない。それが受け入れられないならイリアナは諦めろ」
黙って考え込むジオラルドをセインは見つめた。
『ジオラルドはあまり社交に関わらず生きてきたんだろうな。
だから爵位の重さを知らない。
戦場だと貴族も平民も関係ない武門貴族は身分への認識が甘いのは珍しいことではない。
きっとマナ侯爵家は優秀な夫人をもらって社交は夫人に任せる気だったんだろう。
ジオラルド・マナ侯爵令息は強さを第一に育てられたんだろう。
騎士達が好むまっすぐな人柄を大事にされて育て上げられた。
イリアナ・ラーナとは正反対に。
武門で有名はラーナ侯爵家は常に王家の近くで守る近衛騎士団長の家系だった。
爵位の重さがわからない人間を王家の近くに置くことはできないから、社交も叩き込まれる。
第二王子殿下の婚約者だったイリアナ・ラーナは徹底的に鍛えられた。イリアナは多少抜けていることはあるけど、それは俺や父上に比べてだ。令嬢としては優秀なほうだ』
爵位はジオラルドのが高いのに、かつてのイリアナのほうが背負うものが多かったのはセインの目には明らかだった。二人の差は武術と身分だけでなく、差を埋めるには足掻くしかない。
「ジオ、焦らず落ち着いて行動しなよ」
「でもリアは結婚相手を探してるから早くしないと」
「その話か。猶予が延びたから平気だろう」
「え?」
情報収集していないジオラルドの出来の悪さにセインはため息をついた。
「リアは王太子殿下に乗せられただけだよ。イリアナは成人までは婚姻できないから。あんまりあいつがバカなことするなら俺が言い聞かせるよ」
「セインがリアのことをわかってるのが悔しい」
「悪いけど過ごした時間が違うよ。お前がリアと出会う前から面倒みてたんだから」
「リア、許してくれるかな」
「お前次第かな。もともとそんなに根に持つ性格じゃないけど。思い切って出会いからやり直せば?」
セインの冗談をジオラルドが本気にしたことや、さらにこじれてレオナルドが喜ぶことになる未来が待っていることは誰も知らなかった。




