第13話前編 第二騎士団1
イリアナがザビ王国に来て二日が経った。
イリアナは携帯食料を食べ、少年には常備されていたパンとミルクと果物を食べさせた。
イリアナは少年の面倒を見るつもりはないが、食材を処分するより食べさせたほうがいいかと用意しただけだった。
「お姉さん、俺は何をすればいい?」
「特に頼みたいことはないから、好きにして」
「お姉さんはどうするの?」
「買い物に行く」
「荷物を持つよ」
イリアナは少年にしてもらいたいことはなかったが、少年が望むなら連れていくことにした。
イリアナは市で少年の服を数着買い、少年に持たせた。
昨日は食材しか買わなかったので、イリアナの服等、いくつか買い足していると少年が無言で種を見ていた。
イリアナは少年が見ていた種も購入し、家に帰った。
イリアナは少年用に買ったものを渡した。
「これ、使って。」
「俺、ここにいてもいいの?」
「いたいならいればいいけど、二つ、約束が欲しい」
「任せて。守るよ」
イリアナは詳細を聞かないで即答で了承する少年に呆れた。
少年に興味はないが、大人の義務として伝えるべきことはきちんと話すことにした。
「約束や契約は詳細を聞いてから了承するものよ。一つは私の私物を勝手に持ち出さない、もう一つは明日から騎士団に入隊するけど、周りの人に余計なことを言わないこと」
「そんなことか。わかった。俺は何をすればいいの?」
「特にないけど」
「じゃあ勝手にするよ」
生活するならお金は必要なので、イリアナは少年にお金を渡した。
イリアナは面倒を見る気がなかったので、お金を渡せば好きにするだろうと思っていた。
「これ、あげるわ。自由に使っていいから」
「こんなに!?」
イリアナと少年の金銭感覚は違っていた。
イリアナの渡した金額は平民なら半年は余裕で生活できる金額だとイリアナは知らなかった。
「あと、これも」
種を渡すと少年の目が大きく見開いた。
「育てていいの?」
「自分で世話できるなら。いらないなら返してきてもいいから。」
「お姉さん、ありがとう」
イリアナは少年はすぐ出ていくだろうと思い、気にせず生活することにした。
イリアナは一番大事な物は肌身離さず持っているため、それさえ手を出さなければ、どうでもよかった。
****
翌日、イリアナは騎士団の制服を着た。
サイズを教えていないのに、丁度いいサイズの制服が用意されていたことへの思考は放棄した。
イリアナは迎えに現れた人物に驚き、一瞬目を見開いたが、そのまま礼をした。
イリアナを迎えに来たマナ侯爵は、イリアナの短くなった髪をじっと見てからゆっくりと口を開いた。
「頭をあげなさい。第二騎士団長を務めている」
「マナ侯爵、宜しくお願いします。私はもう貴族ではないので、平民と同じ扱いで構いません。イリアナでもラーナでもお好きなようにお呼びください」
「君の腕は疑っていないが、試験はさせてもらう」
「畏まりました」
「ここだけの話だ。私は君には恩があるから困ったら相談に来なさい」
マナ侯爵の恩とはラーナ家が息子のジオラルドを保護したことである。
イリアナの中ではジオラルドの保護など遠い昔に終わったことだったので、義理深いマナ侯爵の申し出を断ることにした。必要以上に侯爵家と関わりたくなかった。
「侯爵家として当然のことをしたまでです。気にしないでください」
「私のことは隊長と呼びなさい」
「はい。隊長、宜しくお願い致します」
イリアナは第二騎士団長の後に続いて歩くと訓練場に着いた。
第二騎士団長から紹介されたイリアナは、周囲から敵意の視線を向けられた。
イリアナはわかっていたことなので、敵意の視線に反応せずに受け流す。
一般的に騎士団試験は厳しいものである。
入団試験に合格し騎士見習いに任命され、騎士団試験に合格し騎士に任命される。
イリアナが来ているのは見習い騎士ではなく、騎士の制服である。
騎士試験も受けずに、隣国の貴族令嬢が騎士に任命され、配属されればおもしろくないものである。
特に騎士試験に受からない騎士見習い達からの敵意が凄いが、敵意や殺気に動揺するほどイリアナは弱くない。
ラーナ家門の騎士達の中で育ったイリアナには殺気は効かない。
「模擬戦をしよう。ラーナ、準備はいいか?」
「畏まりました」
イリアナは騎士の礼をして、第二騎士団長に指名された騎士と向き合った。
幼い頃から騎士として訓練を積み、またラーナ侯爵家の直系として無様な結果は残せない。
イリアナは模擬戦に勝利し、騎士達が唖然としてるのは気にせず礼をした。
「ラーナの実力はわかったか?入隊に異存のあるものは名乗り出ろ」
三人の騎士が手を上げた。
イリアナは第二騎士団長の言葉を聞いて、手を上げる者がいると思っていなかった。
相手の実力の違いもわからず勝負を挑む騎士達に失笑を堪えて澄ました顔を作った。
「隊長、三対一でお願いします」
「本気か?」
「はい。全て自己責任ですので、ご心配なく」
第二騎士団長はイリアナの申し出に頷き、三対一の模擬線の許可を出した。
イリアナは力を誇示するために立候補した騎士達が想像以上に弱くて興醒めした。
模擬戦が終わり、イリアナは指導騎士のヒューゴについて仕事を覚えるように指示を受けた。
どこの国でも女性騎士は珍しく、第二騎士団には女性騎士はいなかった。
イリアナはヒューゴに指導を受けながら、どこの国も騎士団のやることは大差ないと知った。
ラーナ領の仕事より簡単だと思っているイリアナにヒューゴは気まずそうな顔を向けていた。
「ラーナ、聞きたいんだけど」
「ヒューゴ様、なんでしょうか」
「様はいらない。お前さ、戦場で俺と戦ったことない?」
「私は戦場に出たことはありません。弟かもしれません」
「悪い。深い意味はない」
イリアナは要注意人物のジオラルドの顔以外は戦場で戦った人間の顔は覚えていなかった。
考えこむヒューゴにイリアナは曖昧な笑みを浮かべて無言を貫く。
イリアナはヒューゴが気まずそうに自分を見る理由もわからなかった。
こんな幼い少女に剣を向けたのかと罪悪感に駆られていたヒューゴの気持ちなどイリアナにはわかるわけがなかった。
勤務時間も終わり、イリアナを食事に誘うヒューゴに疲れたことを理由に断った。
「隊長に私の面倒を頼まれてるからといって勤務時間外まで気を遣わなくていいのに。この面倒みの良さが隊長がヒューゴを私の指導係に選んだ理由よね。まぁどうでもいいか」
イリアナは誰とも親交を深める気はなかった。
騎士団から家まで歩いて20分。
レオナルドが周りの民家から離れている家を用意してくれたことだけは感謝していた。
家に帰るとイリアナを少年が出迎えた。
「お姉さん、お帰りなさい」
「ただいま」
「食事にする?」
「食事?」
「うん。ちょっと待ってて」
テーブルの上にはパンと果物が並べてある。
少年がスープを運んできた。
わくわくした少年の瞳に負けて、イリアナは席に着いた。
少年がイリアナの前に置いたスープをゆっくりと口に入れた。
イリアナは初めての料理を褒めて貰えた時の嬉しい気持ちは知っているが、味がわからないため、感想がわからなかった。
「ありがとう」
少年は不安そうにイリアナを見つめた。
「美味しくない?」
「ごめん。私は味がわからないの。でも貴方のスープは温かい」
「次はもっと頑張るよ」
「別にいい」
イリアナが少年と暮らし、ニ週間が経った。
イリアナと暮らす少年は有能だった。
イリアナが手を出す前に全ての家事は終え、少年の生活用に渡したお金で二人の生活のやりくりしていた。
少年は給金を受け取らないが、子供をタダ働きさせる状況に申し訳なさを覚えたイリアナは少年に尋ねた。
「何か欲しいものはない?」
イリアナの言葉に少年が驚いて考え込んだ。
イリアナから少年に用もなく声をかけるのは初めてだった。
「お姉さん、俺に名前をつけて」
「名前?」
「俺の名前は家族と共に亡くなったから」
少年の答えは相変わらずイリアナの予想外だった。
イリアナは少年をじっと見て考えこんだ。
人の記憶は薄れるものである。
亡くなった人の声が薄れないように、名前を捨てる気持ちはイリアナにも理解できた。
親しい人達が呼ぶ「リア」も第二王子の紡ぐ音は特別で、さらに特別など当時は思いつきもしなかった。
亡くなってから、共にやりたいことがどんどん浮かんでいた。
最愛の人だけに呼ばれる愛称を決めることはもうできなかった。
「駄目かな?」
少年の言葉に物思いに耽っていたイリアナは現実に戻された。
「アマル」
「アマル?」
「外国の言葉で希望という意味。貴方にいつか幸せが訪れますように」
「俺はお姉さんのおかげで一人じゃなくなったから」
一人ぼっちじゃないと笑うアマルの頭にイリアナは手を伸ばし、優しく撫でた。
打算もない行動をしたことに気付き、イリアナは驚く。
「イリアでいいわ」
「イリア?」
「そう。お互い好きなように生きましょう」
「俺はいつかイリアに美味しいと言わせてみせる」
「もっと有意義なことを見つけなさいよ」
イリアナは自分のもとで一生懸命働くアマルがいつか外の世界に出ても困らないように多少は教育しようと決めた。
イリアナのベッドに潜り込んで寝ているアマルを静かに見つめた。
「喪失感を埋めたいのか、私は彼の家族に似てるのかもしれない」
イリアナは首に下げてる第二王子の小瓶を見つめた。
「イリア、なにしてるの?」
起き上がるアマルに毎回イリアナのベッドに潜ることを突っ込もうか迷ったが、幼さゆえとやめた。
イリアナは他人が隣にいても、問題なく眠れるので、実害ないため放置することにした。
「なんでもない」
「それはイリアの大切なもの?」
服の下にいれようとする小瓶にアマルの視線が注がれていた。
「うん。命より」
「綺麗だね」
第二王子の遺灰を純粋な瞳で綺麗と言うアマルにイリアナが目を丸くした。
「綺麗?」
「うん。綺麗」
「ありがとう。」
第二王子の遺灰を綺麗と笑ってくれるアマルの言葉に自分が笑みを浮かべていることはイリアナは気づかなかった。
イリアナの初めての笑顔にアマルは嬉しくなり笑った。
嬉しそうに笑うアマルの頭をイリアナが撫でるとアマルがイリアナに抱きついた。
イリアナは引き離すことはせず、抱き着くアマルの温もりに徐々に眠気に襲われ、目を閉じた。
この日からイリアナとアマルの距離が少しだけ近くなった。




