第13話中編 第二騎士団2
騎士団には更衣室がある。
男性用は各騎士団にあるが、女性騎士は少ないため、女性用の更衣室は一つのみで各騎士団共用である。
出勤したイリアナは女子更衣室の自分用のロッカーに荷物を置き、訓練場に向かう。
未成年の騎士はイリアナのみのため、未成年で小柄の女騎士の制服を着たイリアナは歩いているだけで目立つ。
イリアナへ注がれる敵意の視線は無視して、イリアナは足を進める。
騎士は序列と礼儀に厳しい世界である。
見習いは各上の騎士へ敬意を払うことを教えられるが、騎士団の見習い騎士達はイリアナに敬意の欠片も示さない無礼の塊である。
「ラーナ家なら教育指導が入るけど別にいいか。私、今は単なる騎士だもの」
見習いから一生抜け出せないだろう者達の視線を気にせず、イリアナという仮面を被って訓練に参加した。
表情に出さないがイリアナはラーナ家の訓練と比べると準備運動にもならない訓練に辟易していた。
そしてイリアナ・ラーナとして危惧していた。
「腕が鈍るわ。ラーナ家の騎士として腕が鈍るのは許されないけど、仕方ないわ」
常に訓練できる環境に恵まれるわけではないが、どんな環境でも訓練を怠らないのはラーナ家の決まりである。
イリアナは目の前の騎士見習いを目に留めた。
「すみません。相手をしていただけませんか?」
「俺?」
「はい。お願いします」
「弱いよ」
「強くなるためにです。よろしくお願いします」
イリアナは利き腕ではない左手で剣を持つ。
左手のみで剣を構え、見習いの剣を受け止めた。
予想通りの剣筋を受け止めるが、見習いの剣筋がイリアナの予想を裏切った。
読みにくい剣戟を繰り出す騎士見習いにイリアナの口角が上がった。
騎士団に配属されてから、初めて感じた面白さにイリアナは利き手に剣を持ち変えた。
イリアナがあえて隙を作ると見つけて攻める勘の良さ、筋力もしっかりついているので、剣に重みがあった。
明らかな課題が二つあった。
「迷ってますか?」
「迷う?」
「剣筋、悪くないです。隙を見つけるのうまいと思います。持続力と迷いがなくなれば、格段に成長すると思います」
「俺、全然勝てなくて」
イリアナは弱気な騎士の顔を見て、自信の無さが迷いに繋がり、剣筋を鈍くしていることを察した。
「やる気があるならお付き合いしますよ。私、騎士の家で育ったので目利きですし、指導もできます。思い切りが足りないのが残念です」
「助かる。頼むよ」
素直に頼む騎士見習いにイリアナは笑顔を作った。
よそ者で、年下の子供に大の大人が頼むのは簡単なことではない。
強くなるために手段を選ばない騎士見習いにイリアナは好感を持った。
「私も体を動かし足りないので相手をしていただけると助かります」
「ラーナいるか?午後は執務室だ」
ヒューゴの声にイリアナは騎士見習いから離れて、礼をした。
「すみません。今日はここまでで。付き合ってくれてありがとうございました。休憩時間に声を掛けて下さい。ヒューゴ、ごめんなさい。今行きます」
イリアナは剣を片付けて、迎えに来たヒューゴのもとに走った。
二人は執務室を目指していた。
「ラーナ、物足りないの?」
「はい。もう少し体を動かしたくて付き合ってもらいました」
「騎士見習いじゃ物足りないだろ?声を掛けてくれれば俺が付き合うよ」
ヒューゴの誘いにイリアナは首を横に振った。
イリアナは正直誰が相手でも物足りない。
「お気持ちだけいただきます。それに彼、センスがあり、悪くないです。隙を作るとすぐに気付き攻めてきます。剣に迷いがなくなり、持久力が上がれば、手合わせをしても楽しめそうです」
珍しく饒舌なイリアナにヒューゴが笑う。
「俺は?」
「ヒューゴはもう少し考えて剣を振った方がいいと思います。無駄が多いです。ヒューゴの攻撃は重たい分、躱された時に隙ができやすいです。もう少し軽い攻撃も混ぜたら、面白くなると思います」
「ラーナは強いよな」
「いいえ。まだまだです」
今のイリアナが強いと胸を張ったら亡き父から鉄拳制裁が飛んできただろう。
イリアナは一度も父親に勝つことはできなかった。
イリアナはヒューゴと一緒に書類仕事を始めた。
執務室にある書類をヒューゴ達のスピードに合わせて進めていく。
ヒューゴが何も聞かずにペンを進めるイリアナに驚いていることには気づかなかった。
「ヒューゴ、この資料の場所だけ教えてください」
「それ、大変だろ?代わるよ」
「大丈夫です」
「あれは、あそこあたりにあるよ」
「あたり?」
ヒューゴが指を差したのは、整理がされていないごちゃごちゃした本棚である。
イリアナは公的文書や資料の保管庫の杜撰な様子に目を見張った。
イリアナは整理されてないものが嫌いである。
今まで気付かなかったが、一度気付いてしまえばイリアナは耐えられなかった。
嫌悪の顔で本棚を睨んでいるイリアナの様子にヒューゴが手を止め、近づいた。
「ラーナ?」
「その書類は今日中に終わらせます。先に整理させてください」
「マジか」
「欲しい資料があればどうぞ、持っていってください」
周りの騎士達の目は気にせずにイリアナは本棚の整理を始めようとすると埃臭さに顔を顰めた。
「ラーナ?」
見たことがないほど表情豊かなイリアナを呼ぶヒューゴ達の声はイリアナには届かない。
イリアナは本棚の中身を全て床に落とし、窓を開けた。
床に落として本や書類を結界で覆う。
「風をお願い。埃を飛ばせるくらいの」
イリアナの命でランが魔法で埃を飛ばす。
埃を飛ばしたので、イリアナは本棚の拭き掃除を始めた。
「本棚の水気を飛ばして。ありがとう」
ランの風で乾かし、綺麗になった本棚に安堵の息を吐いた。書類と本の整理をはじめた。
「ラーナ、おいラーナ」
肩を叩かれて、イリアナは首を傾げた。
「欲しい資料がありますか?」
「勤務時間終わりだ」
「お疲れ様でした。ここだけ終わらせて帰るのでお先にどうぞ」
ヒューゴを始め、内務担当の騎士達はイリアナを見て頷いた。
「手伝うよ」
「お気になさらず」
「先輩には甘えろ。後輩を残して帰れない」
「そうだよ。なにすればいい?」
同じ騎士でも、新人騎士のイリアナよりヒューゴ達の方が序列が高いと認識しているイリアナは先輩騎士達の申し出に頷いた。
「この書類、分別してもらっていいですか?ヒューゴは渡すから上から入れていただけますか?」
「わかった」
ヒューゴ達の手伝いもあり、イリアナの予想より大分早く本棚が片付いた。
整理整頓された本棚にイリアナは満足げに笑った。
「うん。これが正しい形。すっきりしたわ」
無意識に笑ったイリアナに騎士達が見惚れていることに本人だけは気づいていなかった。
「ありがとうございました。あとこの書類だけ終わらせたら帰ります。」
「ラーナ、それは終らせた」
書類を確認すると処理されれいたので、イリアナは頭を下げた。
「すみません。私の仕事を」
「いや、今日は初日だから、見学させて覚えさせるつもりだったから。頭数に入れてない」
「明日もあるから帰ろう。ラーナの歓迎会やろうぜ」
「私、子供なのでお気持ちだけで充分です」
「わかったよ。気をつけて帰れよ」
「はい。お疲れ様でした」
イリアナはヒューゴ達と別れて女子更衣室に向かった。
自分のロッカーが開いていることに嫌な予感がした。
そっと覗いてみるとロッカーの中が水浸しになっていた。
「鍵がないから仕方ないか。もうロッカーを使うのはやめよう。訓練場に荷物を置けばいいか。ラン、風で乾かしてもらえる?」
イリアナは何をかけられたかわからない外套と荷物は捨て、帰路についた。
「くだらないことをする人がいるな。直接かかってくれば戦ってあげるのに。こんなことする暇があるのなら訓練すればいいのに……だから弱いのか」
「おかえり。イリア!?」
イリアナは遅くに荷物を忘れて帰ってきたことを心配するアマルを宥めて食事にすることにした。




