第12話 出会い
イリアナは第二王子の部屋で見つけた魔導書を読み、禁呪を覚えた。
代償を払えば、死の運命に逆らう治癒魔法を行使できると知られれば、双子の片割れは絶対に受け入れないとわかっていた。
だからアベルトに追求されないように避け続け、治癒魔法の禁呪が成立した時点で逃げた。
イリアナを呼ぶ声に怒りが混じっており、怒らせると怖い弟のお説教から逃げたかったわけではないと言い訳しながら、ザビ王国から迎えにきた馬車に乗った。
イリアナは乗った馬車の中にいるはずのない存在を確認した。
ザビ王国の王太子レオナルドが座っていると認識したイリアナは貴族令嬢の仮面を被って礼をした。
レオナルドはイリアナに座すように視線で促した。
無言のやり取りに貴族令嬢らしくイリアナは微笑んで頷き、レオナルドの向かいに座った。
逃げるつもりはないのに、迎えに来られた戸惑いを隠しつつもセインが同乗していないことに安堵した。
イリアナはふとレオナルドに催眠をかければセインを見逃してもらえるかもと誘惑が過り、レオナルドを見つめた。
「聖獣を使役する者に聖獣の力は使えない。私に催眠は効かないよ」
イリアナはレオナルドが勝手に心を読んだので、切実にやめてほしいと思った。
「変わったね」
イリアナは全てを見向いたような顔をしているレオナルドの様子に演技をやめた。
演技をしても通じないのに続ける意味はなく、イリアナは不敬で処刑されても構わなかった。
「処刑はしないよ。これ、身につけててくれる?」
イリアナが微笑むのをやめて、無表情に切り替えたことなど気にせずに、レオナルドは笑顔でペンダントを渡した。
「君がつけててくれるなら、セインには一年の猶予をあげるよ。セインは責任感が強いから国が落ち着くまでいたいだろう?」
イリアナには転移陣が仕込まれ、一度つけたら外せないペンダントが呪いの首輪に見えたが、セインの時間が買えるなら安い取引かと受けいれ、首につけた。
「何か言われたらそれを見せればいい。私の臣下の証だ」
ペンダントをつけたイリアナを満足そうに眺めるレオナルド。
「お心遣いありがとうございます。これから私はどうすれば」
「君は国を救ってくれた私に感謝して、尽くしたいと臣下となることを望んだ」
情報操作されているザビ王国ではイリアナは自ら志願したという立ち位置だと理解した。
イリアナが所属させられる可能性のある場所は二か所あるが、レオナルドが動かしやすい場所は一つだけだった。
「騎士団に配属ですね。忠誠は誓えませんが、ご希望通りの役回りを演じましょう」
「話が速いね。後見は私がなるから悪いようにはしない。一年後に婚姻させる」
「婚姻は必要ですか?」
「優秀な血が我が民に引き継がれることを歓迎するよ」
絶対数が少ない魔導士は、明らかにされていないことが多い。
強い魔導士の子供は魔力を受け継がれるという説もあり、イリアナは自分の子供を魔導士として開花させ、新たな駒を増やすことをレオナルドが望んでいると考えた。
「王太子殿下の指示に従いましょう」
「レオ」
「レオ様のお心のままに」
「君には屋敷を与えるけど、使用人はどうする?」
「いりません。」
「だろうね。さすがラーナ侯爵家のご令嬢だ」
ラーナ侯爵家は騎士の家系であり、騎士教育の一貫に家事全般も含まれる。
ラーナ家の後継はアベルトとイリアナのみであり、体が弱いアベルトではなく、イリアナが武術を仕込まれていた。
馬車に揺られながら、レオナルドに飼い殺されながら、第二王子殿下が迎えに来てくれるのを待つ生活に想いを馳せた。
イリアナにとって唯一の気がかりだったアベルトの病も治り、生きる事への未練は何も無くなっていた。
****
ザビ王国に到着するとイリアナはレオナルドにエスコートされ、ザビ国王と正妃への謁見に通された。
イリアナは第二王子と外交に何度か訪れていたためザビ国王夫妻と面識があった。
「ザビ王家は化かし合いが得意な狐の一族だから、外面に騙されないように気をつけるんだよ。利益がなければ、決して動かないのに、人の情を利用するのが上手いんだ」
レオナルドによく似た、人柄がよさそうな温厚な国王夫妻について、かつて第二王子がイリアナに話していた。
「ラーナ嬢、このたびは」
悲痛な表情の国王夫妻に見つめられたイリアナは瞳に喜びが潜んでいることに気付く。
騙し合いなら第二王子の婚約者として励んだイリアナも得意なので、健気な令嬢の仮面を纏った。
「このたびは我が国をお助けくださり感謝の言葉もありません」
「そなたは」
「今の我が国にはザビ王国へお返しできる余力がありません。感謝をこめて、お役に立てるように精一杯務めます」
「貴女は……」
言葉を詰らせる国王夫妻の沈黙に耐えきれないように、イリアナは悲痛な顔から無理矢理優雅な顔を作る仕草をして微笑んだ。
「私はシュナイダー王国第二王子の婚約者です。私が殿下の死を悼んでる時に国が荒れてしまいました。私の弱さゆえです。ですので、私は我が母国を支援してくださっているザビ王家の皆様のために尽くすことは亡き殿下も望まれることでしょう」
「ラーナ嬢」
「惜しい人材を亡くしたよ。君の想いを受け取ろう」
「ありがとうございます」
「では陛下、私達はこれで。行こうか」
レオナルドに促されイリアナは退室した。
イリアナはレオナルドについて歩きながら嫌な予感に襲われていた。
レオナルドの足が止まった場所は、イリアナの予想通り騎士団だった。
レオナルドがイリアナを案内したことに問題はない。
問題なのはイリアナの服装である。
国王夫妻の謁見に相応しい正装のドレス姿は、配属される騎士団長への謁見へは場違いである。
イリアナの気持ちなどお構いなしにレオナルドはイリアナを伴い、中に入っていく。
「マナ侯爵、明後日から、イリアナ・ラーナを任せるよ」
「殿下、彼女をですか?」
「腕は保証するよ。イリアナ・ラーナを宜しく頼むよ」
穏やかな笑顔のレオナルドの命令に、騎士団長のマナ侯爵は従うしか選択肢はなかった。
イリアナは騎士団長の戸惑いに気付いても、静かに見守るしか選択肢はなかった。
強者に弱者が従うしかないが、レオナルドの強引なやり方に振り回され慣れていそうな上司となる大柄な男にイリアナは同情を覚えた。
「わかりました」
「宜しくお願いします」
イリアナは騎士の礼はドレスに不釣り合いの為、淑女らしく礼をして頭を下げた。
顔合わせを終えたので、レオナルドに連れられて歩くイリアナは注がれる騎士達の視線に、これから続くだろう波乱の予感にため息を我慢した。
レオナルドはイリアナは王都の外れにある家に案内した。
「家を用意した。必要だろう物は揃えてある。騎士の制服も」
家の中にレオナルドとともに入ったイリアナは騎士の制服を渡された。
「叙任の儀式はいらないだろう」
「はい。ですがひとつだけ教えていただけますか?」
「いいよ。言ってごらん」
「縁談は必要ですか?ザビにラーナの血を入れたいなら子供だけ産めばいいのでは?」
「隣国で人気のラーナ侯爵令嬢は大事にしてることを証明しないとならないからね」
「ならレオ様の妾にすれば、簡単でしょうに」
「妾だと連れ歩けないから。私の妾になりたい?」
甘く微笑むレオナルドにイリアナは騎士の礼を返した。
「レオ様の命に従います」
「まぁ、私にも良心があるから一年間猶予をあげるよ。一年経っても君の心を動かす者がいなければ、私が選んだ者と婚姻してもらう」
「わかりました」
「時々、様子を見に来るよ。明後日の朝、迎えを来させる」
「お心遣いありがとうごさいます」
レオナルドが去っていくのを礼をしてイリアナは見送った。
「良心ではなく、遊戯でしょ?心を動かす者?ありえないし、必要ない。手駒らしくレオナルド殿下の選んだ者と婚姻すればいいか。平民の私を娶らせられる代わりに、王太子殿下はどんなご褒美を用意するのか。まぁどうでもいいか」
案内された家の中を見渡すとある程度の生活用品は揃えられていた。
カツラを外し、ドレスからシャツとズボンに着替えてアベルトの姿になった。
「騎士として生きるなら、長い髪は必要ない。必要最低限のものだけだから、やっぱり携帯食料はないか」
荷物の整理を終えたイリアナは買い物に出かけることにした。
アベルトやセインは食に拘りがあり、イリアナが食事を疎かにすることを許さなかった。
食に拘りのないイリアナは二人の目がなければ、主食は携帯食料である。
家を出て少し進むと市があった。
「こんなに買うのかい!?」
「はい。全部下さい。返品はしないので、ご心配なく」
携帯食料は保存が長く、栄養価が高いが味は千差万別であり、味見もせずに買い込む見慣れない少年に店主は驚く。
イリアナは店主の言い値で果物と携帯食料を買い込んだ。
「そんなに持てるのかい?」
「あ!?」
お金を払ったイリアナに店主は心配そうに聞いた。
侯爵令嬢だったイリアナは市で大量に買い物をする経験はなく、買った物は邸に届けられていた。
主に荷物を持たせることを許さない家臣も傍に控えていた。
一人の持てる量を失念していたイリアナは何度か往復することを決めた。
「これからは全部自分でやるのか。面倒だけど仕方ないか」
「お姉さん、手伝おうか?」
店主に荷物を預かってもらえるように頼もうとしていたイリアナは薄汚れた少年に声を掛けられた。
「お気遣いありがとうございます。お気持ちだけで」
「俺、役に立つよ」
即答したイリアナに話しかけるやせ細った少年の様子を見て、訳ありだとイリアナは判断した。
大人に庇護されるべき子供が、見知らぬ人間に声を掛けるという危険な行動をするのは、お金目当てか迷子の時である。
「そう。これ、持ってくれる?」
イリアナは店主に預けようとした荷袋から軽いものを選び少年に渡した。
イリアナは残りを荷物を持ち、帰路にゆっくりと足を進めた。
「ありがとう。はい、これ」
家に着いたイリアナは少年から荷物を受け取り、お礼に銀貨を渡すが少年は首を横に振り受け取らない。
「お姉さん、一人ぼっち?」
「どうして?」
「俺も一人。家族、みんな死んじゃった」
「孤児院に連れていこうか?」
「やだ。神に感謝の祈りを捧げるとかできない。お姉さん、俺、役に立つから、ここに置いて」
イリアナは必死に懇願する少年を見て考えた。
ラーナ領主になったアベルトからイリアナの個人資産を無理矢理持たされ、寄付は拒否されたので、お金はたくさんあった。。
イリアナは事情を聞くのも面倒だったので、少年を説得するよりも勝手に出て行くことを待つことにした。
子供を放置する自分を見たら殿下が悲しむかもしれないというちっぽけな良心も働いた。
「荷物は?」
「俺を置いてくれる?」
「いたいならどうぞ。面倒はみないけど。私、優しくないから、私の物を盗んだら殺すよ?」
「お姉さんの役に立たないなら殺していいよ。俺、殺されるならお姉さんがいい」
少年はイリアナの冷たい言葉に笑った。
怯えもなく、殺して欲しいと願う少年が自分と同じで狂ってることをイリアナは感じとったが、どうでもよかった。
「わかったわ」
少年が出ていき、しばらくすると帰ってきた。
イリアナは少年の汚れをみて、明日は少年の服を買いにいくことを決意した。
侯爵令嬢だったイリアナは汚いものや不潔なものは嫌いである。
「ちょっと、来て」
「え!?待って、お姉さん、ちょっと」
「静かにして。目に泡が入れば痛いのは自分よ」
イリアナは少年の汚れに耐えられなかったので湯浴みの準備をして、少年の服を脱がせて、体と髪を洗う。
嫌がる少年を黙らせて、真っ黒な湯が透明になるまで何度も洗う。
「面倒は見ないけど、ここにいるなら毎日湯浴みはして。好きなもの使っていいから、湯浴みだけは覚えて」
少年が綺麗になったので、イリアナも服を脱いで体を洗う。
湯に浸かることを覚えた少年に満足し、イリアナも湯に浸かった。
十分に体が温まったので、綺麗なタオルで拭くことを教えて、少年にイリアナの服を渡した。
少年は湯浴みの時のように暴れることはなく、大人しく渡された服を着た。
「そのベッドを使って。家にあるものは自由に使っていいから」
携帯食料と果物を二人で食べて、そのまま眠りについた。
イリアナは起きると重みを感じて驚く。
少年がイリアナの服を握って眠っていた。
無邪気な子供の安心しきった寝顔に毒気を抜かれ、手を解くのはやめた。
イリアナが小さな少年と同じ背丈の時は大事な人に囲まれて、幸せな時を過ごしていた。
「この子は幼いのに一人ぼっちか……、ううん。私はレオ様との契約を果たすだけ。余計なことを考えるのはやめよう。早く殿下が迎えにきてくれればいいのに……」
窓の外は真っ黒で、日が昇るまでは大分時間があった。
明けない夜はなくても、心の闇は別だとよく知るイリアナはぐっすり眠る少年の頭を一度だけ撫ぜ、再び眠りにつくことにした。




