心を新たに、あなたと結ぶ
次回投稿は、7日(火曜日)の17:20です。
何卒よろしくお願い致します!
中継ぎ婚約者の発表パーティーから三日経った頃、ターシャはモアナのみを呼び出した。
「どうかされましたか? ターシャ様」
モアナは、口元を笑ませたままソファに座るターシャの正面に立った。
「あなたもソファに掛けてちょうだい」
「しかし、ターシャ様はわたしの」
「ええ。わかってるわ。あなたはわたくしの友人です」
一瞬、ピリッとした空気が走る。
「友人ですから、隣同士で座って欲しいです。命令はなく、”できれば”の願望として」
モアナが小さく息を吐く。
そうして、言われた通りターシャの隣に座った。
「……なんだか、近頃のターシャ様はズルい気がします」
「ズルい、ですか?」
「ええ。主として毅然としていらっしゃる時と、そのように不安そうにされている時を、使い分けているような感じがして。これでは、拒めないではありませんか」
「……ごめんなさい」
「そう簡単に謝らないでくださいませ」
「……はい」
モアナの両手が、膝に握り込んだターシャの手を包み込む。
「わたしに、お話があるのでしょう?」
「ええ、そうよ」
本当に、モアナはターシャの心をよく見抜いていて、気がついて――不安になる。
こんな聡い彼女にここまで大事にされるほど、自分に魅力があると思えないから。
「話しておきたいことがあるの。わたくしの魔力と、『先見』について」
ピクッと包み込む手が震える。
「それと、シュールニッツ家の寿命のことで、あなたを不安にさせてしまったことについて」
返事はない。だから、ターシャは喋り続けた。
「シュールニッツ家の寿命が、『先見』と関係があるという、あなたの言った話。わたくしは、信じているわ。もう知っていると思うけど、この前のルーク殿下の病の件で、わたくしは『先見』の能力を使ったわ。あなたの使って欲しくなかった能力を意図的に使ったし、意図しない時に勝手に使ってしまったこともあるわ。初めて『先見』をした時は、ほとんど無意識の出来事だった。わたくしは、あなたとの約束を破った。その点について、まず説明したいのだけど、でも、その前に……」
モアナの震える手の上から、ターシャの空いている方の手を重ねた。
「ごめんなさい。あなたとの約束を破ったこと。許さなくてもいいけど、謝罪をさせて欲しいの」
「……なぜ、謝罪するのですか」
モアナの声には諦念があった。
「ターシャ様は、後悔されていないのでしょう? なら、侍女として私は受け入れ――」
「侍女としてじゃないわ。友人として、約束を破ったことを謝罪したいの。あなたは、わたくしを侍女としてだけでなく、友人としても心配してくれていた。そのことがわかるから」
ターシャは、ぐっと腹に力を込め、言葉を紡ぐ。
「あなたは、スーザンやジルバとは違った。アッヘル伯爵家の利を考える彼女たちにも多少の情はあるかもしれないけれど、それはわたくしが『中継ぎ婚約者候補』だから。あなたは、違う。わたくしの体を、命を、本気で心配していたわ。わたくしの未来が狭まるくらいなら、『候補』としての最善の行動を尽くさなくてもいい……あなたはそう思っていたのでしょう?」
「……ターシャ様の最善は、命を削られることなのですか?」
涙声が、部屋に響く。
「命を削っても、補填はできないのですよ? ターシャ様が毎日感じる色、音、匂い、味、感触……それらは、いずれあなたの亡くなられるその日まで多くの思い出となって心に蓄積します。
良いことも悪いことも、色々な苦しみも幸福も、味わい尽くしきれない経験があなたを待っています。本来の寿命ですら、『思い出が足りない』と思うかもしれません。なのに、寿命を削って、どうなさるおつもりなのですか? あなたが、あなたご自身の人生を味わい尽くさなくて、どうするのですっ!」
モアナのそれは、もはや悲鳴だった。
ターシャは、目を閉じて数秒考えた。モアナを説得しようとは思っていなかった。それは、本気の謝罪ではないと思うから。
ただ、真っ直ぐに自分の思いを伝えることが、大事なのだ。
「モアナは、わたくしを侮っているのですか?」
「……え?」
まだ、能力が発現する前にモアナに「侮っていた」と謝罪された時のことを思い出す。
「わたくしには、わたくしを守ってくれる最強のお守りがあります」
そう言って、首から提げた母の形見のロケットを見せる。
「わたくし、最近特に思うのです。『先見』のできる能力が母の血筋にあるのなら、お母様はこのことを予期されていただろう……と。わたくしが『候補』になることも、ルーク殿下がわたくしに興味を示されて、その後ダフネ様が暴走されることも、殿下が倒れることも。
だって、そうでしょう? まるでパズルが一枚一枚はまっていくように、わたくしにばかり好機が巡ってきて、その度にお母様から受けた淑女教育やら忘れていた記憶やらを思い出すのです。
お母様は、どこまで予知されていたのかしら? 時々、全てはお母様の手の平の舞台装置のようで、恐ろしく感じることもあります」
モアナは黙って話を聞いてくれる。
「わたくしが初めて『先見』をした時、確かに魔力と共に寿命らしき力が抜き取られるのを感じました。同時に、このペンダントがわたくしの失った寿命の分、命を吹きまれるのを感じました」
はっと息を吸う音がした。
「気のせいか、と言われれば気のせいになってしまいますけど。
一つ、確かなことがあります。わたくしにとって、お母様はわたくしに最も愛情を注いでくれた方だということです。ならば、このペンダントは、わたくしの『先見』した寿命の分、補填してくださる『装置』なのではないか。『先見』されたお母様が、そういう『装置』を作ってくださったのではないか……と思うのです。わたくしの身を案じてくださったお母様なら、きっと……そんな気がします」
「ターシャ様……」
モアナの瞳が、揺れていた。
「それは、本当に確証がありますか? その確証がない限り、わたしは――」
「ですから」
ターシャは、モアナの手を握って精一杯笑ってみせた。
「わたくしがあなたに謝らないと、と思ったのは、あなたにこの話をして、”確たる証拠”を探すよう主として命じなかったことです。優秀なあなたなら、きっとわたくしの”証拠探し”を手伝ってくれたのに。……あなたが最初からこの話を拒絶するかもしれない、と決めつけたわたくしの愚かさを悔いているのです」
ターシャは、自ら頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。ごめんなさい。……それと、協力してください。わたくしのこのペンダントの秘密を調べることと、”証拠探し”に」
モアナは、困ったように眉尻を下げている。
「あと、言っておかなければ誠実ではないので、ここに宣言しておきます。
わたくしは、これからも未来を変えるために『先見』を使い続けます。たとえ、”証拠”が揃わなくても、お母様の形見がわたくしの寿命を補填する装置でなかったとしても。使い続けます。それは、殿下の婚約者だからではありません。
今この瞬間に行動を変えることで辛く苦しい未来が変わるのだとしたら――その未来を視て変えることができるのは、わたくししかいません。わたくしは、”視ないことで誰かが苦しむ未来”を知らず知らずに選び取ることは、他の方々より苦痛を感じます。後で悔いることを、誰よりも恐れているのです。……許してください、モアナ」
「ふふっ」
モアナがふと笑い声を上げた。
「本当に。わたしの主が困ったお方ですね。わたしを心配させるような行動ばかり。自ら病に罹って危険に飛び込んだり、『先見』を使い続ける危険性を知っているくせに「使う」と宣言したり……本当に困った方。……でも、それがわたしが忠誠を捧げた方なのですから、仕方がないですね」
恐る恐る顔を上げると、モアナは涙を流しながら笑っていた。
「なるべく早めに”証拠”が集まるように、全力を尽くします。『先見』を使うことも、納得はできませんが承知しました。ですが、忘れないでください」
モアナがターシャの手を包み込む両手を掲げ、額に当てた。
「わたしが全て承知するのも、あなたのお考えを信じているからです。あなたが信じている道だから、わたしも信じる。ただ、それだけです。わたしは、ナタリア様を存じ上げませんが、あなた様のことは誰よりも信じる……信じよう、と今心に誓いました」
額に手を当てるその姿は、誓いそのもののように見える。
「あなたの行く道は、阻みません。たとえ、”証拠”がなかったとしても、先ほどターシャ様のおっしゃった『装置』をわたしが創り出してご覧にいれます。ご心配なさらずとも、けっこうです。わたしは、あなたの道に転がる石や木を取り除く……そのために生きます。それと、ターシャ様」
「……何でしょう?」
「二度も主を侮ったことを謝罪致します。もう二度と、間違えません」
モアナの言葉にターシャは笑った。自然と笑みがこぼれるのは、久々だった。
「わたくしも、あなたの誓いにふさわしい主となれるよう努めます」
そう言って、ドレスの裾に隠しておいた小箱を手に取る。
「受け取ってください、モアナ。昨日、スーザンをお供に連れて、街中で買ってきました。『リ・フェンヌ』という香水です。……あなたの雰囲気に似合うかと思って」
モアナは、手を額から離し、箱の中の香水瓶に目をやる。
ターシャは、彼女の手首にそっと香水を吹きかけた。
二人の間を、水に新緑の香りが移ったかのように瑞々しく、東方の『お香』文化のような高貴でしなやかな淑女の香りが漂って、やがて消えていった。




