パーティーの後に……
次回投稿は、今夜(6日)の23:00です。
何卒よろしくお願い致します!
いきなりダンスの誘いがあったものの、今夜のパーティーには楽団がいない。楽団がいない中、ダンスをするのはあり得ないわけではないが、突拍子もなくやるのも不作法で、ルークの言葉の意味がわからなかった。
パーティーはそのまま粛々と続けられ、貴族たちとの顔合わせなど全てが終わってしまった。あのルークの誘いはただの冗談だったのだろうかとさえ思えた。
「ターシャ」
パーティー会場を二人揃って退場した後、ルークに声を掛けられた。
「二十三時に。離宮にある俺の私室に来て欲しい。先ほど言ったことをしよう」
言っている意味がわからず首を傾げていると、ルークの侍従マーカスが「ダンスのお誘いのことです」と補足した。
「承知致しました」
会場外で待っていたモアナにそのことを告げると、「部屋で一旦着替えられませ」と促された。確かに、パーティー用ドレスで離宮に向かったら目立ちすぎる。
「以前、ラトヴィア帝国商会で買われましたこちらが良いでしょう」
夜の暗がりに溶けそうなコーヒー色のドレスを提案され、早速着替える。お団子頭も結い直され、リボンはドレスと同じく焦げ茶に統一された。
その間も、モアナと適当な会話が浮かばなかった。モアナに黙って計画を実行して以来、彼女との友情が終わってしまったようで、そのどれもが自分の責任なため、どうすれば良いのかわからない。謝罪するのは、スーザンの言う女主人としていかがなものかと指摘されるだろうし、モアナも一応怒りを収めてくれた。
それでも、何かが違う。何とは言えないけれど。
殿下含め皇帝一家が住まう離宮に向かう道をポーラという女性が案内してくれた。ルークの乳母だったという彼女は、にこやかに微笑んだ。
「ルーク様がこのような素敵なご令嬢とご婚約されるとは……歓喜の極みにございます。殿下ご寵愛の姫様」
「ご寵愛だなんて、そんな……」
ターシャが否定しようとすると、ポーラがホホホと笑い声を上げる。
「失礼。あまりにも可愛らしくて、しなやかで……これからはこのポーラめはあなた様を”姫様”と呼ばせていただきます」
「ポーラ様、それは……」
姫様という敬称は、皇族の血筋を引いた者にしか許されないものであり、今のターシャには恐れ多い呼び名だ。
ターシャだけでなく、一人付き従ったモアナも息を呑んでいる。
頭を左右に振り、とりあえず考えを放棄した。この呼称は、ルークに頼めば直してもらえるだろう、と願って。
「ルーク殿下。ターシャ様が参りましたよ」
ルークの与えられた離宮の一角を訪れると、扉が開かれ、マーカスが姿を現した。その片手は、腰に差した護身用刀に触れられている。ターシャとポーラとモアナを模した暗殺者を警戒する、殿下の侍従としてあるべき姿だ。三人の全身を上から下まで眺める。その瞳は闇の中で薄っすら光っていた。『変身魔法』かどうかを視ているのだ、とはっきりわかった。ターシャは少し扇子の位置を下げた。
「確認致しました。どうぞ、中へお入りください。ターシャ様」
そう言って、部屋の中に招き入れられると、そこはターシャの思う「私室」とは違った。
「ルーク殿下は、小広間でお待ちです」
なんというか、一つの邸である。邸のあらゆる部屋が、奥に向かって続いていく。奥に向かう途中にも部屋が継ぎ足しのように造られ、これらはもはや小宮殿と呼んでもいいのではないかと思えた。
いくつかの部屋を横目で通りすぎ、マーカスが一番奥の部屋から三つほど手前の右手にある扉を開ける。どうやら、ここが小広間のようだった。
「ターシャ」
ルークは室内着と思われるやや砕けた装いに変わっていた。小広間のシャンデリアの灯りの下で、グレー地の部屋着の上に黒に金刺繍付きの上着を羽織っている。
ターシャは思わず胸元を押さえた。うっかりときめきそうになった。
着崩したような雰囲気があるのに、容貌の美しさばかり目立つのは目の毒だ。
「マーカスとモアナは、下がるように」
ルークの言葉に二人がぎょっとした様子で目を見開く。
「代わりに、立会人としてポーラをこの場に置く。……それで構わないな?」
ルークの提案を困惑した様子でマーカスが視線を泳がすが、モアナは何かを悟ったのか「では、御前下がらせていただきます」と部屋を退出した。
「ご心配に及びませんよ。マーカス様」
ポーラが、にこやかな笑みを浮かべ、短く首肯すると、ようやくマーカスも頭を垂れて退出した。
「楽にして構わないぞ、ターシャ。この離宮においては、君は皇帝一族に連なる者として振舞ってよい。君は、『中継ぎ婚約者』として準皇族に近い立場なのだから」
「承知致し」
「『わかった』でよい。俺の名も呼び捨てで良い。敬語もいらない。君なら、表裏の使い分けはできるだろう?」
数拍分、迷った後に言葉を吐き出す。
「……わかったわ、ルーク。それで、呼び出した理由は何?」
「言ったはずだ。ダンスの誘いだ」
「……それを、なぜ、今のタイミングで」
「君は、ダンスの意義に関して教育を受けたことは?」
すっと頭を働かせる。ターシャの頭にあるのは、モアナたちに”後から”習ったことと、母ナタリアに”以前”習った教育が混じっている。
だが、どちらもダンスに関しての解釈は一致している。
「ダンスを行う時、パートナーと息の合った演舞を披露する場合は、”互いの魔力を流し合う”のが、上位貴族たちの流儀だと」
「その通りだ。上位貴族の方が、魔力を保持……というより、操り方を心得ている者が多いからな。上位貴族同士の婚約者又はパートナーたちは、ダンスする時互いの魔力の相性を確かめ合う。魔力の不一致による婚約解消……というのもごく稀にある。それと、ダンスをするもう一つの意義だが――」
ふっとルークが口ごもる。
「……まあ、一度やってみればわかる。君の魔力の質は、君が一度倒れた時に知っているから、相性の不一致という問題点はない。とにかく、今からやるぞ」
「ルーク様」
ポーラが、話に口を挟む。
「こういう時は、婚約者の了承を得なくてはなりませんよ? ”わたしとダンスをしてください”……そうおっしゃりなさい。姫様の心の準備が大切です」
「……『姫様』?」
「そのような些細なことに気を向けず、さっさとおっしゃい!」
乳母の指摘にルークがうっと顔をしかめる。どうも乳母には弱いようだ。
そっとターシャの手を取り、手袋越しに指先に唇を押し当てられる。
「どうか、わたしにあなたと踊る栄誉をください。お願いします。……わたしの愛しの君」
ターシャは苦笑いを浮かべそうになる。ルークのいう「愛しの」が自分ではないことを知っているから。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
ルークの手を握り返すと、生地越しに指先から腕にかけて温かいものが伝っていった。
この感覚には覚えがある。これは、魔力だ。
そして、ターシャにとって初めての『他人から受け取った魔力』でもある。
扇子を控えていたポーラに渡す。
そうして、二人だけのダンスが始まった。
ルークの足の運びは、ダンスの基本通りで踊りやすい。
ステップを刻む靴音をわざと大きく鳴らしてくれているようで、それだけで楽団のあるダンスを思い起こさせた。
ここで、ターン。ここで片手を離して一人でターン。
ダンス教本通りなのは、ターシャを思ってのことだろう。
ただ、どうにも気持ちが落ち着かないのはなぜだろう。
ターン一つ、あと二ステップ踏んでもう片手を離す。
靴音がキュッキュッと強く鳴るたびに、ルークとターシャの双方から魔力が流され、混じり合っていく。彼の魔力は、『治癒魔法』の保持者のおかげか温かく心を潤していく。たぶん、微力の『治癒魔法』を伴っている、と見受けられた。
体が、熱い。ルークの魔力のせいか、ダンスをしているせいかはわからないが。
魔力の相性などわからないが、彼の魔力は優しい。冷えきった冬の朝を照らす太陽のような――眩くて、温かくて、慈悲があって、優しくて。こんな風に、わたしは――。
ああ、そういうことか。
手が離される。もう一方の手を支点としてくるりと円を描いて回る。
――モアナは最初、そういう風にわたしを支え、励まし、慈しんでくれたわ。……わたしを、信じてくれた。
女主人として、なんてどうでもいいのだ。ただ、真摯に向き合って、謝る。心を分かち合い、信じあい、結ばれた絆が途絶えないよう努力する。
それらは、モアナと出会った頃の「何も持っていないターシャ」なら、簡単にできたはずのものだ。そして、おそらく、ルークは――。
ターシャは、パートナーを見つめる。パートナーは、ターシャと目が合うと、青い瞳を優しく伏せて、口元を笑ませた。
――ルーク様はずっと、わたしが無理をしていることに気づいていたのだわ。モアナとのいざこざがわからなくとも……わたくしの変化を気にして、心配して、今宵ダンスに誘ってくださった。
ご自身の治癒魔法を使う口実に。治癒魔法は、怪我だけでなく、心をも癒す魔法だから。
――ありがとう。
泣きそうになるのをぐっとこらえて、円を描き終えた体を再びルークに寄せる。
指を再び触れ合わせた時、微弱な魔力を彼に贈った。
自分の魔力が少しでもルークを癒しますように……と願いながら。




