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中継ぎ婚約者ターシャ

 次回投稿は、6日(月曜日)の16:30です!

 少しお待たせしました。何卒よろしくお願いします!


「ターシャ様……とてもお綺麗です」

 モアナがターシャを姿見の正面に立たせ、満足げに微笑む。


 栗色の髪に一部を編み込みにし、後頭部で一つのお団子に括ってある。お団子にまとめた根元には、ドレスと同系色のレースリボンが飾られてある。

 ドレスは、光沢感のある青色――ルークの瞳の色だ。病を経てさらに痩せたターシャが貧相に見えないように、腰を境に下半分にたっぷりのボリュームが付けられてある。ボリュームを付けてもゴテゴテとした印象とならないようにするために、レースやフリルの量は控えめに抑えられ、替わりに白地の糸で刺繍が施されていた。

 この白色の糸にも意味がある。

 今夜は、ルーク・テオ・ラトヴィア第一皇子の『中継ぎ婚約』の正式な発表式典――ターシャは仮の「次期皇妃」として、ウェディングドレスを彷彿とさせるドレスに白色を取り込んであるのだ。

 扇子の色も、純潔を意味する白である。ただし、少し趣向を凝らしてあった。


「ルーク殿下から扇子を贈られるなんて、ターシャ様はなかなか愛されておりますね」

「愛だなんて、そんな……」


 扇子の端には、取り外し可能な垂れ飾りが付いている。垂れ飾りの先には、三連のサファイアが連なっていた。ルーク曰く、「『指輪』を見て侮る者もいると思うから、お守りとして常に身に着けるように」だそうだ。


「『模造宝石』の技術や未来を見ていない貴族の中には、「偽物」を贈られた憐れな婚約者と受け取る者もいるはずだから。殿下の庇護の証として、わたくしにくださっただけのことよ?」

「はぁ」

 なぜかモアナがため息をつく。横で、スーザンもしかめっ面を浮かべていた。

 ジルバはこの場にいない。アッヘル家の”鼻”としてルークから要請があり、式典を執り行うパーティー会場内で出される料理を見て回っている。毒見をしなくともジルバの”勘”は働くので、この後会場内の警護体制のチェックも任されるだろう。

 こう考えると、一伯爵家にしてはアッヘル家は随分とよい人材が集まっているように思える。そのことをモアナに言ったら、「今のアッヘル家の栄華を創られたのは、当主様とターシャ様の祖母君にあたるリーボア様のおかげなのですよ」と返された。そういえば、完全にターシャの派閥の支援に回られたラーゲン侯爵にリーボアに手紙を書くことを提案された。

 祖母とはいえ、幼い頃に会ったような会っていないような……その程度の仲だったので、いきなり手紙を送るのは少々ためらいがあるが。モアナの話を聞いて、これは「中継ぎ婚約者としての人脈作りに必要なこと」と決断できた。近く、祖母の元に手紙が届く予定だ。


 そっと視線を胸元を覆うドレス生地に移す。首から提げられた母の形見は、今日も生地の裏に隠されてある。そして、ドレスの表面にはもう一つの赤い石のネックレス――アッヘル伯爵の庇護の証を見せている。

 白い手袋越しに、首から提げた二つの装飾品を握る。ターシャは、色々なものに守られている。

 自然と顔をモアナの方へと向ける。彼女は、侍女らしく真顔にわずかに口角を上げていた。

 それは、「友人同士」の距離ではない。


「ターシャ様!」

 部屋の扉が開き、ジルバが入ってくる。

「ルーク殿下が、お時間だ、と」

「……わかった。今参ります、とお伝えして」


 ジルバの後を追い、扉の外に一歩足を出す。

 外の床を踏んだ瞬間、扇子で顔を隠した。ドレスの擦れる音が、後方から二つ分続く。モアナとスーザンが付いてきているのだ。

「パーティー会場入り口まで、お供致します」

「……ええ」

 後方から聞こえたモアナの声に相槌を返す。


 振り向くわけにはいかない。だけど、今のターシャは、モアナの顔が見たかった。


 計画を終えてからのギクシャクとした距離感の埋め方を、ターシャは知らない。



****



 ルークの前に姿を現したターシャは、はっとするほど美しかった。

 翡翠色の瞳は、目元の化粧でいっそう深い色に輝き、扇子の内から見え隠れする唇を彩る紅は、艶々としている。姿勢の良い身のこなしにルークの贈った扇子が揺れ、扇子を持つ薬指に指輪が嵌められているのを見ると、気分が良かった。本当に伯爵家の令嬢なのだろうか、という高貴な風格が、ターシャにはある。


「手を」

 ルークたちは会場の裏手にいる。今夜の式典の主役は、裏手から続く皇族及び皇族に準ずる者が出入りする大階段を使って入場するのだ。


 互いの手袋越しに手が重なり合う。手袋で覆っていても、ターシャの手は驚くほど細く小さかった。

 父ゲオルグは、言っていた。

『ターシャ嬢と結ばれるには、様々な障害がある。わたしとマリアは陰ながら応援するが……道は険しいぞ? もし、途中で難しいと判断したら、ターシャ嬢はあくまでも”中継ぎ”とし、”次期皇妃”にはイオレ嬢を擁立する。……そうならないよう、気をつけなさい」

 父帝は、ターシャに「否」と判断したら、宣言した通りの行動に移るだろう。

 だが、不思議なほど不安はなかった。

 イオレが、リーンシュタット家の意向に反して行動している事実を知っている、という事実も大きいが。それだけでなく――「ターシャ・アッヘル」という未知の存在は、これから先数々の偉業を成し遂げそうな予感がするのだ。イオレを皇妃に、という反対勢力の声を踏み潰しかねないほどの勢いで。


 大階段でターシャが転ばないよう、いつでも支えられるように神経を集中させながら、一段一段下りていく。


 ルークたちが姿を現すと、会場の皆がわっと声を上げる。大多数の貴族が、ルークの隣に立つ「中継ぎ婚約者」に好意的な視線を向けていた。

 それもそのはず。彼女は、ルーク毒殺未遂事件の解決の立役者なのだから。


 ルークの後ろから靴音が聞こえる。最後に登場するのが、皇帝夫妻の役目だ。

「皆に紹介しよう。この度、我が息子ルークの中継ぎ婚約者となったターシャ・アッヘル嬢だ!」


 ルークから手を離したターシャがドレスの裾を持って、美しいお辞儀を披露した。ターシャを見つめる『候補』にすら上がっていない令嬢数名が、息を呑む。ある者は悔し気に、ある者は憧れを帯びた眼差しで、彼女を眺めている。

――そういえば、ターシャは『候補』になる前、継母に召使い同然に扱われていたと聞いている。

 今の彼女は、おとぎ話の一つ「継母に召使い同然に扱われた貴族の娘が、王子様に見初められて結婚する」内容とよく似通っているかもしれなかった。


「お初にお目に掛かります。ルーク・テオ・ラトヴィア殿下の中継ぎ婚約者の任を賜りました、ターシャ・アッヘルと申します」

 扇子を胸元まで下げ、ターシャが微笑む。翡翠色の瞳が露わになると、彼女を初めて見る一部の貴族がざわめいた。

「あれはまさか、ナタリア様の……」

「瞳の色が……」

 よく見ると、ひそひそと話す彼らは北方貴族出身者が多い。シュールニッツ子爵家を知る者、ということだろう。


「今のわたくしは、評価されるにはまだまだ若輩者だと自覚しております。ですが、殿下と同じ未来を見据えたい……と心から望んでおります。”新時代”が、わたくしたちを待っているのです」

 イオレ主催のお茶会の出来事を知る者が、新時代という言葉に反応する。お茶会の話は急速に広まっているらしく、懸念していた「ターシャの薬指の指輪」を揶揄しそうな者はこの場にいない様子だ。


「どうか、これからも皆様のお力添えを賜りたく存じます」

 再び頭を下げた彼女にそれなりの拍手が送られる。

 だが、今宵の発表はこれだけではない。


「それと、我が皇室はラウザニッツ病治療薬の開発に成功したことを発表する!」


 ゲオルグの言葉に、会場が蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 ここにいる賓客は、噂では聞いていたものの、まさかここまで短期に開発されるとは思っていなかったらしい。


「静まれ!」

 ゲオルグの一声に、会場は静まり返った。

「ラウザニッツ病治療薬開発に大いに寄与したのは、他でもないターシャ嬢である!」

 皆の感情が、四方八方に行き交っていくのがわかった。――やはり、噂は本当だった。中継ぎ婚約の理由は、これか。ターシャ嬢は、期待してもいいかもしれない。


 皆の感情をもろに浴びる婚約者が心配になって、そっと隣を見やる。

 ターシャは、口元の笑みを崩していない。


 不安そうではないが、何か引っかかる表情だった。心がどこか遠くにあるような……ルークと顔を合わせた時から若干その気配は感じてはいた。


――ああ。やっぱり。


 ターシャは、この数か月で一気に成長した。だが、今の彼女の顔は、騎士団駐屯地で出会った時のものだ。まだ、何も持っていなかった頃の彼女。

 これからも彼女は変わっていく。けれど、ルークはこの顔の彼女(・・・・・・)も大切にし、その瞬間を支えたいと思うのだ。


「ターシャ嬢は、この国になくてはならない宝である! そして、これからはルークの中継ぎ婚約者でもある。そのことを忘れるな!」


 皇帝の言葉に、皆がわあっと歓声を上げ拍手する。今度は、喝采とも呼べる大きさだった。


「よかった……」

 扇子で隠した口元が、ルークにしか聞こえない声量で口を開く。


「ターシャ」

 ルークも、彼女にしか聞こえない声量で囁く。


「今宵のパーティーは、ダンスする予定はないが……俺と踊ってくれないか?」


 大きな肩書を得た婚約者は、不思議そうに瞳を瞬かせた。

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