『候補』としての覚悟
次回投稿は、30日(火曜日)の17:00です。
よろしくお願い致します!
「皆様はとっくに周知の事実かと思いますが。……殿下が病で臥せられる前後に、リズベット様はわたくしの”友人”となられました」
目の前で語り始めるターシャの姿が、ルークにはとても眩い。
「友人として交流を深める過程で、リズベット様から殿下のことを伺いました。殿下がラウザニッツ病であることは伏せられましたが、『致死率の高い、有効な治療薬のない病』だ……と。『それなのに、ダフネ様が特効薬を所持されていることがどうしても解せない』……ともおっしゃっておられました。つまり」
コホッとターシャが一度咳き込む。ルークは思わずその背中を手の平でさすった。一令嬢に対してかなり親密な行為だという感覚はなかった。
「……つまり、リズベット様は、殿下が”毒”を盛られ、その”解毒薬”がダフネ様の所持されていた薬であったと……そういう推察ができる、とおっしゃいました」
毒、という単語に広間の空気が凍りつく。
「要は……ダフネ嬢が、ルーク殿下に毒を盛ったと?」
「そういうことになりますわ」
誰かが漏らした一言をターシャが肯定すると、広間の空気はいっそう静かに凍りついた。
「そこで、わたくしは思い切って、提案致しました。殿下の病が”まことのもの”なら、ダフネ様の薬は同じ病を抱える患者にも効くはずだ……って。殿下の病が希少なものと聞いておりましたので、『わたくしに殿下の”病名”を教えてくださるのなら、同様の患者を伝手で探してみます』と……提案したのです。だって、わたくし」
ターシャが、クスッと弱弱しい笑い声を放つ。
「最近、急に貴族の方々との交流がよくなったものですから」
自分がターシャと一夜を過ごした影響の結果かと思うと、感慨深い。
でなければ、こんな「芝居劇」は生まれなかっただろうから。
「リズベット様は、殿下の病が回復されたこともあって、わたくしに特別に殿下の病の詳細を明かしてくださいました。そしたら、驚くことに……わたくしは既にその病――ラウザニッツ病に罹った患者も、その治療薬も存じていることに気づきました。
殿下が発病される一週間前に、わたくしはシュミナ様にお会いし、姉のイザベル様がラウザニッツ病に罹られていることを知りました。その時、イザベル様の病を治すために尽力すると約束し……以前から読み漁っていた薬学の本を読み直しました。
そこで、一つ【未解決の調合法】として『ミツルギ草とアリアネ茸の調合法』を知りました。わたくしは幼き頃より薬学の知識を亡き母に教わっていたので、いくつか見当をつけてこの調合法を研究することに致しました。以前から『この調合法が成功すれば、画期的な病気の特効薬が生まれる』とされていたので。一縷の望みをかけて――そして、間もなく調合に成功し、イザベル様にお渡ししたところ……彼女の病の根治に成功しました」
「なら、なぜ陛下に真っ先にお伝えしないんだ!! これは、歴史を変えるかもしれぬ発明なんだぞ!」
「歴史を変えるからこそです!! 皇室の持つ薬学室や医師に話を通す前に、『治験』が必要だと考えました!」
大声を上げたターシャが、顔をさらに白くしてコホコホッと咳き込む。
ルークはその後ろ姿に切なくなった。
彼女がダフネの薬の正体を解明するために、身を削って動いた……と知っているからだ。
「『治験』とはどういうことだ? 君は何をした? ……ターシャ嬢」
父の顔色が病み上がりのルーク並みに悪くなっているのがわかる。
「治験とは……その薬の有用性を調べるために、”対象患者”に実験的に薬を服用させること……です。わたくしの場合、そこら中にラウザニッツ病患者がいるわけではないので、回復直後のイザベル様の血液を採取させていただきました。まだ、ラウザニッツ病の【病原体株】が残っていると信じて。その血液を使って、……血液感染で故意に病を引き起こし、治療するために」
「貴様! 何を言ってるのかわかっているのか!? 一歩間違ったら、人殺しだぞ!!」
貴族の一人が大声を上げる。
もはや混乱に次ぐ混乱で大広間が凍りつくやら怒りで沸き立っているやらで、空気が揺らいでいる。
「ご心配には及びません!」
弱弱しい声をピンと張り上げて、ターシャは父帝に向かって叫んだ。
「治験のために罹患した患者は、一人です。治験成功後は、皇室の薬学室に薬を献上する所存でした。そして、その患者一人とは……」
ターシャが自らの両手を皆に見えるように掲げる。
あっと誰かが声を上げた。
ゲオルグの顔色がさらに青くなっていく。
ルークも事態を知った時は、唖然とした。
「故意に血液感染させた患者とは……わたくしのことなのです」
ターシャ・アッヘルの指先は、まだわずかに灰色を帯びている。
「ご心配なく。これは、ラウザニッツ病完治寸前の状態です。わたくしの喀血症状は既になく、血液感染の恐れもありませんわ。結論から申し上げますと、わたくしの調合した薬はラウザニッツ病に有効なことはほぼ間違いないです。後の研究は、皇室の医師たちに任せます。……よって、此度の殿下毒殺疑惑のことですが」
病でやつれた彼女は、気迫の混じった笑みを浮かべる。
「そこの侍女の方が、拘束される前に廃棄しようとしていた『ダフネ様の持つ特効薬』の”成分”と、『わたくしの薬』の”成分”を照合してみれば、はっきり致しますわ。照合されなければ、ダフネ様の薬は『特効薬もどきの何か』となりますし、”成分”を調べれば……色々と解明されますわ? 何らかの『毒』を解毒する”成分”が発見されるかも……しれませんね……」
「ターシャ嬢、君は我が息子の病の正体を知るためだけのために……ラウザニッツ病に罹った……ということか?」
皇帝の声は震えている。それは涙ぐんでいるようにも聞えた。
「はい。陛下の大切な御子のためなら、大したことではございません」
――なぜ、俺なんかのために。こんな真似をするんだ。「初恋の彼女」のことで皆を困らせている俺なんかのために。
皇妃となるべく淑女教育を受けてきたダフネでさえ、こんな振る舞いはできなかっただろう。誰も……家族以外でルークにここまで尽くした人は、今までいなかった。
「ルーク殿下」
ルークにしか聞こえない程度の声量で、少女が囁く。
「”手足の痺れ”は、ラウザニッツ病にない症状です。もうちょっとでわたくしはまた倒れますから、そのことに関しては、殿下からご進言を。……ダフネ様を徹底的に追い詰めて……黒幕を……どうか」
「……わかっている。わかっているから、もういい」
具合悪そうに丸める背中を何回もさする。
なぜなのだろう。胸の奥の……「初恋の彼女」のためだけに空けられていた場所に、何かが侵入してくる気がする。
甘くて、ほっとして、「彼女」の時より激しい熱のような――そんな強い感情を味わっている。
こんな感情、ルークは今まで知らなかった。
「あなた……馬鹿じゃないの?」
ルークの幼馴染は、拘束されたまま空色の瞳を揺らしていた。
「自分の命が……どうなってもいいわけ?」
「わたくしは、皇帝陛下に従う一臣民でもあります」
ターシャ・アッヘルは、揺るがない。
「皇族に危害を加える謀の可能性を知ったなら、一臣民として見過ごすわけにはいきません。見過ごされた謀は、何年、何十年、何百年と……帝国を揺るがし続けます。
謀は、もっと恐ろしい謀を生むからです。それを止めるのは――」
ルークの手が触れる彼女の背中は、あまりに華奢で脆くて、熱っぽい。治りかけの無理を押したせいで、また発熱している。早く休ませないといけない。
なのに、彼女の言葉の続きも聞きたかった。
「ルーク殿下の中継ぎの婚約者として当然のことです。ラトヴィア帝国法第三条をお忘れですか?」
翡翠色の瞳が濡れた泉のように光る。
「帝国の皇族は、わたくしたちの中から選ばれる『中継ぎ婚約者』の力を利用しながら、立派な統治者としての皇族になり得るのですよ。わたくしたちは、あくまでも『中継ぎ』ですから――帝国のために命を惜しむべきではないのです」
勇ましいその姿を見て、ルークの決意は固まった。




