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積み上げられた推論

 次回投稿は、29日(月曜日)16:30です。

 よろしくお願い致します!


「そもそも、前提から間違っているのです。陛下」

「前提とは……一体、どういうことだ? リズベット嬢」


 皇帝であるわたしの問いかけに【エレイン】の娘は、瞳を光らせた。

「はい。わたくしが申し上げている”前提”とは、ルーク殿下が(・・・・・・)病に罹られていた(・・・・・・・・)という点です」


 広間のざわめきが大きくなる。


「どういうことだ?」

「殿下は不治の病に罹られていて、それをダフネ嬢が治されたという話では?」

「医師の見立てが間違っていたとでも?」


「静まれ!」


 わたしが大声を上げると、騒ぎはすっと収まる。


「話を聞かせてくれ。【エレイン】の()よ」

 辺りがしぃんと静まり返った。


「我がラーゲン家は、この度の殿下の病に関して、二つの違和感を覚えておりました。

 一つは、殿下の病に罹られたことは伏せられていたはずなのに、レオニール公爵令嬢が病の特効薬を所有されていると宣言された件」

「それは、リズベットが……あなたがわたくしの派閥にいた時に殿下の病を教えてくれたからで」

「いいえ、ダフネ様。病に罹られている『噂』については話しましたが、我が家(・・・)は病の詳細についての情報は漏らしておりません。つまり、ダフネ様……あなた様の主張は、誰も知らぬはずの病の特効薬をたまたま(・・・・)所持していて、殿下の病に効くだろうとたまたま(・・・・)提案したところ、偶然(・・)薬が効いた――という話になります」

 ダフネの空色の瞳が大きく揺れる。動揺、焦燥、不安……玉座の上から眺めていると、影たちに身体を拘束され、扇子で顔を隠せない彼女のそこには犯人特有の表情が浮かび上がっている。

 わたしは、音もなく息を吐き出した。


 「中継ぎ婚約者筆頭兼次期皇妃候補」が、この程度か。クマグスの娘ということもあって、期待をかけていたのだが。

 これでは、自分の代の『候補』だったクマグスの姉チェルシーの方が、よほど様になっていた。


 自分に上奏するリズベットの姿を眺める。普段は人見知りで会話も難しいようだが、【エレイン】の血筋はしっかり受け継がれている。ラーゲン侯爵の教育根幹部分を押さえた令嬢に育ったようだ。


「もう一つの違和感を話す前に申し上げます。ダフネ様……あなたは、殿下のご病気が何であるかをご存知ですか?」

「それは……治りにくい熱病と噂で伺っていたわ。わたくしの所持していた特効薬は、解熱に特化した調合がなされている物です」

「……はっ」


 嘲笑混じりの声が漏れたのは、わたしだったか。それともリズベットの方か。

「つまり、レオニール公爵家は、未だに治療法不明(・・・・・・・・)とされる(・・・・)ラウザニッツ病に効く薬を所有していた――そういうことか?」

「……え?」


 完全に罠にかかった。

 わたしはこの場で一度も「ルークの病がラウザニッツ病だったこと」を話していない。


 広間が大混乱に包まれた。

「ラウザニッツ病だと!!?」

「ルーク殿下は、ラウザニッツ病から生還されたのか?!! いや、そんなわけ――」


 ダンッと玉杖で床を打ち据える。

「そんなわけがあるまい! 仮にレオニール公爵家がラウザニッツ病根治の薬を所有しているのなら、それは即刻皇家(われわれ)に献上しなければならない! そなたは、我が帝国民に薬を普及させるための! 貴族として当然の義務を! 怠ったということか!?」

「違います! そんな……我がレオニール公爵家は、常に帝国民と共にあります!」

 顔色が真っ青になったダフネの声は、周りに届かない。ざわめきが、彼女を追い詰めていく。

 わたしの腸は煮えくり返っている。

 ラーゲン侯爵からダフネの謀の子細は聞いていた。


――ルーク殿下のご病気は、故意に(・・・)起きたもの……というのが、【影】の結論です。


 パチパチンとアイリーンが扇子を開閉させる。

「アイリーン嬢、上奏を許す」


「親愛なる皇帝陛下に申し上げます。わたくしのかけがえのない友人、シュミナ・ウォーレー子爵令嬢の姉にあたる――」

 その後に続いた言葉は、わたしの予想を超えるものだった。


ラウザニッツ病(・・・・・・・)生還者(・・・)イザベル(・・・・)ルッツ次期(・・・・・)辺境伯夫人(・・・・・)のことです。彼女は最近、病を完治させ、その過程に”ラウザニッツ病特効薬”が含まれておりました」

「なんだと!?」


 想定外の言葉に、わたしを含めた全員が驚愕する。

 ダフネの方を見ると、ポカンと口を開けていて、この事実を知らなかったことは明白だった。

 そっと視線をクマグスの方にもやる。

 彼は無表情を保っていたが、長年の付き合いで瞳に不安と苛立ちが滲んでいることがはっきりとわかった。

 ということは、彼にとっても知らない事実なのだ。


「その特効薬は、わたくしの友人、シュミナが姉の病について弱音を漏らしたところ、とある薬学に長けたお方が調合してくださったそうです。その恩人の話が、きっと皇帝陛下のお役に立つかと思い、今日ここへ参上される予定です。……いらっしゃいましたね」

 その時、広間入り口の扉外側からノックする音が響いた。


「開けよ!」


――ラーゲンの奴、「計画」を全てわたしに教えなかったな。

 少し悔しい。彼が皇帝たるわたしに教えないということは…………この計画の続き(・・)には、わたしが承服しかねる内容が混じっているということだ。


 扉が、再び開かれる。


 ”少女らしき者”が、車椅子に座っていた。その後ろに椅子を押す男の影が映っている。

 外の太陽の光を浴びて影になり、少女の顔は見えない。


 だが、男の顔は見えなくてもわかった。


ルーク(・・・)! 何をやっておるのだ!?」


 わたしの声に反応した人々が、慌てて男に向かって礼を取る。


 息子は、病み上がりでやや細くなった影を揺らしながら、車椅子を玉座に向けて一歩一歩進めていく。


 天井の灯りで露わになった少女の顔に息が止まりそうになる。


 アイリーン嬢曰く、ラウゲニッツ病特効薬の開発者。


 彼女の栗色の髪は艶を失い、翡翠色の瞳は気怠く潤んでいた。

 彼女の顔色は真っ白で、明らかに病人のものだ。


「このような無礼な姿で参上し、大変失礼申し上げます……陛下」


 ドレスの裾を軽く摘まんだ少女は、上体を折り、椅子の上から最上級の礼を取る。


「遅ればせながら、ターシャ・アッヘル……陛下のご尊顔拝し、恐悦至極に存じます」


 だが、潤んだその瞳は、明確に闘う意思を持ったものだった。

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