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止まった賽の目は……。

 次回投稿は、今夜28日の20:00です。

 よろしくお願い致します!


 ルークが病を発症して一週間が経過した。

 手足の指先はすっかり灰色に変色し、痺れて全く動かせない。その根元の手首足首はパンパンに赤黒く腫れていて、頭は始終高熱に侵されていた。ベッドから半身を起こすことも難しいが、まだ喀血症状は出ていないが、二三人の限られた召使いが彼の看病をしていた。

 皇帝と皇妃は、部屋に入ることは禁じられていた。帝国の太陽である皇帝夫妻が万が一にも感染することなどあってはならないことだ。


――俺が死んだら、帝国は皇弟であるテオルド叔父上が父上の後を継がれるはずだ。第二皇子である弟のリュカはまだ三歳。一時的かあるいはそのままテオルド叔父上の血統に皇位継承権が継がれることだろう。

 叔父のテオルドは圧倒的魔力を持ち、数々の戦争の英雄として名を馳せ国民の人気が高い。よほど自分より皇帝の器といえる男だ。……こんな、いつまでも「初恋の彼女」を想って周囲を困らせているルークより、ずっと……皇族らしい人だ。なぜだか父帝は、叔父を皇帝位に就かせることを異様に忌避しているが。

 逆に、ルークが死ぬのは帝国にとって幸運と呼べるのかも――。


「ルーク殿下」

 馴染みのある少女の声が、聞えた。

 ベッドに臥せったまま首だけ動かすと、空色の瞳に涙をたたえた少女が傍に佇んでいる。

 手には透明な小瓶が握られている。


「……ダフネ」

「どうか、これをお飲みください。病に効く薬です」

「いらない」

 熱で頭が回らないものの、ラウザニッツ病の治療薬が存在するはずがないことはわかっていた。あるなら、帝国の長たる皇帝が所有していないはずがない。レオニール公爵家が治療薬を所持しているなど。そんなことは。


「ルーク殿下、どうかお飲みください。毒見は済ませてあります。問題ありません」

 別の声が聞こえる。ラーゲン侯爵のものだ。

 ラーゲン侯爵の顔が視界に入る。彼の唇が無音で動いた。

『ケ・イ・カ・ク・ノ・イ・チ・ブ・デ・ス』

 読唇した内容が頭に入ると、反射的に「わかった。飲もう」と言葉を発していた。


 ダフネが侯爵に小瓶を渡す。彼は、ルークの上体を起こして支え、口元に蓋を外した小瓶を近づけた。

 ゆっくりと小瓶の中身を嚥下し、再び体をベッドに沈める。

「一時間後に、効果は表れると思います」

 ダフネが侯爵に説明しているが、意識がゆっくりと薄れて聞き取るのが億劫だ。

 急速にルークの体が睡眠を欲していく。これは、良いことなのかどうか――。


 そのまま意識は闇に沈んでいった。


 次に目が覚めた時、ルークの熱は下がり、灰色に変色し腫れていた両手足が元の形に戻っていた。指先の痺れも消えていた。


 ルークの病は、完治していた。



****



「この度は、我が息子の病を完治させた件でダフネ・レオニール嬢に厚く礼を言おう。……本当にありがとう」

「陛下に御礼を賜るなど、恐悦至極に存じます」

 そう言って、ダフネは玉座に座るゲオルグの前でドレスの裾を摘まんで、扇子で顔を隠す。

 全て上手くいったのだ――ダフネの中には、たとえようもない歓喜と勝利の快感があふれていた。


 これで、自分は『候補たち』の頂点に返り咲いた。だって、皇帝陛下の第一皇子殿下の命を救ったのだもの。これは、他の者には真似できない功績だ。


 ちらりと大広間の両側に立つ『候補』たちを見やる。

 イオレ・リーンシュタットは、いつも通りおっとりと目元を笑ませている。――本当は悔しくて仕方がないくせに。

 オフィーリア・モルガンは、面倒くさそうに扇子をひらひらと動かしている。――陛下の御前で失礼だわ。本当に『候補』としてやる気がないこと。まあ、これからもわたくしの障壁にはならない子ね。

 リズベット・ラーゲンは、相変わらずおどおどと扇子で顔を隠し、時折ちらちらと大広間の入り口の方を眺めていた。――早くこの場を逃げ出したいのかもしれないわ。本当、ラーゲン侯爵の娘という肩書き以外役に立たない子ね。わたくしの派閥から抜けられても痛くも痒くもないわ。

 アイリーン・ヴェルヴェリーは、扇子で顔を隠しもせず、両手で小さくパチパチと拍手をしていた。――礼儀作法のなってない子ね。あんな娘を傍に置くなんて、イオレも大したことないわ。

 そうして、アイリーンの隣に立つ金髪に褐色の瞳を持つ令嬢を眺める。

 この人が、ベル・ファレンハイト伯爵令嬢。『末端候補』の一人。――地味な外見で存在感のない子ね。どこの派閥にも属していなくて、『候補』として何を考えているのかさっぱりね。やる気がないのなら、さっさと『候補』を辞退すればいいのに。頭が空っぽなのかしら。

 そして最後――憎きターシャ・アッヘルは今、この場にいなかった。体調を崩して、陛下の御前に参上できない旨は事前に伝えられてある。少し意外だった。――レオニール公爵家派閥の子を引き抜くぐらい精力的に動いていたから、体力のある子だと思っていたけど。案外、病弱なのかしら。それも今後彼女の弱点としてつつけそうね?

 扇子で口元の笑みを隠す。

 本当……全てが元通りだ。やっぱり、自分は”おうじ様のお嫁さん”になるべくして――。


 すっと扇子がパチンと音を立てて、閉じられた。

 扇子を音を立てて閉じる行為――淑女が皇帝など一国の君主に対して行う上奏の意を示す合図だ。

「どうかされたか? ――リズベット嬢(・・・・・・)

「恐れながら、”【エレイン】の長の娘”として親愛なる皇帝陛下に申し上げます。」


 ざわっと大広間の人々がどよめく。帝国の影の者(・・・・・・)として上奏することは、国家の一大事の時に限られる。【エレイン】が動く時は、帝国のために皇帝の権限を越えた行為も辞さない……ということだから。

 ダフネの心臓もキリッと痛んだ。

 何かとても、嫌な予感がする。


 父の方に視線を向けると、彼は広間の人間を丁寧に観察していた。”違和感”を見つけるために。

――”違和感”を見抜くことこそが、重要な見落とし発見に繋がることがあるんだぞ。

 かつての父の言葉を胸に、考える。


 ……一点だけ、見つけた。


 今朝から、ミシルがいない。桃色の瞳の綺麗な彼女が、いなかった。


「衛兵!」

 リズベットが声を張り上げる。大広間の扉が開かれ、赤い制服を着た”衛兵の姿”をした帝国の影たちが押し入ってきた。本物の衛兵でないのは、はっきりわかる。ダフネは、城の者の顔を全て記憶していた。

――この者たちは、違う。


 影の一人が、縄で縛りあげた一人の女を御前に突き出す。


「わたくしリズベット・ラーゲンは、【エレイン】の名を持って、このミシル(・・・)という女とダフネ・レオニール公爵令嬢を――ルーク(・・・)テオ(・・)ラトヴィア(・・・・・)第一皇子殿下(・・・・・・)殺害未遂犯(・・・・・)として拘束致します!」


――ああ。嵌められた(・・・・・)


 ダフネは、泣くのをグッとこらえて、ミシルを見つめた。


 いつから、”入れ替わっていた”のだろう。


 目の前のミシルは、瞳が焦げ茶(・・・)を帯びていた。

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