とある計画と、とある会話
次回投稿は、28日(日曜日)13:00です!
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ラーゲン侯爵の手中には、二つの手紙が収まっている。
手紙の片方には、見慣れた筆跡と封蝋が押されてある。娘のリズベットからの物だ。他者とのコミュニケーションが苦手だが、自分と同じく諜報技術には長けている……と【エレイン】の人間として太鼓判を押せる。珍しく手紙を送ってくるということは、”お願い”をしにきたのだろう、と踏んでいた。
そして、問題のもう一つの手紙。
差出人は、「ダフネ・レオニール」とあり、やはり空色の封蝋が押されていた。少し前まで、娘が属していた派閥の主だ。
意を決して、二つの手紙の封を切り、手始めにリズベットの方から読み進めていく。思っていた通り、手紙は【エレイン】の間で使われる暗号文字が使われていた。しかも、”一カ月おきに変える暗号”と組み合わせ、解読しにくくしてある。
【ターシャ・アッヘル様が、能力を発現されました。その上で、彼女から幾つかお父様にお願いしたい儀を仰せつかりました。
ルーク殿下のご病気の件を「先見」したところ……ダフネ様の謀を視たようです。
そこで、ターシャ様からご提案があります。
一つは、ルーク様の病の特効薬をダフネ様がお持ちだということ。
一つは、ターシャ様がルーク様と同じ病に罹患したお方の【病原体株】を保管していて、今回の提案に利用したいということ。ターシャ様も、別の特効薬をお持ちだそうです。
一つは、その上で「先見」したダフネ様の謀に関してですが――】
簡潔な文章でありながら長々と書かれた手紙の内容に自然と眉間に皺が寄る。
もし、これがまことのことなら――ターシャ・アッヘルの「先見」を疑うわけではないが――なんて恐ろしい計画だろう。
そして、この計画を実行に移すつもりであるターシャという令嬢の「死」をも覚悟した強い精神力に……圧倒された。
侯爵は、深く息を吐き出す。
少し前まで継母にいびられて召使い同然の扱いを受けてきた伯爵令嬢の発想とは思えない。
レオニール公爵令嬢が敵わないわけだ。
ターシャ・アッヘルは、『候補』となってからの短い期間で信じられないほどの成長を見せた。蛹から蝶へ、どころではない。卵から一気に蝶になったレベルの急成長具合だ。
それは、彼女が生来持っていた実力なのか。そして――その母であるナタリア・アッヘル。シュールニッツ子爵家の令嬢。
彼女は、どのくらい先まで視ていたのだろう。今となっては聞くことも叶わないが。ターシャの『候補』として受けた淑女教育は、母親の影響がとても大きく、かなり質の良い内容と見受けられる……というのが部下からの報告だ。
『いいのですよ、次期ラーゲン侯爵様。わたくしは、このために生まれたきたようなものだと――そう思っていますの』
最後に会ったナタリアの姿がよみがえる。彼女の腹には、新しい命が宿っていた。
『ずっと昔から、この運命を受け入れてきました。そのことに後悔もありませんし、むしろわたくしは、この道を選択できて良かった……と今は安心していますの』
『ナタリア……』
ナタリアの隣で、レギルは苦しそうに眉をひそめていた。
『君は、”この選択”のために、僕との婚約を決めたの?』
そう言って、彼は婚約者の腹部に手を当てた。生まれてくる”自分たちの子”を愛おしむような憎むような。混ぜこぜになった感情が顔に表れていた。
『この子は、君を苦しめる存在だろうに。それでも……産むつもりなのか?』
『レギル様、この子はたくさんの祝福を受けるべき子です。そして――帝国の未来を担う子となるでしょう。わたくしには、そう『視える』のです』
あの時、自分はナタリアとお腹の子――ターシャのために【エレイン】の長として出来得る限りのことをした。多少の情報統制のために、ラトヴィア帝国商会の”見込みのある店員”の一人だったザイクをも利用した。
そして――。
今度は、ダフネ・レオニールからの手紙に目を通す。内容はまとめてみるとシンプルなものだ。
『リズベットから殿下の病について聞いた。ついては、殿下の病に聞くと思われる特効薬をレオニール公爵家専属の薬師が開発したが、是非お役に立てて欲しい』
全てが、ターシャ・アッヘルが「先見」した通りの展開だ。
早く陛下に知らせなくては。だが……。
ターシャの計画の一部に【エレイン】の長として一枚噛むことにしよう。そのことは、陛下には内密して進める。帝国の影は、皇帝一家のために皇帝の意向に背くことだってあるのだ。
ラーゲン侯爵は、早速書状を二枚したためていく。
一つは、陛下に宛てる物。『ラウゲニッツ病の特効薬を見つけた』と書く。
もう一つは、リズベットに宛てる物。暗号を交えて『ターシャの計画に賛同するが、一部【エレイン】として協力したいことがある』と書く。
部下に書状の入った封筒を渡し、一息ついた侯爵はふっと笑みをこぼした。
――そろそろ、先代アッヘル伯爵夫人リーボア様にも表舞台に出ていただかないと。
リーボアの代のアッヘル伯爵家は闇深さが凄まじいのだが、闇には闇を。影の存在である【エレイン】がアッヘル家の影をつつくのが正道だろう。
それは、ラーゲン侯爵家が本気でターシャ・アッヘルを『候補』として支援することを意味する。
計画が成就すれば、彼女が帝国の救世主となるのは間違いないのだから、当然の行為だ。
****
「ねえ、モアナ」
「どうされましたか、ターシャ様」
「この国の『妖精伝承話』って、地方によって偏りがあるのね」
「と、申しますと?」
モアナが怪訝そうに目を細める。
「それが、『候補』教育と関係があるのですか?」
「やだわ」
ターシャは笑ってみせる。
「これは息抜きよ? 最近、面会人リストのほとんどの方とお会いしたし、ちょっと物語を読みたくなったの。スーザンとジルバに何冊か本をミヒャエル様の邸の書庫から取り寄せてもらったのよ」
「そうですか」
モアナがほっと息を吐き、微笑んだ。
「申し訳ありません、ターシャ様」
「?」
「ターシャ様に息抜きする機会を失念していたなんて……またお倒れになったら、一大事ですのに。ここのところ、気配りが足りていませんでした」
「まあ。いいのよ! モアナったら!」
なんとか表情を取り繕えていると信じたい。
「それでね、【妖精】のことなんだけど」
「はい」
そっと内心息を吐く。なんとか誤魔化せたようだ。
「【妖精】がいたかどうかの信憑性が、地域ごとに違うのよ。
まず、東方地域では【妖精】は幸運の象徴だって言われているわ。東方地域は、【妖精】の祝福を受けた人間が大勢いるとされていて、生活の質が低い人々の層の幸福値が高いのも祝福の影響とされているわ。
だけど、一方の西方地域では、【妖精】は忌むべき象徴とされていて、この考えは帝国民の大多数派なのね。【妖精】は好き嫌いが激しくて、自由気まま。思うがままに幸運も不運も与える。大きな悲劇話は大抵、”【妖精】の悪戯”と呼ばれるようになるのもそのせいみたい。
でも、わたくしが気になるのは――皇室の方々はどう考えておられるのか……というところなの」
「それは、一体……」
「【妖精】の伝承話は数百にも上り、考え方にもばらつきがあるのに、ラトヴィア帝国の歴代皇帝は一切の意思表明をされていないの。それはもう、徹底的に。その存在を無視されるかのように」
「ターシャ様」
モアナの表情に呆れが混じっている。
「……今のは、息抜きをされる話ではなかったのですか?」
「いいじゃない。わたくしは、モアナの考えが聞きたいのよ。モアナの意見を聞かせてちょうだい?」
「そうですねぇ……」
モアナは、真顔になって考え始めた。
すると、ターシャの眼前に文字が光って浮かび始めた。
――始まった。『妖精』、『秘密』、『国家の闇』、『実在』、『操作』。
「楽観的に考えると、本当に皇室の方々は【妖精】をなんとも思っていない……ということになるかと。ですが、それはあまりに楽観的すぎますしね。
おそらく、【妖精】否定派が大多数を占めていること自体に、歴代皇帝の意思が働いているのではないでしょうか。
否定派が、皇帝陛下の意思……というのも十分考えられますね。そうなると、かなり闇深い話になってきますが……」
ターシャは耳半分に聞きながら、情報を精査する。
ダフネが急に塞ぎ込んだことが、どう考えても彼女にとって悪手でしかなく、不思議に思っていた。
そのダフネが、「先見」であんな大それた行動をとる……全てに誰かの意思が感じられる。
そのことに【妖精】が関わっているのではないか――そう思ったのは、数日前の夜に夢に見た母との記憶に『妖精伝承話の読み聞かせ』があったからだ。
もはや、ターシャは疑わなかった。
自分が「中継ぎ婚約者候補」となったことに、母の意思が存在していることに。




