令嬢たちは、集う
次回投稿は、24日(水曜日)の17:30です。
よろしくお願い致します。
「まあ、ダフネが部屋に閉じこもっているというの? 相変わらず、あの方はお可愛らしいこと」
少女が、ぱちりと菫色の瞳を瞬かせる。扇子で口元を隠しているが、ふふふっと笑い声がした。
「イオレ様ったらぁ。笑っちゃうなんて、シツレーですよぉ? ……うふふっ」
「そういうあなただって、笑ってるじゃない」
銀髪銀目の少女に指摘された少女は、ストロベリーブロンドの髪を指先でいじり「だってぇ……」と笑みを浮かべる。
「そーゆうオフィーリア様だってぇ、ダフネ様に勝ち目がないと踏んで、イオレ様のお茶会に来たんでしょお? このこの~っ!」
「アイリーン、大げさな言動は慎みなさい。オフィーリアに失礼ですよ」
オフィーリアと呼ばれた少女の目が剣呑なものになっていることに気づいたイオレが、アイリーンを嗜める。
「はぁい。すみませんでしたぁ。オフィーリア様」
「別にいいわよ。本当のことだから」
オフィーリア・モルガン――ダフネの派閥に所属していた『候補』の侯爵令嬢は、そうのたまった。
「ダフネ様はお父君であるクマグス様に大層熱心に『候補』として教育を受けてきたと聞くけど……口ほどでもないわね。一介の伯爵令嬢にお茶会で恥をかかされただけであの様だなんて」
そう言って、バシッと自らの持っていた扇子を閉じる。
「我がモルガン侯爵家の家訓は、”動け、とにかく動け、その行動に対する責任のために動け”なの。ダフネ様がこうやって部屋に閉じこもっている間に、わたしは即行でイオレ様の派閥に入ったわ。なんであんなに塞ぎ込んでいるのかは知らないけれど、所詮箱入りのお嬢様ってことね。
……あの程度の失敗なら、モルガン侯爵家秘伝の筋トレと走り込みで跳ね返せるものなのに!」
そうして、大声で言い放つ。
「あの子には、筋肉が足りないのよ! 脳の一部でも筋肉にして、思考力を勘でおぎなえば!! 大抵のことは解決するものよ!!!」
アイリーンのへらへらとした笑みが凍りつく。彼女はイオレと視線が合うと、そっと頷き合い扇子を持っていない方の手を胸元の辺りに当てた。
無論、守っている箇所は、心臓だ。
「……なんか、オフィーリア様ってイオレ様のことも瞬時に裏切りそうで怖ぁい」
アイリーンの呟きをオフィーリアは鼻で笑った。
「何を言っているのよ、あなたは!」
大声で彼女は喋り続ける。
「モルガン家の家訓にこうあるわ。”裏切る相手の顔を百回殴っても罪悪感が生じない……と感じた時に裏切れ。罪悪感が生じる時は、相手と自分、どちらを殴ったらより辛いかどうかで判断しろ。己の痛覚に負ける相手は、所詮その程度である”……ってね!
”人間の持つ痛覚より心が苦しいと感じたら、裏切ろうとした相手を全力で守り抜け!”……という家訓もあるわ」
「痛覚……」
「痛覚で決めるのね……」
オフィーリア以外の令嬢たちは皆、引きつった微笑を鉄仮面のように浮かべた。帝国歴代の騎士団長を輩出するモルガン家の人間の頭の構造は……扱いやすいのかそうでないのかがわかりにくい。
「それで」
イオレがやや強引に話を方向転換させる。
「ラーゲン侯爵令嬢は一体、どういったつもりでお茶会に参加を?」
場内の空気がすっと冷えていく。
ラーゲン侯爵令嬢、とやや突き放した呼称で呼ばれた黒髪黒目の『候補』の令嬢――リズベット・ラーゲンは、カチコチに固まってイオレを見つめていた。さながら、蛇に睨まれた蛙だ。
「わ、わたくしは、その……我が家の――のために、ここに……参上、致し……」
「なに。聞こえないわ!」
オフィーリアの苦情に令嬢はますます縮こまった。
「も、申し訳――」
「リズベット様は”お父様の方針の再表明”のためにいらしたそうです」
リズベットの隣に座っていた少女が代わりに発言した。少女の言葉にリズベットはコクコクと頷く。
「ラーゲン侯爵様の方針?」
「何かしら?」
令嬢たちが扇子越しにひそひそ話している中、イオレは瞬時に答えを悟った。
ラーゲン侯爵は帝国の影【エレイン】の長だ。彼は、帝国の影としての活動を優先する――そういうことだ。
「じゃあ、あなたはもう少し経ったらアッヘル伯爵家派閥に鞍替えするのね?」
イオレの問いかけに対し、彼女は小刻みに頷く。
「リズベット様は”しばらくの間は……敵対関係、というわけです。……そうですよね?”とおっしゃっています。」
その発言にイオレは内心驚きを隠せなかった。さすがは【エレイン】の長の娘――わたくしの行動のその先をそこまで読んでいるわけか。
「ええ。そうなるわね」
イオレが肯定した瞬間、二人の視線は絡み合った。こちらを値踏みする冷徹な視線だ。コミュ障のダフネの腰巾着かつ『末端候補』――低俗な噂とは聞いて呆れる種が多い、とはこのことだろう。
リズベットが退出した後、彼女の隣で伝言していた少女が立ち上がった。そして、足音も立てずにお茶会を催す広間を立ち去っていく。
「ちょっとあなた、どこに行くの? イオレ様のお茶会に途中退席なんて許さないわ!」
令嬢の一人が厳しい口調で呼び止める声を聞いて、イオレは彼女を落ち着かせるべく口を開こうとした。
その前に、少女の方が振り返る。
「ダフネ様がお寂しいでしょうから、慰めに。リズベット様じゃ、口下手すぎて対応が難しいでしょうし。こういう潤滑剤はあたしの役目です」
そう言って、彼女はふわっと平凡な笑みを浮かべた。いつものことだが、大抵の人間にとって印象に残らない笑みである。
一瞬、彼女の美しい桃色の瞳が光った。
少女はイオレたちに背を向けて、広間の扉をこそこそと開けて、お茶会を抜け出していった。彼女を呼び止めた令嬢も興味を失ったのか、別の令嬢たちの会話に加わっていく。
イオレは少女のたどった道をじっと眺めていた。
何度もお茶会に参加していながら、空気のような存在感の彼女が、なぜだか気になるのだ。
そっと目を閉じる。
どうしても、彼女の名前が思い出せなかった。




