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アッヘル家当主とモアナ

 次回投稿は、22日(月曜日)の20:00です!

 よろしくお願い致します。


「やあ、忙しい中来てくれてありがとう」

「わたくしめは、当主様のご用命とあれば、いつでも参上致します」

「といっても」

 少し間が空く。


「モアナ、君はもうわたしにではなく、ターシャに忠誠を誓っているようだね。というより、真に(・・)忠誠を誓うべき相手に出会った――という顔をしているよ」

「それは……申し訳ありま」

「いいんだよ。君は、アッヘル家の”智”――レイミィ子爵家の人間だ。レイミィ子爵家は代々、心から忠誠を捧げた者に身命を賭す”血筋”だ。君のわたしへの忠誠が”仮”のものだと……薄々気づいていたからね。で、どうだい?」

――君のターシャ・アッヘルは。


 モアナは背筋を正した。

 ミヒャエルは現段階においてターシャの庇護者であり協力者でもある。モアナの忠誠心の在処を知った上で尋ねるということは――レイミィ子爵家と歴代アッヘル伯爵家当主との良好な関係上、『情報交換』といったところだ。


「まず、先に確認させてください」

「いいよ」

「当主様は……どこまでご存じなのですか? ターシャ様の母君の――ナタリア様のご実家について」

「ある程度は、義妹から伺っているよ」

「リーボア・アッヘル元伯爵夫人ですね?」

「そうだ」

 ミヒャエルはにこやかな表情を浮かべている。


「君は、ナタリアの実家だけ(・・・・)調べたわけではなかろう。リーボアとナタリアの実家――シュールニッツ家とのやり取りも調べ上げたんじゃないかな」

「おっしゃる通りです」

 リーボア・アッヘルは、レギル・アッヘル伯爵の母で、ターシャから見ると実の祖母にあたる。

 息子であるレギルとシュールニッツ子爵家の令嬢だったナタリアとの婚約を成立させる立役者となった先代アッヘル伯爵――ミヒャエルの弟エミル――の裏参謀。女傑と呼んでもよいお方だ。


 アッヘル家の「伯爵位」は複数あり、本家筋か分家筋かによって序列があるので、当主だったミヒャエルの弟であるエミルは分家となる。よって格が一つ低い。それなのに、エミルが伯爵だった時代は、妻のリーボアの名采配によって格はミヒャエルと同等に近く、一時期は当主の地位を揺るがす弟夫婦ではないか……と一族内で懸念されていたくらいだ。


 そのリーボアが、ごり押しに近い形で押し進めたのが「息子の婚約者にナタリア・シュールニッツを据えること」だった。


 ナタリアは、子爵家出身といわば格下の家柄だ。生家のシュールニッツ家は、これまで特段大きな功績を成したことのない平凡そのものの家で、エミルも息子とナタリアの婚約話には渋っていたようだ。

 それでも、婚約は成された。

 これで、エミルの方の伯爵家の家格は落ちる……と誰もが噂した。


 だが、婚約直後に不思議な現象が始まった。

 当主の弟夫妻の周りで、幸運(・・)とも呼べる出来事がいくつか起き始めたのだ。

 ある時は、大雨でエミルの領地に土砂崩れが起きたものの、住民の避難が既に(・・)完了していて、犠牲者はゼロだった。また、本来(・・)大規模な土砂崩れが起きるはずの箇所は、事前に柵や土嚢で補強済みで被害も少なかった。


 ある時は、とある公爵家主催のパーティーで当時の公爵家嫡男が男爵家令嬢に媚薬を盛られたが、たまたまパーティに参加していたレギルとナタリアがたまたま【解毒薬】を所持しており、公爵家はスキャンダルを免れた。もちろん、レギルとナタリアは公爵家と縁ができた。学生時代にレギルは公爵家令息の、ナタリアは公爵家令嬢の庇護下に置かれ、快適な学園生活を送った。


 ある時は、ナタリアに恥を書かせようとアッヘル家派閥の子爵家令嬢が彼女にワインをかけようとしたが、ナタリアはなぜだか(・・・・)動きを察知して回避し、転んだ令嬢はワインを頭から被って割れたグラスで怪我をした。ナタリアの適切な応急処置で令嬢の怪我は大事にならなかった。彼女が令嬢に常に寄り添い続けたことで、「レギルの婚約者」としての懐の深さが評判となり、以後レギルとナタリアの姿を見て「お似合いだ」と祝福する者が大多数派となった。


「シュールニッツ家は、国境を任されていて、過去に何度か隣国からの武力衝突が生じていますが、その都度なぜだか(・・・・)”誰か”の助けがあって侵攻を免れています。辺境を守っているのに、常に爵位は子爵位。所属騎士団も軍事力が高いと言い切れず、どこかチグハグです。

 ですが、わたしはこう推察致しました。

 歴代皇帝が子爵位のままシュールニッツ家を放置しているのは、軽んじている(・・・・・・)からではなく(・・・・・・)恐れているから(・・・・・・・)ではないか(・・・・・)――と」

「その根拠は?」

 当主に問われて、一回目を閉じ深呼吸をする。


「……もし、仮に『ラトヴィア皇族がシュールニッツ子爵家を恐れている』、とします。

 隣国からの侵攻を免れている、というのは子爵家の功績となるはずですが陞爵しない。……それは『シュールニッツ家の持つ能力が国を脅かすかもしれない』と思っているから。

 だとしたら、その能力は何なのか。それは、ナタリア様がレギル様と婚約された後の出来事を見れば、明らかです。ナタリア様はたまたま事件や揉め事を解決されていた――全て、たまたま。たまたますぎる(・・・・・・・)

 ミヒャエル様、シュールニッツ家には……『先見(さきみ)』という『固有魔法』があるのではないですか? つまり、『未来を予知し、未来を変える魔法』です。

 帝国の遥か北にあったとされる今は亡きピリカ王国には、三百年ほど前に、『聖人』という特別身分の者がいたそうです。その者は、まるで『未来を予見しているかのように』事件や事故、国内外の問題を最小被害(・・・・)に抑えることができたそうです。『聖人』は二百五十年前に当時のピリカ王国の愚王が癇癪を起こした腹いせに殺された――それによって、王国は滅びた……と伝承話には伝わっております。

 シュールニッツ家は、ピリカ王国から亡命した『聖人』の末裔なのではありませんか?」


 数日前、ターシャが『光る文字が見えること』を打ち明けてくれた。

 一部の者又は当人しか知りえない『情報』を自在に知ることができる。ターシャの能力はまだ、発芽したばかりだ。

 だが、そのうち”現在”の情報だけでなく、”現在(いま)”と地続きの”未来”の『情報』も得られるようになるのではないか。

 歴代のシュールニッツ家の人々はそうやって、『先見』を行い、”最悪の未来”を防いできたのではないか。


 それでも、今モアナが積み上げた仮設の筋が一番通るのはこれだった。

「いかがですか、当主様?」

 ミヒャエルがほうっと息を吐く。


「全て、君の推察通りだよ。シュールニッツ子爵家一族には、『先見』の能力がある。おそらく、このことを知っているのは、歴代皇帝陛下とその皇妃、わたしと……わたしに教えてくれたリーボアだけだ」

「エミル様やレギル様は?」

「全く知らないはずだ。リーボアは言っていた。『秘密を知る者は少数精鋭で良い』と。エミルはリーボアがいてこそ立派な伯爵だったが、精鋭に選ばれるほどの能力はない。というより……アレ(・・)は無能だ」

 弟を述べる時、ミヒャエルの声音が低く暗く滲んだことに驚く。

「本当、リーボアに迷惑をかけてばかり、苦しませてばかりで。リーボアはエミルにはもったいなさすぎる人で、我がアッヘル家には良縁だったが……わたしは少し後悔しているよ」

 その言葉の裏にすごく重たい真実が含まれているような気がした。彼に「これ以上踏み入るな」とけん制されている心地がした。


「モアナ」

 ミヒャエルがすっと目を細める。


「正直、ターシャがここまで急激に成長するとは我々の予想外だった。だからこそ、ターシャに伝えて欲しい。無理はしないでくれ……と。それとモアナ、君には”ターシャが『先見』の能力が開花した際”には――注意して欲しい」

「なぜでしょう?」


 ミヒャエルが己の眼前にある書き物机の書類の山の天辺から一枚の紙を手に取る。


「歴代シュールニッツ家一族の履歴書だ」


 モアナは、紙に書かれた文字を読み……目を見開いた。


 紙には情け容赦ない事実が記されていた。


『シュールニッツ家の人間の寿命について――シュールニッツ家の人間で、齢四十を過ぎて生き長らえた者は存在しない(・・・・・)

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