発芽
次回投稿は、今夜18:00です。
ルークのお渡りがあった後、人々のターシャへの見方は急速に変わっていった。
皇宮の内にも外にも――本当に変化していったのだ。
「ターシャ様、今日面会する予定の皆様の一覧です」
水色の髪を後ろで三つ編みに一本に編み込んだ少女が、ターシャの眼前に「面会要請人リスト」を差し出す。
「優先すべき事項は、リーンシュタット公爵派閥のハーバー伯爵。リーンシュタット公爵、というよりイオレ様に忠誠を誓っておられます。イオレ様のお心を知るには、重要な面会かと。
次に、ウォーレー子爵の二番目の令嬢であるシュミナ様。以前のお茶会の”騒ぎの中心”にいたアイリーン・ヴェルヴェリー伯爵令嬢の親友とされるお方です。ターシャ様がアイリーン様の「敵」にならない限り、それなりの援助が見込めるでしょう。問題は、アイリーン様のお気持ちの方ですが……。最後に」
一呼吸おいて、少女が口を開く。
「少し気になる人物として、マルクス・シャーギー男爵が面会を申し出ております。辺境を治めるルッツ辺境伯の派閥の者で、正直本心が読めません。危険度を把握するためにも一度会われた方がよいかと。
それ以外の面会人は、合わせて十名に及びます」
あまりの面会人の多さに頭が痛くなりそうだ。
「面会人をこちらで選別いたしましょうか?」
努めて穏やかな口調を心得ながら、ターシャは答えた。
「いいえ、スーザン。リストをこちらに見せてちょうだい」
首を振ると、ターシャ付きの新しい侍女――スーザンはにこりともせず、リストを差し出す。
ターシャへの注目度が高まり、ミヒャエルが急遽よこした専属侍女二人の内の一人である。もう一人の侍女――ジルバは、皇宮の厨房の一角で調理をしている。
スーザンは、ターシャの「監視」及び「事務処理」係。ジルバは、ターシャに毒が盛られないための「ターシャ専用の料理人」だ。
ちなみに、モアナはミヒャエルに呼び出されていて、不在にしている。先日起きた「ターシャの魔力復活」と「ナタリアのペンダント」については彼に報告済みだが、それについてモアナともう少し深く話し合いたいらしい。
モアナの仕事も兼務しているスーザンは無表情が通常なので、ターシャの皇宮生活もやや息が詰まるものとなっている。「体の模様」のことはまだスーザンたちには知られたくない、とモアナに話したら、「話し合い」が行われたらしく、しばらくの間は父と暮らしていた時同様ターシャ一人で湯あみを行うこととなった。湯あみ後に着替えた後、スーザンがオイルやクリームを見える範囲で塗る――今のところ、それでなんとか現状を保っている。
それもこれも、モアナが帰ってくるまでの辛抱だ。
手渡されたリストは、よく情報が整理されていた。面会者の名前と肖像、家族関係、他の貴族との力関係、噂されている真実味の強いスキャンダル、弱み、面会優先度の度合いとその理由――本当に、よく出来ている。
今までのターシャはモアナが頼りだったから、彼女の情報と声を信じて進むのみだった。
だが、スーザンはそれを求めていない気がするのだ。
「信じている情報そのものを疑え」――ミヒャエルの意図はそこにある。
そのことに気づいたのは、ターシャが魔力を得た後にスーザンと会って三日経った頃。――つまり、あのルークとの面会から一週間経ったタイミングだった。
その日、スーザンが用意した「面会人優先リスト」に従って行動しようとした時だった。
リストの末端に書かれてあった文字が、白く光って見えたのだ。
ターシャは光った文字をよくよく見つめた。
光った文字の人物の載った紙面上に『レオニール公爵』『借金』『葡萄の産地』と、さらに空中に文字が浮かび上がっていた。
『ねぇ、この……スワイア子爵は、葡萄の産地を子爵領とされている方……かしら?』
『一大生産地でもないのによくご存じですね。……それがどうかされましたか?』
スーザンの返答で確信した。光った文字と空中の文字はスーザンには見えていない。そして、たぶん――。
『スワイア子爵は、レオニール公爵家に借金している……という噂はあるかしら?』
『そういえば、数年前の土砂災害で領土に被害があり、レオニール公爵家が年金利1.5割で貸し付けたそうです。借金を完済したか否かは、わかりませんが』
やはり、そうだ。このターシャだけに見える文字は、『情報』を表しているのだ。
『……スーザン、スワイア子爵との面会は午後一番に設定してちょうだい!』
ターシャの言葉にスーザンは訝しげに目を細めた後、『承知しました』とスワイア子爵の面会者優先順位を上げてくれた。
そして、昼にジルバが用意したランチを口に運びながら、魔力を得てから起こった異変なのだから”あの現象”は『魔法』のはずだ……と脳内で仮説を立てた。
ランチを食べ終えた後自室にこもったターシャは、スワイア子爵と面会する時刻まで『自身の内を流れる魔力の感覚』を掴もうとした。モアナの言っていた『血の循環と魔力の巡りの関係』を意識してみた。
先程の文字が浮かび上がったリストを睨みながら。「自分の魔力は『情報』と繋がっている系統のものだ」という説を信じて、内側に宿る温かな力に身を任せた。
瞬間、再び『スワイア子爵』の文字と、リストには載っていない『情報』が空中を舞った。
その後の行動は、早かった。急いでスーザンを呼び出し、『スワイア子爵借金返済計画(レオニール公爵派閥からの引き抜き)』の草案を練った。
一つ、スワイア子爵一族はレオニール公爵家からの度重なる過度な(借金返済をネタに)要求に苦しめられている。
一つ、スワイア子爵は借金返済のあかつきにはレオニール公爵派閥から抜け出したい意思があること。
一つ、スワイア子爵領で収穫される「アカネ」は、遠い西国では高級ワインの原材料として定着しつつあり、(レオニール公爵家が気づく前に)ミヒャエル・アッヘル伯爵家派閥のワイン醸造が得意な男爵家と業務提携させ、借金は一時的にミヒャエル・アッヘルが無利子で肩代わりすること。その代わりに、「アカネ」が高級ワインとして有名になった時には、真っ先にアッヘル家当主に数本差し出すこと。
この計画をミヒャエルに伝える点だけは心配だったが、モアナが何らかの手を回したのか、すぐにスワイア子爵との面会で話を通せた。
スワイア子爵は号泣してターシャの手を取り、このご恩は忘れない、とレオニール公爵家派閥を抜けると決意を固めてくれた。
『よくお気づきになられましたね』
全ての手続きを終えた後、スーザンはぽつりと言った。
『レオニール公爵家とスワイア子爵とのいびつな関係は、薄々知っていましたが、「アカネ」の希少価値には気づきませんでした』
彼女の言葉を裏を返せば、「スーザンはターシャにスワイア子爵家の詳細な事情をリストに記載していなかった」ということになる。
『スワイア子爵は人柄の良さで有名で、彼と仲が良い子爵・男爵家の方々が五つほどあります。……この先、その五つの家もこちら側につく可能性がありますね。――お見事な采配です』
そんなことがあったものだから、スーザンから受け取るリストには気をつけている。
そうしてリストを読む時、体の内側に力を入れ、魔力が眼の方に流れるようにしている。
今もそうだ。……ほら、文字が浮かび上がった。
――『シャーギー男爵』、『娘』、『独身』、『妊娠』。『シュミナ』、『姉の病』、『ミツルギ草』、『アリアネ茸』。
最近は、魔力のコントロールが上手くなり、より詳細に『情報』を得られるようになっている。
――シャーギー男爵は未婚の娘が妊娠している可能性あり。そのことで相談? シュミナ様はお姉様が病気でその特効薬に『ミツルギ草』と『アリアネ茸』が必要ってことね。この二つの材料は薬学ではあまり知られていないけれど、お母様は淑女教育の中で『ミツルギ草とアリアネ茸の調合が成功すれば、画期的な病気の特効薬が生まれる可能性がある。問題は調合の仕方ね』とおっしゃっていた。モアナから習った薬学でも二つの材料について触れられていなかった。ということは、まだ調合法は発見されていない。だとしたら……。
――教えてちょうだい。わたくしに。
そっと体内をめぐる魔力に向かって呟く。すっと体温が下がるような感覚がした後――『答え』は表れた。
「スーザン」
ターシャは、主らしく堂々とした口調で言った。
「シャーギー男爵、ハーバー伯爵、シュミナ様、の順番でいくわ。シュミナ様のことは、こちらで準備が必要だから、ミヒャエル様に話を通しておかなければ。口頭で話すから、それをもとに文章を整えて手紙をしたためてちょうだい。あと、シュミナ様の面会は午後の一番に設定するから、お返事期限は今日のランチタイムまでに、と付け加えてね?
まず、シュミナ様はお姉様が病に罹っていると思うわ。その病の特効薬はまだないけれど、ミヒャエル様御用達しの薬師に今言う材料とやり方を伝えて、調合してみて欲しいの。『ミツルギ草』『アリアネ茸』『日光に当てる』『一時間日光に当てた後、青白い炎で燃やす』『仕上げに”銀のナイフ”で材料を粉末状にする』――これを行えば、シュミナ様のお姉様を救える特効薬が出来上がるはずよ。
シュミナ様との面会は、その後にするわ」
自分で言っといて、「なぜそんなことを知っている?」と思うような発言ばかりで。
「承知しました。では、そのように取り計らいます」
なぜスーザンが、ターシャの話をあっさり受け入れてくれるかは謎だ。
――もしかしたら、スーザンの真の主であるミヒャエル様は何かご存知なのかしら。わたくしの魔力や、魔力を封じていたお母様のペンダントについて。
そのことで、モアナと話し合っているのかもしれない。
もし、ターシャの能力を知ったら、モアナはどんな反応をするだろう。怖い……と思うだろうか。
そっと首を横に振る。
無駄な思考に沈むのは、良くない兆候だ……とターシャの内に流れる魔力が言っている気がした。




