母の形見のペンダント
次回投稿は、明日(20日)の18:00です。
よろしくお願いします!
東屋でルークを待つ間、ターシャはそっと胸元のドレスの生地を握りしめていた。
正しくは、生地の裏に隠れた母の形見のペンダントを。
今日のお茶会に身に着けていくと良い、と助言したのはモアナだ。
『このペンダントのこと、知り合いに調べさせました。これには信じられないほどの大量の魔力が封じられてあります。知り合いによると、封じられた魔力から”害意”は感じられないそうです』
『害意?』
よく意味がわからず、聞き返すとモアナは魔法の概念について教えてくれた。
『魔法を使うには、魔力が必要です。数年前まで「”魔力を持つ”のは先天的なもので、後から身に付けることはできない」とされてきました。そして、魔法を使える人は貴族出身者が多いので、これまで相互関係を調べる研究が行われてきました。
その研究を要約すると、魔力というのは全身の血の巡りと共に循環していて、本来は全ての人が持っているはずのものだそうです。ですが、その血の巡りを意識的に扱い、魔力を”検知”できるものだけが結果的に”魔力を持つ者”とされ、先天的に魔力を持っていると誤認されてきた――と知り合いが申しておりました。”魔力が多い”というのは、血の循環と魔力の巡りの関係を感覚的に自在に操れる人間のことなんです。
ここからが本題ですが、魔力には人との相性があります。また、魔法使いが特定の人物を害するように自身の魔力に向かって念じることができます。これが、”魔力が害意を持つ仕組み”です。
ターシャ様のペンダントは、ターシャ様を害するものではない、と知り合いは解析しました。
むしろ、これはわたしの私見ですが、その魔力は、ターシャ様の体に馴染んできているように感じます』
モアナの見解では、ペンダントはターシャに良い影響をもたらすらしい。
そこで、ルークとの面会ではペンダントを身に着けてみることとなった。
「魔法」保持者であるルークなら、ペンダントの魔力に気づくはずだ。魔力はターシャを守っているようだし、彼女が害意を持たないルークに悪影響することもない。
ルークなら、よりいっそうターシャに興味を持つはずだ。
「ターシャが首から提げているそれは、ネックレスかい?」
お茶会という名の面会で、早速彼はターシャの首元に視線をやった。
ターシャは、扇子で首元をさりげなく隠しながら、「ペンダントです」とだけ返事をした。
「……ああ。失礼した」
じろじろと眺めていたことに気づいたのだろう。少し困ったように笑って、ルークは視線をそらした。
「このペンダントが、どうかされましたか?」
一言聞き返すと、ルークが渋面を作る。
――こちらのいいように会話が運ばれていることに気づいていて、葛藤されている。
ふと思い浮かんだ考えが、すっと頭に馴染んでいく。ペンダントのおかげかしら、と考えを巡らした。
ターシャの体に魔力が馴染んでいるのだとしたら、その影響が自分の頭の働きに影響しているのだろうか。
「もっと……近くでご覧になりますか?」
そう言って、首裏にあるペンダントの留め金を外す。ペンダントの紐を持ち上げて、銀のロケットを見せる。ルークの視線が釘付けになった。
「……いいのか?」
ペンダントから漏れ出る魔力が気になっているのだ、とはっきりわかった。
「大切に扱ってくださるなら、手に取っていただいても構いませんわ」
「もちろん。粗雑に扱わないよ。……触らせてくれ」
「どうぞ」
ルークは慎重な手つきでロケット部分と紐部分を手に持つ。
ロケットに埋め込まれたサファイアを指でなぞると、
「ここから魔力が漏れている。……これはただのサファイアではなく、保存容器機能もあるものだね?」
「保存容器機能?」
ターシャが説明を促すと、ルークは険しかった表情を緩め、
「魔道具の一種だ。中に魔力を閉じ込めておくようにサファイアに『魔法』が掛けられている。しかも、相当高難度な仕掛けだ。今のところ、『魔法』は解けつつあるようだ。何らかの条件が揃うと、『魔法』は完全に解けるだろうね」
扇子の裏で小さく息を吐き、呼吸を整える。ルークの言っていることは、先日モアナが”知り合い”から得た情報と一致していた。
鍵はおそらく「ターシャ」だろう――とも言っていたそうだ。
「しかし、素晴らしい魔道具だね。ここまで長い期間『封じの魔法』が効力を発揮している……というのも珍しいな。これの制作者は、高貴貴族出身者だろうね。長い期間魔法を持続させるには、大量の魔力がいる。しかも、魔力で魔力を封じるんだ。すごく技量が試される種類の魔法なんだよ。ここに眠っている魔力の量を考えると、製作者は無尽蔵の魔力の持ち主だな……」
――闇が深い、だそうです。
これ以上首を突っ込むつもりはないとモアナの知り合いは宣言したらしい。ターシャ自身も母ナタリアの周囲の直感的に闇の深さを感じていた。
母の形見が――一介の伯爵夫人であった母が、そんな強力な魔道具を持っていることがおかしいし、それを母に渡した誰かの意図が不明で恐ろしい。
今こうして、ルークと向かい合ってみて、思う。母からの”度を越した”淑女教育、魔力を持ったロケットペンダント、ルークの自分に対する興味、帝都に来てから思い出されていく記憶の数々――全てが「中継ぎ婚約者」となるための一枚の歯車のようだ。
――となると、歯車を動かすきっかけはやはり、お母様ということになる。
「昨日のお茶会。大活躍だったそうだね」
数拍分、ルークの言葉に対する反応が遅れる。
「……いえ。ダフネ様には申し訳ないことをしましたわ。レオニール家への配慮が足らず……わたくしは所詮、世間を知らない伯爵令嬢なのですわ」
「だが、イオレは模倣宝石のことを知っていた。ダフネが無知だっただけだ。君の落ち度ではない」
「過分なお心遣い、感謝申し上げます」
扇子をそっと口元から下げ、笑みを浮かべてみせる。自然と口元が緩んだので、天然の微笑みだ。
ターシャの笑みを見たルークが、少し目を見開き、微笑み返してくる。
心なしか彼の耳が赤くなっている。
「ターシャは、なかなか小悪魔なんだね」
耳を赤くしたままルークは言った。
「小悪魔?」
「高位貴族令嬢のように作法はしっかりしていて、会話も達者なのに。たまにそうやって自然体に笑う。まるで隙があるかのように。君はどこかチグハグしている。前に会った君と今の君は、違っているようで同じに見える。本当にチグハグだ。
ミステリアスというべきかな? ――本気で暴きたくなるよ」
ルークの言葉に理解が追いつくと、かあっと頬が熱くなるのを感じた。少しはしたないが、慌てて扇子で顔を隠す。
「お戯れをおっしゃらないでください。わたくしが恥ずかしいですわ」
いくら短期間で言葉のやり取りが上手くなったからとはいえ、恋愛経験値はゼロなのだ。
「暴きたくなる」なんていう台詞は、マーガレットが父と結婚する前までに読んでいた恋愛小説の中の美青年がいうものだと思っていた。
それを平然と口にできるルークこそ、王子様そのものの外見に反して遊び人っぽさがある。
噂や情報では見えない新しい一面を見た気がした。
「戯れじゃないよ。わたしは、君のことを全て知っておきたいんだ」
扇子を持つ手に力を込める。皇族の人間は、親しさの度合いで『一人称』を使い分ける。
「……いずれ、”その日”が来ること心よりお待ちしておりますわ」
まだ、ターシャはルークの心の内を見せてもらえる相手ではない。
――今のわたくしは、殿下の幼馴染の公爵令嬢であるダフネ様より価値は低い。……イマハ、マダ、ヨ。ワタクシノ、ターシャ。
「……えっ?」
「どうしたんだい、ターシャ?」
【その声】は、ルークの持つペンダントから聞こえてきた。彼には聞こえなかったようだ。
――何らかの条件が揃うと、『魔法』は完全に解けるだろうね。
【その声】は、ふわりと銀のロケットから放たれ、ターシャの耳元で囁いた。
フタツメノ、ジョウケン。ソロイ、マシタ……。「カイジョ」ノドアイ、ヲ、アゲマス……。
「…………っ!!?」
瞬間、かあっと全身の血が沸騰したような感覚に襲われる。
体に”何か”が満ち溢れていく。ターシャは”ソレ”を知っていた。
怖い夢の中の記憶。ずっと、わたくしの体から抜け落ちていたもの。
ルークの慌てる声が遠くから聞こえる。
そこでターシャの意識は途切れた。




