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ウィルからの報告

 次回投稿は、今夜の23:00です。

 ここにお越しくださり、誠にありがとうございます。


 ウィルは、空色の封蝋が押された手紙を見た途端、顔をしかめた。

 送り主は、レオニール公爵家の次女、シルヴィア。

 ウィルの悪縁にも良縁にもなり得る人物で、現段階では「ウィルの婚約者」という肩書を持つ女である。

 わかっている。レオニール家との縁を考えると明らかに良縁なのだが……その、彼女の難ありの性格が心臓に悪い、と。……ただ、それだけである。


 だが、一応ウィルの味方である彼女のことだから、手紙の内容も有益であることに間違いない。

 封を開き、便箋を手に取る。内容は、昨日行われたイオレ・リーンシュタット主催のお茶会で起きた”騒ぎ”の詳細についてだった。

――なぜ、その場にいないはずのシルヴィアが|まるで見てきたかのように知っているか《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》……は、この際置いておこう。


「これは、ルークに報告だな」

 壁掛け時計を見ると、午後二時を指している。

 ルークが手紙に書かれてあるターシャ・アッヘル伯爵令嬢と面会する時刻の一時間ほど前だ。

 情報共有を行うには、ちょうどいい。

 ウィルの手にはシルヴィアの手紙ともう一つ、「調査報告書」があった。


 「調査報告書」の中身は、ターシャ・アッヘルの出自に関するものでその中の最重要項目にあることが書かれてあった。

『なお、ターシャの父レギル・アッヘル伯爵には種なし(・・・)の可能性があり』



****



 ルークは庭園入り口に立つと、軽く深呼吸をした。

 普段より緊張している自覚があった。

 ターシャという令嬢が「初恋の彼女」に似ていることもあるが、何よりつい三十分前に目を通したウィルからの「調査報告書」の一件があった。


 ターシャ・アッヘルが、レギル・アッヘル伯爵の娘ではないという推察(・・)について書かれた文書。

 全て目を通した後、文書はその場で燃やした。

 あまりにも報告書の内容が国の深部に関わるものである予感がしたからだ。この文書を他人が見たら、国を揺るがす事態になりかねない。そんな直感が働いた。


――まず、ターシャ嬢の母君であるナタリア・アッヘルという女性に関する情報が「国家機密案件」として保護されてあって、大部分がわからなかった。だが、北方の国境地帯に「翡翠色の瞳」を持つ者が多いらしい。その中で、帝国内にいる貴族を探してみたら、一つ当たり(・・・)があった。だが、その貴族――シュールニッツ家に関しては謎が色々と多いんだ。一つは、国境を任されているにもかかわらず、辺境伯の地位ではなく子爵位を賜っている。その下につく騎士団も群を抜いて軍事力があるわけでもなく、隣国からの侵攻の危機に瀕すると不思議と誰か(・・)からの援助があって侵攻されずに助かっている。なのに、その誰かは援助の見返りに大きなものを要求してこず、友好関係が結ばれるのみなんだ。とにかく、おかしいところだらけなんだよ!


 ウィルは珍しく苛苛を隠せない様子だった。ウィルにはいくつかの情報網があるから、ここまで手応えがないというのも初めての経験なのだろう。

 対するルークは「そんなものだろう」と冷静だった。

 父上が「慎重を期すように」と念を押されるだけのことはある。情報を得るタイミングを間違えたら、命取りになるだろう。今、「手応えがない」というのは幸運なことかもしれない。


 そして、レギル・アッヘルの子ではない疑惑。

 ナタリア・シュールニッツとレギル・アッヘルが婚約したのは二人が十一歳の時。婚約する年齢的には普通かやや遅めぐらい。シュールニッツ家とアッヘル家は、以前から深い交流がある訳ではなく、婚約はシュールニッツ家からの申し出だったらしい。婚約を申し出た理由は不明で、シュールニッツ家の積極的な姿勢と、レギル・アッヘルの母である先代アッヘル伯爵夫人の後押しもあり、取り決められたようだ。

 レギルとナタリアの関係は非常に良好で、レギルが学生時代の時分はわざわざナタリアもラトヴィア学園に入学させ、一緒に登校していたそうだ。子爵家・男爵家という下位貴族たちにとって、学園の入学費は金の暴力ともいえるものだから、ナタリアはその時代に学園に入学した子爵位以下の令嬢三人のうちの一人だった。レギルが婚約者を大切にしている姿は学園内でも目立っていた、と報告書には書かれてある。


 問題個所は、ナタリアが五年生――十七歳の時にレギルと結婚したというところだ。彼女は学園を中途退学し、一年後にはターシャを出産している。となると、レギルとナタリアには”婚前交渉”があったということになる。当時の学生たちの間では、「レギルが我慢できなかったのだろう」とか下世話な噂が流れたそうだが、当人たちは否定しなかった。それから一年後に卒業するまでレギルは周囲の顔色を窺って学び舎に通っていた……と彼の同級生だった男は証言している。

 そして、同級生の男はこうも話している。――いくら溺愛していたとはいえ、レギルが婚前交渉するとは思えない。彼はきちんと手順を踏む理性的な人物なはずだ、と……。


 そこからこう推察できる。レギルはナタリアと結婚したかった。手順をきちんと踏むつもりだった。だが、ナタリアの方で何らかの一大事(・・・)が起き、妊娠した。レギルはナタリアを守るために、早く結婚するしかなかった。



 レギル・アッヘル伯爵の肖像画とターシャを見比べてみたが、彼女は母ナタリアの肖像画に似通っているため、比較しても無意味な気がした。たとえ、「別の父親」がいても、「その男」の肖像画がないのだから、比べようがない。


 あと二つ重要な事項がある。

 一つは、ナタリアたちの結婚を強く押し進めた人物が、やはりレギルの母である先代アッヘル伯爵夫人であったこと。彼女が息子夫婦について”何か”知っていたのかどうか――それによって、彼女の言動はこの推察を肯定も否定もする。

 もう一つは、レギルとその後妻マーガレットが夫婦になって四年が経つが、子が生まれる兆しがないこと。そして、ナタリアとの間の子も、疑惑の子であるターシャ一人のみだということ。



 さらに、追い打ちをかけるのがウィルの婚約者シルヴィアからの手紙だ。


 お茶会でのターシャは、アッヘル伯爵領内で細々と埋もれていたとは思えないぐらい貴族特有の駆け引きに長けていた……らしい。礼儀作法もそつなくこなし、淑女教育を相当積んだものと思われる技量だったそうだ。


 そんな姿が……ルークには想像できないのだ。以前騎士団駐屯地で出会った彼女からは、そんな洗練されたものは感じ取れなかった。

 ルークの中の認識と手紙の中の彼女には落差がある。まるで人が変わったようにすら思える。


 もちろん、ルークが知っているターシャは一回言葉を交わしたあの時だけだ。だが、あの時の彼女は駆け引きできる、というより、もう少し純粋な一面を感じられた。ルークの「初恋の君」と錯覚するような無垢な雰囲気があった。


 この一週間ちょっとで、ターシャに何があったというのだろう。


「殿下、ターシャ・アッヘル伯爵令嬢が待っておられます。急がれた方がよろしいかと」

 ルークの侍従マーカスが、淡々と言葉を述べる。

「わかった」

 トマスの息子というだけあって、適切な距離で適切な発言ができる男だ。


 ルークはもう一度呼吸を整えた。


 庭園の小道をゆったりとした動作で歩いていく。東屋に向かうと、ピリッと神経が尖っていくのを自覚する。

 時空にわずかなひずみが出来ている。これは、「魔法」の残滓だ。


 残滓の出どころは、東屋に座る人物からだった。


「……こんにちは。待たせてしまったかい?」

 その人物は、ルークの声掛けに気づき、椅子から立ち上がって片手でドレスの裾を持った。


 真正面に立つと、背筋がぞわぞわと逆立っていく。


「ルーク殿下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」

 ターシャ・アッヘルは、綺麗な翡翠の瞳を瞬かせ、一度目に会った時と変わらぬ微笑みを浮かべた。


 ただ、彼女の首に掛けられて襟の下に隠された”ネックレスらしき物”から膨大な魔力が漏れていた。

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