お茶会の影たち
次回は、明日の18:00に投稿します。
「アイリーン様のおっしゃる通り、これは”アメジスト”ではなく”ナノシタル”と呼ばれる人造石――つまり、”模倣宝石”です。夜のシャンデリアの灯りに照らされれば、色が変わります」
まあ、とイオレが声を上げる。
「模倣宝石の存在は知っていたけれど……本物は初めて見るわ。……近くで眺めてみても?」
「もちろんです」
ターシャの返答に騒ぎを遠目から窺っていた子爵・男爵令嬢数名も彼女の元に集まる。
「まあ、模倣宝石って思ったより宝石らしいのね」
「でも、せっかくイオレ様のお茶会に偽物を身に着けるなんて」
「どうでしょう。アリかしら?」
「イオレ様がよろしいなら、よいんじゃなくって?」
皆の視線がイオレに集まる。その傍らでダフネは怒りと羞恥で顔面を真っ赤にして震えていた。
モアナはそっと俯いて笑みをこらえた。――あとは、ターシャ様次第だ。
「……ターシャ様、偽物を身に着けた理由を伺ってもいいかしら?」
その一声は、東屋から距離を置いて控えているモアナの耳にもはっきりと聞こえてきた。
そっと指先を丸める。
大丈夫。全てこちらの予想通りだ。あとは、主がきちんと対処できるか――。
「なぜって、言われましても」
モアナの主は、ふふっと笑い声をあげた。
「イオレ様こそ、お気づきなのではないですか? 偽物だから価値がない、というのはラトヴィア帝国内の価値観だと。ここ二三年でその価値観がひっくり返りつつある、と。……ご存じでしょう?」
イオレが、まあ、と再び声を上げる。少し機嫌の良さそうな声色だった。
「意地悪言わないで、説明してちょうだいな。あなたの考えを、ここで話してちょうだい?」
では申し上げます、とターシャが声を大きくする。
「”ナノシタル”を作る過程で使われる高温炉――あれは、南方諸国には『魔法』がない……という弱点を克服する要の一つです。わたくしたちの国は、南方諸国の先進的技術――カガク技術において遅れを取っています。これは五年後、十年後、二十年後のことを考えると、よくない兆候です。
既に帝国の富裕層の平民向けに模倣宝石は流通しつつあります。偽物か本物かだけで判断するのは、わたくしたち貴族の驕りです。『流通しつつある』ということは平民の――帝国国内の大多数には模造宝石に価値を見出している、ということですわ。
その魅力はもちろん、技術力の高さです。わたくしたちが目に映してこなかった”新時代”の技術なのです」
新時代……と”調整係”の男爵令嬢が呟く。
「ええ。わたくしたち貴族が”新時代”に気づかず、南方諸国を下に扱っているうちに……『魔法』以上に有効なカガク技術が生み出されるかもしれません。その前に手を打って、貴族内に模造宝石の技術力を理解する方々が必要です。……そして、高温炉を含むカガク技術の有用性を向こうが”秘匿技術”とする前に、模造宝石の取引で友好関係を築き、技術の交換を行う――とか? いかがでしょう?」
子爵令嬢の一人がはっと息を呑み、イオレに向かって目を瞬かせた。
イオレがふふっと笑い声を上げる。
「礼儀正しいだけではなく、なかなか聡い方なのね?」
「『中継ぎ婚約者』は次期帝国を担う皇族たちを隣で支える存在です。わたくしは伯爵家出身で、淑女教育も浅いので、せめて些細な新しいことに目を向けなければならない……と思いました。
……お目汚し失礼致しました」
「いいえ。面白い余興を見させていただいたわ。――ねぇ、ダフネ?」
ダフネの表情は強張っている。手に持った扇子がぶるぶると震えていた。
「あなた、何か言うべきことがあるのではなくって? だって、家を侮辱されたと誤解して伯爵家の令嬢の手を扇子打って、謝りもしないなんて……淑女として、どうかしら?」
「…………そうですが、誤解されやすい物を身に着けるのも一種のマナー違反なのでは?」
なんとかして己に非がない、と主張したいらしい。
確かに、その点については違反と言われると反論が難しいが……。
「えぇっ! でもぉ、ダフネ様は次期皇妃として物事に精通する方ですよねぇ? なら、模造宝石……なんていう発想なかったんですかぁ?!」
場の空気が凍りつく。もちろん、発言したのはアイリーンだ。
「もし、ターシャ様のおっしゃるカガク技術を得る……っていうことなら、まずは宝石の真贋を見抜く力も必要ですよねぇ? しかも、この石は光の種類によって色が変わる……見抜く方法も簡単ですぅ。しかも、平民たちにはとっくに知られている宝石ですっ!
それを誤解されやすい物だとかなんとか言ってもぉ……それを知らなかったダフネ様の怠慢とも受け取れますぅ」
「なんですって!!」
「だって、イオレ様はご存じのようですしぃ? ……ですよね? イオレ様」
アイリーンの赤い瞳がきらきらと輝く。ダフネという自分より高位の令嬢を貶していると思えない、無邪気な笑顔だった。
ダフネが険しい顔つきを隠しもせず、イオレの方を睨む。モアナは息を潜めた。――アイリーン様は、見定めようしているのだ。イオレ様がダフネ様の味方をするか、否かを。
ダフネがここで孤立して大恥をかけば、リーンシュタット公爵家は『候補』として大きく一歩リードする。『候補」としてその気がある、という証明にもなる。
逆にダフネの味方をすれば、『候補』としてやる気がないということになるのだろう。ダフネに味方するということは、ダフネの恥を自らも被るということだ。
「そうねぇ……」
はーっとイオレが長く息を吐く。
「知らなかった、と言えば嘘になるわね」
さっとダフネの顔色が悪くなる。数拍の沈黙の後、大声を上げた。
「ミシル! オフィーリアとリズベットが来たら、帰るように伝えなさい! いいわね!」
ミシルと呼ばれたダフネの侍女が、ぺこりと頭を下げ、ダフネと共に庭園入口へと早足で去っていく。
――やはり、『候補』のモルガン侯爵・ラーゲン侯爵家令嬢はダフネの派閥らしい。リーンシュタット家とレオニール家の交流に注目していてその辺りの情報に確証がなかったから、これはいい収穫だ。
「勝負あり――のようだな? どうやら、リーンシュタット家の姫君は”本気”のようだな」
「そうとも言いきれないわ」
モアナの背後に控えていた馴染みの護衛騎士に言葉を返す。
東屋の騒ぎで自分たちの会話は聞こえていない。
「イオレ様は、『知っている』とは言ったけれど、これって後出しで発言したものだから、効力は薄い。ダフネ様を追い詰めはしたけど、あの方も公爵家令嬢だから怒りが収まればその抜け道に気づくはず。そうしたら、『知っているふりをした』と逆に噂を広め、同じ土俵に引きずりおろすこともできるわ。その抜け道にイオレ様が気づかないはずがない。
だとしたら、今回の一件はお茶を濁した可能性が高いわ。噂が流れようと流れまいと、イオレ様はどちら寄りにも見せることもできる。まあ、もしダフネ様が騒がれたら、得をするのはターシャ様のような『候補』の中でも下位の令嬢たちよ? ダフネ様は本当に『ふりをした』って悪あがきをするかしらね……」
おそらく、そこまでイオレは計算済みだ。彼女の頭の回転の速さには舌を巻く。本当はダフネよりよほど「筆頭候補」と言えるかもしれない。
「悪あがき、か……」
護衛騎士が笑う。
「相変わらずやり方があくどいな。アッヘル家の”智”は」
「まだ序の口でしょう。それと、その呼び名止めてちょうだい。恥ずかしいわ」
「おいおい、俺にそんなこと言っちゃっていいのか? せっかくお望みの情報を取って来たのに。ターシャお嬢様の”模様”について。母君のナタリア様の実家について。銀のロケットペンダントについて。知りたくないのか?」
「それを先に言いなさいよ」
「で、どの情報がお好み?」
モアナはそっと背後に視線を流した。
「全てよ」
「はいよー」
ふっと背後の気配が消える。振り返ると男の姿は消え、エプロンドレスのポケットに重みがあった。
手でポケットの中を探る。黒色の球体――記録装置だった。
『お礼は、俺の弟と喫茶店デートってことで! そして、いつかは弟の嫁に――』
球体に触れて最初に聞こえてきた”声”にため息をつく。
使えるものは使う主義だが、この胡散臭い情報屋に気に入られたのは不運としか言いようがない。
「最後に勝つのは、わたしですからね?」
モアナのひとり言は、そよ風に吹かれて消えていった。




