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「お題」

 次回投稿は、今夜の23:00になります。

 よろしくお願い致します。


 お茶会は皇宮庭園の東屋。指定されたドレスコードは、白。お茶会の参加者は、『候補』全員とリーンシュタット家の派閥に与する下位貴族の令嬢。子爵家の令嬢三人と、男爵家令嬢二人。

 参加者の合計は、十二人。

 モアナの分析によると、子爵家令嬢三人はイオレ様に情報を与える”眼”となる存在。男爵令嬢二人はお茶会の空気を変える”調整係”――彼女たちにどう対応するかが、おそらくイオレからの「お題」となる。


 ドレスコードの白を基調としたAラインのレース調のドレスに身を包んだターシャは、このお茶会で達成すべき目標を考えた。口元を隠す扇子は帝国風のドレスと異なり、異国から輸入された宝玉を連ねたものが垂れ下がっている。

――この宝玉は、ダフネ様に対するわたしたちからの「お題」です。

 そう言ったモアナは、含みのある微笑を浮かべていた。

 心臓がドクドクと音を立てる。

 緊張している。と同時に、口角が上がっていた。ダフネがどう「お題」に反応するかが気になった。

 どうかしている。ほんの一二週間前のターシャなら、小動物が怯える時のように縮こまっていたはずなのに。

 もう、こんなにまで変化していた(・・・・・・)。脳裏にはあのロケットペンダントがよみがえっている。

 モアナにペンダントのことをそれとなく話したら、調べてみると言うので預けた。だけど、わかる。距離が離れていても、あれ(・・)はターシャに影響を与えていた。実際、母との思い出も日に日に夢の中でよみがえっていく。

 今朝見た夢は、母が自分を抱きしめる記憶だった。ナタリアがそっとターシャを抱き寄せる時、体内に満ち溢れていた”何か”がすうっと抜け落ちていく。少し、怖い夢。


「ターシャ様、着きました」

 唐突に馬車の揺れが泊まる。皇宮庭園は宮殿と離宮との境辺りにあるので、徒歩ではなく馬車を使うのだ。

 対面で座っていたモアナは、先に馬車の踏み台に足を下ろし、馬車の扉を90度に開く。その横で馬車に付き従ってきたアッヘル家の護衛騎士がモアナの手助けをした。扉に手を添えると、モアナに対し小さく首肯する。

 モアナは扉を彼に任せ、ターシャに手を差し出した。

 そっと顔の下半分を扇子で隠しつつ、モアナの手を取って馬車を降りる。目線を庭園に向けると、リーンシュタット公爵家の菫色の紋章を身に着けた侍女が深々と頭を下げて待っていた。

「ターシャ・アッヘル様ですね?」

 軽く会釈すると、年嵩の侍女は顔を上げると、口元に微笑を浮かべた。

 場数の少ないターシャにはまだ読み取れない、感情を覆い隠した笑みだ。

「ご案内致します」



 お茶会はちょうどダフネがイオレと言葉を交わしている最中だった。『候補』たちのうち参上したのはターシャが二番目に早かったようで、東屋の席はかなり空いていた。だが、勝手に着席するわけにはいかない。席次については、主催者に権限がある。

 ターシャは扇子で顔を隠しながら、イオレの方を窺った。

 菫色のすらりと伸びた髪と同じ色の瞳。瞳は吊り眼だが威圧感はなく、長い睫毛に隠されていて妙に見入ってしまう。気位が高そうにも見えるが、語り口も伸びやかなせいか親しみやすさがあった。

 最も、それが彼女の付けた「仮面」……ということだろう。

「ちょっと失礼するわ」

 さかんに話しかけていたダフネを片手で制すると、イオレがこちらに歩みを進めてくる。白いリボンで腰周りを緩く縛った装飾のないドレスがそよ風に揺れてなびき、菫色の髪と合わさって花が咲いたかのようだった。


「あなたが、ターシャ・アッヘル様?」

「この度は、イオレ様のお茶会にお招きいただき感謝申し上げます」

 ドレスの裾を片手で摘まみ、腰の位置を下げて挨拶をする。上位に対する最上級の礼の作法。母が亡くなった後も時折練習していたので、まあまあの出来だと……思いたい。

 まあまあ、とイオレが扇子で口元を隠す。

「殿下が興味を持たれた方と聞きましたが……とても礼儀正しい方ですのね。安心致しました」

 それは、「分をわきまえている」という意味か。それとも、「自分の相手じゃない」という意味か。

 口元の笑みをキープしたまま息を整える。


 大丈夫。今日の目的はイオレ様の関心を程よく得ること。それと、ダフネ様の力量を確かめること――。

「――っ!?」

 バチンと手に熱が走った。

 見ると、ターシャの手袋の上に白色のレース地の扇子が叩きつけられていた。

 扇子の持ち主は、ダフネである。

「まあ。どうなさったの? ダフネったら」

 イオレがダフネの扇子を自分の扇子で払いのける。ダフネ、という呼び方が親しみ故か装ったものかはターシャにはわからない。

「どうなさった、ですって?」

 ダフネが低く唸る。

 打たれて熱を持った手が気にならないくらい心臓が音を立てる。


「見てわからないの? あなたが持っているその扇子の飾り、東方の(・・・)アメジストよね?!」

 しぃんと場が静まる。

「アメジストが採れる産地は、ピッカート伯爵領――わたくしの伯母チェルシー様が嫁がれた、忌まわしき地よ!!!」

 ダフネの父レオニール公爵は、姉を奪ったピッカート伯爵家を目の敵にしている……と噂されている。アメジストが市場に受け入れられていないのも、公爵の根回しがあるとかないとか。

「あなた……わたくしを侮辱するつもりでアメジスト(それ)を?!! へぇ……大した度胸ね。レオニール公爵家に喧嘩を売るつもり?」

 ダフネが醜い表情を隠しもせずに鼻で笑った。


「やはり、所詮伯爵家の令嬢は無知ってことね。……お可愛らしいこと」

 レース地の扇子を眼前に突き付けられる。

「おわかり? おまえは、貴族のご事情(・・・)すら知らない無知な田舎令嬢だ……ってことを皆様に晒したってことよ!」

 ターシャは慌てて扇子で顔を隠した。こみ上げてくる笑みが止まらなかった。ちょっと前なら、こんな風にくってかかられたら怖気づいていただろうに。

 今の自分には、モアナがいる。

 ターシャが口を開こうとした瞬間、


「えーーーーっ!!! それって、ホントーにアメジストですかぁ? わたしにはそう(・・)見えませんけどぉ?」


 その場の誰もが、声のする方を振り返った。

 ストロベリーブロンドの髪をポニーテールにした深紅の瞳の美少女が、ポカンと口を開けていた。

 アイリーン・ヴェルヴェリー伯爵令嬢――『候補』の一人。

 『候補』に選ばれた理由は――未知数の固有魔法(・・・・)魔眼(・・)』の保持者だから。


「それ、ナノシタルっていう人造石ですよねぇ??! 『魔法』が使えない南方諸国の高温炉技術で作られた”偽物ちゃん”」


 ダフネの空色の目が見開かれ、「は?」と間抜けな声が飛び出る。


「……あらあら」

 イオレが扇子で口元を隠し、くすっと笑い声をあげた。


 ターシャは今度こそ綺麗に笑みを浮かべてみせた。

――形勢逆転。こっちのターンだ。

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