父の考え
ルークは、父帝ゲオルグに呼び出され、王宮のさらに奥にある、少し離れて位置する離宮に向かった。王宮内のルークら家族の住むそれぞれの部屋はあくまでも「表向き」のもので、決してくつろげるものではなかった。間者が潜んでいる可能性は高い。離宮にこそ、信頼できる人間を配置していた。王宮が「戦場」なら、離宮は本当の皇帝家族の住まいである。
「父上、ルークです。参りました」
父の私室の前で名乗ると、中からトマスが扉を開けた。片手を扉に、もう一方を腰に差した短剣に添えていた。一応ルークではなく、賊が名を騙った場合に備えたのだ。ルークの姿を天辺からつま先まで捕らえると、腰に添えていた手を離し、ルークの前から退いた。
部屋に入ると、母である皇妃マリアがゲオルグの傍にいた。ゲオルグはトマスに「しばらく下がれ。用があったら、また呼ぶ」と命令し、部屋には三人が残った。
家族のみで会うのは、かなり前のことだ。家族団らん、という雰囲気ではないが、わずかに肩の力を抜いた。
「今日、中継ぎ婚約者の候補たちと会ってきた。候補たちの初見での印象を述べようと思ってそなたを呼んだ」
淡々と父は話し始めた。
ルークは父の意図がわからなかった。確かに候補たちとの顔合わせの儀は、皇帝自身が外側からの印象を探ることにある。儀礼上、ルークは明日から候補たちと『初めて』会うこととなり、今日ルークは候補たちと会っていない。父が候補たちから感じ取った私見を述べるのは慣習的には間違っていないが、父らしくないと思った。
父ゲオルグは、常に「己の眼で見、感じ取ったことを一番大事にせよ。その感覚が鋭敏になることを日々努力しなさい」とルークに教えてきた。その父が、ルークが意見を述べる前に個人的意見を言うなど、己の考えをルークの頭に先手で埋め込もうとしているみたいに感じた。
「父上、本当の理由は何ですか?」
父の目を真っ直ぐ捕らえる。
「父上が先に意見をおっしゃると、俺に先入観が生まれ、感覚を鈍らせます。わざわざ家族三人でここにいることに、他に理由があるのでしょう?」
ゲオルグはしばらく黙っていたが、隣で母マリアが「あなた、ルークを信じましょう」と優しく諭すように言葉を乗せると、やがて頷いた。
「率直に言おう。今回の中継ぎ婚約者候補についてだが、わたしに誤算があった」
「誤算、ですか?」
ルークには全く思い至らなかった。
「ターシャ・アッヘル嬢のことだ」
「……え」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
ターシャとは騎士団庁舎で会った。翡翠色の瞳を思い出す。幼い頃、ルークが恋した令嬢と似ていて、気になっていたが、父はルークの〝想い人〟の容姿どころか存在すら知らないはずだ。
「騎士団庁舎で、アッヘル家の『候補』と会ったと聞いた。まあ、その出会いはアッヘル家の用意した〝必然〟だろう」
ルークが考えを巡らしているうちに、父は話を続ける。
「ただ、ダフネ・レオニール嬢に見向きもしないそなたがアッヘル家の令嬢に声を掛けたと聞いたので、な。トマスに彼女の身辺を洗わせた」
「……その報告が、良くなかったのですか?」
ルークの声がかすれた。父は、息子に警告をしに来たのだろうか。
ゲオルグは首を横に振った。
「いや。彼女自身には問題ない。しかし、今日、大広間でターシャ嬢を見て、驚いた。……こうも顔立ちが〝似る〟ものかと……」
「ターシャ嬢と似ている令嬢を知っているのですか!?」
ルークの声が大きくなった。
もしかしたら、その人こそルークの恋したあの令嬢だろうか。
「その令嬢のことは、そなたに話せない」
「なぜですか!?」
ルークが食ってかかると、母が「落ち着きなさい。陛下の御前ですよ」と静かに声を掛けた。
「その令嬢のことは、我が国家の重要機密だ」
「……は?」
「中継ぎ婚約の件が佳境に入ったら、いずれそなたに話そう。よって、わたしからそなたへの忠告は『ターシャ・アッヘル嬢を選ぶのなら、慎重を期すように』の一言だ」
ルークはゲオルグをじっと見つめたが、父はこれ以上何も話すつもりはなさそうだった。
「……わかりました。頭に入れておきます」
母が心配そうにルークを見つめていたが、その視線を振り切って、ルークは部屋を出た。
――ウィルを呼ぼう。今は、ターシャ・アッヘルのことを調べる。
そうすれば、ルークの十一年前に庭園で出会った令嬢にたどり着く。細い糸口であろうと、絶対に逃さない。
そう決意したルークは、これから自らが令嬢と面会するためしばらく身を置くことになる「王宮」の方へ歩んでいった。
「……良いのですか?ゲオルグ様」
まだ部屋に残っていたマリアが夫の真意を測るように尋ねた。
「少しは、ルークに令嬢について話せば良かったのでは?重要機密ではない情報もあるのでしょう?」
「これで良い。あれは勝手にターシャ嬢について調べ始める。こっちが話す頃にはある程度情報を得るかもしれないな」
ゲオルグの頭にラトヴィア商会のザイクの名が浮かんだ。ゲオルグが知っている顔はザイクの父の方だが、狸そのものの男だった。息子も同じく商才があると聞く。
あの男なら、こちらの機密事項を知っているかもしれん。相応の金を積めば、少しはルークに情報を垂れ流すか……。
なら、こちらも限度を超えた情報を流すなと、金を流さなければいけない。
「女に全く興味のないルークが少しは気に掛けた令嬢だ。焦らすのも、悪くはないだろう」
このまま息子が「恋」をせずに過ごしていたら、レオニール家のダフネをすすめるのも良案と考えていた。レオニール家のクマグスの姉には多少後ろめたい気持ちもある。彼女が良い相手に巡り合えたから良かったが、クマグスがそのことで「皇妃」の座に執着していることも、長年接してきて悟っていた。
とはいえ、ルークに「春」が来るかもしれない絶好の機会だ。我が子がゲオルグの言葉に奮起して成長するのを待つしかない。
「『陛下』の顔になっていますわ」
妻がにっこり笑って、ゲオルグの肩に手を置いた。
「この離宮の中では、わたくしの『夫』でしょう?」
「そうだな」
凝り固まった無表情を緩め、そっとマリアを引き寄せた。
マリアは慈愛溢れる優しい表情を浮かべ、ゲオルグに寄り添った。




