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皇帝陛下との謁見

 ターシャたちが王宮に着いて早々、「皇帝陛下との謁見」の儀が準備されており、すぐに大広間に向かう運びとなった。

 この「謁見」の儀は、歴代の中継ぎ婚約の手続きの始まりを意味し、皇帝直々に〝候補〟たちの品定め(・・・)をするのだ。

 今回の候補たちは、公爵家から二人、侯爵家から二人、伯爵家からはターシャ含め三人の令嬢が送り込まれてきた。それぞれの家の格の順に広間に入ることになっていて、宰相クマグスの娘ダフネが最初に参上するらしい。伯爵家のターシャはだいぶ後に回されるだろう。

 別室で待機する間、ターシャはモアナら侍女たちにドレスの着替えと化粧を薄く差されていた。ドレスは先日ザイクの商会で購入したモスグリーンの、ターシャの瞳に合わせた品物だった。ターシャは今までこれほど高価な品々、ましてや化粧などしたことがなかったので、侍女たちの熱意にたじたじだった。

「一段とお美しいですわ……」

 満足気に栗色の髪をハーフアップにしたモアナがほうっとため息をついた。仕上げに紅を薄く唇に差す。

 実のところ、化粧でここまで顔形が変わるものか!、とターシャは驚きを隠せなかった。

 鏡を見つめているうちに、皇帝の侍従が迎えに来た。

「ターシャ様、こちらを……」

 モアナがそっとターシャの襟元付近に今朝手首に吹きかけた香水をそっと吹きかけた。爽やかな風のような香りがターシャを包む。

「ほんの微かな香りですので、二度お付けになっても問題ないかと。これは、ターシャ様のお守りです」

 安心させるような笑みをモアナが浮かべている。ターシャの胸は温かい思いでいっぱいになった。

「行ってくるわ、モアナ」

「いってらっしゃいませ」

 侍従に連れられて、ターシャは部屋をあとにした。




「レギル・アッヘル伯爵ご令嬢、ターシャ・アッヘル様のご入場です!」

 広間の扉が開かれ、ターシャは扇子でそっと顔を覆い隠し、伏せ気味に入場した。

 他の候補たちはすでに呼び出され、ターシャが最後の一人だったらしい。六人の令嬢がターシャに背を向けて、皇帝に向かって礼をしていた。

 大勢の貴族が玉座の両側に並び立ち、値踏みするようにターシャの全身に視線を当てる。

「あれが、ルーク様の……」

「自らお声を掛けられたとか……」

 ひそひそと話される言葉の端々を聞きとり、ターシャは緊張で頭がくらくらしてしまいそうになり、背筋を伸ばしているだけで、精いっぱいだった。

 伯爵令嬢なので、ターシャは一番皇帝から遠い、候補の令嬢方の後ろについた。顔を伏せ、ドレスの裾を持って優雅に礼をする。五年間、マーガレットに使用人扱いされても、この礼儀作法が身についたままで良かった、と思う。実母は淑女としての立ち居振る舞いには厳しく、甘い判定は出さなかった。それがここで役立つとは。

「ふむ……。礼儀はなっているようですな」

「〝召使い〟同然の野生(・・)の花かと……」

 ……わたしが実家で継母から受けた仕打ちはもう知られてる!

 貴族の情報網はちょっとの欠片も取りこぼさないようだ。

 伏せた顔を引きつらせそうになりながら、ターシャは皇帝の第一声を待った。

「候補が全員、揃ったようだな。皆、顔を上げよ」

 低音のよくとおる声が、広間に響き渡った。

 候補たちも、広間の貴族たちもいっせいに玉座の方を見上げた。

 年をめして、威厳の加わったルーク殿下、といってもいいだろう。父子は口髭を伸ばしていること以外は、顔立ちはそっくりだった。

 その隣に座っているのが、皇妃で間違いなかった。ダークブラウンの長い髪をゆるやかに垂らし、穏やかな気性をうかがわせる髪と同じ色素の瞳。時には大胆な行動をとる陛下を止める役割を果たす、との噂だ。

モアナと事前に行った予習によると、中継ぎ婚約者時代を経て、そのまま結婚したという。陛下は、皇妃を『候補』時代に見初め、皇族では珍しい恋愛結婚だったとか。

 中継ぎ婚約者が婚約を解消される一番の理由が、皇族の『別の異性との婚姻を結ぶ意向』を示した時だが、その婚姻ですらも政略結婚であることが多い。現皇帝が皇妃と結婚できたのは、婚約時代から着々と積み上げた実績と、貴族からの信頼、皇妃自身のたゆまぬ努力の結果だった。皇妃が公爵家出身という、結婚に問題ない血筋であったことも理由の一つだ。

――あと、皇妃様が、『魔法』持ちで希少な治癒の魔法を使えることが、最大の理由。

 ルーク殿下も、皇妃様の血を引いて、治癒魔法が使える、とモアナが言っていた。

『ダフネ様のレオニール家が本当は、当時の陛下との婚約候補筆頭だったのですが、陛下がすでに皇妃様との婚姻のための障壁を全て取り払われたあとだったので……。どうしようもなかったようです』

 当時のレオニール家の婚約者筆頭だった宰相クマグスの姉はその後、東方の貴族と大恋愛をし、一族の反対を押し切って幸せな結婚をしたらしい。なら、結果的に良かったではないかと思うのだが、宰相クマグスは未だに一連の出来事を根に持っているようで、娘のダフネに「絶対に皇妃となるように」と言い聞かせて育てたようだ。

 今、最前列にいるダフネ・レオニールはアッヘル邸を立ち去った時との醜悪な顔は微塵もない。完璧な、淑女の微笑みだ。

「これから、候補たちには、いくつかの試験を通って、最終的に中継ぎ婚約者としてふさわしいか判断させてもらう」

 わずかに息を吐いて、陛下はまず、と続けた。

「婚約者として、我が息子との性格等の相性が合うか確かめたい。……トマス」

 侍従頭を務める、先ほどターシャを案内した男が陛下の傍に立った。

「候補の方々には、ルーク殿下との面会の機会を設けます。また、ルーク殿下自身の気分で候補の方の部屋を訪れるかもしれません。殿下との会話の種類はどのようなものでも構いません。候補の方自身にも、殿下との相性が合うかどうかお確かめください。相性が合わず、殿下の『候補』を辞退なさっても引き留めはしません」

 陛下の考えを端的に淡々と述べていく。

「最後に、候補の方々が有意義な時間を送られることを、お祈りしています」

 そう言って、トマスは一礼をし、その場を下がった。


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