出会う
急遽あつらえた観客席に二人で座っていると、六等騎士たちの話し声が聞こえてきた。
「トールも懲りないよな~」
「ホント。ルーク殿下に剣での試合に勝てたことないのに」
「三本勝負のうち、一本も、な」
「……トール?」
ターシャが首を傾げると、モアナがすぐに説明してくれた。
「トール様は、父君がタナスハント公爵様です。今は二等騎士の位にお就きになっていらっしゃいますが、いずれ一等騎士に就任されるのは間違いないでしょう。軍事・武芸の才能に秀でており、次期将軍候補でもあります」
そうこうしているうちに、殿下一行が到着したのか一気に騒がしくなった。六等騎士たちが遠くからやってくる三人組に一斉に群がる。騎士たちが集まりすぎて、殿下の姿は全く見えなかった。
ターシャは目を丸くした。殿下の御前だ。騎士の礼を取るのかと思ったら、普通に近寄って会話をしている。かなりくだけた雰囲気だ。
「殿下からの願いで、騎士の礼は皇帝陛下の御前以外では取らなくてよいことになっているのですよ、ターシャ殿」
ターシャとモアナの隣で、例の上司の騎士――イラスが言った。
ようやく人だかりが散り、三人の姿が見えた。
右側はがっしりとした体つきの目じりの垂れた優し気な風貌の男だった。左側はその男と真反対のタイプだ。目つきが鋭く、丁寧に切りそろえた髪は、いかにも貴族風な男だった。
そして、真ん中は――第一皇子ルーク殿下に間違いなかった。
――なんて、綺麗な人だろう。
ターシャはその美しさに呆然とした。きらきらと反射する金髪、海より深い青の瞳。女性が羨ましがりそうな陶器のような白い肌。口元に溶かし込んだ微笑が人形のような美しさではなく、温かみを与えていた。
言葉を失っていると、イラスがくすっと笑った気がした。
「美しいでしょう、殿下は。大体のご令嬢が目が合うと顔が赤くなります」
「……確かに。納得がいきます」
ルークが広い練習場の真ん中に向かった。筋肉質な男――モアナがトールだと耳打ちしてくれた――もついていく。モアナによると、目つきの鋭い男はウィルというらしかった。
二人が剣を抜きはらい、構える。途端に六等騎士たちもぴたっとおしゃべりをやめ、真剣に様子を見つめていた。審判らしき男が二人から少し離れた場所から声を上げる。
「はじめっ!」
瞬時にトールの方が斬りかかった。ターシャには早業すぎて、ついていけなかったが、気づいたときには、ルークがトールの刃を受け流していた。トールもそれを予測していたのか、構えを素早く戻そうとして――ルークがあっという間にトールの出した隙を突く。トールが避けようと一歩下がるが、少々バランスを崩した。あとは、ルークの攻勢一方だ。勝敗はすぐに決まった。
「ルーク殿下っ、一本」
審判の一声でターシャはほうっと胸をなでおろした。剣術試合は想像以上に迫力がある。まさに手に汗を握る、の状態だ。
そして、二試合目――。今度はルークが攻撃に出た。トールは隙が生じるのを待つ体だ。しかし――ターシャは驚いた。ルークには隙が無い。攻撃していても、どこに隙が出るか計算してあるように見えるのだ。隙をトールが突こうとしても、すぐに防御の構えに転じている。明らかにルークの方が一枚上手だった。
異変が起きたのは、その時だった。
ルークがほんの一瞬こちら――観客席の方――を見たのだ。ターシャは呼吸が止まった気がした。ルークとターシャの視線がぶつかり合ったのだ。ルークが驚愕の表情で、防御の構えが完全に崩れた。トールが一気に前に出て、ルークの剣を柄ごとはねる。手元から剣がからんと音を立てた。
「トールっ、一本」
演習所内が大きくどよめいた。イラスも動揺をあらわにした。
「どうしたのだ、殿下は。あんなところで構えを解くなど」
すると、ルークがとんでもない行動に出た。まだ試合が終わってないのに、ターシャたちの方へ歩いてきたのだ。
「おい、ルーク?まだ試合、終わってないぜ」
トールが大声で呼びかけるが、応答はない。トールもターシャたちの方を振り向いた。
ガシャンっ
トールの持っていた剣が地面に落ちた。
「……マジかよ……」
トールの呟きが風に乗って、ターシャの耳に届いた。
何が起こっているのかわからなかった。ターシャはただその場に立ち尽くしていた。
観客席に着いたルークがターシャンの目の前に立つ。モアナがドレスの裾を引っ張り、やっとターシャは我に返った。ドレスをそっとつまみ、腰をかがめて礼をする。
「君の、名前は?」
ルークの声が強張っている気がして、委縮してしまう。
「こちらは、アッヘル伯爵家のターシャ・アッヘル様にございます」
すかさずモアナが助け舟を出した。
「年は?いくつになる?」
「……今年で、十六になります、殿下」
ようやくターシャは声を上げた。
「……そうか」
下を向いているのに、なぜかルークが落胆したのを感じた。
「顔を上げてほしい」
ゆっくり言われた通り顔を上げると、ルークがはっと息をのんだのがわかった。声を発さず唇だけが動く。
『似ている』
そう言葉を紡いだ気がした。
「ルーク!」
大声を上げてトールが走ってきた。




