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いざ、ドレスを作りに!

 改めて邸の外に出たターシャは、絶句した。

 アッヘル伯爵邸は今まで住んでいた屋敷よりもずっと広い。だが、眼前には同じくらい、否、それ以上の広さの建物がどっしりと道を挟んで並び立っている。何より圧倒されたのは、大通りを歩く人の数だ。ターシャは最初、てっきり馬車で洋装店に行くのかと思っていたのだ。とてもじゃないが、馬車の通れる隙間などありはしなかった。

「こんなに人通りがあるとは思わなかったわ。治安も問題なさそうね」

 練り歩いている人々は皆、ターシャより裕福そうな、衣服を着た紳士淑女方だった。

「はい、ターシャ様。帝都・ルドルブにおいて、上流階級層が住まわれるこの辺りは常に衛兵が見回りをしております。事件などほぼ起きたことがございません。ご安心ください――これをお渡しします」

 モアナがそっと差し出したのは、小さな赤い石の埋め込まれたネックレスだった。

「これは?」

「このネックレスを身に着ける限り、ターシャ様はアッヘル伯爵家当主様の庇護下です。要するに、護衛が影から付き添います」

 ネックレスを受け取ったターシャはつい辺りをきょろきょろ見回した。護衛の影、気配すらない。

「護衛は、ターシャ様がお気づきにならないように心得ておりますので。常にネックレスはお付けください」

「わかったわ」

 ターシャは、頷き、ネックレスを付けた。



 モアナが御者に告げた行先はなんと『ラトヴィア帝国商会』関連の高級洋装店だった。目的地に着いたとき、ターシャの顔がさっと青ざめた。

「モアナ、こんな高級な店……」

 前々から潜在していた不安がターシャの心を染めていく。やはりミヒャエルの言っていたような『候補』としての気軽さは微塵もなかった。

――こんなわたしで、本当にいいの?

「お久しぶりです、モアナ嬢」

 奥からいかにも商人気質の男が目をきらきらさせながら、やってきた。

「こんにちは、ザイク。今日はアッヘル家『中継ぎ婚約者候補』となられたターシャ様用の衣服を作っていただくため参上しました」

「おお、そうですか」

 ザイクと呼ばれた男はターシャに向かって、お辞儀をした。

「初めまして、ターシャ様。ラトヴィア帝国商会洋装部本店担当長のザイクと申します。以後、お見知りおきを」

「……は、はい」

 緊張で言葉がつっかえそうになる。かろうじて、幼い頃に叩き込まれた作法通りのお辞儀をした。

 ザイクは笑顔を崩さず、ターシャを見つめ、うんうんと頷いた。

「愛らしいご令嬢ですね。我々の腕も鳴りますよ」

 モアナの表情がぱあっと輝く。

「そうなのですよ!お人柄も優しく、気品があるのです」

「全くですな。この白い肌には淡いお色よりも鮮やかなお色がよろしいかと」

「はい!」

「……えっと。モアナ?」

 二人の会話に入る隙がなかった。何だかどんどん話が進んでいる気がする。

「こちらの深い青はいかがでしょう。底の見えない真っ青な海をイメージいたしたのですが……」

「まあ。素敵!」

「……モ、モアナ?」

 当のターシャの存在はすっかり忘れられていた。

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