↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/24

第22話 嬉しいって言ってるじゃん

「陽葵、今日また多いね」


「何が?」


「列」


「見なくていいって」


「何でよ」


 物販開始前の楽屋で、杏奈がモニターへ顔を近づけている。先週のドラマ放送から、明らかに変わった。私の列が長くなった。一度だけなら偶然だと思えたけれど、今日も同じだった。


 美月ほどではない。でも、以前なら私より列が長いことの多かった沙耶や杏奈と、ほとんど同じ。日によっては少し上。


「十三、十四……」


「数えないで!」


「調査です!」


「何の!」


「人気動向」


「スタッフに任せようよ!」


「自分のグループの数字を知るのは大事」


「杏奈が急に運営みたいなこと言い出した」


 沙耶が呆れている。


「Picstaの数字も増えてるよ」


 杏奈は気にしない。


「Talkyも」


「知ってる」


「見てるじゃん」


「通知は来るから」


「じゃあ喜べばいいのに」


「喜んでるよ」


「その顔で?」


「どんな顔?」


 鏡の前にいた美月が振り返る。


「考えすぎてる顔」


「……また?」


「また」


 最近、ずっと言われる。顔に出る。


 演技の時は自分でも驚くほど相手へ集中できるのに、普段はどうやら考えていることがかなり分かりやすいらしい。


「陽葵」


 美月が私の前へ来る。


「リボン曲がってる」


「え?」


「左」


 自分より先に、私の衣装を直す。最初のライブの日から変わらない。


「ありがとう」


「うん」


「あと」


「何?」


「この前のこと」


「どれ?」


「物販」


「ああ」


「ごめんね」


 口にした瞬間。美月の手が止まった。


「何が?」


「私の列」


「……は?」


 空気が変わった。杏奈がモニターから顔を上げる。沙耶も、琴葉も。


「いや」


 私は慌てる。


「前まで美月が一番で、その次が――」


「知ってる」


「最近私が急に増えたから」


「だから?」


「嫌じゃないかなって」


「前もそれ言ったよね」


「うん。でも」


「私、嫌だって言った?」


「言ってない」


「機嫌悪かった?」


「なってない」


「じゃあ何で謝るの?」


 言葉が詰まった。


「美月」


 沙耶が少しだけ止めるように呼ぶ。


「うん。分かってる」


 美月は怒鳴ってはいない。でも、明らかに怒っていた。


「陽葵」


「はい」


「私、嬉しいって言ってるじゃん」


「うん」


「ドラマ決まった時も」


「うん」


「列増えた時も」


「うん」


「人気上がった時も」


「うん」


「全部、おめでとうって言った」


「言われた」


「なのに何で」


 一度、息を吐く。


「勝手に私を、陽葵が売れたら嫉妬する人にするの?」


 胸に刺さった。


「そんなつもりじゃ」


「じゃあ何」


「美月が」


「うん」


「センターだから」


「それで?」


「ずっと一番だったから」


「だったら?」


「私が急に近づいたら、嫌かもしれないって」


「それ」


 美月の声が少し強くなる。


「陽葵が決めることじゃないでしょ」


 最近。何度も聞いた言葉だった。迷惑かどうか。四人が困るかどうか。


 私が先に決めない。沙耶に言われた。でも、今、同じことを、別の形でまたやっている。


「……ごめん」


 口から出た。その瞬間。


 美月が目を閉じた。


「それ」


「え?」


「それだよ」


「何が?」


「すぐ謝るの」


「だって今は」


「私が怒ってるから?」


「うん」


「じゃあ何に謝ってる?」


 分からなくなった。


「嫌な気持ちにさせたこと」


「陽葵」


「うん」


「私が怒ったら、陽葵が謝れば終わる?」


「そういう意味じゃ」


「じゃあちゃんと話して」


 楽屋が静かだった。スタッフはまだ来ない。五人だけ。


「私」


 美月が続ける。


「陽葵に売れてほしいよ」


「うん」


「女優の仕事だって、もっと取ってほしい」


「うん」


「ルミサンでも人気出てほしい」


「……うん」


「でも」


 私を見る。


「ずっと私より下でいてほしいとは思ってない」


 その言葉に、何も返せなかった。


「センターだから、一位じゃなきゃいけないとは思ってるよ」


「やっぱり」


「でもそれは私の問題」


「……うん」


「陽葵が私に遠慮して、人気増えないようにできるわけ?」


「できない」


「物販来た人に『美月がいるんで帰ってください』って言う?」


「言わないよ!」


「でしょ」


「でも」


「でも何?」


「美月だって悔しいでしょ」


「悔しいよ」


 即答。


「え」


「陽葵の列が私より長くなったら、普通に悔しいと思う」


 思っていた答えと違った。


「でも」


 美月は続ける。


「悔しいのと、陽葵に売れてほしくないのは別」


 奈々の言葉を思い出した。上手い。


 悔しい。両方。


「……そっか」


「そっかじゃない」


「はい」


「私を勝手にいい人にも悪い人にもするな」


「いい人にも?」


「陽葵が売れて全部嬉しい、悔しくも何ともない聖人みたいなのも違う」


「美月、自分で聖人って」


「例え!」


 少しだけ、杏奈が笑いそうになって止めた。でも、まだ笑える空気ではない。


「分かった」


 私は言う。


「何が?」


「美月がどう思うか、美月に聞く」


「それ」


「勝手に決めない」


「うん」


「謝る前に」


 言いながら。少しだけ詰まった。


「話す」


 美月が私を見る。


「……うん」


「ご――」


 また出そうになった。止める。


 美月が気づく。


「今は言ってもいいけど」


「どっち!?」


「今のはちゃんと謝る場面だから」


「難しいよ!」


 杏奈がついに吹き出した。


「判定厳しすぎる!」


「杏奈は黙ってて」


「はい!」


 少しだけ、空気が戻る。でも、美月はまだ完全には笑っていなかった。


     ◇


 物販が始まる。今日は、自分の列をなるべく見ないようにした。


「ドラマ見ました」


「ありがとうございます」


「今日二回目」


「え、本当?」


「先週初めて来て、また来ました」


「嬉しい」


「ルミサン楽しい」


「もっと嬉しい」


 言って。本当にそう思う。演技で私を知って。ルミサンへ来る。


 私だけではなく。五人を見る。望んでいたことだ。なのに、その結果として自分の人気順位が上がると、美月のことが気になる。


 矛盾している。


「陽葵ちゃん?」


「あ、ごめんなさい」


 ファンに声をかけられた。


「大丈夫?」


「大丈夫です」


「疲れてる?」


「ちょっと考え事」


「仕事?」


「そんな感じです」


「無理しないで」


「ありがとうございます」


 今度の「ごめんなさい」は、話を聞いていなかったから、これはいい。たぶん、判定が難しい。


     ◇


 ライブ本番、ステージへ出れば。さっきのやり取りは一度置いた。美月はセンター。私は右後ろ。


 いつも通り。曲が始まる。美月を見る。強い。


 やっぱり。この人が前にいると安心する。人気が何位になっても、そこは変わらない。二曲目。


 杏奈の煽りに琴葉の歌が重なる。


 沙耶の視線。私は客席へ返す。MC。


「今日初めての人ー!」


 杏奈が客席へ振ると、いくつも手が上がる。


「ドラマ見て来た人いる?」


 いくつか上がった。


「おお!」


 私が声を出す。


「陽葵効果!」


 杏奈が言う。一瞬、美月を見る。しまった。


 と思った瞬間。美月が先に言った。


「じゃあ今日は私も覚えて帰って!」


 自然に笑うと、客席からも笑いが返ってきた。


「美月そこ張り合う!?」


「張り合うよ!」


「センター!」


「センターなので!」


「またそれ!」


 笑い。普通。


 美月は、普通に、自分で悔しさも競争も笑いにしていた。私が先回りして守る必要なんて。最初からなかった。


     ◇


 終演。


「お疲れさま」


「お疲れ」


 美月とは普通に話した。さっき喧嘩したからといって。仕事で無視をするような人ではない。分かっている。


 でも、少しだけ距離を感じる。たぶん、私が勝手に感じている。


「陽葵」


 琴葉が呼ぶ。


「何?」


「水」


「ありがとう」


「今日二曲目遅かった」


「どこ?」


「二番サビ前」


「本当?」


「美月見すぎ」


 ぎくっとする。


「見てた?」


「見てた」


「……やっぱ分かる?」


「分かる」


「琴葉怖い」


「芝居の時は相手見るのいいけど」


「うん」


「ライブで一人だけ見すぎるのは駄目」


「はい」


 正論。


     ◇


 片付け。美月は先に次の仕事へ移動した。今日は別の雑誌撮影が入っている。


「じゃ、行ってくる」


「いってらっしゃい」


 私は答えた。


「陽葵」


「何?」


 一瞬、美月が何か言いそうになった。でも。


「明日十時だから」


「分かってる」


「寝坊しないで」


「しない!」


「じゃ」


 そのまま出ていった。仲直り。


 した。のか?


「陽葵」


 沙耶。


「何?」


「今、追いかけようとした?」


「してない」


「顔」


「みんな顔見るのやめて」


「話したい?」


「……ちょっと」


「でも美月仕事」


「うん」


「じゃあ明日」


「うん」


「今追いかけて謝るのは?」


「……やめる」


「よし」


「沙耶ちゃん最近訓練してる?」


「陽葵が同じこと繰り返すから」


「厳しい」


「でも」


 沙耶が少し声を落とした。


「美月、怒ったけど」


「うん」


「嫌いになったわけじゃないよ」


「分かってる」


「本当に?」


「……頭では」


「じゃあ今日はそこまで」


 それ以上。沙耶は言わなかった。


     ◇


 翌日、レッスン室。私が着くと、美月はすでにいた。


「おはよう」


「おはよう」


 普通。それだけ、昨日のことを、ここで改めて話すべき? 迷う。


「陽葵」


「はい!」


「何その返事」


「いや」


「昨日の二曲目」


「うん」


「立ち位置、一回合わせたい」


「分かった」


 その後の仕事は普通に進み、杏奈と沙耶も合流する。


 琴葉も来て、ようやく五人が揃った。


 レッスンの途中で休憩に入る。


 美月が隣へ座った。


「陽葵」


「うん」


「昨日の話」


 心臓が跳ねる。


「うん」


「まだ気にしてる?」


「少し」


「やっぱり」


「美月は?」


「まだちょっと怒ってる」


「……そっか」


「でも」


「うん」


「別に陽葵と仕事したくないとか、そういうのじゃないから」


「分かってる」


「本当?」


「今回は本当」


 美月が少し笑った。


「じゃあいい」


「あと」


「何?」


「昨日」


 一度だけ、言葉を選んでから考えをまとめる。


「ちゃんと言ってくれてありがとう」


「何それ」


「怒ってるって」


「普通でしょ」


「私なら黙るかも」


「それが駄目なんじゃない?」


「……そうかも」


「陽葵」


「うん?」


「次」


 美月が私を見る。


「私の列より長くなったら」


「うん」


「普通に悔しがるから」


「宣言する?」


「する」


「怖い」


「だから陽葵も喜んで」


「え?」


「人気上がったら」


 昨日と同じ。


「嬉しいって言ってるじゃん」


 今度は、少し笑っていた。


「……うん」


「返事小さい」


「嬉しい」


「よし」


「でも美月に勝ったらもっと嬉しいかも」


「は?」


「言ってみた」


「調子乗るな!」


 肩を叩かれて、思わず笑った。


 関係は、戻った。たぶん、でも、自分の中の何かは、完全には消えていなかった。迷惑をかける前に謝る。嫌われる前に引く。


 怒られる前に、自分が悪かったことにする。それなら、相手を傷つけない気がしていた。自分も、深く傷つかずに済む気がしていた。美月は、たぶん、そこまで気づいている。


 でも、今日は、それ以上何も言わなかった。私も、まだ、それが直すべき癖だとは、本当の意味では分かっていなかった。


 陽葵は、相手の沈黙を自分の不安で埋めないよう、ただ返事を待った。


 答えは、美月の口から聞けばいい。


 急がなくていい。


読んでくださりありがとうございます!


・本作を★★★★★で評価

・ブックマーク


この二つで応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。