↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/23

第19話 今日のライブ、好きだった

「陽葵、そこ違う」


「え?」


「半歩右」


「昨日ここじゃなかった?」


「昨日は四人用」


「あ」


「今日は五人」


「そうだった」


 ライブ本番前のリハーサル。私は慌てて自分の立ち位置を直した。


「もう一回、落ちサビ前から」


 すぐに美月の声が飛んでくる。


「はい!」


「杏奈、今度こそ間違えないで」


「私!?」


「さっき逆行った」


「昨日の身体が残ってるの!」


「一日しかやってないでしょ」


「一日でも身体は覚える!」


「振りは覚えないのに?」


「陽葵まで!」


 スタッフが笑っている。昨日、私が撮影で遅れている間、四人は四人用の立ち位置でリハーサルを進めた。今日、それを五人へ戻している。大きく変わったわけではない。


 私の場所を空ける。歌割りを戻す。フォーメーションを少し動かす。それだけ、なのに、ステージへ立ってみると、不思議なくらい違った。


「琴葉、そこ声どう?」


 美月がこちらを見て聞く。


「大丈夫」


「昨日より?」


「今日の方が楽」


「何で?」


「陽葵がいるから息吸える」


「え」


「そこ?」


「昨日、陽葵パートまで一個拾ったから」


「琴葉が?」


「一行だけ」


「ごめ――」


 言いかけたところで、自分から止めた。


 琴葉がこちらを見る。


「今止めたね」


「止めた」


「成長」


「みんなに監視されてるみたい」


「実際してる」


「怖」


 昨日、沙耶に言われた。謝って終わらせるより、相談する。任せる。


 必要なら頼る。まだ身体に染みついてはいない。何かあると、まず「ごめん」が出そうになる。でも、今日は、少なくとも一度は止められた。


「じゃあ」


 私は琴葉を見る。


「昨日ありがとう」


「それならいい」


「違い細かいなあ」


「全然違う」


 沙耶がそのやり取りを見て笑う。


「陽葵の場合は特にね」


「はいはい」


「二回言わない」


「言ってない!」


     ◇


 今日の会場は、ルミサンにとって少し特別だった。新宿でも恵比寿でもない。都内の中規模ライブホール。普段の単独ライブより大きく、対バンとしても私たちが立つには少し背伸びする場所だった。


 もちろんトリではない。格上もいる。それでも、客席を見れば。ルミサンのペンライトが、以前より確実に増えていた。


「今日多いね」


 袖から覗きながら、杏奈が言う。


「何が?」


「黄色」


「そこ?」


「増えてるよ」


「気のせいじゃない?」


「気のせいじゃない」


 美月まで客席を見る。


「前よりいる」


「本当?」


「うん」


「ドラマの動画?」


「それもあるかも」


 沙耶が客席を見ながら言う。


「でも最近、グループ全体のフォローも増えてるって黒田さん言ってた」


「へえ」


「本人が一番知らない」


 杏奈が呆れる。


「数字ずっと見てたら疲れるじゃん」


「私は楽しい」


「杏奈はね」


「増えたら嬉しいよ?」


「減ったら?」


「見なかったことにする」


「便利」


 琴葉は客席ではなく、イヤモニを調整していた。


「黄色増えても」


「うん?」


「歌変わらないよ」


「琴葉らしい」


「でも」


 琴葉が少しだけ客席を見る。


「紫も増えてる」


「見てるじゃん!」


「それは見る」


「自分の色は見るんだ!」


「当然」


 珍しく少し得意そうだった。


     ◇


 本番十五分前。五人で円になる。いつもなら美月が最後の確認をする。今日も同じ。


「一曲目、頭」


「大丈夫」


「二曲目、落ちサビ」


「大丈夫」


「杏奈」


「今度こそ大丈夫!」


「信用低い」


「ひど!」


「琴葉」


「喉大丈夫」


「沙耶」


「問題なし」


「陽葵」


「大丈夫」


 美月が私を見る。


「本当に?」


「今日は最初からいる」


「そうじゃなくて」


 少しだけ笑う。


「昨日のこと引きずってない?」


 一瞬、答えに迷った。引きずっていない。とは言えない。四人だけで進む時間を見た。


 自分の仕事で、みんなを待たせた。でも。


「引きずってるけど」


「うん」


「今日ライブしたら多分大丈夫」


 美月が笑った。


「じゃあライブしよう」


「雑」


「一番早いでしょ」


「確かに」


 五人で手を重ねる。


「Lumière cinq!」


「行くぞ!」


     ◇


 ステージへ出た瞬間、撮影のことも時間のことも、昨日のレッスンで沙耶に怒られたことも全部飛んだ。目の前に残ったのは、音と光と客席だけだった。


「こんばんはー!」


 杏奈が客席へ向かって叫ぶ。


「Lumière cinqでーす!」


 歓声が返る。以前より、大きい。気がする。


 いや。たぶん本当に大きい。一曲目。


 美月が中央で笑う。ステージが一気にルミサンの色になる。こういう時。私は美月がセンターでよかったと思う。


 客席が誰目当てでも、最初に美月が捕まえる。そこから、五人へ広がる。二曲目。


 琴葉の声。今日は本当に調子がいい。一音目で、客席が少し静かになる。それから、サビ。


 杏奈がさらに客席を煽る。


「声出せるー!?」


 客席から歓声が返る。


「もっとー!」


 さっきより大きな歓声が返ってくる。


「陽葵!」


「何!?」


「足りない!」


「何が!?」


「声!」


「私に言うな!」


「じゃあ聞いて!」


 杏奈が客席へマイクを向ける。


「ルミサーン!」


 客席から今度ははっきり声が返る。


「ルミサーン!」


 返ってくる。思ったより大きい。一瞬、私の方が驚いた。


「ほら!」


「本当に大きい!」


「でしょ!」


「私たちが驚いてどうする!」


 笑いが起きる。美月がそのまま繋ぐ。


「もっと驚かせてよ!」


 客席から歓声が返る。ステージの上で、五人が同じタイミングで笑った。


     ◇


 三曲目。昨日、私がいなかったために変更された曲。今日は元に戻っている。落ちサビ。


 杏奈の横を通る。昨日なら、杏奈が私の位置へ入っていた。今日は、私がいる。当たり前。


 でも、その当たり前が昨日より大事に思えて、美月を見るとちょうど目が合った。


 歌いながら。一瞬だけ笑われた。たぶん、立ち位置を間違えなかったから、違うかもしれない。でも、何となく。


 「いるじゃん」と言われた気がした。


     ◇


 最後の曲。私たちが結成当初から歌っている曲だった。今よりもっと小さなライブハウスで、客席が三十人しかいない日に、何度も歌った。五人とも、今より下手だった。


 美月はセンターらしく見せようとして力みすぎていた。杏奈はMCで本当に何を言うか分からなかった。琴葉は歌う時以外、客席を見る余裕がなかった。沙耶は全部を気にしすぎて、自分の表情が固かった。


 私は、女優になりたいと思いながら。とりあえず今はアイドルを頑張ろうと思っていた。あの頃。


 アイドルは、女優へ行くまでの入口になるかもしれない。そんな風に考えていた。今、同じ曲を歌っている。客席は、あの頃よりずっと多い。


 私はドラマの撮影へ行った。台詞をもらった。桐生蓮と芝居をした。次の仕事の話まで来ている。


 夢だった場所へ、少しずつ近づいている。なのに、今、ステージの上で思った。こっちも、同じくらい好きだ。


「陽葵!」


 杏奈の声。考え込んでいた。


「何!?」


「最後!」


「あ!」


 自分のパートへ意識を戻さないと危ない。


 歌う。美月が笑っている。琴葉まで少し笑った。沙耶が呆れた顔をする。


 たぶん客席にはばれていないまま曲が終わり、最後のポーズを決めると歓声が上がった。


 息が切れている。でも、もっとやりたかった。


     ◇


「ありがとうございましたー!」


 五人で頭を下げ、客席からの拍手を受けながら袖へ戻る。


 ステージを完全に降りた瞬間。


「陽葵!」


 美月に肩を掴まれた。


「はい!」


「最後飛んだでしょ!」


「ちょっとだけ!」


「ちょっとじゃない!」


「戻ったから!」


「杏奈いなかったら危なかった!」


「ありがとう杏奈!」


「もっと感謝して!」


「今日だけ!」


「今日だけ!?」


 全員が笑っている。息は苦しく、汗もひどくて衣装まで暑いのに、不思議と嫌ではなかった。


 なのに、笑いが止まらなかった。


「今日」


 琴葉が息を整えながら言う。


「うん?」


「良かったね」


「琴葉がライブ全体褒めるの珍しい」


「昨日より」


「それは五人だったから?」


 聞く。琴葉は少し考える。


「それも」


「他は?」


「客席」


「良かった?」


「歌返ってきた」


 琴葉は、歌の話をしている時だけ、本当に分かりやすい。


「今日好きだった」


 気づけば、私はそのまま口にしていた。


「何?」


 美月がこちらを見て聞く。


「今日のライブ」


「うん」


「好きだった」


「変なの」


「何で」


「いつも好きでしょ」


「そうだけど」


 何と言えばいいんだろう。


「今日」


 私は少し考えたけれど、結局うまい言葉は出てこなかった。


「今日のライブ、好きだった」


「さっきも言った」


 美月が私の顔を見て笑う。


「いや、何か……前より分かった」


「何が?」


「撮影が楽しい日が増えても、ライブが薄くなるわけじゃないんだなって」


 杏奈がすぐに手を上げた。


「それ、前から私たち知ってた!」


「本人が今分かったの!」


「遅い!」


「うるさい!」


 笑いながら言い返すと、胸の中にあったものまで少し軽くなった。


「じゃあ私も」


 杏奈が手を上げる。


「お菓子もご飯も両方食べたい」


「一緒にするな!」


「気持ちは同じ!」


「絶対違う!」


 沙耶がそのやり取りを見て笑う。


「でも」


「うん?」


「昨日みたいなことも増えると思う」


 すぐ現実に戻す。やっぱり沙耶。


「分かってる」


「今日みたいにうまくいく日ばっかりじゃない」


「うん」


「それでも?」


「やりたい」


 今度は、迷わなかった。美月が私を見る。


「じゃあやれば」


「簡単に言う」


「陽葵が難しくするから」


「私?」


「そう」


「でも」


 美月が少し笑う。


「私も今日のライブ好きだった」


「本当?」


「うん」


「じゃあ同じ」


「調子乗るな」


「何で!」


     ◇


 物販、今日、私の列は少しだけ長かった。でも、それより、五人全体の列が長い。それが嬉しい。


「今日良かった!」


 列の先にいたのは、いつものタクミさんだった。


「本当?」


「最後危なかった?」


「何で分かったの!?」


「陽葵ちゃん一瞬目泳いだ」


「見すぎ!」


「ファンなので」


「怖!」


「でも」


 タクミさんが笑う。


「今日、楽しそうだった」


「うん」


「最近演技の話増えたから」


「はい」


「そのうちライブよりそっちになるのかなってちょっと思ってた」


 一瞬、言葉が止まる。でも、今日なら、言える。


「ならないです」


「言い切る?」


「今は」


「今は付いた」


「先のことは分かんないから」


「芸能人」


「芸能人です」


「でも今日みたいなら安心」


「何が?」


「陽葵ちゃん、ライブ好きなんだなって」


 胸が少し暖かくなった。


「好きですよ」


「ならよかった」


     ◇


 終演後、帰りの車へ乗り込む。


 私は窓側の席に座り、隣には美月がいる。


 前で杏奈が寝ている。さっきまであれだけ喋っていたのに、琴葉も目を閉じている。沙耶だけが明日の予定を確認していた。


「陽葵」


「何?」


 美月が小声で言う。


「今日の顔、覚えときな」


「どの顔?」


「ライブ終わった時。すごい嬉しそうだったやつ」


「自分じゃ見えないんだけど」


「じゃあ私が覚えとく」


「何それ」


「また難しく考え始めた時に言う」


「絶対言い方腹立つやつ」


「任せて」


 車の窓に自分の顔が薄く映っている。


 撮影でいい芝居ができた日とは違う疲れ方をしているのに、今日はまだ終わってほしくなかった。


 それだけで、今の私には十分な答えだった。


読んでくださりありがとうございます!


・本作を★★★★★で評価

・ブックマーク


この二つで応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。