↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/22

第16話 予定になかった台詞

「昨日より顔死んでる」


「朝からひどい」


「だって眠そう」


「寝ました」


「何時間?」


「六時間」


「足りない」


「琴葉まで佐伯さんみたいなこと言う」


 翌朝、昨日と同じテレビ局の共有控室で、私はLiveBox越しに琴葉の顔を見ていた。正確には、五人のグループ通話だ。集合時間が少し遅かったので、控室へ着いてから十五分だけ繋いでいる。


「陽葵、本当に今日桐生蓮と芝居するんだよね?」


 杏奈が画面いっぱいに顔を寄せてくる。


「する」


「すご」


「昨日から何回言うの」


「だって桐生蓮だよ?」


「分かってる」


「サイン」


「もらわない」


「写真」


「撮らない」


「握手」


「仕事!」


 沙耶が向こうから止めた。


「杏奈、陽葵を何しに行かせてるの」


「社会見学」


「違う」


「私もそんな気分ちょっとあるけど」


「陽葵まで言わない」


 美月が画面の向こうで髪をまとめながら笑う。


「今日、私たちは午後からレッスンだから」


「うん」


「陽葵は終わったら事務所来る?」


「予定では」


「予定では?」


「撮影だから分かんないって佐伯さんに言われた」


「昨日覚えたね」


「すごく覚えた」


 昨日は、ほとんど待って終わった。今日は台詞がある。桐生さんとのシーンもある。楽しみなのに、昨日よりずっと緊張していた。


「陽葵」


 琴葉が言う。


「うん」


「今、桐生さんのこと考えてる?」


「え?」


「顔」


「何でみんな顔で分かるの」


「分かりやすいから」


「考えてるけど」


「役じゃなく?」


 その一言に、少し止まった。


「……役」


「ならいい」


「琴葉、たまに先生みたい」


「相手見ればいいんでしょ」


「簡単に言うなあ」


「いつもやってる」


 昨日、美月にも同じことを言われた。芝居が始まれば、たぶん余計なことは忘れて、相手を見て、その芝居を受ける。


 そこから返すところまでは、今まで通りでいい。


「陽葵ちゃん、準備お願いしまーす」


 控室の外から呼ばれた。


「あ、行く」


「頑張って!」


「杏奈声大きい」


「陽葵」


 美月が最後に呼ぶ。


「うん?」


「楽しんでおいで」


「……うん」


「顔戻った」


「そんな変わった?」


「変わった」


 通話を切る。私は一度だけ深呼吸して、控室を出た。


     ◇


「おはようございます」


「おはようございます」


 教室セットへ入る。昨日よりは慣れた。机の位置も分かる。自分がどこへ座るかも覚えている。


 それでも。


「おはようございます」


 低い声がして。やっぱり少しだけ身体が固まった。桐生さん。


「おはようございます」


 頭を下げる。昨日は廊下ですれ違っただけ、今日は、こちらを見て挨拶が返ってくる。


「昨日もいましたよね」


「はい」


「教室の後ろ」


「いました」


「背景撮ってました?」


「はい」


「お疲れさまです」


「ありがとうございます」


 普通。本当に普通の会話。なのに、自分の中では、テレビの人と喋っているという感覚がまだ消えない。


「桜井さん」


 監督から呼ばれる。


「はい」


「段取り一回やるよ」


「お願いします」


 シーンは昨日聞いていた通り。主人公と友人が喧嘩しているところへ、私が間に入る。途中から桐生さんの役が教室へ入ってくる。


「桜井さん、ここ」


「はい」


「一回二人見てから止める」


「はい」


「桐生さん入ってきたら、最初ちょっとびっくりして」


「分かりました」


「昨日廊下で見た時みたいに」


「監督、見てたんですか!?」


「佐伯さんに聞いた」


「佐伯さん!」


 少し離れたところで、佐伯さんが知らない顔をしている。


「ひどい」


「使えるものは使う」


「本当に芸能界って怖い」


 監督が笑った。


「じゃ、一回合わせよう」


「はい」


 始まる。『もういいって』 『よくないだろ』 『忘れてたんだからしょうがないじゃん』


 『しょうがなくないだろ』 私は二人を見る。怒っている。でも、本当に縁を切りたいわけではない。


 『はいはい、そこまで』 一歩入る。


 『二人とも声大きい。廊下まで聞こえてたよ』 『お前には関係ない』 一瞬、少し腹が立つ。でも、今は二対一にしたくない。


 『うん。関係ない』 笑う。


 『でも怖いんだもん』 『何が』 『明日から同じクラスで気まずくされるの』 主人公が目を逸らす。


 『だから今日は帰って、明日また喧嘩して』 『何それ』 『今日よりちょっと冷静だから』 空気が緩む。


 そこで、教室の扉が開く。『何やってんの』 桐生さんの声。昨日、廊下ですれ違った時とはまったく違った。


 声量は大きくない。でも、その一言で、全員の意識がそちらへ向く。役として、そこにいる。私は少しだけ驚いた。


 本当に、自然に、『廊下まで聞こえてる』 私は思わず主人公たちを見る。『……ほら』 口から出た。


 台本にはない。『だから言ったじゃん』 主人公役が少し苦い顔をする。桐生さんがこちらを見る。


 ほんの一瞬、私はその視線を受ける。『先生来る前に終わらせろよ』 シーン終了。


「はい、止め」


 監督の声で戻る。


「桜井さん」


「はい」


「今の『ほら』、いいね」


「ありがとうございます」


「本番も残していい」


「いいんですか?」


「自然だったから」


 胸が少し熱くなる。


「あと」


 監督が桐生さんを見る。


「今、桜井さん見た?」


「はい」


「何で?」


「俺の台詞と、この人の台詞が被ってたから」


「なるほど」


 この人。まだ名前で呼ばれていない。当然。


 でも、少しだけ不思議な気持ちになった。


     ◇


 本番は一回目が終わり、すぐ二回目へ進む。


 三回目。撮るたびに、少しずつ違った。主人公役の言い方。桐生さんの入り。


 私の間。スタッフからの指示。


「桜井さん、今度少し立ち位置後ろ」


「はい」


「顔、桐生さん側向きすぎない」


「はい」


「目線だけでいい」


「分かりました」


 難しい。でも面白い。相手を見るだけでは駄目。カメラにも入る。


 でもカメラを意識しすぎれば、今度は相手を見失う。


「楽しい……」


 小さく呟いた。


「何が?」


 隣から声。桐生さんだった。


「聞こえてました?」


「近いので」


「すみません」


「何で謝るんですか」


「あ」


「今のも」


「癖かもしれません」


「謝るのが?」


「たぶん」


「直した方がいいですよ」


「そんなにはっきり」


「仕事で必要ないところで謝ると、相手も困るから」


「……はい」


 危うくまた謝りそうになった。桐生さんが少しだけ眉を上げる。


「今、謝おうとした?」


「してないです」


「顔が」


「顔で分かるんですか」


「分かります」


「みんなそれ言う」


「誰?」


「メンバー」


「へえ」


 そこでスタッフから呼ばれる。


「桐生さん、次お願いします」


「はい」


 すぐ仕事の顔に戻る。私は少しだけ、その背中を見る。昨日より近い。でも、まだ、遠い。


     ◇


 午前の撮影が終わる。


「桜井さん、お昼入ってください」


「はい」


 控室へ戻ろうとしたところで。


「桜井さん」


 監督に呼び止められた。


「はい」


「午後、一個追加」


「追加?」


「さっきの教室シーンの後」


 台本を開く。


「ここ、本来桐生さんと主人公だけだったんだけど」


「はい」


「女子生徒も残したい」


「私?」


「そう」


 心臓が跳ねる。


「台詞、あります?」


「今考えてる」


「今?」


「現場だからね」


 監督が脚本担当と話す。数分後。


 私に渡されたのは、手書きの台詞だった。『あの』 『さっき、ありがとうございました』 たった二言。


「これ」


「覚えられる?」


「はい」


「じゃ午後やる」


「はい!」


 答えた声が思った以上に大きかった。


「嬉しそう」


「嬉しいです」


「正直」


「だって予定になかった台詞ですよね」


「そう」


「増えたんですよね」


「二言だけだけど」


「二言でも」


 監督が少し笑った。


「じゃあ大事にやって」


「はい」


     ◇


 昼休憩。私はすぐグループPingを開いた。【陽葵:台詞増えた】 三秒、【杏奈:!!!!】


 【美月:本当?】 【琴葉:何個】 【陽葵:二言】 【杏奈:二言!!!】


 【沙耶:何時終わる予定?】 そこで、少しだけ現実へ戻った。【陽葵:たぶん予定通り】 【沙耶:たぶん?】


 【陽葵:午後追加撮影入った】 【沙耶:佐伯さん把握してる?】 【陽葵:してる】 【沙耶:ならいい】


 短い。でも、沙耶が気にするのは、喜びより先に予定だ。今までなら少し冷たいと思ったかもしれない。でも、今は分かる。


 今日もルミサンにはレッスンがある。私は終わり次第、合流する予定だ。【美月:間に合いそう?】 【陽葵:今のところ】


 【杏奈:もし遅れたら私が陽葵パート歌う】 【琴葉:それは無理】 【杏奈:即答!?】 【陽葵:帰るから!】


 笑う。まだ、この時は、本当に予定通り終わると思っていた。


     ◇


 午後、追加された場面。桐生さんと向かい合う。午前より近い。


「桜井さん、緊張した?」


 監督が聞く。


「しました」


「正直でよろしい」


「だって急に二人なんで」


「桐生さん怖い?」


「本人の前で聞かないでください」


 スタッフが笑う。桐生さんは特に気にした様子もない。


「怖いですか?」


「聞くんですか!?」


「監督が聞いたので」


「テレビで見てた人なので」


「それ怖いとは違いますよね」


「遠い?」


「それです」


「じゃあ近づいてください。芝居なので」


 言い方が真面目なのか冗談なのか分からない。


「はい」


 指定された位置へ入り、芝居が始まる。


 『あの』 桐生さんが振り返る。『何?』 私は少しだけ息を止めた。


 『さっき、ありがとうございました』 『別に』 『でも』 『君が先に止めてたでしょ』


 その言い方が、思っていたより柔らかかった。私は少しだけ驚く。『全然止まってなかったですけど』 『止めようとはしてた』


 桐生さんが、ほんの少し笑った。私は、その笑いを受けて。自然に笑ってしまう。『……じゃあ、半分だけありがとうございます』


 『何それ』


「カット」


 監督がモニターを見る。


「いいね」


「ありがとうございます」


「もう一回」


「はい」


 二回目は、さっきとは少し違う返しになった。


 三回目になると、また少し違う返しになった。


 私はだんだん、桐生蓮を見なくなった。役を見る。


 相手の声を聞き、表情を受けることだけに集中した。


     ◇


 撮影終了予定時刻。午後四時。


 でも、スタッフが動かない。照明も片付かない。次のカメラ位置が組まれている。


「佐伯さん」


「うん」


「終わらない?」


「終わらないかも」


「レッスン」


「今確認してる」


 胸が少しざわつく。ルミサンのレッスンは午後六時から、ここから事務所まで移動に一時間弱。四時半に出れば間に合う。五時でも、少し遅れるくらい。


「桜井さん」


 スタッフに呼ばれた。


「はい」


「すみません。さっきの場面、一部撮り直します」


「私も?」


「お願いします」


「何時くらいまでですか?」


「まだ何とも」


 一瞬、聞くか迷った。でも、沙耶の言葉を思い出す。佐伯さんに確認する。


「レッスン、どうなります?」


「今黒田さんと調整中」


「私からメンバーに言った方が」


「待って。時間確定してから」


「はい」


 私はスマートフォンを見る。グループPing。杏奈から、【杏奈:陽葵もう出た?】 指が止まる。


 まだ、そう返そうとした時。


「桜井さん、お願いします!」


「あ、はい!」


 スマートフォンを伏せて撮影へ戻った。この時はまだ、


 まだ私は、少し遅れるだけだと思っていた。


読んでくださりありがとうございます!


・本作を★★★★★で評価

・ブックマーク


この二つで応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。