第12話 受かっただけじゃ仕事じゃない
「一次通過、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「でも今日はもっと厳しく見ます」
「はい」
「返事いいね」
「緊張してるので」
「正直」
二次審査会場、最初に言われた一言で、昨日までの喜びが少しだけ現実へ戻った。一次を通った。でも、それで仕事が決まったわけではない。
今日は二次、その先に、場合によっては最終審査。候補はまだ何人もいる。
「今日は芝居だけじゃなく、カメラテストもあります」
スタッフが説明する。
「立ち位置、画面上の相性、声のバランス。あと役柄との見た目の相性も確認します」
演技以外。そう言われると、少し不思議だった。
「あと、衣装イメージに近い服へ一度着替えていただきます」
「制服ですか?」
「はい」
奈々が隣で小さく言った。
「来た」
「何が?」
「二十一歳制服」
「そこ気にしてたの?」
「ちょっと」
「似合うでしょ」
「陽葵もね」
「私はどうだろう」
「普通にいける」
「褒めてる?」
「それは褒めてる」
◇
控室で用意された衣装に着替える。白いシャツに紺のスカートという、ごく普通の学生服だった。
その上からカーディガンを羽織り、鏡を見る。
「……高校生」
隣から奈々が言う。
「ギリ」
「ギリ言うな」
「陽葵は?」
私も鏡を見る。
「制服着てる二十一歳」
「自覚あるんだ」
「高校生ですって言い張る勇気はない」
「芸能界なら大丈夫」
「便利だな芸能界」
数人ずつ呼ばれ、カメラ前に並ぶ。
「桜井さん、少し右」
「はい」
「朝倉さん、そのまま」
「はい」
「桜井さん、顎少し引いて」
「はい」
「もう少し」
「はい」
「そこ」
これは芝居ではなく、まず指定された位置に立つだけだ。
カメラを見て、左右へ視線を動かし、指示された通りに歩く。
笑顔と真顔を順番に求められ、そのたびにカメラへ顔を向ける。
それだけなのに、妙に緊張する。
「桜井さん」
「はい」
「右から撮る方がいいね」
「そうなんですか?」
「自分で知らない?」
「Picstaでは知ってます」
スタッフが笑う。
「アイドルだ」
「一応」
「一応じゃなくて本業でしょ」
「そうでした」
「忘れないで」
何だか少し恥ずかしい。
◇
次は台詞。一次と同じ役だけれど、場面が違う。教室。
由衣が主人公と二人で話す。何でもない会話。そこへ、カメラがかなり近く入る。
「桜井さん、動き小さくね」
「はい」
「昨日より寄るから」
「分かりました」
始まる。『昨日、仲直りした?』 『何が』
『何が、じゃないでしょ』 『別に喧嘩してない』 『あれで?』
私は少し笑う。『男子って便利だよね』 『何が』
『喧嘩してないって言えば、喧嘩してないことになると思ってる』 『女子は違うの?』 『女子はもっと面倒』
『じゃあそっちの方が駄目じゃん』 『そうかも』 カット。
「もう一回」
「はい」
「桜井さん、今少し顔動きすぎ」
「はい」
「目だけでも伝わるから」
「分かりました」
二回目は余計に動かず、その場で待つ。
でも、動かなさすぎると今度は固い。
「カット」
三回、四回と撮り直しながら、少しずつ感覚を合わせていく。
少しずつ調整する。今までなら、相手を見て返すだけで良かった。でも映像では、それだけでは足りない。
相手を見る。カメラにも収まる。表情を作りすぎない。
でも何もない顔にもならない。難しい。
「はい、ありがとう」
終わる。私はセットから離れた。
「どうだった?」
奈々が私の顔を見て聞く。
「難しい」
「珍しい」
「本当に難しい」
「寄り?」
「うん」
「あれ慣れ必要だよ」
「奈々得意?」
「前よりは」
「経験差だ」
「だから言ったじゃん」
「悔しい」
「いいね」
「何が」
「悔しいって言うようになった」
言われて気づく。確かに最近、そういう言葉が増えた。
「負けたくないから」
「誰に?」
「奈々にも」
「私にも?」
「うん」
「言うね」
「あと自分にも」
「急に格好つけた」
「違う!」
「今ちょっと良いこと言った顔した」
「してない!」
◇
昼休憩に入ると、佐伯さんから連絡が来た。【佐伯:どう?】
【陽葵:難しいです】
【佐伯:良い経験】
【陽葵:落ちても?】
送ってから、少し弱気だったと思う。すぐ返信。
【佐伯:落ちても】
【佐伯:でも落ちる前提でやるな】
「佐伯さんも美月みたいになってきた」
「何?」
奈々が私の顔を見て聞く。
「何でもない」
その直後、別の通知が届いた。
【高瀬湊:終わった?】 たったそれだけ、何となく肩の力が抜けた。【陽葵:まだです】
【高瀬湊:長いですね】
【陽葵:二次なので】
【高瀬湊:じゃあまだ頑張る時間か】
【陽葵:はい】
【高瀬湊:頑張って】 結果は聞かない。
受かったかも聞かない。ただ、終わったかだけ、それが少しありがたかった。
「誰?」
奈々がまた見る。
「高瀬さん」
「男じゃん」
「同業!」
「前も同じこと言ってた」
「だから何もないって」
「何もない人とこんな連絡する?」
「普通にするでしょ」
「私はしない」
「奈々基準やめて」
「へえ」
「何、その顔」
「別に」
「絶対何かある」
◇
午後、さらに人数が絞られた。
「番号十二、十三、十七、二十一の方だけ残ってください」
呼ばれた番号の中には、私も入っていた。
そこにいたのは奈々と、あと二人だった。
残った四人を見て、急に空気が重くなる。
「これ」
奈々が小さく言う。
「たぶん最終?」
「今日やるの?」
「分かんない」
スタッフが戻ってくる。
「ここから最終確認です」
予想していた通りだった。
「先ほどの芝居、カメラテストを踏まえて、最後に監督と一度ずつ話していただきます。そのあと必要な方だけ追加芝居をお願いします」
面接に近い。芝居だけではない。
「朝倉さんから」
「はい」
奈々が先に呼ばれた。
「頑張って」
「陽葵も」
一人になる。いや、他にも候補はいる。でも急に孤独だった。
壁に貼られた作品資料を見る。役柄。
資料には撮影期間と放送予定まで書かれている。
もし受かったら。本当に、この作品に出る。ドラマの撮影現場へ行く。
テレビに映る。その想像で胸が熱くなる。同時に、落ちる可能性も普通にある。
「桜井さん」
「はい」
「どうぞ」
◇
部屋には監督と制作プロデューサーらしい女性、それにキャスティング担当がいた。
「座ってください」
「失礼します」
「今日どうです?」
「難しいです」
「何が?」
「演技だけじゃないんだなって」
正直に答えた。
「昨日まで何だと思ってた?」
「役に合う芝居が一番できた人が受かるのかなって」
「違う?」
「今日、違うのかなと思いました」
監督が少し笑う。
「例えば?」
「画面に並んだ時のバランスとか、見た目とか、声とか」
「そうだね」
「あと、私が上手くできても、この役に合わなかったら駄目なのかなって」
「それもそう」
あっさり言われる。
「演技が一番上手い人が取るとは限らない」
「はい」
「逆に、今一番上手くなくても、この役に必要なら取る」
「はい」
「納得できない?」
「できます」
「本当に?」
「ちょっと悔しいですけど」
相手が笑った。
「でも、少し分かる気はします」
「何が?」
「うちで一番歌が上手いのは琴葉です。でも琴葉が五人いても、絶対ルミサンにはならないので」
監督が少し笑った。
「本人には言える?」
「たぶん怒られません。五人は嫌って本人も言うと思います」
「なるほど」
「上手い順に並べれば完成するわけじゃないなら、役も同じなのかなって」
監督が資料を見る。
「桜井さん、グループ好きなんだね」
「好きです」
「女優になりたいんでしょ?」
「なりたいです」
「じゃあ売れたら辞める?」
不意に聞かれた。私は少しだけ黙った。
「今は」
「うん」
「辞めたいとは思ってません」
「両方?」
「はい」
「大変だよ」
奈々にも、佐伯さんにも、いろんな人に言われた。
「分かってます」
「本当に?」
「たぶん、まだ全部は分かってないです」
正直に答えた。
「でも」
美月の顔が浮かぶ。沙耶。
頭に浮かんだのは、杏奈と琴葉の顔だった。
「今は、両方やりたいです」
監督が頷いた。
「分かりました」
そこで終わると思った。
「最後に一つだけ芝居しましょう」
「はい」
「台本なし」
心臓が跳ねる。
「設定だけ言います」
「はい」
「友達から『明日から学校来ない』と言われた」
「はい」
「理由は聞かない」
「はい」
「でも本当は聞きたい」
少しだけ、笑いそうになった。好きな設定だった。
「相手役入ります」
女性スタッフが座る。
「ではお願いします」
相手を見る。『私、明日から来ないから』 急だ。
『……何それ』 『そのまま』 『転校?』
『聞かないで』 拒まれる。
私は口を閉じた。本当は聞きたい。でも聞かない。
『分かった』 相手が少し驚く。『聞かないの?』
『聞くなって言ったじゃん』 『そうだけど』 『じゃあ聞かない』
一度、笑う。『でも』 相手を見る。
『明後日、気が変わったら来て』 『来ないよ』 『じゃあ来週』
『来ないって』 『来月でもいい』 『何なの』
『別に』 少しだけ声を落とす。『来た時、普通に座れる席だけ残しとく』
相手の目が揺れる。私はそれ以上言わない。
「カット」
終わった。監督が少し考える。
「ありがとう」
「ありがとうございました」
「結果は事務所経由で」
「はい」
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました!」
◇
会場を出る。奈々が入口近くで待っていた。
「終わった?」
「終わった」
「どうだった?」
「楽しかった」
「やっぱり!」
「でも難しかった」
「今日はそれ付くね」
「奈々は?」
「難しかった」
「珍しい」
「でもやれることはやった」
「私も」
二人で少し黙る。
「どっちか受かるかな」
少し考えてから、私が言う。
「両方落ちるかも」
「現実的」
「両方受かる可能性もある」
「同じ役じゃないの?」
「キャスティング変わることあるし」
「そうなんだ」
「本当に分かんないよ」
「そっか」
「だから」
奈々が伸びをする。
「今日は終わり」
「切り替え早」
「オーディション慣れ」
「経験差だ」
「陽葵もそのうち」
「増やしたい」
「じゃあまた次」
「うん」
「でも今回は私が取る」
「最後まで言う」
「陽葵も言えば?」
私は少し笑う。
「私が取る」
「よし」
奈々と別れる。スマートフォンを見る。高瀬さんから、追加の連絡はない。
結果を急かさない。その距離がちょうどいい。代わりにグループPingが大量に来ていた。
【杏奈:まだ?】
【杏奈:まだ??】
【杏奈:終わった???】
【沙耶:杏奈うるさい】
【美月:陽葵終わったら連絡するでしょ】
【琴葉:たぶん今終わった】
私は笑った。【陽葵:終わった】 一秒、【杏奈:どうだった!?】
【陽葵:楽しかった】
【美月:知ってた】
【琴葉:知ってた】
【沙耶:ご飯食べて帰ってきな】
【陽葵:はい】 結果はまだ分からない。
一次を通り、二次にも残って、最終まで来た。
でも、まだ仕事ではない。受かって初めて、撮影へ行ける。その当たり前のことを、今日ようやく実感した。
そして、だからこそ。もっと欲しくなった。演技ができた。
褒められた。それだけではなく。本当に役を取りたい。
私は駅へ向かいながら、初めてはっきりそう思っていた。
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