第7話
ガストン「大変……大変申し訳ない事をしてしまった……! わしは……わしはもはや領主様に合わせる顔がありませぬ! ガストンは責任を取ってアルド川の裁きを受けたとお伝えくだされ!!!」
エミル「まって! 落ち着いてください!」
エミルと衛兵、合わせて5人の大人を軽々と引き摺りながら、ガストンは大橋をぐんぐん進んでいた。側近にこそ、ルシアン様は直接お伝えになる機会があると算段をつけていたに違いない。それを台無しにしてしまった。無能にも程があるとガストンは号泣しながら爆走し始めたのだった。
エミル「……ガストン様……ご無礼!」
エミルはガストンから手を離すと、両手を舞うように動かして魔力を練り上げた。そしてガストンの背中に向けて、それを繰り出した。
瞬間、稲光がガストンを包んだ。正確にはガストンと衛兵を包んだ。
ガストン「ぎぃやぁああぁあ……!!」
衛兵たち「ぎゃああああ……!」
ガストンの背中が弓反りに伸び、そして悲鳴を上げると衛兵ともども失神した。
エミル「……衛兵の皆様も……すみません。」
大橋の上には気絶した大の大人が何人も転がった。だが、これでアルド川の裁きが下される事は当分なくなっただろう。
兵舎の治療室。エミルの目論見通り、ガストンは10分程で目を覚ました。その様子を見ると、すっかり落ち着いているようだった。
エミル「……領主様が責めるはずがないでしょう。」
ガストン「そうだとしても、わしがした事は重大な規律違反です。」
今度はすっかりションボリとしてしまっていた。まるで酔っ払いの介抱をしているようだと思ったエミルは、なんだか笑えてきてしまった。
エミル「では、私は戻ります。工程計画、明日の朝まででしたもんね。」
ガストン「はい……。エミル殿にも多大なご迷惑を……。」
治療ベッドから降りてくるガストンを、慌てて静止した。
エミル「少し強めに撃ちましたから、ゆっくりおやすみください。」
ガストンを横に寝かせ、毛布をかけ直す。
ガストン「いや……しかし、お見事ですな。大の大人どもを一撃で失神させるとは……。」
エミル「お買い被りを……。ではまた明日、領主様の宮殿で。」
エミルは足早に兵舎を後にした。そして馬車に乗り込むとすぐに走らせ、ルシアンの宮殿への帰路についた。頭の中はすでにルシアンのことでいっぱいだった。
エミル(失語症……。ルシアンは幼少の際に溺れてから表舞台に出てこなくなったと聞いていたが、言葉を失っていたのか……。)
ふと、自分がルシアンの宮殿に到着した日の、夜遅くまで明かりがついていた執務室が思い出された。
エミル(言葉を取り戻すために、血の滲むような努力をしたに違いない。)
エミルは馬車に揺られながら考えを巡らせた。気がつくと、エミルは少しウトウトしていた。
御者「エミル様。到着いたしました。」
エミル「……あ、ああ。すまない。」
エミルはハッと目を覚まし、馬車を降りた。すると、ちょうどフィリアが宮殿から出てきたところだった。
フィリア「あ、エミルさま! ちょうど良いところに!」
フィリア。黒髪ショートボブには、桃色のアクセントが入れられている。透き通るような白肌と少しふくよかな体型が相まって、ある種の包容力を感じさせる佇まいだった。ドワーフは小柄な民族とは聞いていたが、確かに背の高さはエミルの肩に届かないほどであった。
聞けばフィリアは、ルシアンへ報告ついでに魔法のことで相談があったが、彼から「エミルは外出中なので明日になるかも……」と、言われてしまい、諦めて帰るところだったらしい。
フィリア「領主様は、もし道中で見つけたら拾って持っていっていいぞ。と。」
エミル「……俺は小銭か何かか。」
フィリアが神殿へ戻るというので、エミルは馬車から馬車へ乗り継いだ。そして出発すると、フィリアは編纂中の法典原案を取り出した。使える紙という紙をかき集めて束にしているようで、紙のサイズがちくはぐのまま乱暴に紐で止められている。
フィリア「エミルさま、相談をよろしいでしょうか。」
エミル「ええ、もちろんです。」
フィリアは迷う事なく煩雑にまとめられた法典の紙束から、1枚の紙を抜き出した。
フィリア「罰則規定のうちの身体刑のご相談です。現在、王国では雷魔法による刑が規定されています。」
エミル「……ええ。」
エミルの脳裏に、朝の風景がよぎった。
フィリア「……王国の最古の法典にはすでにこの刑の記述が見られます。そこからすべての法改正の記録を読み返すべく、先日、領主様のお許しを得て王立図書館へ赴きました。」
エミルは、なるほどと頷いた。
フィリア「そこでおよそ1,000年分の法原典と編纂履歴を見させてもらいましたが、やはり大筋で現行法と違いはありませんでした。さすが王立図書館ですよね、古文書の原本がたくさん眠っているなんて夢のようですよ! あれもこれも実存してたんだって思ったら感動で私涙が出てきちゃって、片っ端から読んでいくことにしたんです! 数は途中から覚えてないんですけど、写本コーナーでどうやら寝落ちしてたらしく、気づいたらカンカンに怒った司書さまに”お前10時間も読み続けるな、俺が帰れないじゃないか”って起こされて……」
エミル「あ、あの……フィリア殿。」
フィリアはその声で我に帰った。
フィリア「あ、ご、ごめんなさい! えと……どこまで言いましたっけ……。あ、そうです! 徴罰にどう魔法を組み込んでいくのか、この点にご指摘をお願いできないでしょうか。」
エミルはゆっくり慎重に、持論を述べ始めた。
エミル「……そもそも魔法を身体刑に使う事自体、私は否定的です。」
フィリアはメモ用紙を取り出した。だが、そこでちょうど神殿に到着してしまったので、一旦神殿へ入ることにした。
エミルとフィリアは、神殿の扉を恭しく開けた。見事なアーチ型の天蓋をみあげながら、二人はフィリアの書斎へ入った。
エミル「先ほどの話ですが……。」
エミルはフィリアを先に座らせ、後を追って腰掛けた。
エミル「雷魔法は元々、オーク奴隷を罰するために用いられてきた魔法です。雷魔法を用いた時点で、相手を奴隷に見ているということになりかねません。無意識的にでもです。」
フィリアは何も言わずゆっくり頷き、紙の裏面にメモをとり始めた。
エミル「ですが、私は歴史家ではありません。王国に何らかの前例があり、それを飲み込んだ上で刑に採用している可能性があるかも……と考えるとフィリア殿に一旦お返ししたいです。私も歴史に学びたい。」
フィリアはペンを止め、輝く瞳でエミルを見つめた。
フィリア「……エミルさま! さすが、さすがエミルさまは領主様の副官であらせられます! そうなんです! 歴史を軽んじる事は、偉大な先人たちを無視する事です! 星の如く輝き、歴史に偉大な足跡を残した不世出の天才たちの足跡への破壊行為です!」
エミル「あ、あの……フィリア殿?」
エミルは明らかにフィリアの空気が変わったのを感じた。悪い意味で。
フィリア「ところが世の自称知識人どもは、自分の都合のいい解釈と思い込みばかりするじゃないですか! 私、そういうの見ると耐えられないんです……。この前なんか婚礼の宣誓に立ち会ったんですが、あのクソ神官ども、ページ数はまだしも巻数まで間違えやがって……。」
エミル「あ、あのー……。」
フィリアの溶岩が冷え切るまで、およそ1時間を要したのだった。
フィリア「……失礼しました。」
エミル「いえ、お気になさらず……。」
フィリアは赤らめた顔を下に向けながら再びペンを取り、改めてエミルに質問を続けた。
フィリア「……確かに宮廷諮問の場で、同じ事は何回か話し合われたと記録が残っています。ただ、その度に却下されていました。」
エミル「理由をお聞きしても?」
フィリアは頷き、資料を読み上げた。
フィリア「すべて同じ理由でした。オーク達は炎適性が非常に高く、炎魔法では効果的な身体刑にならない。また、戦時中はオークの鉄甲冑に対抗するために雷魔法が活用されたという慣習も影響したようです。」
エミルは鋭く口を開いた。
エミル「なるほど、では余計に魔法は身体刑に用いるべきではないというのが私の考えです。」
フィリアは再びペンを取った。
エミル「私の感覚では、戦時中にこびりついた前例を神聖視し目を曇らせているように思えてなりません。」
フィリアは、2枚目の紙に手を伸ばした。
エミル「そしてオークに雷が有効というのも、研究の結果ではないでしょう。鉄では雷が防げないということだけであって……有効?……いや、まてよ、もし執行者と受刑者の属性を予め調べられる時間的余裕と件数を鑑みた極刑という点に限れば、それは互いの適性による乗算的な魔法的結果が得られ……」
フィリア「……エミルさま?」
エミル「そうか、そこでは執行者は出力に関しては常に最大値を心がければよいのであって受刑者は物理的な絞首刑や斬首刑よりも苦しみを感じる確率を下げることができるかもしれず、それはかえって魔法の長所としての一面を……」
フィリア「あ、あのー……。」
エミルの理論の渦が収まるまでには、1時間程を要した。そして、数時間前には1束だった分厚い法典は、エミルが去る時には3倍ほどの厚みになっていた。




