第13話
リリアン先生のクラスは、今日は社会科見学ということで帝国中央博物館を訪れていた。ここには帝国の様々な一次資料が残されており、帝国史の歩みをつぶさに保管しているのである。
一同はまず、博物館正面の広場に集まっていた。点呼を済ませ、全員揃っていることを確認してリリアンは、大きな声で話し始めた。
リリアン「……では皆さん、今日は中央博物館での見学です。様々な歴史的な品々が展示されていますので、くれぐれもふざけたりしないように! それと、他のお客さんもいらっしゃるので、私語は謹んでくださいね。」
リリアンの言いつけは厳粛な文脈であったが、心なしか声を弾ませているようだった。
リリアン「さあ、これから二列で入り口に向かいますが、水分は展示品のない廊下でのみ摂ることができますので、この大事なルール、よく覚えておきましょうね。」
生徒たちは元気に「はーい」と返事を返す。リリアンは、生徒達を入り口まで誘導しながら段々歩みが速くなっていた。後ろの生徒達は小走りに追いかけるほどだった。
リリアン「リギリア、とは古い言葉で"絆"を意味します。帝国の歴史は、人の輪が広がってくる歴史でもあります。まずは、ルシアン1世が王都を出発してから海の民と出会うまでを記した……黎明の間に向かいましょう!」
リリアンの説明には力がこもっていった。入り口に到着すると、そこは荘厳な大理石によって造られた大きな大きな正門だった。
リリアン「この大門は太陽の門と呼ばれています。ルシアン1世は北への航海へ旅立つ際に、震える臣下たちにこう演説をして力付けたそうです。」
リリアンは入り口の真ん中、太陽の門に背を向けながら高らかに声を上げた。
リリアン「勇者達よ、案ずるなかれ! 諸君らの勇気は、陽光となりて北に輝く! ……と。あー、一回でいいから私も帆船で旅してみたいなぁ〜!」
入り口の守衛「……あのー先生。少しお静かにお願いしますね……。」
太陽を戴くジュラーム王国。王都は、早朝からいささかの慌ただしさに包まれていた。この日は第三王子の出発の日である。人払いと警備のため王都の兵士が大通りのそこかしこに立っていたが、まだ日の出前とあって人影はほとんど無く、警備兵の多くはあくびをするか、野良猫と戯れるくらいしかやることが無かった。
ジュラーム王国第59代国王、ゼルス王。民の声をよく聞き、話し合いを好む良き王であることは間違い無かったが、あらゆる人々の願いを叶えようとする性格が災いすることが多くあった。その中庸な判断によって誰も大きく失望はさせないが、誰も満足させられない為政者だったのである。
ゼルス王「……三人の息子には、三つの領地を統治させることとする。」
そして三人の息子を愛する父親として、王国の領地を分割統治させる形で継承問題に終止符を打とうとした。第一王子には王都周辺の肥沃な平原地帯。第二王子には西部の広大な山岳や丘陵地。第三王子には、かつてジュラーム文明の中心地であった北方領を与える事にした。
兵士「要は体のいい配流だろ?」
警備にあたっていた兵士は、持ち場を少し離れて立ち話を楽しんでいた。
兵士「北方領なんか、お尋ね者でも行かないもんな。」
王城の方から馬車の足音が聞こえてくると、兵士たちは大慌てで持ち場に戻った。
別の兵士(ルシアン殿下はあの馬車の中か……。)
他の兵士(こんな静かさじゃあ、まるで罪人だよ。陛下もお人が悪い。)
好き勝手想像する兵士たちを横目に、ルシアン達の馬車行列は次々と大通りを進んでいった。だがエミルもルシアンも、特命隊の誰しもが期待と使命感を持って王都を去った。偉大なる一歩は、静かな朝から始まったのである。
アルド川の流れに沿って下流へ1日進むと、レオニア港に着くはずである。王都と港は河川交通によって接続されており、しきりに川船が行き交っていく姿が見てとれた。
ルシアン「港には船団を用意してくれているらしい。オーゼルキープまでは父上がお膳立て
してくれているのだから、安心して旅ができるな。」
ルシアンは馬車のなかで背伸びをして、気持ちよさそうに馬車の中で横になった。
エミル「……なあ、ルシアン。陛下はなぜ北方領をお前に与えたんだ?」
エミルは勇気を出して聞いてみた。もはやこれはただの割譲ではない。明らかにルシアンに対しては巨費を投じていることが、ここにきて明瞭になってきたからだ。
ルシアン「実はな。俺からくれと言ったんだ。」
エミル「……!」
ルシアンは体を起こして座り直した。
ルシアン「父上はお優しいのだ。兄上達だけでなく、俺にまで領土を分割しようとしてな。」
エミルは行程表を丸めて畳んだ。
ルシアン「さすがに俺から直訴して止めた。その代わりに北方領をくれといったら、しばらく
固まってしまったがな。」
エミル「……そのまま貰わなかったのか。」
ルシアンは腕組みをしながら、難しい顔で答えた。
ルシアン「俺は分割相続に反対だ。いちいち子ども皆に分け与えてたら、あっという間に
国が細かくなってしまうぞ。」
エミル「3人の子どもの下にさらに3人ずつの子がいたら、もうそれで9カ国か……。」
エミルも難しい顔で続けた。
エミル「とはいえ北方領は……王国発祥の地とは聞いているが、確か千年以上前の事
じゃなかったか。」
そして、小さくため息をつきながら問い直した。
エミル「……ルシアン。お前は北方領に詳しいのか?」
ルシアンは微笑みながら答えた。
ルシアン「何も知らん。1から国を作ることになるのは間違いないな。」
エミルも微笑みを返した。
エミル「ずいぶん楽しそうじゃないか。」
そして、エミルは窓の外に遠く王都を見た。馬車は順調に、港へ進んでいた。
王都レオニアから港まではよく舗装された平坦な道が続く。王国内で取れた産物はいったんこの港へ運ばれ、荷揚げされる。そして川船に乗せ替えて王都へ直送されるのだ。レオニアは、まさにジュラーム王国の中心なのである。
日がどっぷりと暮れた頃、ルシアン達の馬車行列は港へ到着した。正門から横にずれた軍用門から兵舎の敷地に入ると、訓練場に次々と馬車が停車した。そしてすぐ馬番達は忙しなく馬の世話に移り、雑務係は町へ走り込んで行った。
馬車を降りたエミルは、高台から町を見下ろした。夕日を背にした海は、実に雄大だった。遠目に眺める港には大型帆船がいくつも停泊しており、すでに喧騒こそ無かったが王国の大動脈を担っている威厳が感じられた。町のあちこちには海に向かうように石壁と大砲が備えられており、それらの先、遥か海の向こうには島々がぼんやり浮かんでいた。
ルシアン「エミル、先に行くぞ。」
エミル「……ああ、すぐ行く。」
二人は兵舎の中へ入って行った。
タウリ「領主様、エミル様。すいません。俺、船旅は初めてなんですが……。」
兵舎に入り、食堂に移った2人をタウリが訪ねてきた。
ルシアン「どうした、タウリ。」
タウリ「船旅って、何を準備したらいいんでしょうか。周りの方々に聞いても、何も準備
しなくていいって言われちゃって……俺、どうしたらいいか。」
エミル「ひと月の船旅ですからね、心配になるのも分かりますよ。」
ルシアンは静かに立ち上がり、優しくタウリの肩に手を当てた。
ルシアン「準備は全て兵士たちがやってくれる、心配はいらん。父上が用意してくれた船で
向かうのだから、王国一の船旅だと思ってくれ。俺の私室を使ってもかまわんぞ。」
タウリ「……は、はい。」
タウリは少し顔を明るくした。
ルシアン「むしろ、何か欲しいものはないか。いざ北方の開拓が始まれば、少なくとも
2、3年は戻って来れなくなるぞ。」
ルシアンはタウリの肩をペチペチと弱く叩いた。
タウリ「あ……。」
タウリは少し言い淀んだ。
ルシアン「?」
タウリ「いえ、なんでもありません。」
ルシアンは再び肩をペチペチと叩いた。
ルシアン「なんでもあるやつの言い方だろう、それは。」
エミル「タウリ殿、何か気掛かりでも?」
タウリは、申し訳なさそうに、声をひそめて切り出した。
タウリ「あ、あの……この港に、島の仲間がいるかなと思って。できれば会ってみたいと。」
エミルとルシアンは顔を見合わせた。
エミル「……ええと。つまり、シーオークのことでしょうか。戦時中に、戦火を逃れるため
海を渡ったという……。」
タウリ「シーオーク……あ、はい。そうです。」
ルシアン「話によると、西嵐島には確かにいるらしいが……"海を渡った"ということは、この
港にはいないだろうな。」
ルシアンは食堂の窓から、遥か彼方海の向こう。かろうじて島景浮かぶ水平線を指差した。タウリはそのまま、俯いてしまった。
タウリ「あ、そ、そうですよね。すみません、変なことを……。ありがとうございました。」
タウリは肩を落としながら、食堂を後にした。
エミル「……山と海。オーク達は王国を挟んで、真っ二つに別れてしまったんだったな。」
エミルが複雑な思いを抱いている横で、ルシアンは黙して何かをずっと考えていた。
その日は少し寝付けなかった。期待で心が弾んでいたのが、半分。もう半分はオーク達の事を思っていたからだった。専用の馬車に、専用の帆船。自分たちが享受している恵みは、何の上に成り立っているものなのか……エミルは考えずにいられなかったのである。そして、ひとしきり考えを巡らせるとそのまま眠りに落ちた。
翌朝は快晴だった。まるで、北方領が自分たちを手招きしているかのような好天であった。
エミルが食堂に降りていくと、少しの騒ぎが耳に入ってきた。ルシアンとガストン、ライラの3人が何やら井戸端会議をしているようだった。
ガストン「む、エミル殿!」
ライラ「……エミル様!」
2人はエミルを見つけると、待っていたかのように呼びかけた。エミルは状況はわからないものの、その元へ急いだ。
エミル「……どうかしましたか?」
ガストンとライラが困りながら、ルシアンを挟んで立っていた。
ガストン「……実はですな。」
ライラ「……領主様が、船に乗らないと言い出したのです。」
目線の先では、ルシアンが腕組みをしながら目を瞑っていた。




