035
「勝った気がしないな」
試合に勝って勝負に負けたと言う奴だろうか。いや、結局マンティコアは倒せても魔人は倒せてはいないので試合に勝ってすらいない。
元々マンティコアは言っていたではないか。「我ら」と。それは尖兵たち、もしくはボスの軍団のことを言っているのだと思っていたが、実際にマンティコアと魔人のセットの事を言っていたのだ。ジンたちが気付かなかっただけで。
「マンティコアは倒したけれど、勝った気がしないわね」
「あぁ、クリスタルが割られちまったらな」
「そうですね」
トトリがそう溢し、カインとフィーネが同調する。
「マスター、気を取り直してください。一回の負けイベントで負けを認めてはこれから戦えませんよ」
負けイベントを知っているアイリスがジンを慰めてくる。
そうだ。一回の負けイベントなんかで諦めていてはいけない。クリスタルはまだ七つもあるし、他に仲間にしなければいけないNPCも何人もいる。
彼らと共に世界を守るのがジンの使命だ。
「そうだな、今回は負けた。だが次は負けない」
「マスター、そのとおりです」
「その調子だぜ、兄弟」
「そうね、次は負けないわ」
「あのクリスタルは大精霊様の化身だったのね。守らなきゃ。ジン、頼むわね」
ジンがそう言って仲間たちが同調した瞬間、頭の中に声が流れた。
〈フィーネの好感度が一上がりました〉
〈トトリの好感度が一上がりました〉
フィーネの好感度はもう上がらないのではなかったのか、そんな疑問も浮かぶが、好感度システムはよくわからないので放って置く。
どのみち仲間との絆は深めておいて悪いことなどない。
好感度が上がったと聞くとついフィーネとトトリを意識してしまうが、それは置いておくことにした。今すぐどうなると言う話でもないからだ。
「クリスタルの欠片とマンティコアの死骸を解体して戻ろう。クリスタルの欠片もなにかに使えるかも知れないし、他の探索者に持ってかれても困るしな」
「わかった。解体は私たちでやるね」
ジンとアイリスがクリスタルの欠片の方に向かうとフィーネが解体を申し出てくれた。
マンティコアは迷宮の魔物ではないので死骸が残っている。解体して、冒険者ギルドの方に出せば報酬になるだろう。
マンティコアは迷宮でも滅多に出ない高位魔物だ。その死骸が丸々一体分。いい値段になるのは間違いがない。
ジンは粉々になったクリスタルの欠片を見逃さないように全てアイリスのアイテムボックスに入れて、フィーネ、カイン、トトリは解体に精を出すことになった。
「終わったぜ」
振り向くともう死骸とは言えない状態にマンティコアはなっていた。皮、肉、牙、爪など。カインたちは解体の心得もあったらしい。もちろん率先したのはフィーネだろうが、マンティコアの死骸はきちんと解体されていた。
「お疲れ様」
解体されたマンティコアをアイテムボックスにしまう。
これでここに用事はなくなった。宝物庫とかではないので、クリスタル以外の大切なものはここにはないのだ。
「じゃぁ帰るか」
ジンが少し元気のない声で言うと、四人は素直に転移陣に乗った。
◇ ◇
「なんだこれは」
「マンティコアだ。迷宮まで俺たちを追ってきたらしい。返り討ちにしてやったがな・・・・・・」
「まさか、迷宮にマンティコアが入り込むなんて、前代未聞だぞ」
冒険者ギルドの担当は驚いていたが、そもそも街の中にマンティコアが入り込むことが有り得ない。衛兵が巡回しているし、街の周りは冒険者が常に動いている。街の中には多くの冒険者、探索者がいる。
マンティコアほどの高位魔物が現れたら当然冒険者ギルドにも探索者ギルドにも連絡が入るはずだ。
グレースはそれだけ巧妙にジンたちを見張っていたらしい。魔法に強いマンティコアの強みだ。
「とりあえず買い取ってほしいんだが」
「あぁ、わかった。どこから持ち込まれようとも上級の素材ばかりだ。奮発するよ」
担当者はそう言ってマンティコアの素材を他の職員に持っていくように指示した。
「なぁ、これからどうするんだ」
「これからなぁ。武器も防具も、あのレベルの相手にはまだまだ通用しないことがわかった。迷宮に潜ってガチャコインをもっと集めるか」
「ちょっと!」
カインの疑問にジンが答えるとトトリがジンの肩を掴んできた。
「世界の危機なのよ。そんな悠長なことでいいの?」
「そう言われてもなぁ。クリスタルの存在を知っているのは殆ど居ないだろう? 領主に報告しても無駄だと思うぞ」
精霊種のエルフであるトトリは世界樹のクリスタルを知っている。それだけでなく、クリスタルの実物を見たことでクリスタルの重要性がわかったのだろう。
そのクリスタルが得体のしれない奴らに狙われていることが判明した。すぐにでも対応したいことだろう。
「くっ、それはそうだけど。エルフの里には知らせるわよ」
「それはもちろんそうしてくれて構わないよ」
だが王族ならともかく、どこかの貴族程度ではおそらく伝承にすら残っていない。クリスタルとはそれほど世界の秘密なのだ。
トトリがエルフの里に連絡してくれると言うのはむしろ良いことだ。ジンたちだけで残り七つのクリスタルを守ることなどできない。
世界樹を守るエルフは精強だ。彼らが守ってくれるならそれほど頼りになるものはない。
「悠長にする気はないけれど、魔人とマンティコアが同時に掛かってきたら俺達も危なかった。装備の充実はこれからの急務だよ」
「っ・・・・・・、それもそうね」
カインの大剣はマンティコアに殆ど通用しなかった。トトリの弓もだ。フィーネの短剣も同様だ。
それらはどちらも銀コインレベルの武器だ。逆にカインが無事だったのは金コインから出た防具のお陰だと言っても良いだろう。
金コイン、いや、その上のミスリルコインが出る所まで迷宮を攻略する。そしてジン含め全員の武器防具を更新する。
「急がば回れってそう言えば言ったよな」
「えぇ、尖兵たちもクリスタルの位置を知っている訳ではなさそうでした。マスターが動かなければ逆にクリスタルは安全なのではないのでしょうか」
アイリスの言う通り今回は安易に風のクリスタルへの道を開いてしまったことが敵を誘うことになってしまった。
グランドクエストは本来もっとフィーネたちが育ってから始まる筈だったのだ。魔人たちにとっても最初のクリスタルを早めに壊せたことは悔しいことに僥倖だったのだろう。
他のクリスタルは基本的に船や飛空艇が必要な場所にある。簡単に行ける場所にはないのだ。空を飛べる魔人ならともかくジンたちがすぐに向かうことはできない。
「そうだなぁ、今回も死ぬかと思ったし、装備の充実は大事だと思うぜ」
「そうね、私の短剣じゃ傷を与えられなかったわ」
カインもフィーネも賛成してくれる。トトリは危機感を募らせていたが、実際トトリも危なく死ぬ所だった。
相手は強敵なのだ。装備も、そしてジョブの熟練度などもあげなければならない。
幸いクリスタルの加護は先に貰うことができた。全員のジョブは進化している筈だ。
「それに、クリスタルの加護でジョブが進化しただろ? それにも慣れないと次の戦いは厳しいよ」
「そうね、わかったわ」
ジンが追い討ちを掛けるとトトリも悔しそうな表情で頷いた。
納得している訳ではないだろうが、今すぐにジンたちがなにかできることはない。
これからの戦いに対して、十分に準備を整えること。そして次はマンティコアと魔人のコンビでも五人で戦えるようになることが最優先だ。
「今日は強敵との戦いだったからな。とりあえず三日くらい休みを取ろう。そしてそれから本格的に迷宮探索だ。まずはAランクになってより上位のガチャコインを手に入れられるようになろう。そして装備を整えるんだ」
ジンの方針は概ね受け入れられ、今日の疲れを取るべく、酒場に繰り出すことになった。




