034
「残念だったな」
ジンは勝ち誇った顔をしたマンティコアを見ながら、折れたデュランダルの先を鞘に突っ込み、デュランダルを鞘にしまった。
即修復とはいかないが、一分もすれば折れたデュランダルは新品同然に回復する。
ジンは予備に持っていた片手剣を構え、マンティコアに対峙した。
「グァァッ」
カインがその隙を見逃さず、ジンが与えた後ろ肢の傷に大剣を叩きつける。トトリやアイリスも魔法を放っている。
マンティコアは一体なのに対してジンたちは五人だ。アイリスは高速で飛び回りながら目を狙ってアイシクルニードルを放っている。
なかなか目に当たらないが、目の近くに不可視の針が刺さる状況がマンティコアには不快なようだ。顔を幾度も振って狙いを付けられないようにしているが、その分トトリの魔法などが直撃する。
それが更にマンティコアを苛立たせる。眼の前には凶悪な魔物。だがジンは負けるつもりなど毛頭なかった。
デュランダルがあれば戦える。今は折れているがすぐに修復する。聖剣と言うだけはあるのだ。
今まではそれほどデュランダルの特性に頼ったことはないが、マンティコアと言う強敵と相見えて、デュランダルの特性に感謝する。
(普通は剣が折れたら終わりだからな)
今構えているのは鋼鉄の剣だ。オーガを倒すのにも苦労する。マンティコア相手では目や喉を突かないと効果がないだろう。
もう一度腹下に潜るかと考えたが、マンティコアはそちらも警戒しているらしい。爪撃が低空になり、くぐり抜けることができない。
「くっ」
どうしても避けられない爪撃があり、それを鋼の剣で受けた。ピシリとイヤな音がする。罅が入っていたとは言えデュランダルを折った一撃だ。鋼の剣では耐えきれないらしい。
ただデュランダルの鞘が淡く光っている。これは修復が完了したと言う事だ。長剣を捨ててデュランダルを抜く。
先ほど折った筈のデュランダルが完全な形で出てきたことにマンティコアは目を剥いた。
「サンダーランス! 蔦走り!」
トトリが今まで使えなかったサンダーランスを放つ。植物魔法が強化されたのではなく、通常魔法が強化されたと言う事はトトリのジョブは魔導士になったのだろう。
雷の一撃が光の速さでマンティコアを焼く。今度は踏み潰されなかった蔦走りが後ろ肢に絡まり、マンティコアの動きを阻害する。
カインもそのタイミングで後ろ肢の傷を攻撃している。マンティコアの顔が苦痛に歪む。
(今)
マンティコアの思考がカインとトトリに割かれる。眼の前にいるジンに対する圧力が減った、
「はぁっ」
ジンは飛び上がってマンティコアの顔に斬撃を加えた。目の上から瞳に掛かるように。その瞳ごと斬り裂くように。
斬。
マンティコアの悲鳴がクリスタルの間全体に響き渡る。
ジンの狙い通り片目は奪われ、尻尾も半ばで斬られている。後ろ肢は腱だけでなく骨まで見えている。腹からは内臓が零れそうになっている。
マンティコアは満身創痍だった。
「人間どもがっ、舐めおって!」
「ここだっ!」
ジンの掛け声と共に三人が同時に動き出す。アイリスは残った目に向かってアイシクルニードルを叩き込もうとしている。マンティコアは残った目だけは奪われるものかと必死に頭を振った。
ジンと挟まれたマンティコアはどちらを先に処理するかを考えていて隙だらけだ。
今なら行ける。
ブンブンと振り回される前肢を避け、懐に潜り込む。
狙いは喉。先に腹方面に潜り込もうとするフェイントに引っかかり、マンティコアは腹への軌道を塞いだ。その分頭が下がる。
片目になった死角から喉元へデュランダルに魔力を籠め、渾身の力で突きこむ。
「グギャァァァァァッ」
致死の一撃。デュランダルはマンティコアの喉を引き裂いた。
続けてカインの一撃がようやく後ろ肢を斬り落とし、トトリのサンダーランスが再度マンティコアの体を焼く。
「ぐぬぬっ、愚者どもに我が負けるとは・・・・・・。だが目的は果たした。我らの勝ちだ」
ズズゥンとマンティコアの体が倒れ伏す。
「はぁっ、はぁっ」
「マスター、やりましたね!」
ジンは戦闘の激しさに息が切れ始めていた。一つも油断できない相手だった。実際ジンだけでなく、フィーネ、カイン、トトリの三人も無傷ではない。
ポーションで傷は治ってもすぐに完治するものでもない。戦闘が継続できる。それだけだ。
「やったな、アイリス」
「えぇっ、流石です。マスター」
姿を現したアイリスと共にマンティコアを倒した喜びを分かち合う。
その瞬間、パチパチパチと拍手のようなものが鳴り響いた。
◇ ◇
「やるね、グレースを倒してしまうとは圧巻だよ。あれでも上位の強さを持つ魔物なんだよ?」
グレースとはマンティコアの名前だろう。そのくらいは予想がつく。
発言した男はクリスタルの上に立っていた。いつの間に現れたのかもわからない。中肉中背でパッと見はただの褐色の男に見える。ただ男の額からは角が生えていた。
「魔人!?」
フィーネたちと合流したジンは即座に戦闘態勢に入った。
「へぇ、僕たちを知ってるんだ。まぁこの隠し部屋の存在を知っているんだからそのくらいの情報は持っているか。僕としてはグレースと共に君たちと戦いたかったんだけれど、先にやることがあったからね。まさかグレースが負けるとは思わなかったからだけど」
魔人の男からは圧倒的な魔力を感じる。同時にマンティコアと戦っていたら勝負にならなかったかも知れない。
ジンはそうならなかったことに胸をさする。
だが油断はならない。そう勘が告げている。
「目的はなんだ」
「ふふふっ、そう構えなくてもいいよ。もう準備は終わったし、目的ももう遂げる。君たちと戦う気はないんだ。その聖剣は僕にも脅威だしね」
魔人は腰に差していた剣を抜く。その剣はあまりにも禍々しかった。
よく見ると淡く輝いていたクリスタルがくすんでいる。準備とはそれだろう。マンティコアと戦っている間に魔人はクリスタルに何かしらの仕掛けをしていたのだ。
「待てっ、やめろっ」
ジンはこれがグランドクエストの始まりだとわかった。アビスゲート・オンラインでは全てのクリスタルを守ることはできない。
所謂負けイベントと言う奴だ。ボスを倒してもクリスタルを壊されてしまう。その結果、世界の精霊力の均衡が崩れ、ラスボスが次元の狭間から降臨してしまう。
魔人はその下準備をしに来たのだと気付いた。
「やめろと言われても、ねぇ?」
魔人はその禍々しい剣をクリスタルに突きこんだ。
本来ならばクリスタルは聖剣デュランダルで斬りつけたとしても傷一つつかない。だがクリスタルはくすんでいる。
禍々しい剣、邪剣がクリスタルに突きこまれる。
パキッ、パキキキッ。
巨大なクリスタルに罅が入る。その罅はどんどんと大きくなっていき、クリスタルは弾けるように割れた。
「なんてことを・・・・・・」
精霊の力を、世界の均衡を守るクリスタルを知るトトリは青褪めていた。クリスタルが割れると言う事はこの世界のバランスが崩れると言う事だ。
フィーネとカインはその恐ろしさを知らないが、魔人の魔力と禍々しい邪剣を見て警戒度をマックスにしている。
「殺す」
「怖いなぁ、もう僕の役目は終わったんだ。だから帰らせて貰うよ」
せめて尖兵として来た魔人だけでも倒さねばならない。そうしなければ他のクリスタルにも同じように仕掛けを施し、クリスタルを砕くだろう。
「アースクエイク」
魔人が魔法を唱える。ジンたちの周りだけが震度七を超える規模で揺れる。
ジンはこの魔法を知ってはいたが体験したことはない。これほど揺れるのかと思い、片膝を付き、片手で必死で倒れないようにする。
だがフィーネとカイン、トトリはそうはいかない。三人はあまりの揺れに驚き、倒れてしまった。
「アイシクルニードル」
飛んでいたアイリスだけが魔人に攻撃を放つ。だがそれも魔人は手で軽く払ってしまった。
「本当は殺して置きたいんだけど、僕の魔力もほとんど使っちゃったからね。君たちの命は残しておいてあげるよ。武器もないしね」
魔人がそう言うと、持っていた邪険に罅が入り、パキンと折れてしまった。
クリスタルを割るほどの剣だ。ただの剣ではないだろう。だがそれも役目を全うして終える。
「じゃぁ僕はもう行くよ。二度と合わないことを願いたいね。特に聖剣を持った君。君は一対一でも危なそうだ」
魔人は割れたクリスタルを確認すると背中から羽をバサリと広げ、ジンたちを飛んで通り過ぎる。そして転移陣に乗って消えてしまった。
「くそっ、逃がしたっ」
ようやく立ち上がったジンたちだったが、もうそこには魔人はいなかった。ダンジョンの魔物ではないマンティコアの死体だけがそこに転がっている。
(負けイベントだとしても、負けちゃいけなかったのに・・・・・・)
ジンの心に忸怩たる思いが沸き立つ。
その表情にはマンティコアを倒した喜びなど一欠片もなかった。




