033
「なんだこれ」
「凄い精霊力だわ」
カインはわからないようだが、トトリにはクリスタルの価値がわかるようだ。と、言ってもジンも精霊力とやらを確認できる訳ではないので、トトリの反応からそう見ているだけだ。
台座の上に浮遊しているクリスタルは巨大だった。縦だけでも十メートルはあるだろう。ただ下の方は触れそうだった。
ジンが触れてみるとクリスタルが光り、五人に光が飛んでいき、身体が淡く緑色に光る。
「なんだ?」
「何?」
「なんでしょう」
「おいおい、大丈夫か?」
「凄い精霊力。悪いものではない筈よ。と、言うか力が溢れてくるようだわ」
ジンが不思議がっていると、脳内に三つの選択肢が示された。聖騎士、魔導士、神官戦士。どうやらジョブが選べるようだ。
ゲーム内のビルドと今のパーティの現状を見て聖騎士を脳内で選ぶ。するとブワッと身体の中から力が溢れ出てきて、聖騎士の力を得たのだと実感する。
「ここで初めてのジョブか」
他の四人はジョブが頭に浮かんだというようなことは言っていないので、おそらく元々のジョブが強化されたのだろう。
フィーネは上位のレンジャーに。アイリスは上位妖精種に、カインは戦士の上位職に、トトリは魔導士か精霊魔法士のどちらかだろう。
「これはこの世界を保っているクリスタルの一つだ。悪いものではない筈だぞ」
ジンがそう言った時にはすでに光は消えていた。だが加護の力も全員実感しているようで、身体の変化を手を見たりして確認している。
ジンが取った聖騎士は騎士としての技量も持ちつつ聖魔法も使えるのが利点だ。元々このパーティには聖魔法の使い手はいなかった。それをポーションで補っていたのだが、聖騎士ならばヒールやキュアポイズン。それにバフ効果も期待できる。
神官戦士にしなかったのはいずれ聖女が仲間になった時を見据えたものだ。聖女のジョブは非常に強い。聖騎士よりも何倍もの効力を持つ魔法を使うことができる。
「これがクリスタル」
トトリが前に出てそう呟いた。エルフの伝承かなにかで知っていたのだろう。と、言うか世界樹がある場所にはクリスタルの一つがあった筈だ。
その時、またぞわりと、ただいままでにないレベルで邪悪な気配がした。
転移陣が光っている。
「こんなところに隠れていたとは。見張っていて正解だった。更に我らの目的であるクリスタルまであるではないか、ハハハッ、僥倖僥倖。今から死ぬ主たちには関係のない話ではあるのだろうがな」
現れたのはマンティコアだった。ライオンのような身体をし、頑固な老人のような醜悪な顔をし、人語を話し、強力な魔法も使う。体高は二メートルもあり、尻尾までの体長は五メートルを超えていた。
当然のようにジンたちは陣形を組んだ。今まで戦ったこともない高位の魔物だ。今さっき強化されたことなど忘れたように警戒をした。
(視線の主はあいつか。ハイディングの魔法でずっと俺たちを見ていたんだな。しまったな、隠し部屋の場所に誘導されていたのか)
隠し部屋は一度発見されれば次の者も入るのは容易い。今までのように宝箱の部屋ならば問題なかったが、転移陣のある部屋を偽装しなかったのはジンの失策だった。
(やはりグランドクエストは始まっている)
こいつが尖兵だ。ジンは確信した。ゲームの中では山程倒した相手。だが目の前にするとその魔力量と質量、迫力などが段違いだ。
「オーガたちなんかよりもよっぽど強いぞ、警戒しろ」
「応」
「わかった」
「わかりました、マスター」
「わかったわ」
全員が現れたマンティコアに釘付けになる。トトリは既に魔法を唱えている。カインはいつでも飛び出せる体勢になっている。ジンもフィーネもアイリスもそれは同じだった。
「愚かな、抵抗するか、小さき者たちよ」
「お前みたいな愚者に言われたくないな」
「なっ」
人語を話す魔物。それは当然高位の魔物に属する。そこにプライドを持っていたマンティコアは怒りに体を震わせた。
「楽に死ねると思うなよ、愚か者たちよ」
戦いが始まる。
◇ ◇
「アイシクルランス」
「蔦走り」
アイリスとトトリの魔法が同時に発動する。だがアイシクルランスはオーガの皮膚を貫くようにマンティコアを貫くことはできなかった。
いつものようにオーガを拘束していた蔦走りはその一歩で踏み潰された。
「こりゃ大物だな」
カインがニヤリと笑う。カインは敵が強ければ強いほど燃えるのだ。
ジンはそんなカインを心配しながらも、攻撃の手順を組み立てていた。
「ファイアーボール」
「散開っ!」
ズガァァァン。
マンティコアの巨大な火球がジンたちに向かって炸裂する。
全員がそれを避けるように散る。
「うおおおおっ」
カインがマンティコアに接近して剣を振るおうとする。だがマンティコアは前肢を振り上げ、地面に穴が空くほどに叩きつけた。
「おらぁっ」
寸前で回避したカインは渾身の力を籠めてマンティコアの前肢を切りつけた。だが皮膚は斬れても肉までは裂けてはいない。
強化されたカインの一撃でも、魔銀の大剣ではマンティコアに傷をつけるのも難しいのだ。
「こりゃぁ骨が折れるな」
食らった一撃などなかったかのように追撃してきたマンティコアの一撃を避け、カインは下がる。同時にジンが走る。
「アイシクルランス!」
ジンの左右にトトリの作った氷柱が沿うようにマンティコアを襲う。
一瞬マンティコアは迷った。ジンも、トトリの魔法も直撃を喰らうにはまずいと判断したからだ。
ただその逡巡をジンは見逃さなかった。
「全部喰らっとけ」
前肢の牽制を体を低くして懐に潜る。でかぶつの相手と言うのはまず懐に入ることがセオリーだ。更に最も弱い部位。腹が見えている。
「聖強化」
ブーストを掛けたカインのデュランダルがマンティコアの腹を裂く。
「グァァァァッ」
更にそれを追うようにトトリのアイシクルランスが前肢に二本突き刺さる。
「ようやく頭が下がったな」
カインは跳躍し、唐竹割りにマンティコアの頭蓋を砕こうとする。だがマンティコアのシールド魔法に阻まれ、それは叶わない。
だがそれも隙だ。腹肉を裂いたジンはすかさず後ろ肢を斬りつけ、腹の下から抜け出した。
一瞬遅ければマンティコアの質量に潰されていただろう。マンティコアは腹の下に潜った虫も当然の如く認知していた。
(あの剣はヤバイ)
マンティコアは思った。
カインの大剣は良い。魔銀製の大剣など頭蓋に喰らってもその頭蓋を砕くことはない。トトリの矢も問題ない。目などに当たらなければマンティコアの皮膚を貫くこともできない。魔法は侮れないが、それも相殺できる。
チクチクと妖精魔法が当たっていたが、それも無視できる。アイリスのサーベルによって飛んできた風刃を「かぁっ」とマンティコアは咆哮し、かき消した。
後ろに回ったジンに後ろ蹴りをかまし、躱されたが距離を取らせることには成功した。
トトリのアイシクルランスが今度は四本、迫っていた。そこにカインが追随する。だがマンティコアは敢えてトトリの魔法を無視することにした。
四本のアイシクルランスが体に刺さる。だがそれは肉を裂いてもマンティコアの行動を阻害しない。
「なっ!?」
トトリの魔法になにかした対処するだろうと思い、振りかぶっていたカインは間に合わなかった。強烈な前肢の一撃を喰らい、数十メートルは吹き飛ばされる。
「カインっ!?」
トトリは焦る。だがカインはそんな一撃で死ぬ男ではない。血を吐きながらも与えられた上級ポーションを飲み、すぐさま戦線に復帰しようとする。
(後ろに目でもあるのか!?)
ジンはカインたちと反対方向から挟み込むようにマンティコアを狙っていた。カインたちを狙えばこちらが疎かになる。当然死角だ。今度こそ腹ではなく心臓にデュランダルを突き立ててやろうと思っていたのだが、自在に動くマンティコアの尻尾がそれを許さない。
「ならばまずその尻尾だ」
軌道を読み、予測する。右から狙ってきた尻尾に剣を叩きつける。デュランダルに相当な負荷が掛かり、罅がはいる。
(どれだけ頑丈なんだ)
ただしマンティコアの予想も覆る。自慢の太い尻尾の一撃はジンを吹き飛ばす筈だった。だが刃はしっかりと通り、逆に半分に斬り落とされてしまった。
「グオォォォッ」
王者の咆哮。戻ってきたカインとトトリの体が一瞬硬直した。同時に組んでいた雷網が二人を捉える。
「ぐぁぁぁっ」
「きゃぁぁぁぁっ」
網に流された電流は二人の防具を貫通し、体を焼いた。
「そっちばっか見てるんじゃねぇっ!」
ジンが後ろ足にデュランダルを叩きつける。それは肉を裂き骨まで届き、腱を斬った。
痛みに耐えながらもマンティコアはその巨体とは思えない速度で振り向き、ジンに爪撃を与える。
パキン。
必死に耐えていたジンの相棒、デュランダルがその一撃に耐えられず折れた。




