032
ジンたちは五日の休憩を挟む事にした。
一週間の戦果は上々であったし、装備のメンテナンスもある。ギルドの訓練場で訓練することもあるが、基本的には自由だ。
「あ、この布可愛い」
「懐は温かいからな、欲しかったら買ってもいいぞ」
「いいの? ジン。ありがと~」
カインとトトリは違うが、ジンとフィーネの財布は共有になっている。お互いの装備や日用品などは基本的にジンが管理しているのだ。
当然フィーネの自由に使える金銭も与えているが、フィーネは元は村娘だ。大きなお金を使う時はジンにいつも気を使う。今回もそうだった。
(布って案外高いんだな)
そう思いながら銀貨を渡す。フィーネは嬉しそうに柄の入った布を受け取っていた。
「これでジンの服、作ってあげるね」
「え、俺の服?」
「そう。だってジンいっつも同じような服しか着てないじゃん」
「あ~、普段は鎧だから私服は気にしたことないんだよなぁ」
そう言いながらフィーネを見る。村娘っぽさはなくて、きちんとお洒落をしている。これも一定以上フィーネの好感度が上がった効果だろうか。いつの日からかフィーネはお洒落に目覚めたのだ。ただし披露するのはジンの前だけだが。
「じゃぁあっちの果実水飲もうか。少し休もう」
「うんっ」
フィーネと共に屋台で果実水を買って木陰で休む。布以外にも色々買っていたので荷物は結構ある。流石に街中でアイテムボックスを使うほどジンも迂闊ではなかった。フィーネもそこらへんはわかっている。
「おう、ジンにフィーネじゃねぇか」
「オルグさん」
オルグ。カインとトトリをジンに紹介したAランク探索者だ。
元々カインとトトリを鍛えていたのもこの人だ。ランク的にも探索者歴も先輩にあたる。
「もうお前らが三十階層まで来たって聞いたぜ。すげぇな。俺の見る目は間違っちゃいなかった」
オルグの目線はデュランダルに向いていた。金コインの確定ガチャから出たレアものだ。鞘に入れると回復すると言う特殊効果までついている。これを打てる職人は迷宮都市にもいないだろう。
「なんとかですね。これから先は装備の更新をしないと厳しそうです」
「そうだな、カインの魔銀の大剣はかなり草臥れてたからな。トトリは里から良い装備を最初から持ってたんだがあいつのばかりはなぁ」
「オルグさんの戦斧は何製なんですか?」
オルグもフル装備ではないがしっかりと武器は背負っている。
オルグのパーティは四十階層を超えて潜っているらしい。魔銀製では持たないだろう。
「これはミスリル合金だな。戦斧は金属を大量に使うからな、集めるのが大変だったんだぜ」
そう言いながらも自慢気に戦斧を見せてくる。
ゲーム内ではミスリル製の武器は中堅武器に扱われていた。ただそれもミスリルを集めるか、望外な大金を積まないと簡単には手に入らない。
カインの武器は人気の大剣なので購入するのは難しいだろう。
やはりガチャだ。ガチャは全てを解決する。より深い層に潜って金より上位のコインを手に入れられればカインやフィーネの装備もより良いものになるだろう。
「凄いですね!」
「あぁ、迷宮都市ではミスリル製の武器を持つこと自体がステータスになるんだ」
フィーネが持ち上げ、オルグは嬉しそうにはにかんでいる。筋骨隆々のおっさんが照れるのは勘弁して貰いたいものだとジンは思った。
◇ ◇
「ジンは三十階層に用事があるんだったか?」
「あぁ、マップのこの辺りにある筈だ」
五日の休暇を終えた後、ジンたちはまた迷宮に挑む事になった。
完全装備であるし、メンテナンスもしっかりと終えてきている。フィーネも初日に鍛冶屋に行って短剣を研ぎに出していた。
ただし今回は攻略ではない。クリスタルの確認とプレイヤーとしての加護を受けられるかどうかがジンの本来の目的だ。
其の為に聖女NPCであるソフィアのいる王都ではなく、迷宮都市を選んだのだ。
もちろんそれだけではない。迷宮では多くの魔物と戦うことができる。カインとトトリの加入。そしてガチャコインの確保。迷宮都市にはその全てが詰まっていた。
(風のクリスタルは最初に壊されるクリスタルだ。確認しないとな)
ジンは思う。グランドクエストが始まっているのならば、一番最初に狙われるのはジンが目的としている風のクリスタルだ。
それにジンとアイリスだけが感じた視線。確実にボスの尖兵だと思って良いだろう。なぜジンたちを特定できたのかは不明であるが、確実に見つかったと言う思いは強い。
ならば先にクリスタルを守る動きをすべきだ。そうジンは判断した。
「こっちって、まだ未踏破層よ」
「三十階層にもなると広いからな。宝箱の取り忘れとかもあるんじゃないか?」
トトリとカインがジンの取り出したマップを見ながら言ってくる。
「未踏破層なのか?」
ジンはなぜトトリがそれを知っているのかと目で問いかけた。
「流石にマッパーとして地図くらい買うわよ。ジンのマップが完璧なのはわかっていても、逸れたら危ないじゃない」
言われてみたらその通りだった。ジンは完全なマップを持っているが、フィーネたち三人はそうではない。
迷宮では挟み撃ちも奇襲もある。戦いの中で逸れることも視野に入れていなければいけなかった。
「悪い、考えてなかった」
「いいわよ、ジンの知識は凄いけれど迷宮に潜っている期間は私たちのが長いんだからね」
トトリは薄い胸を張って言う。実際今までもジンの言う事を聞くだけでなく、三十階層までのマッピングをきちんとしている。更にギルドで売られていたマップと照合までしていたらしい。
ジンの知識を詰め込んだマップ、隠し階段や隠し扉の位置までマッピングされた地図はギルドにでも売ればかなり高額なものになるだろう。
なにせ他の探索者には知り得ない情報ばかりなのだから。
「いいから行こうぜ。ガチャコイン? も集めなけきゃいけないんだろう? まさか魔物が落とすコインに意味があるなんて思っても見なかったぜ」
「それはそうね。それにガチャで出るアイテムは魅力的だわ。また回したいものね」
「今回はジンは回していないから、いっぱい集めなきゃね」
三人はジンの目的がなにかを知らないのに協力してくれる姿勢を見せてくれている。それだけでも有難いと思った。
「行こう。途中で戦闘があっても半日で行ける筈だ」
ジンの号令で四人がフォーメーションを組む。転移陣から離れるとアイリスが姿を現してサーベルを構えた。
「私もちゃんと戦いますからね!」
「アイリスちゃんももう立派な戦力だよ」
アイリスに甘いフィーネがしっかりと断言する。実際そうなのだからジンは何も言わない。アイリスの妖精魔法とサーベルの一撃は三十階層の敵相手でも十分に通用するのだ。
「敵、来てるよ。多分植物型だと思う」
「トレントか。トトリ、任せられるか」
「えぇ、任せて」
トレントは火に弱い。だが松明程度の火では三十階層の魔物は怯んですらくれない。剣でも戦えるが、長期戦になりやすい。こんな時に魔法職のトトリは役に立つ。
「ファイヤージェット!」
巨大なガスバーナーのような青い炎がトレントを焼き尽くす。
「おらぁっ」
まだ息があった為にカインが大剣を幹に思い切り叩きつける。
ズズゥン。音を立てて巨大な樹木であったトレントが倒れる。暫くするとトレントは光の粒子になり、ドロップアイテムである魔石とトレントの枝を落とした。
「単体なら問題ないな」
「あぁ、混成部隊で来られた時が面倒だけどな」
迷宮の魔物は異種族であっても群れる。連携こそ取ってこないものの幾種類もの魔物と同時に戦うのは骨が折れるのだ。
それでもジンはこのパーティならいけると判断した。実際最短ルートを取ったとは言え三十階層は既に踏破済みなのだ。
それから七度、戦闘があった。カインの言った混成部隊との戦いもあった。だがどれも新装備を持ったジンたちパーティの敵ではなかった。
もちろん無傷ではない。だがポーションで直せないほどの、引き返さなければいけないほどの傷もない。
「ここだ」
ジンが隠し部屋への入口を見つける。それはゲームと寸分違わぬ場所にあったが、やはりゲームと違うところもある。エンカウント率、単純な移動時間。パーティの疲労。
ジンは三人の状態を見る。
(大丈夫そうだな)
もう半日掛けて転移陣に戻ってこられるだけの余力は十分に残してある。念のため、休憩も少し前に取った。万全だ。
「行こう」
ジンが色の変わっていた壁を触ると隠し扉が現れる。そしてそこにはいつもある宝箱ではなく、風のクリスタルの鎮座する場所への転移陣があった。
「ここがジンの目的の場所。転移罠、じゃないわよね」
「この先が俺の目的の場所だ。もちろん罠じゃない。罠なら隠し部屋にある筈がないだろう?」
トトリの疑問にジンは即座に返した。
「行きましょう、みなさん。マスターに付き合って頂き、ありがとうございます」
アイリスが姿を現して言う。
「俺は信じるぜ」
「私もよ」
カインとフィーネが続けて言った。
「みんな、ありがとう」
三人の協力がなければ、ジン一人ならばここまで来るのにこれだけの期間で来られなかった。誰か一人でも欠けていたら、もっと時間が掛かっただろう。
ジンがそう言って転移陣に乗ると三人も続く。アイリスは飛んでると不安だったのかジンの肩に捕まっていた。
ふわり。
転移特有の浮遊感があり、さっきまでの洞窟型の迷宮ではなく、厳かな雰囲気の石造りの間が目に入る。
そして巨大な、浮遊する少し縦に長い八面体のクリスタル。
「無事だったか」
ジンはホッとしてそう溢す。アビスゲート・オンラインを知っているアイリスはともかく、他の三人はポカンとした表情でクリスタルを見つめていた。




